公開日 2024/08/28
昨今、顧客からの不当な要求や嫌がらせ行為であるカスタマーハラスメント(以降カスハラ)に世間の耳目が集まる中、パーソル総合研究所が実施した対人サービス職への「カスタマーハラスメントに関する定量調査」 からは、広範囲なカスハラ被害の実相が浮かび上がってきた。本コラムでは調査データの中から、カスハラに対して求められる企業側の対応姿勢について議論したい。
まず、カスハラを「未然に防ぐ」ということの可能性と限界について考えてみたい。
例えば、店舗や事業所に設置する監視カメラやポスターによる掲示といった施策は、一定の抑止効果が期待できる。セルフレジなどの対応を増やすことも、カスハラ発生機会そのものを減らせるだろう。また、パーソル総合研究所の分析では、店舗や事務所空間の「音響の快適さ」「備品充足」「オペレーションの良さ」などの要素は、カスハラ発生頻度を低くしている関係が見られた。
一方で、カメラや録音などがされていても、カスハラは多くの現場で起こっていることが報告されている。先ほどの分析傾向も、統計的な影響力はかなり低く、決定的ではないことが示されている。
カスハラは、「防ぐ」ことを狙うことは一定できるが、どうしても「防ぎきることはできない」。これが社内でコントロールしやすい職場でのセクハラやパワハラと異なる点だ。すでにコラム「日本におけるカスタマーハラスメントの現在地」で整理したように、社会の孤独化や高齢化といった対外的な要素に左右されながら、増加傾向が見られているカスハラに対して、未然に防ぐことの難しさは拭い去ることはできない。
では、企業として必要なのは、カスハラを防ぎきることに躍起になることでも、場当たり的は対応を繰り返すことでもない。考えるべきは、「カスハラが起こったとしても、負の影響を最小化させる」ことである。「カスハラに強い」職場にはどんなことが求められるのか。こうした視点でカスハラを考えるとき、カスハラと人材マネジメント全体との関連が見えてくる。
そこでパーソル総合研究所では、独自調査データを分析した結果から、「カスハラに強い」組織の要素について「信頼資産」と「心の負債」という考え方で下記のように図式化した。
図表1:カスハラに強い職場の要素
出所:パーソル総合研究所(2024)「カスタマーハラスメントに関する定量調査」
「信頼資産」とは、端的にいえば「何かあっても会社全体で助け合えるだろう」と思える、企業内部の信頼の蓄積である。従業員はカスハラ被害やその他のトラブルに対して、同僚や会社、上司に対する信頼の高低が、同じカスハラ事象に置いてもカスハラ被害による転職意向の増加などの負の影響を軽減させていることが示唆された。
「心の負債」とは、トラブルが起こったときに「自分は何もできない」や「また起こってしまったらどうしよう」という従業員のネガティブな見通しのことである。つまりカスハラに「怯えている」状態を表す。これもまた実際に起こったときのネガティブな影響を増幅させることが示されている。
例えば、「信頼資産」が高い群と低い群を比較すれば(高中低の3層比較)、カスハラ被害後の従業員の心境として「仕事を辞めたい」が23.2ポイント低く、およそ半分であった。同様に、「心身に不調をきたした」は14.9ポイント低く、「転職時は顧客やり取りの無い仕事につきたい」が18.6ポイント低い。「心の負債」が高いと、その真逆の傾向が見られ、心の負債が高いほどにカスハラが起きた時の心象が悪い。
図表2:「信頼資産」と「心の負債」の高低比較
出所:パーソル総合研究所(2024)「カスタマーハラスメントに関する定量調査」
これはつまり、同じカスハラが起きたとしても、組織に対する従業員の「構え」が異なれば、離職やメンタルへのダメージといったネガティブな影響が薄いということだ。トラブルに対して会社内で助け合って対処できることを「信頼」しているか、逆に「怯え」ているか。前者がまさに、「カスハラに強い」組織である。
では、会社として、信頼を蓄積するにはどうすればよいだろうか。
