ハラスメントを生む「属人思考」風土と改善策

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労働力不足やダイバーシティ&インクルージョンの潮流が高まり続け、ハラスメント防止対策も義務化された2022年、ハラスメントへの対策はほぼすべての企業の課題となったといえる。ハラスメントへの組織的施策の中でも、「組織風土の改善」は、重要だが困難な組織課題の一つだ。本コラムでは、パーソル総合研究所が実施した「職場のハラスメントについての定量調査」 から見えた「属人思考」というキーワードを紹介しながら、ハラスメント対策としての組織風土改革のヒントを提供したい。

  1. ハラスメントを生む「属人思考」風土とは
  2. 「泣き寝入り」も誘発する属人思考
  3. 属人思考を改善するには
  4. まとめ

ハラスメントを生む「属人思考」風土とは

職場におけるパワハラ、セクハラなどの対人的ハラスメントの発生においては、その組織が持つ風土や文化について改善が求められることも多い。ただ、一口に組織風土といってもその要素は数多い。直感的にも、ハラスメントが多い組織と少ない組織の風土が異なることは分かるものの、具体的にどのような点が異なるのかというと、その要点を見極めるのは困難である。ハラスメントが起こりやすくなる組織風土の要素が分からなければ、風土の「改善」についても暗中模索することになるだろう。

そこで今回は、パーソル総合研究所の調査(職場のハラスメントについての定量調査)の結果から、ハラススメントが発生しやすい組織風土の特徴について紹介する。

多くの組織風土の要素から分析した結果見えてきたのは、「属人思考」という組織風土だ。「属人思考」というコンセプトは、もともと心理学者の岡本浩一らが、企業不正・不祥事の研究において導出した概念である(※)。岡本らは、属人思考のことを『問題を把握解決するにあたって、「事柄」についての認知処理の比重が軽く、「人」についての認知処理の比重が重い思考』と説明する。問題の内容や意見の内容そのものよりも、「誰がやったか」「誰が言っているか」ということを重視するような風土である。

※『属人思考の心理学―組織風土改善の社会技術』、編著・岡本浩一・鎌田晶子、2006年、新曜社。

測定の際の具体的な聴取項目としては、
 ・相手の体面を重んじて、会議やミーティングなどで反対意見を表明しないことがある
 ・会議やミーティングでは、 同じ案でも、誰が提案者かによってその案の通り方が異なることがある
 ・トラブルが生じた場合、 「原因が何か」よりも「誰の責任か」を優先する雰囲気がある
などの項目で構成される風土が属性思考だ。

これらの項目について、「全くその通り」から「全くその反対」のどちらに近いかを6件法で聴取すると、こうした項目の多くで、肯定回答が7割を超えており、属人思考の傾向が強い組織は極めて多いことがうかがえる。

図1:ハラスメント被害者が属する組織の特徴

図1:ハラスメント被害者が属する組織の特徴

出所:パーソル総合研究所「職場のハラスメントについての定量調査」


そして、この属人思考がハラスメントの発生を促してしまっている。属人思考の程度別(高中低3層)に分けて比較すると、「高層」は、「中層」の1.26倍ハラスメント経験率が多くなっている。業種・職種などの基本的属性をコントロールする多変量解析を実施しても、この「属人思考」の強い組織は、ハラスメント被害の報告が多い。

図2:属人思考の程度別に見たハラスメント経験率

図2:属人思考の程度別に見たハラスメント経験率

出所:パーソル総合研究所「職場のハラスメントについての定量調査」


物事の正しさや周囲の意見よりも、「社長のやっていることは目をつぶる」「優秀なメンバーの意見が通りやすい」といったことは、組織においてはしばしば起こることである。

人事評価についても、上司に気に入られている人材の評定がずっと高かったり、一度嫌われてしまった人材がその後どれだけ成績を上げても評価が上がりにくくなったりするものだ。

こうしたことは、直接的にハラスメントそのものではないが、ハラスメントが起こりやすい組織風土として企業に蔓延している。ハラスメントのような誰かの行為が問題になるようなことに対して、「行為の内容」の是非よりも「誰がやったか」が優先されるような組織は親和性が高いということだ。

「泣き寝入り」も誘発する属人思考

さらに興味深いのは、こうした組織はハラスメントが発生しやすいだけではなく、ハラスメントが「潜在化」もしやすいということだ。

属人思考の高い組織ではまず、ハラスメントに対する会社対応率が低くなっている。属人思考が強い組織は、「社長ならば多少のハラスメントは仕方ない」「あの部長はもともとそういう言葉遣いをする人だから」といった思考に陥り、ハラスメントが報告された場合にも、会社側も手を打たないということが示唆される。

