ハラスメント被害者の泣き寝入りと離職の実態

公開日 2022/12/22

執筆者:シンクタンク本部 研究員 金本 麻里

ハラスメントコラムイメージ画像

職場のハラスメントは、長年変わらない職場の課題である。近年は、ハラスメント対策の法整備や悲惨な事件の報道、多様性尊重意識の高まりなどにより、ハラスメントに厳しい世の中へと変化してきており、職場ハラスメントに対する意識も高まっているように思える。

しかし、そのような世の中の変化の渦中にあっても、社内でハラスメント被害に遭った被害者の多くが会社には言わずに泣き寝入りし、会社を去っているのが現状だ。被害者側は、会社に伝えても解決につながらない、ハラスメント被害を訴えれば自分が損をする、もしくは被害がよりエスカレートすると感じることが多い※1。では、具体的にハラスメント被害者の泣き寝入り、および離職は、どれくらい発生しているのだろうか。

パーソル総合研究所では、2022年8月~9月に、「職場のハラスメントについての定量調査」を行った。本コラムでは、その結果から、職場のハラスメントがもたらしている損失の状況を見ていきたい。

※1 厚生労働省「令和2年 職場のハラスメントに関する実態調査」による

  1. ハラスメントの発生状況
  2. ハラスメント被害者の泣き寝入りをもたらす会社の対応
  3. 総離職の約1割がハラスメントによるもの
  4. ハラスメントによる離職がもたらす負のスパイラル
  5. まとめ

ハラスメントの発生状況

まず、ハラスメントの発生状況を見てみよう。ハラスメントの被害経験率は34.6%、ハラスメントを見聞きした経験については、39.5%だった(図1)。実に3人に1人がハラスメント直接受けた経験があるという結果だ。なお、本調査結果は、あくまでも被害者および目撃者側の認識を問うているため、客観的にみたらハラスメントにはあたらない事案も含まれる可能性があることに留意されたい。

図1:ハラスメントを直接受けた経験率と見聞きした経験率

図1:ハラスメントを直接受けた経験率と見聞きした経験率

出所:パーソル総合研究所「職場のハラスメントについての定量調査」


さらに、過去5年以内のハラスメント被害経験についてみれば、特に若手、派遣社員がハラスメント被害に遭いやすいことが分かった(図2)。ハラスメントは、基本的にはパワーの強いものが弱いものを攻撃する、という構造の中で行われる。本調査でも、ハラスメント被害の6割以上が上司によるもので、部下の立場に置かれる若い年代ほど被害に遭いやすい傾向が顕著だ。また、正社員と比べ弱い立場に置かれることが多い派遣社員についても同様に被害経験率が高い。

図2:ハラスメント経験率(性別・年代別・雇用形態別)

図2:ハラスメント経験率(性別・年代別・雇用形態別)

出所:パーソル総合研究所「職場のハラスメントについての定量調査」

ハラスメント被害者の泣き寝入りをもたらす会社の対応

このように、ハラスメント被害の発生率は高く、働く誰にとっても他人事ではないといえる。また、ハラスメントは深刻な精神障害を引き起こす恐れがある。本調査では、ハラスメント被害者の8.2%が「しばらく会社を休んだ」、3.8%が「医師やカウンセラーに相談した」と回答した(図5)が、これらの回答者は何らかの心身の不調を感じた可能性が高い。精神障害の労災認定はハラスメントが原因であるケースが最も多く、2021年度のハラスメントによる精神障害の労災認定件数は186件と、10年前の4.7倍に増加している※2。法整備が進んだことで企業側の法的リスク・風評リスクも上昇している。

しかし、本調査では、会社からハラスメントに対して対応があったと答えたのは、被害者全体の17.6%にとどまった(図3)。そもそも、会社がハラスメントを認知していないケースが45.2%と多い。しかし、会社が「認知していたが、対応なし」のケースも37.2%を占めており、会社が認知していたケース(認知していたが、対応なし+対応あり)だけでみても、約7割が対応されていない。さらに、会社の対応内容をみると、相談に乗ったり、ヒアリングを行ったりといった事実確認が主であり、加害者への注意や接点を無くすといった実効策がとられたケースはさらに少ない。

※2 厚生労働省「令和3年度 過労死等の労災補償状況」による。件数は、精神障害発症の原因のうち、「上司等から、身体的攻撃、精神的攻撃等のパワーハラスメントを受けた」と「同僚等から、暴行又は(ひどい)いじめ・嫌がらせを受けた」の合算値。

図3:ハラスメントに対する会社側の対応実態(被害者に聴取)

図3:ハラスメントに対する会社側の対応実態(被害者に聴取)

出所:パーソル総合研究所「職場のハラスメントについての定量調査」


その結果、ハラスメント被害の内、「ハラスメント行為がなくなった」、「ハラスメント行為は改善された」という、ハラスメント行為自体の改善がみられたケースは15.8%だった(図4)。このような状況では、被害者が会社に報告することをためらうのは当然であろう。会社に報告しても解決しない、という先述の予測は被害者の思い込みではなく、事実だったといえる。

また、ハラスメント被害の帰結として、最も多くを占めたのが、「ハラスメント行為者との接点がなくなった」で35.5%を占める。しかし、先の通り、会社の対応により接点がなくなったケースは少なく、離職や休職が多くを占めている。多くの人が会社に報告しても解決しないので、自己解決するか、離職を選ぶか、それができなかった人は体調を崩し休職することを余儀なくされている。

図4:ハラスメントの解決度

図4:ハラスメントの解決度

出所:パーソル総合研究所「職場のハラスメントについての定量調査」

総離職の約1割がハラスメントによるもの

ハラスメント被害者の中で、ハラスメントへの対処として「会社を退職した」のは20.6%であった(図5)。ハラスメント被害にあった人の実に5人に1人が離職していることになる。

