公開日 2024/08/20
2024年4月に法定雇用率※1が2.5%に引き上げられ、2026年7月には2.7%に引き上げられる予定だ。とりわけ2018年に義務化された精神障害者は2023年時点で13万人※2になり、今後も増加するとみられている。近い将来、精神障害がある従業員と、障害への合理的配慮をしながら一緒に働くことが一般的になると考えられる。また、メンタルヘルス不調による休職もここ数年で増加傾向にあるが、このような場合も、職場復帰において周囲の精神障害への理解と配慮が重要になると考えられる。
しかし、精神障害のある人に対して、一緒に働く周囲がどうすればよいのかという情報は少ない。障害に配慮することと、特別扱いせず平等に接することの両立が、精神障害者の働きやすさにつながる傾向が明らかになっている※3が、個別のトラブルへの対応に戸惑ったり、「よかれと思って」とった行動で悪影響をおよぼしてしまったりすることもある。
そこで、本コラムでは、職場の精神障害のある人と一緒に働く際に、どのような点に気を付ければよいのかについて、「精神障害者の現場マネジメントについての定量調査[上司・同僚調査]」のデータからみていきたい。
※1 法定雇用率:企業や国、地方公共団体が達成を義務付けられている、常用労働者に占める障害者の雇用割合を定めた基準のこと
※2 厚生労働省(2023)障害者雇用状況の集計結果
※3 パーソル総合研究所(2023)「精神障害者雇用の現場マネジメントについての定量調査」 p.107-112
障害者雇用における配属現場の上司・同僚の役割は、「ナチュラルサポート」だといわれている。ナチュラルサポートとは、「障害のある人が働いている職場の一般従業員が、職場内において、障害のある人が働き続けるために必要なさまざまな援助を、自然もしくは計画的に提供すること」と定義されている※4。
精神障害者の雇用では、上司・同僚の態度が、精神障害者本人の“はたらくWell-being” (はたらくことを通じて、その人自身が感じる幸せや満足感)を大きく左右していることが、精神障害者本人への調査から明らかになっている※4。特に、同僚の態度の影響は他の障害と比べても大きく、周囲の対応が定着・活躍に重要であることが分かる。しかし、精神障害のある人に対してどのような対応が良い・悪いのかが知られていないため、理解醸成や配慮事項の共有がないと、上司・同僚が障害を悪化させるような態度をとってしまうこともある。
また、精神障害への配慮が当たり前だという意識も乏しいと考えられる。2010年代から、文科省により小・中学校におけるインクルーシブ教育の推進と障害理解の重要性が明記されるようになり、子供たちが障害理解を教わる機会が増えている。しかし、現在の大人世代は分離教育で、障害理解教育を受けてこなかったので、障害への合理的配慮が当たり前という意識が乏しい。少し古いが、内閣府が2007年に行った国際比較調査によれば、障害への“合理的配慮”を行わないことが「障害者差別になると思う」と答えた日本人は約4割であったが、ドイツやアメリカでは6~7割と意識の差が明らかになっている※5。精神障害については、自立支援・社会参画が遅れてきた歴史があるため、より合理的配慮が当たり前だという意識が薄く、むしろ触れない方がよいといった回避的な考え方が根強いと考えられる。
今後、社会はより一層、障害者を包摂した共生社会の実現へ進む。これからの社会を生きるためのリテラシーとしても、職場の精神障害のある人に対するナチュラルサポートについて知ることが重要だと考えられる。調査では、上司・同僚のナチュラルサポートのベースとなるマインドセット、リテラシー、行動について、精神障害者の受け入れに成功している職場の上司・同僚の特徴から検討した。
※4 障害者職業総合センター(2008)「障害者に対する職場におけるサポート体制の構築過程 ‐ナチュラルサポート形成の過程と手法に関する研究‐」
※5 内閣府(2007)「平成18年度障害者の社会参加促進等に関する国際比較調査」https://www8.cao.go.jp/shougai/suishin/tyosa/h18kokusai.html(2024年7月18日アクセス)
まず、マインドセット(思考パターンや考え方)について見ていきたい。不況が続く中で、企業は賃金に見合うパフォーマンスを発揮しない人材を抱え込むことが難しくなった。そのような中、企業内では優秀な人材が優遇され、能力に劣る人材は辞めてもらった方がよいといった「能力主義」的な価値観が広がっている。また、就業者の余裕のなさや人間関係の希薄化※6により、他人の問題で自分の負担が増えるのは嫌といった意識も強まっているように思える。しかし、そのような意識は、障害がある従業員を受容しない意識につながる可能性がある。
