公開日 2023/07/31
2018年に精神障害者の雇用が義務化され、法定雇用率の算定基準に加わってから、5年が経過した。現在では、障害のある求職者の大半を精神障害者が占める状況にまで変化した。精神障害のある方の中で、障害者手帳を取得した上で働くことを希望する方も急増し、急速に雇用数がのびてきた。しかし、ここにきて改めて障害者雇用の「質の向上」に舵が切られている。
2022年の障害者雇用促進法の改正によって、障害者雇用の「質の向上」(法律の条文によれば、「職業能力の開発及び向上に関する措置」)に努めることが企業の責務と明記された。この法改正では、助成金制度の拡充、納付金財源の見直しなど、「雇用数の確保」ではなく「質の向上」に重きを置いた制度改変が行われる。週10時間以上20時間未満の短時間労働者も、法定雇用率※1の対象になり(2024年施行予定)、2026年までに法定雇用率は現在の2.3%から2.7%にまで上昇する見込みだ。精神障害のある方は短時間勤務を希望することが多いため、実質的に精神障害者の雇用を促進する意味合いが強い。
このような中、企業にとっては精神障害者の雇用を進めるとともに、障害者雇用の質を高めることがポイントになってくる。では、今、企業における精神障害者の雇用は、どのような状況にあるのだろうか。
本コラムでは、パーソル総合研究所(協力:パーソルダイバース)が実施した「精神障害者雇用の現場マネジメントについての定量調査」から、企業の精神障害者雇用の現在地について、マクロ的な動向を中心に見ていきたい。なお、本コラムで紹介する企業調査のデータは、特例子会社などの障害者雇用に特化した事業者を除く、一般企業を対象にしている点に留意されたい。
※1 法定雇用率:企業や国、地方公共団体が達成を義務付けられている、常用労働者に占める障害者の雇用割合を定めた基準のこと。(障害者の常用労働者数+障害者の失業者数)÷(常用労働者数+失業者数)で計算される。
精神障害者の雇用の現在地を考える上で、まず、精神障害者に対する雇用・就業支援の歴史的経緯をおさえておきたい。倉知(2014)※2によれば、日本の精神障害者支援は、1980年代まで医療中心に進められ、精神障害者は「障害者」ではなく「患者」として法律的・政策的に位置づけられてきた。そのため、精神障害者は、長く障害者に対する福祉や雇用・就業支援の対象外とされてきた。また、過去の精神科医療は、世界一の長期入院と精神科病床数、社会的入院(治療し退院を目指すのではなく、社会からの隔離を目的とした長期入院)に代表されるように、精神障害者の社会からの隔離に偏っていた。当然、人権問題を内包しており、1960年代にはWHOからの勧告を受けたが、ライシャワー事件※3の影響などにより、当時の日本政府が勧告に従うことはなかった。1988年から、ようやく精神障害者に対する雇用・就業支援が開始。1992年のILO条約の批准を機に、障害者雇用率制度への適用を除けば、身体および知的障害者とほぼ同等な権利が保障された。つまり、精神障害者の社会復帰の促進や自立支援がなされ始めたのである。その後、2006年に障害者雇用率制度に参入され、2018年の雇用義務化へと至った。
このように、精神障害者は「障害者福祉」の対象ではなく、「精神科医療」の対象だった時代が長く続き、そのため身体障害者や知的障害者と比べて雇用・就業支援が遅れた。また、このような歴史的経緯もあって、精神障害者に対する無意識の偏見(アンコンシャス・バイアス)は根強く、今でも精神障害者にとって雇用・就業支援が「当たり前の権利」であるということが、世の中に浸透することを阻む足かせになっているようにも思える。今一度、こうした経緯を知ることによって一人ひとりが自分自身のアンコンシャス・バイアスに気づこうとすることが、精神障害者雇用を進める一歩となるのではないだろうか。
※2 倉知 延章(2014)精神障害者の雇用・就業をめぐる現状と展望
※3 東京オリンピックの直前に起こった、精神障害者による米国ライシャワー駐日大使への刺傷事件。これにより精神障害者を危険視する風潮が一時的に強まった。
では、直近の障害者雇用の労働市場の様子はどうだろうか。前回のコラム「精神障害者雇用の現在地 ~当事者個人へのヒアリング結果から見る質的課題の検討~」でも記載した通り、精神障害者の求職者数や就職件数は急速に増加を続けているが、定着率は他障害種よりも低い。精神障害者の雇用もまた、雇用数の増加から、質の向上に注力すべき、いわば第2ステージを迎えている。
障害者の採用市場に目を向けると、大企業の集中する都市部においては、障害者雇用の需要が年々増加し、売り手市場に近い状況になっている。本調査でも、回答企業の約4割が「障害者の応募者確保が難しい」と回答しており、従業員数300人以上の大企業では約5割に上った。今後、法定雇用率が上昇すれば、さらに多くの企業が採用に苦戦することが予想される。
