公開日 2023/01/11
職場のハラスメントは、個人としての尊厳や人格を不当に傷つけるなどの人権にかかわる許されない行為であり、長年変わらない職場の課題である。こうした行為は、就業者のストレスを増加させ、仕事の効率性や幸福度、就業意向などの低下につながることはもちろん、企業にとっても、職場秩序の乱れや業務への支障につながり、社会的評価に悪影響を与えかねない。2019年の労働施策総合推進法(パワハラ防止法)改正や、多様性尊重意識の高まりなどで、より一層ハラスメント防止の重要性が増してきているように思えるが、そもそもこうした行為はどのような要因によって引き起こされるのだろうか。
本コラムでは、パーソル総合研究所が2022年8月~9月に実施した「職場のハラスメントについての定量調査」 の結果をもとに、ハラスメント被害が引き起こされる要因について見ていきたい。
ハラスメント被害発生の要因を見ていく前に、まずはその発生状況の実態について見ていこう。就業者28,135名に対して、ハラスメント被害を直接受けた経験について問うたところ、34.6%が「経験あり」と回答。その内、5年以内に経験した割合は19.7%であり、実に5人に1人の就業者が、過去5年間でハラスメント被害を受けている(と主観的に感じていた)結果だ(図1)。ハラスメントへの社会的意識が高まっている昨今だが、いまだ危機感を抱く状況であるといえる。
図1:ハラスメントを直接受けた経験有無と直接受けた時期
出所:パーソル総合研究所「職場のハラスメントについての定量調査」
ハラスメント被害の内容についても見ていこう※1(図2)。昨今のハラスメントにおいて、最も多い行為は「自分の仕事について批判されたり、言葉で攻撃される」という評価・評判に関する内容であり、次いで「乱暴な言葉遣いで命令・叱責される」や「小さな失敗やミスに対して、必要以上に厳しく罰せられる」という𠮟責系の内容が続く。一方で、「職場外でつきまとう」や「不必要に異性の体を触る」などのセクハラ系の行為はいずれも約8%と、比較的少ない結果であった。厚生労働省が令和2年度に実施した「職場のハラスメントに関する実態調査」の結果を確認してみても、セクハラ系のハラスメント行為は近年減少傾向であることがうかがえる。昨今の報道などによって「セクシャルハラスメント」という言葉も社会に浸透し、「セクハラ=やってはいけないこと」という認識が広がってきたものと考えられる。
図2:ハラスメント被害の実態
※1 全32項目の内、上位16項目を掲載。
出所:パーソル総合研究所「職場のハラスメントについての定量調査」
なお、こうした被害実態については、上記の行為が単発で行われることもあれば、複数の行為が行われることによって形成されるハラスメントのケースもある点に留意されたい。後述の通り、本調査では、以下に示すハラスメント被害全項目の平均値(5:とてもあてはまる~1:全くあてはまらない、の5段階得点の平均値)を「ハラスメント度」と定義しており、ハラスメントの悪質度合いを測る指標として用いている。
それでは、ハラスメント被害の発生に対して、どのような要因が影響を与えているか。性別・年代・業種などの基本的属性をコントロールした多変量解析の結果から、プラスの影響が強い要因を抜粋・整理したところ、組織風土と働き方の観点が強い影響を与えていた。
具体的には、まず組織風土に関して、「属人思考」「権威主義・責任回避」「成果主義・競争」の風土の影響が強く、特に「属人思考」で傾向が顕著であった。「属人思考」とは、コラム「ハラスメントを生む『属人思考』風土と改善策」でも紹介している通り、問題や意見の内容そのものよりも、「誰がやったか」「誰が言っているか」を重視するような風土のことを指す。また、働き方の観点では、「(職場での)対人関係の険悪さ」「仕事の量的負担」「仕事のコントロールの困難さ」の影響が強く、特に「対人関係の険悪さ」で傾向が顕著であった。
職場のハラスメントは、全て人と人との関わりあいの中で発生してくる。そういった意味では、ハラスメント被害の発生に対して、「言動の《内容》よりも、言動を行う《人》に注目が集まりがちな組織風土」や、「職場内の人間関係の良し悪し」が要因として大きいという本調査の結果は、いずれも合点がいくものであろう。また、本調査では「残業時間」もハラスメント被害の発生にプラスの影響を与えていた。過重労働によるストレスが劣悪な人間関係を招き、ハラスメントにつながっていることも考えられる。
図3:ハラスメント被害の発生に対する要因分析結果(影響が強い項目のみ掲載)
出所:パーソル総合研究所「職場のハラスメントについての定量調査」
ハラスメント被害の発生について、企業の経営状況別に見たところ、さらに興味深い結果が得られた※2。中庸の選択肢(経営状況は良くもないし、悪くもない)と比べて、経営状況が悪い場合では1.14倍、良い場合では1.09倍のハラスメント経験率となっている(図4左)。経営状況が悪い場合でも良い場合でも、ハラスメントが起こりやすくなる、という「U字」の傾向が見られたのである。
※2 本調査では回答者に対して、自身の勤め先の経営状況を5段階尺度(業績は非常に悪い~業績は好調)及び「わからない」を含んだ計6個の選択肢にて聴取した。