さらに分析を進めれば、信頼資産が高い組織は、「チームワーク志向」「自由闊達」「開放的な組織文化」が高いことが分かった。チームとして助け合っていたり、メンバー同士や上司と自由で活発なコミュニケーションが行われていたりする企業は、信頼資産が高い。客として接客される側からも、こうしたムードがある店舗とない店舗は伝わってしまうものだが、闊達な雰囲気のない現場は、カスハラというトラブルにも弱いというとことだ。
逆に信頼資産が低い組織は、「顧客意向」と「属人思考」が強い傾向が見られる。属人思考とは、「何を言ったか」よりも「誰が言ったか」が優先されるような風土のことである。店長に権力が集中していたり、現場を無視したような指示が本社からただ降りてきたりするだけのような、「上の人には逆らえない」職場では、信頼は蓄積されていない。
職場全体のコミュニケーション活性化のためには、ワークショップや車座的な組織開発の実施や、サーベイ結果をもとにした対話会などの実施が考えられる。シフト勤務も多いサービス業ではなかなか行われないが、半期に1度などのペースでも従業員同士が職場について話し合う機会をまずは作りたい。
図表3:「信頼資産」を貯める組織文化
出所:パーソル総合研究所(2024)「カスタマーハラスメントに関する定量調査」
また、組織風土に影響を与えるものとして、上司や店長といった現場長の影響は大きい。部下の回答傾向から、上司への信頼度の高いタイプと低いタイプの比較を行ったところ、信頼度が高いタイプは、部下の「成長」への志向性が高く、傾聴・観察、成長支援などの行動をしていることが分かった。つまり、平素から部下の言動を観察し、成長をサポートするようなマネジメントができているかが、その上司への信頼を左右しているということである。決してトラブルが起きたときの対応という一時的な要素ではない。
逆に、信頼度が低いタイプは「顧客志向」だけが強い傾向が見られた。部下の成長に期待せず、「お客様」のほうばかりを向いているようなマネジメントでは、まったく信頼は得られていない。
バブル崩壊後、デフレ経済下の価格競争の中で、多くのサービス業は売り上げノルマやその他KPIのトップダウン管理を発達させることで利益を得てきた。しかし、こ「売り上げ管理」だけを現場長に強制させるような人材マネジメントは、カスハラに弱い職場を大量に作り出すリスクを振りまいてきたともいえよう。
このように考えれば、カスハラとは決して「外部からやってくる」攻撃だけではなく、企業経営の「内部の問題」として捉えなされる必要がある。育成含めたピープル・マネジメントを軽視する傾向は、多くの企業で相変わらず見られるが、カスハラの問題化を機に見直されるべきである。マネジメント研修訓練の拡充、トップメッセージなど、できることはたくさんある。それは「カスハラ対応」という狭い領域を超えて、人材マネジメント全体の向上を目指して行われるべきだ。
図表4:信頼される上司のマネジメントの志向性
出所:パーソル総合研究所(2024)「カスタマーハラスメントに関する定量調査」
残念ながら、現在のところ、カスハラ全体に対して企業の対応は後手に回っている。従業員が回答したカスハラ予防・解決策は、「実施されていない(43.0%)」が最も高く、多くの企業では実施していないか、従業員に認知されていない。取り組んでいる会社は、「社内に相談窓口が設置されている(47.5%)」、「クレームやハラスメントの事例が社内で共有されている(39.5%)」が続く。どの業界でも人材不足が連呼される中で、人事や経営は「人が採用できない」という目の前の課題にばかりコストを割くが、一方でカスハラ対応のような定着に直結するような施策は軽視し続けられているようだ。
図表5:職場のカスハラ予防・解決策の実施率[%]
出所:パーソル総合研究所(2024)「カスタマーハラスメントに関する定量調査」
カスハラ対策の具体的な施策例と、各施策への調査から見えたポイントは下記にまとめた。それぞれについての細かな説明は省略するが、多角的な施策の検討が求められるなかで参照されたい。
図表6:カスハラ対策の施策例と調査から見えたポイント
