公開日 2016/10/20
前回は、早期離職の問題を未然に防ぐための手立てについて議論した。入った途端に辞めてしまう早期離職を乗り越え、スキルや経験を積んで一人前になったアルバイトについても、もちろん離職リスクは付きまとう。
現場で頼れるようになり、シフトにも安定して入ってくれるスタッフを失うのは店長・上司にとっても大きな痛手だ。今回はこの1カ月を過ぎてから発生する中長期の離職について見ていくことにする。
入社から徐々に就業期間が延びるにつれて、辞めてしまう要因も大きく変わってくる。まずはその変化を全体のデータから概観していこう。下表は、離職者調査で聴取した離職要因の回答割合をいくつかのカテゴリに分け、その加重平均によって離職期間ごとの変化を追ったものだ。
離職理由の変化
【離職者調査】
このデータからは、離職理由の変化としていくつかのことが見てとれる。まず目に留まるのは、就業期間が長くなるにつれて「給与への不満」と「業務の忙しさ」が上位に上がってくること。徐々に職場で頼られるようになるにつれ、忙しくなるにも関わらず正当な報酬をもらえていないという不満が上がってくることが見受けられる。
また、1カ月を過ぎたあたりの時期に「フォローの不足」が上位に浮上してくることも特徴だ。入社時のオフィシャルなトレーニング期間が終わった途端、「教育期間は終わったのだから」とフォローがなくなってしまい、離職を招いていることが推測できる。この時期に「ベテランの態度の悪さ」が最上位に躍り出るのも特徴の一つだ。1カ月を過ぎると、職場での人間関係が特に重要になってくることを示している。
最後に6カ月以上の長期になると「キャリア展望の見えなさ」が上位に上がってくる。異動や職務変化の少ないアルバイトでの雇用が長くなってくると、このままこの職場で働き続けていていいのだろうか、という長期的な不安感を持つようになる。その不安感を払拭するような制度・コミュニケーションを整備し、働き続けることへの安心感を与えることは特に一人前になった後のスタッフケアの観点から重要なポイントだ。
下表は、上記の中長期離職要因のデータをさらに細かく業界別に見たものだ。それぞれ業界を代表する数社のデータであるが、業界別の特徴を見てみよう。
※小売業界データはデータ数の関係で割愛
業種別の離職理由
【離職者調査】
【外食業界】では、とにかく仕事量に圧倒されている様子が垣間見える。仕事を覚え頼られるようになるにつれて、休みがとりにくく、希望とは違うシフトに入れられてしまうことに不満がたまっていく傾向があるようだ。また、運輸業界と比べた時の外食業界の特徴は「時給が低かった」のではなく「上がらなかった」と感じて辞めていく者が多い点だ。入社時の時給に不満があるというよりも、その後の賃金の上昇幅が少なく業務量に見合わない、という不満を強く持たれていることが示唆される。
【運輸業界】では、「ベテランスタッフ」による影響の大きさがうかがえる。有期雇用でも比較的長く働く運輸業界では、そのベテランスタッフの態度が高圧的だったり話しかけづらかったり、ベテランと中堅スタッフとの関係性に問題が起こりやすいようだ。そうしたベテランスタッフの姿を見ながら、「将来のキャリアに繋がると思えない」と長くキャリアを築くことを断念する者が多いようだ。
では、スタッフに長く働き続けてもらいたい現場の店長・上司は、どのような施策を行えばよいのだろうか。調査結果からもう少し深堀してみよう。
ここでは、スタッフの長期就業のための「店長・上司のマネジメント」に的を絞って議論してみる。もちろん、それ以外にも長期就業を導く要因は多く存在するが、それらの要素については2016年11月に刊行が予定されている書籍を参照されたい。基礎属性として主婦・学生・フリーター層に分けて分析し、それぞれポイントを整理してみよう。
下表は、継続就業意向を従属変数に置いた場合の重回帰分析の結果を簡単にまとめたものだ。
【パート・アルバイト一般従業員調査】 ※この他の項目は掲載割愛
記号 標準化重回帰係数| .1以上:◎◎/.08以上:○○/.05以上:○/.02以上:△
***:0.1%水準 **:1%水準 *:5%水準で有意
まず全体に言えることは、【他のメンバーと平等に接されること】がどの層でも高くなっているということだ。たとえば、上司の個人的な仲の良さやベテラン・新人などの違いによってスタッフへの接し方が違う...といった理不尽な不平等があると、どの層でも就業意欲が大きく下がる。不平等感を無くし、メンバーへの公平性を確保するマネジメントは、役割や属性などを超えて意識すべきポイントとしてまず押さえる必要がありそうだ。