調査結果を見ると、精神障害者の受け入れに成功※7している職場の上司・同僚ほど、「脱・能力主義」「支援当然視」という、上記とは逆のマインドセットが高い傾向があった(図表1)。この傾向は、精神障害以外の障害者と働く上司・同僚でも同様だった。障害のある従業員と共に働く時、「優秀かどうかに関わらず皆が尊重されるもの」「お互い様なのでなるべく他人を助けたい」といった意識を持つとうまくいきやすいことが分かる。
※6 博報堂生活総研 「生活定点1992-2022」 カテゴリー12.交際 https://seikatsusoken.jp/teiten/category/12.html(2024年7月18日アクセス)参照
※7 受け入れの成功は、業務パフォーマンスと周囲との関係の良好さ、総合評価から聴取。
図表1:精神障害者と共に働く上司・同僚のマインドセット(受け入れ成功度別)
※群分けは等分割。以降同様。
出所:パーソル総合研究所(2024)「精神障害者雇用の現場マネジメントについての定量調査[上司・同僚調査]」
また、異なる考え方や経験を持つメンバーがいたほうがメリットになるという「ダイバーシティ」を肯定する考え方も、受け入れ成功職場の上司・同僚に特徴的だった。多様な考え方・経験に触れることを肯定的にとらえることもポイントになると考えられる。
障害がある従業員と共に働くときに問題の元になるのが「知識不足」だ。先述の通り、大人世代は障害理解教育を受けてこなかったため、障害や障害への配慮についてのリテラシーが全体的に乏しい。しかし、共に働いたり、マネジメントをしたりする上では一定の知識があったほうがスムーズだ。
調査結果を見ると、精神障害者の受け入れが成功している職場の直属上司は、障害者雇用の理念・法律・制度から、障害や配慮・コミュニケーション方法まで、約半数が「よく知っており、人に説明できる」と答えていた(図表2)。受け入れ成功度が高い職場の上司ほど、リテラシーをしっかりと持ってマネジメントをしていることが分かる。このような傾向は、精神障害以外の障害者の直属上司でも同様にみられた。
図表2:精神障害者と共に働く直属上司のリテラシー(受け入れ成功度別)
出所:パーソル総合研究所(2024)「精神障害者雇用の現場マネジメントについての定量調査[上司・同僚調査]」
障害のある従業員のマネジメントでは、障害への配慮をするだけでなく、日頃コミュニケーションをとっていくための相手理解や、企業の法的義務についての理解が必要になる。受け入れ成功職場の直属上司のリテラシーの高さからは、上司のリテラシーが受け入れ成功に重要であることがうかがえる。
また、同部署の同僚についても、受け入れ成功度が高いほどリテラシーがある傾向があった(図表3)。しかし、上司とは異なり、受け入れ成功職場でも「なんとなく知っているが、人に説明できるほどではない」という理解度の人が多い。また、法制度理解などは受け入れ成功度とあまり関連がなく、障害理解や配慮の理解、コミュニケーションが比較的関連が強い。普段接する同僚が障害や配慮に一定の理解を持ち、適切にコミュニケーションがとれることの重要性がうかがえる。
図表3:精神障害者と共に働く同部署の同僚のリテラシー(受け入れ成功度別)
出所:パーソル総合研究所(2024)「精神障害者雇用の現場マネジメントについての定量調査[上司・同僚調査]」
受け入れ現場の上司・同僚の理解促進・啓発は、「特別扱いしなくてよい」という風潮のためか後回しになることも多いように思われるが、ベースとなる知識が乏しい中で、戸惑いや誤った対応を防ぐために、企業が研修や学習支援などを行っていくことの重要性がうかがえた。
では、行動についてはどうだろうか。まず、直属上司の一般的なマネジメント行動をみると、「業務外のコミュニケーション」や「エンパワメント(部下の能力開花を導く行動)」、「目標の設定」、「平等な対応」が受け入れ成功度との関連が強い(図表4)。その中でも、「雑談」や「キャリアへのアドバイス」、「スキルアップにつながる仕事を与える」は実施率が比較的低く、改善の余地が大きいと考えられる。
図表4:精神障害者と共に働く直属上司の一般的行動(実施率×受け入れ成功度との関連度)
出所:パーソル総合研究所(2024)「精神障害者雇用の現場マネジメントについての定量調査[上司・同僚調査]」
過去の調査では、障害者の「戦力化を求め育成を重視する」企業群で、精神障害者が定着・活躍している傾向が明らかになっている※8。働く精神障害者本人に尋ねても、障害者枠では成長機会の少なさへの不満が強い※8。上司のキャリア形成支援が効果的かつ改善の余地があるという結果は、これらの結果と一致する。
