公開日 2023/04/03
ハラスメントの中でもパワハラはグレーゾーンが広く、「どこからがパワハラなのか」悩ましいケースも多い。そこで、「パワハラ防止法」をはじめとしたハラスメントに関する法律のポイントについて、労働法の専門家でハラスメントの事例に詳しい成蹊大学の原昌登教授に伺った。
成蹊大学 法学部 教授 原 昌登 氏
北大学法学部卒業。東北大学法学部助手、成蹊大学法学部専任講師、同助教授等を経て、2013年より現職。主な研究分野は、労働法全般、ハラスメントの法律問題、「働き方改革」の意義と課題。労働政策審議会の部会委員として法改正などに関わるほか、司法試験委員等を務める。著書に『ゼロから学ぶ労働法』など。
職場で発生するハラスメントにはセクハラ、マタハラ、育児・介護ハラスメント(育介ハラ)、そしてパワハラなどがありますが、実は規制する法律がそれぞれ異なり、そこがハラスメント関連の法律の分かりづらいところです。まずセクハラ、マタハラは「男女雇用機会均等法」、育介ハラは「育児・介護休業法」、そしてパワハラは通称「パワハラ防止法」と呼ばれる「労働施策総合推進法」で、法制化もこの順で行われてきました。「パワハラ防止法」は、まず2020年6月に大企業を対象に施行。2022年4月からは中小企業にも適用され、全面施行となりました。
ほかのハラスメントの法規制に比べパワハラの法規制が遅れたのは、「パワハラ」という言葉が生まれたのが2001年と比較的新しく、認知されるのが遅かったということが挙げられます。さらにセクハラやマタハラなどと比べ、ハラスメント行為と注意・指導の境目が分かりづらいというのも、時間がかかった理由です。
2017年3月に働き方改革実行計画が発表された際、パワハラも課題として挙がったものの、法制化に対して企業側からは抵抗感も示されました。しかし、当時からパワハラは問題になっており、法律がないことには企業によって対応にばらつきが出るということで、労働組合側からの声も後押しとなり、法制化に至りました。
では、法律上、職場での教育や指導とパワハラの違い、線引きはどこにあるのでしょうか。労働施策総合推進法の第30条の2には、「事業主は、職場において行われる優越的な関係を背景とした言動であって、業務上必要かつ相当な範囲を超えたものによりその雇用する労働者の就業環境が害されることのないよう、(中略)必要な措置を講じなければならない。」と書かれています。
つまり、ⓐ優越的な関係を背景とした言動で、ⓑ業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより、ⓒ就業環境が害される、という3要件すべてに該当する状態が、法律的にはパワハラだと認定されるということです。
図:パワハラの定義(3要件)
この3要件すべてに該当する具体的な行為として考えられることには、①殴る、蹴るなどの身体的な攻撃、②うつ病に追い込むような精神的な攻撃、③無視や仲間外しなど人間関係からの切り離し、④明らかに能力や役割以上の過大な要求、⑤明らかに能力や役割に満たない過小な要求、⑥プライバシーに立ち入るなど個の侵害、の6つがあります。
図:パワハラの代表的な言動の6類型
心身への攻撃はもちろん、過剰なノルマを課すことや反対に仕事をさせないこと、故意に情報の共有を避けること、仕事と関係ない個人的な事情に立ち入ることなどは、教育や指導と異なり、その人の《人格》を傷つけ、否定する不当な行為であるということです。仮に裁判でその行為がパワハラとされると、民法709条の「不法行為」に該当するとして損害賠償責任が生じます。これまでの裁判事例を見ると、たとえ厳しい叱責であっても、ミスの原因を明らかにして再発防止を講じようとしているなど、それが相手の《人格》を傷つける行為でなければ、パワハラではないと判断される傾向にあります。
なお、ときどき企業の方の中に、従業員から訴えがあっても「先ほど挙げた3要件に該当しなければパワハラではないので、対応しなくてよい」と考える人がいますが、それは誤った認識です。例えば、3要件のうちⓐに該当するとはいえない、お互いに優越的な関係があるとはいえない完全な同僚同士のトラブルでも「職場のトラブル」であることに変わりはありません。企業には、従業員が健康で安全に働けるように配慮しなければならない義務(安全配慮義務)がありますから、職場のトラブルについては対応が必要です。むしろ法的にパワハラに当てはまらないようなときこそ、人事の腕の見せどころといえるのではないでしょうか。