そのうえで、学生層は、【スキルや能力が身につくような仕事】を与えつつ、きちんと【ねぎらいの言葉】をかけてあげることで意欲が上がっている。その他のデータからも学生は上司の「人としての信頼感」を重視する傾向があり、例えば「面接のときの面接官の遅刻に厳しい」といったデータがでている。将来に役立ちそうな仕事を与えながら、積極的に声をかけてあげ、人格的な情緒に寄ったマネジメントを意識的に行うことで長く働いてもらえる可能性が示唆される。
主婦層では、【十分なフォローをすること】と【仕事に見合った評価】の影響が大きい。体力の面で劣ることの多い主婦には、きちんとフォローを行ってケアすることが重要そうだ。また、主婦は学生のような情緒的マネジメントよりも「的確で合理的な指示」を好む傾向にあり、「職場で使われていないマニュアル」などの存在が意欲を下げる、といった結果もある。仕事で頼れるようになってきた主婦層には、適格な業務アサインとそれに見合う正当性を持ったフィードバックを与えることが重要である。
フリーター層には、【キャリアについて話す機会】【目標がしっかり伝えられている】ことなど中長期的なコミュニケーションや目的意識の共有が働き続けたい気持ちに強く影響を与えている。アルバイトの社会的な地位がまだまだ低い世論の中で、その職場で長く働いたあとに何が待っているのか、働く目標を持ち続けられる職場かどうかが、働き続ける意思を大きく左右する層と言えそうだ。
中長期的な離職について、その要因と対策をみた。もちろん定量的データですくいきれない離職は存在するし、個別状況によって異なることもあるだろう。しかし、調査から改めて確認できたのは、どの業種のどの職場でも、ベテランとの関係や上司のマネジメントといった人為的な要因が離職を大きく左右しているという事実だ。
アルバイトの職場には、変えやすいことと変えにくいことがある。外部環境や雇用制度などすぐに変えにくいことは長期的視野で整えつつ、より変えやすいこととして、目の前のスタッフに対するマネジメントのチューニングを考え実行することがある。そうした目に見えにくいピープル・マネジメントによって離職の多くが防止できるということを理解し、今回の議論をヒントとしてご活用いただければ幸いである。
株式会社インテリジェンスHITO総合研究所 研究員 小林祐児
【予告】アルバイト・パート成長創造プロジェクト2016年11月に書籍『アルバイト・パート[採用・育成]入門』刊行されます。
東京大学・中原淳准教授とパーソルグループのインテリジェンスHITO総合研究所は、小売・飲食・運輸業界大手7社の協力のもと、全国約2万5,000人を対象に、「アルバイト・パート雇用」に関わる大規模調査を実施しました。そこで得られたデータ・知見は、2016年11月にダイヤモンド社より書籍『アルバイト・パート[採用・育成]入門』として刊行されます。書籍では、このWEB連載には掲載されていない分析についても、多く盛り込まれています。
■調査概要
・調査名:パート・アルバイト一般従業員調査
・調査主体:パーソルグループ×東京大学 中原淳准教授
・調査対象者:小売・外食・運輸大手6社7ブランドにおける非正規雇用の一般従業員 (店舗・営業所スタッフ・配送スタッフなど)/8,141人
・調査期間:2016年1月18日~2月21日
・調査名:離職者調査
・調査主体:パーソルグループ×東京大学 中原淳准教授
・調査対象者:小売・外食・運輸の大手企業で非正規雇用(アルバイト・パートないしそれに準ずる雇用形態)で働いており、直近3年間以内に離職した者、2,926人
・調査期間:2015年11月6日~11月24日
※引用いただく際は出所を明示してください。
出所の記載例:パーソルグループ・東京大学中原淳研究室「パート・アルバイト一般従業員調査/離職者調査」
シンクタンク本部
上席主任研究員
小林 祐児
Yuji Kobayashi
上智大学大学院 総合人間科学研究科 社会学専攻 博士前期課程 修了。
NHK 放送文化研究所に勤務後、総合マーケティングリサーチファームを経て、2015年よりパーソル総合研究所。労働・組織・雇用に関する多様なテーマについて調査・研究を行う。
専門分野は人的資源管理論・理論社会学。
著作に『罰ゲーム化する管理職』(集英社インターナショナル)、『リスキリングは経営課題』(光文社)、『早期退職時代のサバイバル術』(幻冬舎)、『残業学』(光文社)『転職学』(KADOKAWA)など多数。
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