図5:ハラスメントに対する被害者対応

図5:ハラスメントに対する被害者対応

出所:パーソル総合研究所「職場のハラスメントについての定量調査」


本調査では、具体的にハラスメントによる離職がどの程度の規模なのかを知るために、全国のハラスメントによる年間離職者数の簡易推計※3を行った。その結果、国内のハラスメントによる年間離職者数は86.5万人と推計された(図6)。退職者の約1割が、ハラスメントを理由に辞めていることになる。年代別にみると、ここでも20代が最も多い。

※3 オープンデータ(厚生労働省「令和3年雇用動向調査」)で示されている全国の年間総離職者数に、本調査データが示した直近の退職理由がハラスメントであった割合(n=19,358)を掛け合わせて算出(両データの回答者属性の違いによる回答バイアスを補正するために、性×年代×業種の160区分別に算出し合算)。

図6:ハラスメントによる離職者数推計(全体、性別、年代別)

図6:ハラスメントによる離職者数推計(全体、性別、年代別)

出所:パーソル総合研究所「職場のハラスメントについての定量調査」


また、ハラスメントを理由に離職することを会社に伝えていない離職者は、57.3万人と推計された(図7)。ハラスメントを理由に離職した人の約7割が会社に伝えていないことになる。離職するのであれば、会社に伝える必要はない、と考える従業員が多いと考えられる。

見方を変えると、ハラスメントを理由とした離職は、企業が把握している数の平均約3倍という計算になる。企業が思う以上に、ハラスメントを理由とした退職は多いと考える必要があるだろう。

図7:離職理由を会社に伝えていないハラスメント理由離職者数

図7:離職理由を会社に伝えていないハラスメント理由離職者数

出所:パーソル総合研究所「職場のハラスメントについての定量調査」

ハラスメントによる離職がもたらす負のスパイラル

さらに、ハラスメントによる離職は、人手不足と相まってより事態を悪化させることも見えてきた。ハラスメントによる離職者は、人手不足の業界に多い傾向があった。具体的には、企業の求人意欲が高い「宿泊業、飲食サービス業」「医療、福祉」「建設業」では、ハラスメントを理由とした離職者の割合が多く、企業の求人意欲が低い「電気、ガス、熱供給、水道業」「情報通信業」「金融業、保険業」「複合サービス事業」ではハラスメントを理由とした離職者の割合は少ない傾向がある(図8)。

図8:ハラスメントによる離職の割合と労働力不足の関係(業種別)

図8:ハラスメントによる離職の割合と労働力不足の関係(業種別)

出所:パーソル総合研究所「職場のハラスメントについての定量調査」

例えば、介護業界では、人手不足が深刻であり、少人数で仕事を回さなければならず過重労働に陥る職場が多い。このような職場では、従業員がストレスからハラスメント加害を行いやすく、経営側も余裕がないためハラスメントが放置されやすい。中には、ハラスメントというストレスのはけ口があれば経営側が抗議されないため、スケープゴートとしてハラスメントを意図的に放置する経営者もいるという話も聞かれる※4

つまり、人手不足の職場ではハラスメントが起こりやすく、ハラスメントによる離職者が増加する。それによりさらに人手不足が悪化しハラスメントが起こりやすい職場環境が常態化していくという負のスパイラルが起きている。これもハラスメント離職の深刻な一面だと言える。

※4 坂倉昇平(2021)「大人のいじめ」 講談社現代新書

まとめ

調査結果をまとめると、ハラスメントは働く人の3人に1人が経験し、その内5割が会社に伝えず泣き寝入りをし、2割が離職する。全国の総離職の1割はハラスメントが理由になっており、その内の約7割が退職理由(ハラスメント)を会社に伝えることはない。その背景には、ハラスメント被害者が会社に相談しても解決しないと考え相談しない実態、そして事実会社がハラスメントを認知していたとしても実効性のある対応が行われない実態がある。しかし、人手不足がますます深刻さを増す中、ハラスメント離職が人手不足を呼び、人手不足がさらなるハラスメントを呼ぶという負のスパイラルにはまってしまえば、抜け出すのは困難だ。ハラスメント被害者の泣き寝入りと離職が横行する現在の状況を改善するために、会社の適切なハラスメント防止対策およびハラスメント発生後の対応ルールの整備が求められる。

本コラムのポイントは、以下の3つである。

・ハラスメントは就業者の3人に1人が経験したことがあり、その内5割が会社に伝えず泣き寝入りをし、2割が離職する。その背景には、会社に報告する被害者の少なさ(48.7%)と、会社の対応のなさ(会社が認知したケースでも約7割が対応されない)がある。

・全国のハラスメントによる年間の離職者数は、86.5万人と推計され、総離職の約1割を占める。また、退職理由(ハラスメント)を会社に伝えずに離職する人は、その内の約7割にのぼる。

・ハラスメントによる離職が多い業界は同時に人手不足の傾向があり、人手不足がハラスメントを呼び、ハラスメントによる離職がさらなる人手不足を呼ぶという負のスパイラルが想定される。

本コラムが職場のハラスメント対策についての建設的な議論の一助になれば幸いである。

執筆者紹介

金本 麻里

シンクタンク本部
研究員

金本 麻里

Mari Kanemoto

総合コンサルティングファームに勤務後、人・組織に対する興味・関心から、人事サービス提供会社に転職。適性検査やストレスチェックの開発・分析報告業務に従事。
調査・研究活動を通じて、人・組織に関する社会課題解決の一翼を担いたいと考え、2020年1月より現職。


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