公開日 2024/08/29
医療・介護現場におけるハラスメント(以下、ペイシェントハラスメント)は、社会問題である。例えば従業員が利用者やその家族から過度の暴言を浴びせられたり、暴力や抱きつかれたりするなどの迷惑行為がペイシェントハラスメントに該当する。このようなペイシェントハラスメントへの対策は、医療・介護従事者の離職防止、勤務環境改善の観点からも近年注目されている。実際、厚生労働省は2021年に、ペイシェントハラスメント対策※1を公開し、現場の対応支援を始めた。
このような背景の中、ペイシェントハラスメントの対策は現在どの程度されているのだろうか。そこで本コラムでは、ペイシェントハラスメントの対策が医療・介護従事者の離職防止に与える影響についてのデータを交えて紹介する。
※1 厚生労働省「医療現場及び訪問看護における暴力・ハラスメント対策について」https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_38493.html(2024年8月7日アクセス)
厚生労働省「介護現場におけるハラスメント対策」https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_05120.html(2024年8月7日アクセス)
まず、ペイシェントハラスメントがどの程度起きているのかを確認した。パーソル総合研究所が実施した「カスタマーハラスメントに関する定量調査」 において、身体的・精神的な攻撃などの具体例を挙げた上で得た回答を用いた。業種ごとのカスタマーハラスメント(以下、カスハラ)被害経験率の高い順に並べたところ、医療・福祉業の43.1%に被害経験があることが分かった(図表1)。これは1度でも被害を経験した割合であり、調査した業種の中で2番目に高い率であった。
図表1:1度でも被害を経験した業種ごとのカスタマーハラスメント実態[%]
出所:パーソル総合研究所(2024)「カスタマーハラスメントに関する定量調査」
では、医療・福祉業の被害経験は近年増えているのだろうか。結論から述べると、この3年以内でペイシェントハラスメントが「増えた」との回答は31.5%であった(図表2)。51.1%は「変わらない」と答えているものの、「減った」については10.2%であり、医療・福祉業の全体感としては、ペイシェントハラスメントが「減った」よりも「増えた」と感じている人が多いようだ。
図表2:直近3年のペイシェントハラスメント被害経験の増減[%]
出所:パーソル総合研究所(2024)「カスタマーハラスメントに関する定量調査」
増加傾向にあるペイシェントハラスメントの被害経験は、医療・介護従事者にどのような影響を与えているのだろうか。
ペイシェントハラスメント被害が頻繁に起きている職場ほど、離職が起きやすいことは想像に難くない。そして医療・福祉業は人材不足であることが広く知られている。厚生労働省「労働経済動向調査(令和6年2月)」※2によると、労働者の過不足の状況を表す「労働者過不足判断(D.I.)」指標で上から4番目に人材不足の業界である。近年は常に上位であるため、恒常的に人材不足の業界といってもいいだろう。そのため、ペイシェントハラスメント被害が発生し、離職に繋がっていることが人材不足に拍車をかけているのではないだろうか。
※2 厚生労働省「労働経済動向調査(令和6年2月)の概況」(2024年8月7日アクセス) https://www.mhlw.go.jp/toukei/itiran/roudou/koyou/keizai/2402/dl/7roudoukeizaidouko.pdf
そこで、離職意向(今働いている病院・施設を辞めたいと考えているか)について、ペイシェントハラスメント被害の有無で比較したところ、経験者で6.6ptsほど高かった(図表3)。離職意向の理由はさまざまであろうが、ペイシェントハラスメントも要因のひとつに含まれる可能性はあり得るだろう。これらのデータからも、職場がペイシェントハラスメントの予防・解決策を行うことは重要である。
図表3:ぺイシェントハラスメント被害の有無別の離職意向
出所:パーソル総合研究所(2024)「カスタマーハラスメントに関する定量調査」
それでは、職場のペイシェントハラスメント予防・解決策の整備はどの程度進んできたのだろうか。ペイシェントハラスメント被害経験者を対象に、病院や施設などにおいて予防・解決策が実施されているかどうかを尋ねたところ、「実施されていない」と回答した人が39.7%と最も高かった(図表4)。2021年以降、厚生労働省が医療・介護現場におけるハラスメント対策を公表したが、現状ではおおよそ4割の職場では予防・解決策が実施されていないことが明らかになった。