ハラスメントに関する法規制には、「防止措置の義務付け」と「賠償責任」の大きく2つの柱があります。前者は労働施策総合推進法などによって、会社側にさまざまな防止措置を義務付けることで、ハラスメントのない職場環境をつくろうというのが目的です。後者は、ハラスメントの加害者と会社に民事上の損害賠償責任を課すことで、被害者を救済するとともに、ハラスメントの抑止力となることを期待するものです。
では、ここからは後者の損害賠償責任について解説しましょう。
ハラスメント行為というのは被害者の《人格》を傷つける「不法行為」であり、民法709条に基づいて加害者に損害賠償責任が生じるということは先述しました。ここで、被害者に対する賠償責任は加害者本人だけでなく会社側にも生じるということが大きなポイントです。その法的な根拠は大きく2つあります。
ひとつは会社が加害者を雇っていたという責任です。民法715条の「使用者責任」に当たるとして、会社は従業員である加害者がハラスメントという不法行為を行ったことについて賠償責任を負うことになります。もうひとつは、会社は従業員に対して労働契約法5条の安全配慮義務を負っていることによるものです。ハラスメントが起こったということは職場の安全等への配慮が十分ではなかったとして、安全配慮義務に違反があったと考えます。この義務違反は民法415条の「債務不履行」として会社側に賠償責任が生じることになります。
つまり、パワハラは《人格》を傷つける《人権問題》であると同時に、《法律問題》としても扱われるということです。会社側は賠償責任を負うかもしれないという点を認識しなくてはなりません。従業員からパワハラ被害の訴えがあった際、職場でよくある人間関係のトラブルだなどと安易に考え、受け流すようなことはしないようにしましょう。
「パワハラ防止法」で義務付けられた防止措置としては、①研修などの周知・啓発活動を行う、②相談窓口や相談体制を整備する、③パワハラが発生した場合には迅速かつ適切に対応する、という大きく3点が挙げられます。いわば3点セットです。この防止措置を講じなかった場合、行政から指導・注意されることになります。
こで多くの人が悩むのが、③のパワハラ発生時の対応というのは、いったい「何を」「どこまで」やればいいのか、ということでしょう。
最初に知っておいていただきたいのが、パワハラ問題で裁判になったものの多くが、「パワハラを訴えたのに会社側が対応してくれなかった」ケースだということ。つまり③のパワハラ発生時の対応をしっかりやらないと、問題がこじれやすいということです。
パワハラがあったと従業員から訴えがあった場合、企業側がすべきことは、「相談を受け」「それに基づいて調査を行い」「その結果を踏まえて必要な対応につなげる」ことです。ヒアリング、認定、懲戒処分や人事上の改善指導等の3段階で、できるだけ迅速に対応する必要があります。相談を放置するようなことは、それ自体が会社側の安全配慮義務違反となり得ます。
ヒアリングの際には、プライバシーが保てるような環境を用意し、必要に応じ相談者の同性の方が立ち会うなど、十分に配慮するようにしましょう。また、「そんなことはパワハラとはいえない」といった個人的な感想や価値観はいったん横に置き、相手の話を冷静に整理しながら「傾聴」することが大切です。
さらに、相談者の意向にも留意する必要があります。話を聞いてほしいだけなのか、加害者に注意してほしいのか、それとも加害者に対し何らかの処分を求めているのか。相談者の意向を無視して相談員が勝手に話を進めたり、先走ったりしないようにも気を付けましょう。
ここまで、会社にはパワハラ防止のための措置を講じる義務があることとともに、安全配慮義務があることを説明してきました。この安全配慮義務は、正社員はもちろん、雇用契約を結んでいるアルバイトや契約社員などに対しても生じます。
さらに、会社と業務委託契約を結んだフリーランス(個人事業主)や、日常的に取引がある取引先企業の従業員に対して自社の従業員がハラスメントを行った場合にも、安全配慮義務違反等で賠償責任を問われる可能性があります。社外のフリーランス等は先述した「防止措置」の直接の対象ではないのですが、会社との関係性から安全配慮義務が生じることがある点に注意が必要です。