また、直属上司の障害への配慮的な行動を見ると、「社内外との連携」や「精神障害への配慮」、「オープンな対応」、「寄り添い行動」が、受け入れ成功度と関連が強い(図表5)。中でも、「社内外との連携」や「プライベートの話も聞く」といった対応は、実施率が低く改善の余地が大きいと考えられる。
※8 パーソル総合研究所(2023)「精神障害者雇用の現場マネジメントについての定量調査」 p.33,49
図表5:精神障害者と共に働く直属上司の配慮的行動(実施率×受け入れ成功度との関連度)
出所:パーソル総合研究所(2024)「精神障害者雇用の現場マネジメントについての定量調査[上司・同僚調査]」
精神障害者の受け入れでは、外部支援機関と連携し、プライベートの状態にも目配りしながら、体調悪化を防いだり早期に対応したりすることも効果的だ。特に、「社内外との連携」は、その他の障害者よりも精神障害者で特に受け入れ成功度と関連が強く、体調悪化などのトラブル時に備えて、上司が各関係者と報告・相談体制を持っておくことの重要性がうかがえる。
同僚については、「特別扱いせず他のメンバーと平等に接する」ことや、「気持ちへの寄り添い」が受け入れ成功度と強く関連していた。特別扱いはせず、共感的な姿勢で関わることが重要であることが分かる。また、同僚において特徴的だったのは、《他部署》の同僚との良好な関係が、同部署の同僚との関係よりも受け入れ成功度と強く関連していたことだ。図表6を見ると、受け入れ成功度が低い職場では、他部署の同僚が、精神障害者本人に「困っている時の声掛け」や「業務外の雑談」、「悩みや不満を聞く」といったことはあまり行っていないが、受け入れ成功職場では多く実施されている。
図表6:他部署の同僚の行動と精神障害者の受け入れ成功度の関係
出所:パーソル総合研究所(2024)「精神障害者雇用の現場マネジメントについての定量調査[上司・同僚調査]」
精神障害者の受け入れでは、精神障害のある本人が周囲から受け入れられコミュニケーションが良好だという安心感を持てることが、定着・活躍に大きく影響することが多い。他部署の同僚も、障害への配慮や特別扱いをしないといったことに理解があり、良好な関係を持てているかは、受け入れ成功の重要なポイントだといえるだろう。
本コラムでは、精神障害のある従業員と共に働く上司・同僚への調査結果から、精神障害のある従業員へのナチュラルサポートの必要性と、ナチュラルサポートのベースとなるマインドセット、リテラシー、行動について取り上げた。本コラムのポイントは以下の通りだ。
• 精神障害者への合理的配慮の意識は一般的に乏しいが、上司・同僚の態度は精神障害者の定着・活躍に大きな影響をおよぼしている。
• 精神障害に限らず障害のある従業員と働く上で、「脱・能力主義」や「支援当然視」、「ダイバーシティ信念」といったマインドセットが、受け入れの成功に重要である。
• 直属上司が障害者雇用の理念・法制度や障害・配慮・コミュニケーション方法についてリテラシーを持っていること、同僚が障害・配慮・コミュニケーション方法について一定の理解を持っていることが、受け入れの成功に重要である。
• 直属上司のキャリア形成支援や社内外との連携が精神障害者の受け入れにおいて特に改善の余地がある。同僚については、他部署の同僚とも良好な関係を持てているかが、受け入れ成功のポイントになる。
本コラムが精神障害者と共に働く上で参考になれば幸いである。
※このテキストは生成AIによるものです。
法定雇用率
法定雇用率とは、企業や国、地方公共団体が達成を義務付けられている、常用労働者に占める障害者の雇用割合を定めた基準のこと。2024年4月には2.5%に引き上げられ、2026年7月には2.7%に上昇する予定である。この基準の改定により企業に求められる障害者雇用の拡大が進む。
ナチュラルサポート
ナチュラルサポートとは、「障害のある人が働いている職場の一般従業員が、職場内において、障害のある人が働き続けるために必要なさまざまな援助を、自然もしくは計画的に提供すること」と定義されている。精神障害者の雇用では、上司・同僚の態度が、“はたらくWell-being” (はたらくことを通じて、その人自身が感じる幸せや満足感)に大きく影響するとされる。
シンクタンク本部
研究員
金本 麻里
Mari Kanemoto
総合コンサルティングファームに勤務後、人・組織に対する興味・関心から、人事サービス提供会社に転職。適性検査やストレスチェックの開発・分析報告業務に従事。
調査・研究活動を通じて、人・組織に関する社会課題解決の一翼を担いたいと考え、2020年1月より現職。
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