図3:属人思考の程度別に見たハラスメントに対する会社の対応率

図3:属人思考の程度別に見たハラスメントに対する会社の対応率

出所:パーソル総合研究所「職場のハラスメントについての定量調査」


こうしたことが影響してか、属人思考の高い組織では、被害者側の「相談無力感」も高まっている。相談無力感とは、「この組織でハラスメントを報告しても相談にのってくれないだろう」、「会社はハラスメントを隠そうとするだろう」、「対処しないだろう」という「相談しても解決に結びつかないだろうという被害者側の予期」のことだ。

例えば、「上司」がハラスメント加害者だった場合には、同僚や顧客が加害者である場合よりも、相談無力感がとびぬけて高い。さらに、役職者の役職が係長から社長まで上がれば上がるほど、被害者側の相談無力感は如実に上がっていることも分かっている。

逆にいえば、ハラスメント加害者側の「表沙汰にならないだろう」、「逆らえないだろう」、「問題になることはないだろう」といった考えが加害に結びついている可能性もある。ハラスメントの「隠ぺい」にはこうした組織内の縦の権力構造が密接に関わっている。

図4:ハラスメント被害者が感じる相談無力感(加害者属性・役職別)

図4:ハラスメント被害者が感じる相談無力感(加害者属性・役職別)

出所:パーソル総合研究所「職場のハラスメントについての定量調査」


「誰が言ったか」や「誰がやったか」に注目が集まりやすい属人思考が強い組織では、「上位の役職者」であることが、レポートライン以上に強いトップダウンの権力関係を発生させる可能性がある。つまり、「部長」や「役員」といった上位役職者が組織での絶対的な権力者になってしまい、ハラスメントを行いやすくなるし、ハラスメントを受けた側も「泣き寝入り」する確率が上がってしまうということだろう。実際に、属人思考の風土とその他の組織風土の関係を見てみれば、権威主義的な組織風土や成果主義・競争主義的な風土が属人思考とプラスの関係にある。

これは、属人思考の風土が、負のスパイラルのようにハラスメントを常態化させるメカニズムを発生させているということだ。属人思考の風土はハラスメント加害者側に、「優秀な自分ならこの程度のハラスメントは許されるだろう」、「社長の自分なら多少乱暴な言葉遣いでも許容されるだろう」といった「甘さ」を導き、それが実際に会社の対応の無さを導いており、被害者側の「相談のしなさ」を導いている。これはまるで因果の輪のように、ハラスメントが当たり前の組織に落ちていくリスクを発生させている。

属人思考を改善するには

紹介してきたようなデータから、属人思考の組織風土が、ハラスメント対策のための風土改善の核心にありそうなことが分かった。一方で、組織に沁みついてしまっている属人思考を低減させていくのは、かなり骨が折れそうな課題だ。

例えば、先にあげた岡本らは、定量的な分析から、「命令系統の整備」を行っても属人思考を低下させる効果が見込めないこと示している。例えば、会議のマニュアル化やよりシステマティックな意思決定フローの構築などを行っても、属人的な風土を変えることは難しそうだ。

では、具体的には、どのような施策が考えられるだろうか。いかにいくつか挙げてみよう。

組織サーベイ・フィードバックによる対話促進

ハラスメント対策実務の最も難しい点は、ハラスメントが起きたとしてもそのすべてを企業や人事が把握できるわけではないということである。特にコロナ禍以降は、テレワークによって直接的なコミュニケーションの機会が減り、表面上はハラスメントの相談件数が減ったという企業の声もよく耳にする。

しかし、こうした組織風土そのものを測定すれば、「ハラスメントの確率が高い組織」を間接的に浮かび上がらせることができる。ハラスメント対策の必要性を測るために属人思考についての組織サーベイを行えば、そのデータはハラスメントの相談件数そのものに加えられる重要な参考指標とすることができるだろう。

例えば、個人側の属人的判断傾向を測定するために、岡本らの研究では、以下のようなセルフチェックが用意されており、大いに参考になる(前掲書、151頁)。こうした個人への測定を、マネジャーに対するハラスメント研修とセットで実施することもできよう。

Q1. 反対意見を言うと、 相手を傷つけるのではないかと思う
Q2. 反対意見を言われると、 相手に嫌われているのではないかと思う
Q3. 世話になった人には反論できない
Q4. 話し合いの場で反対意見を言うのは、相手に悪いと思う
Q5. 気の合う友達の意見であれば、とりあえず従う
Q6. 好きな人の意見は、たとえ納得できなくてもなるべく受け入れる
Q7. 自分の意見に賛同してくれた人には、一言お礼を言いたくなる
Q8. 誰が言っているのか分からない意見には、内容にかかわらず賛成したくない
Q9. 誰の意見か分からないと、同意すべきかどうか判断がつかない
Q10. 意見を求める際に相手が社会的に認められた人なのかどうか気になる
Q11. 人の意見の内容よりも言った人がどんな人なのかが気になる
Q12. 誰が言っているかによって、その意見に賛成するか反対するかを決める

