日本におけるカスタマーハラスメントの現在地

カスハラコラムイメージ画像

企業の人材不足感がますます高まる中で、従業員に対する顧客からの不当な要求や嫌がらせ行為であるカスタマーハラスメント(以降カスハラ)が社会問題化している。広範囲にわたる被害状況を重く見て、政府や自治体も法的規制に向けて本格議論を進めている最中だ。

そうした中、パーソル総合研究所はカスハラについて、対人サービス職を対象とした「カスタマーハラスメントに関する定量調査」 を実施。カスハラの実態とその影響、有効な対策について定量的に検証した。本コラムでは、人材不足を助長し続けているカスハラの現状をデータで確認し、カスハラ問題の実相を明らかにしていく。

Index

  1. 進むカスタマーハラスメント対策とその背景
  2. カスタマーハラスメント被害の範囲はどの程度か
  3. カスタマーハラスメントの「線引き」問題
  4. なぜカスタマーハラスメントは増加傾向にあるのか
  5. まとめ

進むカスタマーハラスメント対策とその背景

昨今、かつてないほどにカスハラ問題への耳目が集まっている。連日テレビでもカスハラ現場の状況が映像や音声などとともに放送され、メディアを問わず報道が続いている。センセーショナルな暴言や高圧的言動を映す映像の求心力も相まって、世間の注目度も高い。

政府や自治体も、すでに対策に動きだしている。厚労省は令和4年に「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」を作成し、ポスターやリーフレットなどで啓発活動を強化してきたが、いよいよ企業対策を義務付ける法改正に向けて動きだしたとされる。また、東京都でも全国の自治体に先駆けたカスハラ防止条例制定に向け、その内容を議論しており、2024年中にも具体的な進展が見られそうだ。

民間各社でも対策は進む。カスタマーサービスの拡充はもちろんのこと、カスハラへの企業方針の発表や、ポスターによる啓発活動、従業員の名札廃止、監視カメラ導入など、目に見える対策を続々と打ち始めている。

カスハラ対策が急ピッチで進む背景には、現場の人材不足感の高さがある。コロナ禍からのインバウンド客の復活により、顧客サービス職の人材不足が深刻化する中で、カスハラによる離職や採用難はビジネスの存続に関わる重大な問題だ。今後、カスハラが増え続け、さらに世間の注目度が上がれば、顧客サービス職を選ぶ労働者もますます少なくなってしまう。

カスタマーハラスメント被害の範囲はどの程度か

そうした課題感の中、パーソル総合研究所では、ホワイトカラーを含めた顧客折衝のある職種について、広範囲に及ぶカスハラの実態を確認した。カスハラは、そもそも客とのコミュニケーションがない職種では発生しない。全職種を対象にする調査もあるが、カスハラが発生しない職種が含まれていては被害実態を過小に見せてしまう。

パーソル総合研究所では、対人サービスが発生する職種、具体的には事務・アシスタント、営業、カスタマーサポート、飲食・宿泊接客系職、理美容師、航空機客室乗務員、コンサルタント、教員、ドライバー、警備、医療・福祉系職員について2万人を超える大規模な調査を行った。

これらの職種の中で、35.5%の従業員が過去にカスハラ被害を経験しており、3年以内の被害経験者は20%を超えた。やはり広くカスハラ被害は経験されている。ちなみに、パーソル総合研究所の別調査(「職場のハラスメントについての定量調査」)では、パワハラやセクハラといった職場内ハラスメントについては、全就業者の34.6%に経験があることが明らかになっており、カスハラもそれらと同等の規模間で発生していることが示された形だ。

図表1:カスハラ被害の経験率

図表1:カスハラ被害の経験率

出所:パーソル総合研究所(2024)「カスタマーハラスメントに関する定量調査」


職種別にカスハラ被害の経験率を見ると、最も被害経験率が多いのは「福祉系専門職員(介護士・ヘルパーなど)」で3年以内経験率が34.5%、2位以降は「顧客サービス・サポート(30.7%)」、「受付・秘書(30.0%)」、「医療系専門職員(医師・看護師など)(28.9%)」と続いた。

ちなみに、性別・年代別に見ると男女ともに若年層のカスハラ経験率が高いことも分かっている。雇用形態別では、自営業のカスハラ経験率が高く、27.6%となっている。

図表2:カスハラ被害の経験率[職種別]

図表2:カスハラ被害の経験率[職種別]

出所:パーソル総合研究所(2024)「カスタマーハラスメントに関する定量調査」より3年以内経験率上位抜粋


カスハラ被害の内容としては「暴言や脅迫的な発言(60.5%)」が最も高く、「威嚇的・乱暴な態度(57.7%) 」、「何度も電話やメールを繰り返す(17.2%)」と続く。

自由回答を抜粋しても、「(サービス提供時は)納得していたのに、後から夜中にクレームの電話をされたり、ネットを使って悪評を書かれたりする」「店内で返品を断わるとそのまま新品を持って店外へ。駐車場で出来ない旨を伝えると大声で文句、威嚇された」などの生々しい声が並ぶ。

図表3:カスハラ被害の内容[%]

