公開日 2024/08/27
昨今、顧客からの不当な要求や嫌がらせ行為であるカスタマーハラスメント(以降カスハラ)が社会問題化する中、パーソル総合研究所は対人サービス職を対象とした「カスタマーハラスメントに関する定量調査」を実施した。その調査からは、カスハラ被害の実態だけでなく、多くの現場ではカスハラが「我慢」「放置」「無視」されているという問題が鮮明に明らかになっている。本コラムではこれらのデータを紹介しながら、求められる企業側の対応姿勢について議論したい。
パーソル総合研究所の調査では、対人サービス職全体において、35.5%の従業員が過去にカスハラ被害を経験しており、3年以内の被害経験者は20%を超えていた。カスハラ被害は、従業員にどのような影響を与えるだろうか。
カスハラ被害を受けた後の心境について尋ねると、「仕事を辞めたい」と感じた者が38%、「出勤が憂うつになった」と感じる者が45.4%と高い割合に上る。やはりカスハラ被害は心象として、かなりのネガティブな心象を残している。
図表1:カスハラ被害後の従業員の心境
出所:パーソル総合研究所(2024)「カスタマーハラスメントに関する定量調査」
さらに多角的に把握するために、1年以内のカスハラ被害経験の「あり層」と「無し層」について、職種や性年代をコントロールしながら比較した。すると、被害経験「あり」層は無い層と比べて、転職意向が1.8倍から.1.9倍も高くなっていた。すでに辞めてしまった割合はこの中に含まれない。つまり、今はまだ働き続けていても、離職への誘因を引きずりながら働いている人の多さを示していることになる。職場・企業単位の年間の平均離職率で比較してみても、カスハラ被害がある職場では、年間平均離職率が約1.3倍も高くなっていた。
図表2:カスハラ被害者の転職意向[あてはまる計・%]
出所:パーソル総合研究所(2024)「カスタマーハラスメントに関する定量調査」
職種別に、カスハラ経験率と離職率をマッピングしてみても、その両者には緩やかな相関関係が見られる。また、マッピングの右上には、カスハラ経験率と離職率がともに高い職種として、「福祉職(介護士・ヘルパーなど)」、「宿泊サービス」、「受付・秘書」、「医療職(医師、看護師など)」の職種が浮かび上がってくる。こうした職種は人材不足の要因にカスハラが寄与し続けている可能性が高く、特に対策が急務だ。
図表3:カスハラ経験率と離職率[職種別・%]
出所:パーソル総合研究所(2024)「カスタマーハラスメントに関する定量調査」
では、カスハラ発生時に、従業員と企業はそれぞれどのように対処しているのだろうか。
カスハラ被害を受けたその場での従業員の対応は、「ただ我慢した(37.0%)」が最も高く、「反論、説得等を行った(26.9%)」と続く。
カスハラ発生時のその場の顧客対応は、カスタマーサービスやお客様相談部門などによる実務的知見がかなり蓄積されている領域である。例えば、クレームに対しては「恐れいりますが」「あいにくですが」といった丁寧なクッション言葉を挟むことや、限定的な謝罪をすること、謝罪言葉のバリエーションを増やすことなどがアドバイスされている※1。とはいえ、激高する相手や理不尽な言動をする相手への対応は従業員にとってやはり難しいことであり、現場での対処も「我慢」という消極的な態度に偏っている。
※1 日本対応進化研究会(2020).『グレークレームを“ありがとう!”に変える応対術』.日本経済新聞出版
従業員のその後の行動としては、「社内の上司に相談した(41.5%)」、「特に何もしなかった(41.3%)」「社内の同僚に相談した(25.4%)」の順に高い。報告することと何もしないことが同程度に高いという状況だ。
では、会社側はどのような対応を見せているだろうか。
カスハラ被害後の会社側の対応は、「被害を認知していたが、何も対応はなかった」が36.3%で最も高い。「認知していない」も19.3%であることを考えれば、従業員が受けるカスハラ被害は、その多くが企業からなんの対応も受けていないことが分かる。
図表4:カスハラ被害後の会社の対応[%]
出所:パーソル総合研究所(2024)「カスタマーハラスメントに関する定量調査」
カスハラ被害への対応は時間も人員もかかるものであり、組織マネジメントとして一定のコストである。対応内容として最も多いのは「事実確認のためのヒアリング(44.5%)」であり、現場も忙しい中での丁寧な対応は後回しになりがちだ。また、トラブルが解消してしまえば、「喉元過ぎれば熱さを忘れる」で、その後はおざなりの対応をしてしまうシーンは多い。
それだけでなく、従業員側にも何かしらの落ち度がある場合には、顧客のせいだけとは言えないと判断し、対応に対して消極的になることもある。しかし、報告したことに対して会社が何の対応もないことが積み重なれば、「カスハラがあっても我慢するだけ」という意識が広がり、その職場からは人心が離れていく。
カスハラ被害後の会社の対応がないこと以上に、カスハラ被害を受けたという報告に対して、被害者の従業員側を追い詰めるようなことも一部の職場では存在することが分かった。
その内容は、カスハラ被害後に、会社や上司から「ひたすら我慢することを強要された(11.0%)」、「軽んじられ、相手にしてもらえなかった(8.9%)」、「一方的に自分自身に責任転嫁された(8.2%)」と続く。嫌がらせを受けた被害者に対して、さらに追い打ちをかけ、ネガティブな影響を加速させてしまうような対応だ。これらカスハラの「セカンド・ハラスメント」とも呼べるような状況は、被害者全体で25.5%と4人に1人の割合で見られ、無視できるような頻度ではない。
こうした会社の不適切な対応は、その後の従業員の会社への信頼を損ねるということも分かっている。カスハラ対策を検討する際、顧客という外部要素だけではなく、組織内部の問題にも企業はきちんと目を向ける必要がある。