ハラスメントの質的な側面ではどうだろうか。前述の通り、本調査では、ハラスメント被害の実態における項目の平均値を「ハラスメント度」と定義しており、ハラスメントの《質》を測る指標とした。「ハラスメント度」が高いほど、複数のハラスメント行為が行われており、悪質であることを意味する。
「ハラスメント度」と経営状況との関係を見ると、中庸の選択肢と比べて経営状況が悪い場合・良い場合のいずれも高くなっており、質的な側面でも「U字」の傾向が見られる結果となった(図4右)。
図4:経営状況別のハラスメント経験比率とハラスメント度
出所:パーソル総合研究所「職場のハラスメントについての定量調査」
ハラスメントにおける量・質の両側面で「U字」の傾向が見られたことは大変興味深い。経営状況が悪い企業ほどハラスメントが起こりやすく、悪質なハラスメントになりやすくなることは想像に難くないが、経営状況が良い企業でもそうした傾向が見られる点は、予想に反する結果ではなかろうか。そこで、経営状況の良し悪しで、ハラスメント被害の発生要因にどのような違いが見られるかを分析した(図5)。
分析の結果、経営状況が悪い企業ではハラスメント発生に対して、「スピード感・迅速さ」の組織風土や「仕事の量的負担」、「身体的負担度」といった要素が独自に有意な影響を与えていた。一方、経営状況が良い企業ではハラスメント発生に対して、「権威主義・責任回避」、「年功・安定雇用」の組織風土や「サービス残業の長さ」などの要素が独自に有意な影響を与えていたことが確認された。
図5:ハラスメント被害の発生に対する要因分析 経営状況別結果(※相違があった項目のみ掲載)
出所:パーソル総合研究所「職場のハラスメントについての定量調査」
経営状況が悪い企業では、業績不振であるゆえ、採用凍結やリストラ・給与カットなどの人件費削減を断行せざるを得ないケースが考えられる。そうしたしわ寄せが、残された社員にとって負担となり、過剰な労働密度によってハラスメント発生が生じやすい特徴がうかがえる。コラム「ハラスメント被害者の泣き寝入りと離職の実態」にもあったように、人手不足の職場では、ハラスメント発生→ハラスメントによる離職者増加→さらなる人手不足の悪化→さらなるハラスメントの発生、という負のスパイラルが生じる。業績不振の状況下でも、そのしわ寄せを社員が受けない仕組みを作ることがまずは重要と考えられる。
また、経営状況が良い企業については、従業員数の多い大企業の占める割合が多い傾向であったことから、年功賃金やメンバーシップ型雇用に伴い、安定雇用と引き換えに滅私奉公的な働き方を社員に求める日本型雇用の組織文化が醸成されているものと考えられる。また、上位下達文化であるゆえに組織内では指示・命令系統のコミュニケーションが多く、上司から部下に対してのハラスメント発生が生じやすい特徴がうかがえる。近年の社会環境の変化によって従来の日本型雇用の制度疲弊が指摘される昨今であるが、このような制度疲弊の影響はハラスメントも引き起こしており、見直し・改善が必要と考えられる。また、組織コミュニケーションの観点においては、「対話型」によるコミュニケーションを取り入れ、風通しの良い職場作りを促進することも有効ではないだろうか。
本コラムでは、「職場のハラスメントについての定量調査」のデータから、ハラスメント発生の実態やその要因について紹介した。本コラムのポイントは、以下の3点である。
・職場のハラスメントの発生に対しては、組織風土や働き方に関する項目の影響が強く、特に「属人思考」や「(職場内の)対人関係の険悪さ」の影響が色濃く見られる。
・ハラスメント被害の発生について、企業の経営状況が悪い場合でも良い場合でも、ハラスメントが起こりやすくなる「U字」の傾向が見られる(「ハラスメント度」《質の側面》でも同様の傾向)。経営状況の悪い企業では過剰な労働密度、経営状況の良い企業では年功的な上位下達文化によってハラスメント発生が生じやすい特徴がうかがえる。
・経営状況の悪い企業では、ハラスメント発生が離職者増加を招き、さらなるハラスメント発生につながる負のスパイラルが生じてしまうため、まずは業績不振のしわ寄せを社員が受けないような仕組み作りが重要と考える。また、経営状況が良い企業では、安定雇用と引き換えに滅私奉公的な働き方を社員に求めるような文化や、上位下達文化ゆえの指示・命令系統のコミュニケーションの常態化が考えられるため、従来の日本型雇用の制度見直し・改善や対話型コミュニケーションの導入・実施が有効と考える。
シンクタンク本部
研究員
中俣 良太
Ryota Nakamata
大手市場調査会社にて、3年にわたり調査・分析業務に従事。金融業界における顧客満足度調査やCX(カスタマー・エクスペリエンス)調査をはじめ、従業員満足度調査やニーズ探索調査などを担当。
担当調査や社員としての経験を通じて、人と組織の在り方に関心を抱き、2022年8月より現職。現在は、地方創生や副業・兼業に関する調査・研究などを行っている。
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