図表3:カスハラ被害の内容[%]

出所:パーソル総合研究所(2024)「カスタマーハラスメントに関する定量調査」

カスタマーハラスメントの「線引き」問題

カスハラ被害の実態を正確に把握したいと思うとき、頭を悩ませるのが、「どこからどこまでがカスハラなのか」という線引き問題である。セクハラやパワハラといった社内のハラスメントと同じように、当事者間のコミュニケーションと、そこに対する主観的意識を軸とするカスハラについて、第三者からの客観的な線引きは難しい。「カスハラ」という言葉の認知度も、セクハラやパワハラより低いことも線引きの困難さを招く。

各所のカスハラへの定義を参照してみよう。厚労省のガイドラインでは、「顧客等からのクレーム・言動のうち、当該クレーム・言動の要求の内容の妥当性に照らして、当該要求を実現するための手段・態様が社会通念上不相当なものであって、当該手段・態様により、労働者の就業環境が害されるもの」とされる。カスハラを研究する関西大学の池内裕美教授は、「消費者からの著しい迷惑行為」や「自己中心的で理不尽な要求による客からのハラスメント」※1と定義する。このように、一般的な定義を取り出すと、どうしても抽象度が高くなってしまいがちだ。

※1 池内裕美. "なぜ 「カスタマーハラスメント」 は起きるのか-心理的・社会的諸要因と具体的な対処法." 情報の科学と技術 70.10 (2020): 486-492.

そこでパーソル総合研究所の調査では、第三者的定義ではなく従業員側の意識を探るため、対象者に具体的なエピソードを見せ、それらがカスハラに当てはまると感じるかどうかを聴取している。その結果、以下のようなシーンについて、9割近くの従業員が「カスハラ」と当てはまると感じることが明らかになった。

図表4:従業員がカスハラと感じる内容と割合[あてはまる計・%]

図表4:従業員がカスハラと感じる内容と割合[あてはまる計・%]

出所:パーソル総合研究所(2024)「カスタマーハラスメントに関する定量調査」


例えば、「馬鹿でもお前の会社は働けるんだな」といった嫌味は、筆者の個人的感覚では「お客のよくある小言」として流してもおかしくないが、従業員の9割近くはカスハラに該当すると感じるようだ。あくまで文章上での判断にはなるが、より具体的なカスハラの典型例としては、このようなシーンを扱うことができそうだ。

ちなみに性年代別に見ると、カスハラへの感度は男性よりも女性の方が高く、男女ともに20代と60代がやや低めの傾向が見られる(つまり上記のシーンをカスハラと感じる割合が低い)。また、職業や企業属性などの効果を統制すれば、こうした年代の効果もほとんど消える(調整済決定係数0.021)。つまり、カスハラへの態度は世代によってあまり変わらず、「生きてきた時代とともに徐々に厳しくなっている」といった単純な世代的な効果は見られない。これはカスハラを取り巻く時代診断として抑えておきたい点であろう。

なぜカスタマーハラスメントは増加傾向にあるのか

また、カスハラをとりまく状況について重要なのは、しばしばカスハラ被害の「増加」傾向が指摘されてきた点だ。本調査でも、被害経験者の32.6%がここ3年でカスハラ被害が「増加」と回答した。「変わらない」も多くなっているが、増加傾向のほうがやや強く見られる。

図表5:直近3年のカスハラ被害の増減

図表5:直近3年のカスハラ被害の増減

出所:パーソル総合研究所(2024)「カスタマーハラスメントに関する定量調査」


なぜカスハラが増えてきたのだろうか。仮説的ではあるが、以下のような複数の要因が考えられる。

まず第1の分かりやすい要因は、SNSやスマートフォンといった情報通信機器・ツールの発達である。加害者側が店員や職員を動画などで「晒す」といった暴露的な脅迫や、その場での即時の苦情通報、業務妨害に当たるような長時間にわたる電話での悪質クレーム、また口コミサイトへのアクセスの容易さなどは、苦情行動全体のコミュニケーション・コストを下げている。そうしたコミュニケーションの中で、カスハラ被害が起きやすくなるのは容易に理解できる。

 また2つ目に、サービス業全体の人材不足は、どんな現場でもサービス品質の低下を招く。人が足りなければサービス提供に時間がかかりすぎたり、接客の丁寧さは失われたりしていく。また、勤務シフトの頭数の問題だけではなく、サービスの質の高い優秀な人材を集めることも難しくなる。そのため、顧客とのコミュニケーションの齟齬や小さなトラブルが起きやすくなってきた可能性は高いだろう。

第3に、より大きな社会動向として、社会全体の孤独・孤立化の傾向があげられる。「ローン・ウルフ型」(一匹狼型)犯罪と呼ばれるが、周りの支援や監視の目がない孤立状態にある人のほうが、犯罪や苦情行動を行う傾向が強いことはこれまでも指摘されてきた。日本は世界から「孤独大国」と呼ばれるほど孤立化が進んだ国であるが、近年はさらに、未婚率の高まり、コロナ禍による疎遠化、他者とのコミュニケーションを必要としない各種ネットサービスの発達により、他者との活発な交流のある個人が減ってきていることが推察される。