出所:パーソル総合研究所(2024)「カスタマーハラスメントに関する定量調査」
もう少し短期的にできることは、カスハラが「起こった後の対応」の適正化である。現場では、カスハラが起こった後に、初めて「会社が何もしてくれないことが分かった」ということがしばしばある。職場によってはカスハラ被害が、同時に「会社からのサポートのなさ」を従業員に知らしめる機会として作用してしまうのだ。
データを見ても、カスハラ被害後の会社対応の有無によって、その後の従業員の会社への信頼度は極めて大きく変化していることが分かる。
図表7:カスハラ後の会社対応の有無による会社に対する意識の変化
出所:パーソル総合研究所(2024)「カスタマーハラスメントに関する定量調査」
カスハラという事象は、「事件」のような単発的出来事として処理されやすい。カスハラは確かにネガティブなイベントであるが、組織としてはそれを単体のイベントとして忘れ去るのではなく、信頼を蓄積するための「好機」として組織マネジメント全体に活かしていく視線が必要になる。
被害者への聞き取りや心身のケア、事例共有はもちろんのこと、会社としての対応フローを整理する、相談窓口を改めて告知する、マニュアルや参考資料を整備することなどの施策は、何も起こっていない平時よりも、発生後の「有事」のほうが実施しやすく、組織内の注目も得やすい。「喉元過ぎれば熱さを忘れる」ではないが、カスハラが収まったり解決したりすることに安堵してしまうことで、この「機会」を逸し続ける企業は残念ながら多い。
これからカスハラが問題視されることが増えてくれば、相談窓口や監視カメラの設置といった施策を単発的に実施する企業が今後も増えてくることが予想される。むろん、何もしないよりは良いことだが、「カスハラがあっても大丈夫だと思える職場」を目指すといった全体の目的・ビジョンを明確にすることは、施策検討の際の目線を合わせる意味でも極めて重要である。
パーソル総合研究所の「カスタマーハラスメントに関する定量調査」 から、カスハラに強い組織の要素について「信頼資産」と「心の負債」という考え方で整理・提言を行った。カスハラを未然に防いだり、単発的な「対応」を繰り返したりするのではなく、カスハラがあっても大丈夫と思えるような「カスハラ強い組織づくり」こそが今後企業に求められる対応である。
顧客第一の組織風土やマネジメントの改善といった長期的な視点の施策に加え、カスハラ対応という「事後対応」の在り方によって、「カスハラへの構え」は大きく変わっている。
カスハラに対して単発的・偶発的な「対応」に終わらせず、中長期・短期的な施策を整理し、総合的な人材マネジメント全体に関わる事象として捉える視線が、これからの企業には必要になってくるだろう。
※このテキストは生成AIによるものです。
信頼資産
信頼資産とは、従業員が「何かあっても会社全体で助け合えるだろう」と感じられる、企業内部の信頼の蓄積を指す。この信頼は、カスハラが発生した際の負の影響を軽減し、企業全体の結束力を高める役割を果たす。
心の負債
心の負債とは、従業員が「自分は何もできない」や「また起こったらどうしよう」といったネガティブな見通しを抱える状態を表す。カスハラに怯える心理状態を増幅させ、トラブル発生時のネガティブな影響を大きくする。
シンクタンク本部
上席主任研究員
小林 祐児
Yuji Kobayashi
上智大学大学院 総合人間科学研究科 社会学専攻 博士前期課程 修了。
NHK 放送文化研究所に勤務後、総合マーケティングリサーチファームを経て、2015年よりパーソル総合研究所。労働・組織・雇用に関する多様なテーマについて調査・研究を行う。
専門分野は人的資源管理論・理論社会学。
著作に『罰ゲーム化する管理職』(集英社インターナショナル)、『リスキリングは経営課題』(光文社)、『早期退職時代のサバイバル術』(幻冬舎)、『残業学』(光文社)『転職学』(KADOKAWA)など多数。
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