出所:『属人思考の心理学―組織風土改善の社会技術』P151

我々の分析では、風通しのよい自由闊達なコミュニケーションが行われている組織は属人思考が低いことも分かっている。忙しい現場に対して、いきなり「この職場はハラスメントが多いから対話せよ」と指示したところで、メンバーも戸惑うだけであろう。組織や個人へのサーベイ・フィードバックの機会を活用する形であれば、データ化された組織状況について、話し合う機会を設けることはやりやすくなる。

マネジメントや人事が「正解」を検討してそれをメンバーに降ろして実施していくというやり方は、組織風土改革には馴染みにくい。現場側に納得感や腹落ち感が醸成されにくいためだ。こうした定量化を通じて、自分自身や組織の特徴を把握していくことは、組織の中での有意味な対話を生んでいくためにも有効な施策の一つだ。

越境的な人材の活用

属人思考は、組織の内輪のネットワーク内に発達しやすいことが考えられる。結束型で密度の濃いネットワークは、情報共有などには有利だが、その組織内でしか通用しない規範や秩序、ルールができてしまいやすい。組織内の「人による」程度が高まってしまう属人思考は、まさにその典型的な例だろう。逆に言えば、人がよく入れ替わる流動性の高い組織であれば、属人的な風土は発生しにくいだろう。

中途採用はもちろんのこと、副業人材の活用やインターンシップ、相互出向などで積極的に橋渡し型の越境的ネットワークを築き、「外の風」が入りやすくすることによって、こうした風土を変えていくことは可能だろう。「外の人材からいかに学べるか」という点は、これからの強い組織づくりの重要なポイントの一つだ。

役職のシンボルの撤廃

そのほか、細かな工夫としては、会社内で人を「役職で呼ぶ」のを辞めることも施策の一つだ。

日本企業は、職場での呼称として名前ではなく「部長」や「社長」といった「役職呼び」が浸透している企業が多い。これは、フラットな意見交換を象徴的に阻み、権力主義的な風土に親和性が高い。人の呼び方だけでなく、役職によってバッジ色を変更したり、名札や座席表などの物理的なシンボルを配置するような会社もある。

役職が一律で上がりやすく、皆が同一の目標として上位役職を目指せた牧歌的な時代ならまだしも、いまやそうした組織はまれだ。「組織内の出世はどうでもいい」という人に対して、それらのシンボルは話しにくさや権力的なシンボルとしてしか作用しないだろう。

また、役職呼称は、ポストオフや降格など役職変更が起こった時のコミュニケーションのしにくさにも繋がる。トップや上位役職者から、「役職呼称の停止」や「特別なシンボルの停止」を呼びかければ、最初こそ戸惑うだろうが、意外とメンバーはすぐに慣れるものだ。

まとめ

ハラスメントを防止する観点において、「属人思考の防止」が重要なポイントとして見えてきた。属人思考が高い組織は、ハラスメントの発生件数が多いだけではなく、会社がハラスメントへの対応を怠りがちということも示された。属人思考の傾向が強い組織では、被害者側が会社への相談を回避する傾向もみられ、ハラスメントの潜在化にも影響している。

ハラスメントの発生と潜在化防止のために、こうした属人思考の組織風土に対して組織サーベイによる可視化やそのフィードバック、対話機会の創出、越境的な人材の活用、呼称の工夫などの組織的な対策を検討したい。組織風土の改善という難しいが本質的な課題の挑戦に際して、ひとつのヒントになれば幸いである。

執筆者紹介

小林 祐児

シンクタンク本部
上席主任研究員

小林 祐児

Yuji Kobayashi

上智大学大学院 総合人間科学研究科 社会学専攻 博士前期課程 修了。
NHK 放送文化研究所に勤務後、総合マーケティングリサーチファームを経て、2015年よりパーソル総合研究所。労働・組織・雇用に関する多様なテーマについて調査・研究を行う。
専門分野は人的資源管理論・理論社会学。
著作に『罰ゲーム化する管理職』(集英社インターナショナル)、『リスキリングは経営課題』(光文社)、『早期退職時代のサバイバル術』(幻冬舎)、『残業学』(光文社)『転職学』(KADOKAWA)など多数。


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