図表5:カスハラ被害後に、会社や上司から受けた対応[複数回答・%]
出所:パーソル総合研究所(2024)「カスタマーハラスメントに関する定量調査」
また、調査サンプル数が一定確保できた職種(40人以上の全18職種)について、セカンド・ハラスメントが多い職種を抜粋した。すると、単にカスハラ被害が多い職種とはやや異なり、教職員や営業職、飲食といった職場でセカンド・ハラスメントが多い傾向が見られた。こうした職種では、カスハラに対して顧客が絶対視されがちということだろうか。いずれにしても注意を要する傾向だ。
図表6:セカンド・ハラスメントの経験率[職種別・上位抜粋・%]
出所:パーソル総合研究所(2024)「カスタマーハラスメントに関する定量調査」
データで確認された状況と昨今の世論的なトレンドを見て、筆者は今こそ、企業がカスハラへの「態度」を内外に表明するべき時期が来たと考えている。顧客とは、あらゆる企業にとっての利益の源ではあるが、それと同時に人材不足や営業妨害といった悪影響の要因でもある。営利企業である限り、後者の悪影響のほうが強い顧客を、「顧客」として扱い続ける必要はない。暴力など明確な犯罪はもちろん、悪意ある行為や不当な要求に対しては、毅然とした態度が求められる。カスハラが社会問題化し、耳目が集まっている今こそがその態度を表明する好機であろう。
すでに多くの企業は実践に移し始めた。例えば、2024年の春、日本最大の交通インフラ業であるJR各社がカスハラ対応への方針を発表。IT関連でも、クラウド会計ソフトを展開するfreeeは、カスハラ行為に該当すると判断した場合、サービス提供を断る方針を発表し、さらに発表に至った経緯をnoteで公表している※2。
※2 東日本旅客鉄道(2024). 「カスタマーハラスメントに対する方針」.https://www.jreast.co.jp/company/customer-harassment/ (2024年8月7日アクセス)
西日本旅客鉄道(2024). 「『JR 西日本グループ カスタマーハラスメントに対する基本方針』を制定いたしました」.https://www.westjr.co.jp/press/article/items/240524_00_press_customerharassment.pdf (2024年8月7日アクセス)
freee(2023). 「カスタマーハラスメントに対するfreeeの考え方」.https://corp.freee.co.jp/news/20230209freee_customer_harassment.html (2024年8月7日アクセス)
freee(2023). 「カスタマーハラスメントに対するfreeeの考え方ができるまで」.https://note.com/jenny_freee/n/n8ef66f4ff055 (2024年8月7日アクセス)
カスハラへの態度表明は、サービス提供側と顧客のふれあいを減少させ、ギスギスさせてしまうものに思えるかもしれない。しかし、それはカスハラと無縁の多くの普通の顧客に対しては大切に扱うという「メリハリ」のある態度として表現/理解されるべきだろう。カスハラが起こることによって、「普段の、普通のお客様の大切さに気が付く」ということも現場では往々にしてよくある光景だ。
当然ながら、私達の生活は、多くのサービス提供者に依存して成り立つ。顧客と提供側が良好な関係でいられるためにも、サービス現場で人が前向きに働き続けるためにも、カスハラに対する方針を会社ぐるみで取りまとめていくことを進言したい。
パーソル総合研究所が実施した「カスタマーハラスメントに関する定量調査」 から、カスハラ被害に対する従業員と会社のそれぞれの対応を見た。現状、多くの職場でカスハラが「我慢」「放置」「無視」されており、結果的にサービス職の人材不足を加速させ続けている現状がクリアに見えてきた。これまでも、カスハラ被害者として黙って職場を去っていった労働者は大量に存在し、この瞬間もそれは続いている。それどころか、一部の現場では、セカンド・ハラスメントのような我慢の押しつけや従業員への責任転嫁が行われている実態も明らかになった。
今、カスハラへの耳目が集まっているこのタイミングで企業に求められるのは、会社としてカスハラへの毅然とした態度の表明である。顧客とは企業利益の源であるが、それはカスハラをしない大部分の顧客についてである。悪質な行為を行う顧客を「顧客」として扱い続ける必要はない。この現状を踏まえ、企業側、マネジメント側が従業員や顧客に対して「どう考え・どう対応するか」を明確に示すべき時期が来ている。
※このテキストは生成AIによるものです。
セカンド・ハラスメント
セカンド・ハラスメントとは、カスハラ被害報告後に、従業員がさらなる嫌がらせを受けることを指す。典型例として、「我慢の強要」や「軽んじられる」「一方的な責任転嫁」などがある。
シンクタンク本部
上席主任研究員
小林 祐児
Yuji Kobayashi
上智大学大学院 総合人間科学研究科 社会学専攻 博士前期課程 修了。
NHK 放送文化研究所に勤務後、総合マーケティングリサーチファームを経て、2015年よりパーソル総合研究所。労働・組織・雇用に関する多様なテーマについて調査・研究を行う。
専門分野は人的資源管理論・理論社会学。
著作に『罰ゲーム化する管理職』(集英社インターナショナル)、『リスキリングは経営課題』(光文社)、『早期退職時代のサバイバル術』(幻冬舎)、『残業学』(光文社)『転職学』(KADOKAWA)など多数。
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