また、企業の雇用意欲は、古くから雇用が進み、合理的配慮が明確な身体障害者に対して高く、近年になって雇用が進む精神障害者に対しては、比較的雇用意欲が低い傾向があった。しかし、身体障害者の高齢化に伴い、身体障害者の就職件数が減少していることもあり、身体障害者の雇用に意欲的な企業は応募者確保の難度が高い傾向にある。一方で、精神障害者の雇用に意欲的な企業は難度が低い傾向があった(図1)。障害者採用が売り手市場化していることで、これまで精神障害者の雇用経験がない企業も積極的に取り組むことが求められている。
図1:精神障害者の雇用意欲の高い企業では、障害者の応募者確保の難度が低い(企業調査)
※障害者を3人以上雇用する一般企業に聴取
雇用増減を見ると、「精神障害者の雇用が直近5年以内に増加した」のは、本調査回答企業の33.8%と、他の障害種と比べ、最も多かった(図2)。しかし、「精神障害者の雇用ノウハウが蓄積途上(31.5%)」、もしくは「手探り状態(25.5%)」なのは、回答企業の57.0%と、こちらも障害種別で最も多い(図3)。また、精神障害者に絞って見ると、「雇用ノウハウが手探り状態」の企業の26.1%、「蓄積途上」の企業の47.4%で、直近5年で雇用が増加している(図4・左下)。前述のような市場環境の中、雇用ノウハウが乏しくても精神障害者の雇用が増えている傾向がみられた。
図2:直近5年以内で「雇用が増加した」のは、「精神障害者」が最も多い(企業調査)
図3:精神障害者の雇用ノウハウの蓄積状況は芳しくない(企業調査)
図4:精神障害者については雇用ノウハウが乏しくても雇用が増えている傾向(企業調査)
※障害者を3人以上雇用する一般企業に聴取
冒頭で述べたように、障害者雇用の質の向上に舵が切られたのは、法定雇用率の上昇によって雇用数確保の圧力が強まったことで、農園型の障害者雇用代行ビジネスが盛んになるなど、障害者雇用の本来の目的である「障害者の職業能力の発揮」と実態にズレが生じてきたからだ。近年増加する精神障害者の雇用についても、法定雇用率の達成を目指すあまり、雇用ノウハウが蓄積途上のまま雇用が増えている傾向がうかがえ、同じような課題が見え隠れする。
企業に精神障害者の定着・活躍状況を尋ねたところ、先行研究※4でも指摘されている通り、精神障害者以外の身体・知的・発達障害者などと比べ、定着・活躍度や雇用の成功度が低い傾向があった。しかし、本調査において、精神障害者の雇用ノウハウを蓄積している企業では、定着・活躍度が高い傾向があり、雇用ノウハウを蓄積することで解決が見込めることが示唆された(図5)。
※4 高齢・障害・求職者雇用支援機構(2017)障害者の就業状況等に関する調査研究
図5:雇用ノウハウを蓄積している企業では、精神障害者の定着・活躍度や雇用の成功度が高い(企業調査)
※障害者を3人以上雇用する一般企業に聴取
なお、就業中の精神障害者個人に行った調査結果では、現在の勤務先で働き続けたい意向は、精神障害者と身体障害者・発達障害者の間で差が見られなかった。精神障害者本人に辞めたい、もしくは転職したい意向が強くあるわけではないということが分かる(図6)。
図6:障害種ごとの定着意向・活躍度の比較(障害者個人調査)
※障害者手帳を持つ就業者に聴取
雇用ノウハウを蓄積し、量的拡大から質の向上に注力していくこと、またそのために雇用ノウハウを広く共有していくことが、精神障害者の定着・活躍を促進していくために求められる。
本コラムでは、障害者雇用において注目される精神障害者の雇用について、その歴史的経緯を概観するとともに、定量調査結果にもとづいて今日の精神障害者雇用をとりまくマクロ的な状況について概説した。本コラムのポイントは以下の通りである。
・歴史的に、精神障害者は「障害者」ではなく「患者」として位置づけられ、日本の精神科医療の問題と相まって、雇用・就業支援の対象となるのが遅れた。1980年代から障害者の雇用・就業支援の対象となり始め、2006年の障害者雇用率制度への参入、2018年の雇用義務化に至った。
・現在、障害者採用は都市部を中心に売り手市場化しており、法定雇用率の上昇にともなって、増加する精神障害者の雇用を進めることが求められる状況にある。しかし、それゆえに、雇用ノウハウが蓄積途上のまま精神障害者の雇用を増やす企業も多い状況にある。
・精神障害者の雇用ノウハウが蓄積されている企業では、精神障害者が定着・活躍している傾向があり、雇用ノウハウを蓄積することで解決が見込めることが調査から示唆された。
本コラムが、障害者雇用に関わる企業や個人の取り組みの一助となれば幸いである。
シンクタンク本部
研究員
金本 麻里
Mari Kanemoto
総合コンサルティングファームに勤務後、人・組織に対する興味・関心から、人事サービス提供会社に転職。適性検査やストレスチェックの開発・分析報告業務に従事。
調査・研究活動を通じて、人・組織に関する社会課題解決の一翼を担いたいと考え、2020年1月より現職。
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