なお、従来のハラスメントの裁判では、被害者が会社のみを訴えるケースが多かったのですが、近年は加害者と会社の両方を訴えるケースも目立つようになってきています。また、会社や加害者に対してだけでなく、事情を知っていながら何も対応しなかったとして、代表取締役個人にも賠償責任を認めた判決も出ています。いずれにしても、裁判などでハラスメントの問題が世に知れ渡れば、企業ブランドの棄損にもつながってしまうでしょう。
そもそも、ハラスメントがあるような職場が良い雰囲気であるはずがありません。そのような組織で、果たして良い成果が生まれるでしょうか。きっかけは法令遵守であっても、しっかりハラスメントに対応・対策をしていくことで、次第に組織全体が良くなっていくでしょう。 ハラスメントは《経営問題》でもあるのです。企業の皆さんにはぜひ、そのような意識でハラスメント対策に向かい合っていただきたいと思います。
たとえパワハラと認められなくても、会社には従業員に対する安全配慮義務違反があったとした判例に、A社(アミューズメント施設)で起きた事件があります。これは、上司が部下に対して行った厳しい指導自体についてはパワハラと認定されなかったものの、職場の人間関係や仕事内容の調整を怠ったとして安全配慮義務違反が認められました。B社(銀行)においても、同様のケースで被害者が自殺し、会社に対して数千万円の賠償が命じられています。
また、C社(飲食店)の従業員が上司からのパワハラを理由に自殺した事件では、代表取締役がパワハラを認識していたのにもかかわらず放置していたということで、会社法429条(取締役の第三者に対する責任)という規定に基づき代表取締役個人にも賠償責任があるとされました。
D社(エステ会社)の判例では、社外のフリーランスに対して会社の代表者がハラスメントを行ったことについて、加害者本人の賠償責任だけでなく、会社の安全配慮義務違反による賠償責任も認めました。
雇用関係がない相手に対しても、会社には安全配慮義務が生じ得るという点がポイントです。安全配慮義務の根底には民法1条2項等の「信義則(信義誠実の原則)」、簡単にいえばお互いの信頼関係を損なってはならないという考え方があります。
よって、会社は社外のフリーランスに対しても安全配慮義務を負うことがあるわけです。また、派遣社員の場合も、派遣先企業と派遣社員に雇用関係はありませんが(派遣社員は派遣会社に雇用されています)、派遣先企業は派遣社員に対してハラスメントがあった場合に安全配慮義務等に基づき責任を負うことになります。このほか、就職活動中の学生に対するハラスメントなどにも注意すべきといえます。
以上の事例は、リアルに対面している状況でハラスメントが発生したケースですが、最近ではリモートワーク下での新たなハラスメント(リモハラ)の懸念も出てきています。まだリモートワークが広まってから期間が短いこともあり、判例はありませんが、「部屋をまじまじと見られる」「常に即レスを要求される」など、パワハラの6類型でいう「個の侵害」や「過大な要求」への懸念はよく耳にします。
また、リモートワークは労働時間の長時間化につながる傾向もあります。長時間労働はどうしても人の心の余裕を削ぎ、職場の関係性を悪くしがちなので、ハラスメントとの関係でも注意が必要です。
なお、これはリモハラに限りませんが、ハラスメントがあったことを証明する「証拠」を意識することも重要です。第三者へ相談するメールやSNS、録音やオンライン画面の録画なども重要な証拠になります。会社が対応をする際にも、関係者の主張に関する証拠を意識することは有効かと思います。
社会全体が「ハラスメントは許さない」という方向に向かう中、裁判所の判断もより厳しくなっていくと思われます。「ハラスメントとは何か」「何がハラスメントに当たるのか」という基本的なことをしっかり認識して、事態収拾に当たることがますます重要になっていくといえるでしょう。
※文中の内容・肩書等はすべて掲載当時のものです。
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