一方で、予防・解決策が「実施されている」職場も39.6%であり、こちらもおおよそ4割であった。「実施されている」職場の具体的な取り組みについて尋ねたところ、「院内・施設内に相談窓口が設置されている(49.0%)」、「クレームやハラスメントの事例が社内で共有されている(36.8%)」の順に続いていることも分かった。筆者は予防という観点で、「院内・施設内にポスター・リーフレット等の啓発資料を掲示している(16.9%)」が上位に来るかと考えていたが、実際にはこうした掲示物はあまり活用されていないようだ。
考えられる理由として、ペイシェントハラスメント加害者の属性として常連の利用者が多いことが挙げられる。例えば、ある日突然、ペイシェントハラスメント防止の啓発資料が掲示されることにより、加害者自身が「攻撃された」と捉えられる可能性もある。その文脈において、啓発資料を設置することは、クレームで燃え上がる加害者心理の「火に油を注ぐ」ことになりかねない。実際、医療・福祉業の従業員がペイシェントハラスメントの予防・解決策として有効だと思える取り組みでは「ペイシェントハラスメント行為禁止といったポスター啓発等を行う(42.5%)」は下位にあった。
図表4:病院や施設等の予防・解決策の実施率と具体的な取り組み実態
出所:パーソル総合研究所(2024)「カスタマーハラスメントに関する定量調査」
それでは、このようなペイシェントハラスメント予防・解決策のある職場において、離職率は低いのだろうか。職場の離職率を比較するため、予防・解決への取り組みがあり・なしに分けて分析を行った。その結果、予防・解決への取り組みが「あり」の職場(14.3%)では、なしの職場(21.7%)と比較して、7.4pts離職率が低いことが明らかになった(図表5左)。
さらに分析(多変量解析)を行った結果、予防・解決への取り組みが「あり」の職場では、なしの職場と比較して、7.75ptsほど離職率が下がる関係が見られた(図表5右)。
図表5:ペイシェントハラスメントの予防・解決策の有無と職場の離職率の関連
出所:パーソル総合研究所(2024)「カスタマーハラスメントに関する定量調査」
ペイシェントハラスメントが起きたとしても従業員を守ってくれる、安心して働ける職場であるほどペイシェントハラスメントが要因の離職が起きづらいことは誰でも理解ができるだろう。しかし、繰り返しになるが、現状はおおよそ4割の職場で「実施されていない」に加え、2割が「わからない」である。ペイシェントハラスメント被害にあったとしても従業員が「どうしたら良いかわからない」職場が6割もあるということだ。
このような状況において、医療・福祉の現場がすべきことは、1.ペイシェントハラスメントの予防・解決への取り組みを実施する、2.予防・解決への取り組みの存在を全従業員に知らせ、利用できる環境を整えることだ。医療・福祉業こそ、この問題を我が事と認識し、すぐにでも予防・解決へ行動に移すべきだと考える。
パーソル総合研究所が実施した「カスタマーハラスメントに関する定量調査」 のデータを用いて、ペイシェントハラスメントがどの程度発生しているのか、そして職場のペイシェントハラスメント対策がどの程度されているのかを調べた。被害経験者は4割を超えていることからも、予防・解決への取り組みは待ったなしの課題である。
加えて、予防・解決策が「実施されていない」職場がおおよそ4割あることも明らかになった。「わからない」を加えると、6割の職場では、予防・解決への取り組みがあるのかさえ従業員は知らず、ペイシェントハラスメント被害にあっても「従業員が職場からの支援を受けることができない」状態である。
ペイシェントハラスメントを予防・解決する取り組みを放置し続ける職場では、ペイシェントハラスメントに関連した離職が発生し、人材不足傾向が続くといった悪循環が起きそうだ。エッセンシャルワーカーである医療・福祉業の人材不足を断ち切るためにも、すべての職場において、ペイシェントハラスメントの予防・解決策に取り組むことを期待したい。
※このテキストは生成AIによるものです。
ペイシェントハラスメント
ペイシェントハラスメントとは、医療現場における迷惑行為のこと。医療・福祉のスタッフが患者や患者家族から暴力、 暴言、 尊厳の侵害などを受けることを指す。近年、医療・福祉現場での離職問題や勤務環境の悪化が、このペイシェントハラスメントに関連して注目されている。
シンクタンク本部
研究員
田村 元樹
Motoki Tamura
大学卒業後、2011年に大手医薬品卸売業社へ入社。在職時に政府系シンクタンクへ出向。その後、民間シンクタンクや大学の研究員、介護系ベンチャー企業の事業部長を経験。高齢者を対象に、余暇的な労働など多数の調査・研究に携わり、2024年1月から現職。専門分野は公衆衛生学・社会疫学・行動科学。
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