関連する第4の点として、高齢者の社会活動の活発化がある。その負の側面の一例として、高齢者犯罪の動向が参考になる。高齢者の刑法犯検挙人員は、平成10年代に大幅に増えた。中でも増えたとされるのが、「暴行」やその他の対人的な犯罪である。平成22年の「犯罪白書」※2によれば、1990年からの約20年間で、高齢者犯罪は暴行が約52.6倍、傷害で約9.5倍、窃盗で約6.8倍と急激に増加したことが指摘されている。

近年では高齢者の検挙人員は微減傾向にあるが、若年層の検挙人員がより大きく減ったため、高齢者割合は急上昇している。令和5年の「犯罪白書」※3によれば、刑法犯の検挙人員に占める65歳以上の高齢者比率は、平成5年には3.1%であったが、令和4年は23.1%となった。

※2 法務省「平成22年版犯罪白書」 https://www.moj.go.jp/content/000057052.pdf(2024年8月7日アクセス)
※3 法務省「令和5年版犯罪白書」 https://www.moj.go.jp/content/001410095.pdf(2024年8月7日アクセス)

図表6:刑法犯 検挙人員(年齢層別)・高齢者率の推移(総数・女性別)

図表6:刑法犯 検挙人員(年齢層別)・高齢者率の推移(総数・女性別)

出所:法務省「令和5年版犯罪白書」


高齢者の健康寿命は周知のように伸び、社会活動が活発化していく中で、スーパーやコンビニなどの小売店舗数は増加してきた。サービス職と接触する機会がある高齢者の数そのものが、かつてより増えていることは間違いない。生活困窮など経済的な問題を抱える高齢者も多い中で、高齢者犯罪は「万引き」の率が極めて高くなっていることも注目に値する。今回のパーソル総合研究所の調査でも、カスハラの加害者の属性は、男女ともに高齢になるほど高いことは確認されており、ロングトレンドとして、高齢者の犯罪動向がカスハラと関連している可能性はある。

このような社会の高齢化とその周辺にあるいくつかの動向が絡み合い、サービス職へのカスハラが発生しやすい素地を構成していることは十分考えられる。

図表7:カスハラ加害者の性別・年代層[複数回答・%]

図表7:カスハラ加害者の性別・年代層[複数回答・%]

出所:パーソル総合研究所(2024)「カスタマーハラスメントに関する定量調査」

まとめ

本コラムでは、パーソル総合研究所が実施した「カスタマーハラスメントに関する定量調査」 から、広範囲に渡るカスハラの実態を見た。サービス職全体でも3割を超える労働者がカスハラ被害を報告しており、職種別の動向を見ても、対策が急務である業界は多い。カスハラの定義や「線引き」問題は解消が難しいものの、従業員側からの視点として一定の指針は示された。

また、それと同時に、カスハラの今後の見通しについてもいくつかの仮説を整理した。パーソル総合研究所の調査や他のいくつかの調査でもカスハラ被害の増加傾向は示されているが、その要因としては、①情報通信技術の発達、②提供側のサービス品質の低下、③社会の孤独化・孤立化、④高齢化の進展と高齢者の社会活動の変化、などが考えられる。

一方で、昨今のカスハラに関する報道や法規制の進展、企業の各種対策、市民のカスハラへの意識向上などを勘案すれば、ここからカスハラが減少トレンドに転じる可能性も十分にある。今、日本のカスハラ問題は分水嶺にあると筆者はみている。

そうした中でも、サービス職の人材不足は今もなお加速し続けている。各企業が実施できる具体的対策については、別のコラムで、実証的な見地から引き続き議論を深めていきたい。

このコラムから学ぶ、人事が知っておきたいワード

※このテキストは生成AIによるものです。

カスタマーハラスメント(カスハラ)
カスタマーハラスメント(カスハラ)とは、顧客からの暴行、脅迫、ひどい暴言、不当な要求や嫌がらせなどの著しい迷惑行為を指す。企業にとって重大な社会問題となっており、対応が急務である。

カスハラの線引き問題
カスハラの線引き問題とは、どこからどこまでの行為がカスハラに当てはまるのかという基準提示の難しさを指す。セクハラやパワハラと同様に、当事者間のコミュニケーションと主観的意識が関与するため、第三者からの客観的な区別は困難。

執筆者紹介

小林 祐児

シンクタンク本部
上席主任研究員

小林 祐児

Yuji Kobayashi

上智大学大学院 総合人間科学研究科 社会学専攻 博士前期課程 修了。
NHK 放送文化研究所に勤務後、総合マーケティングリサーチファームを経て、2015年よりパーソル総合研究所。労働・組織・雇用に関する多様なテーマについて調査・研究を行う。
専門分野は人的資源管理論・理論社会学。
著作に『罰ゲーム化する管理職』(集英社インターナショナル)、『リスキリングは経営課題』(光文社)、『早期退職時代のサバイバル術』(幻冬舎)、『残業学』(光文社)『転職学』(KADOKAWA)など多数。


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