公開日 2015/10/07
「多様な正社員」導入を検討する際、根幹となるのが雇用区分の在り方だ。非正規社員、多様な正社員、無限定正社員の各々にどのような役割を期待し、いかなる基準で区分するか。その明確な設計が求められている。しかしこうした区分は企業の都合だけでは決められない。経営環境と就業者のニーズ。その双方に合致しない限り有機的に機能しないためだ。ここではそうした外部環境の変化を概観し、雇用ポートフォリオ見直しのポイントを探りたい。
「1日3時間」の勤務希望者求む。1950年代後半、大丸百貨店東京店がパートタイマーの募集を行った。現在では非典型社員の主流である働き方が誕生した瞬間である。家庭との両立を図りたい主婦などの就労ニーズに即したこの働き方は、その後、急速に発展したスーパーマーケット、外食チェーンの店舗展開とともに一気に浸透する。
こうした労働力が担うのは、いわゆる「周辺業務」である。これは「中核−周辺モデル」ないし「二重労働市場仮説」の考え方に基づくもので、企業活動の中心的業務である「中核業務」を補佐する業務にあたる。前者を主に担うのが典型社員であり、手厚い雇用保障や個別の人事評価、それに基づく報酬・昇進、能力開発・キャリア開発機会などが提供される。他方、「周辺業務」を担う非典型社員はそれらの提供対象者にはならない反面、職務や勤務地、勤務時間などをある程度選べるというメリットがある。
ときに、日本は高度成長期を迎え、市場が拡大し需要が旺盛な時代。「良いものを安く」売るビジネスが隆盛を極めるなか、非典型社員の働き方は、ハイレベルな定型業務遂行を実現し、効果的なオペレーション運営によって企業の成長に大きく寄与した。
しかし、社会は成熟し市場は飽和状態に陥る。企業成長に有効なビジネスモデルも、コスト削減型から高付加価値型へと変化した。とりわけ顕著な例が接客業務であろう。単なるマニュアルの実践で十分だったものが、より高いサービスレベル(臨機応変な対応や顧客の期待を超えるホスピタリティ、顧客と良好な関係を築く顧客創造など)が求められるようになった。また、顧客との接点のなかでニーズを吸い上げ、改善・提案に繋げる重要性も増している。「料理例やレシピと一緒に食材を陳列してはどうか」、「街のイベントに合わせ、この商品を多めに発注したほうがいい」。そんな小さな工夫・改善の積み重ねこそが、顧客単価のアップやリピート率向上に繋がり、ひいては企業競争力の優劣に大きく影響するようになったのだ。
これら付加価値を生む顧客接点の業務は、これまでは「周辺業務」と位置づけられていた。しかしもはや企業競争力に直結する業務を担う中で、従来の区分は機能しない(図参照)。外食・小売業中心に「基幹化」(※)と呼ばれる現象が報告されており、今や非典型社員が基幹的な業務を任されるような事象も珍しくない。パートであるにも関わらず正社員と同等の仕事や権限を任され不満の温床になる実態がメディアなどで取り沙汰されることも多い。これらは、ビジネス環境の変化に人事管理が追いついていないことの現れとも言える。
こうした労働需要・供給両面の変化を受けて、企業は雇用ポートフォリオや人材活用の在り方を見直す必要に迫られている。これまでは典型社員が「主」で非典型社員が「従」であったものを、雇用形態や働き方に関わらず個々の「能力」によって区分するように見直さねばならない。
機関誌HITO vol.7では、こうした変化に対応し、企業変革に挑むすかいらーく社の事例を紹介している。これからの雇用ポートフォリオ再編に参考になる点が多いはずだ。>>機関誌HITO vol.7 多様な正社員の未来
※参考資料
・石川経夫(1991)「所得と富」岩波書店
・今野浩一郎、佐藤博樹(2009)「マネジメント・テキスト 人事管理入門〈第2 版〉」日本経済新聞出版社
・今野浩一郎(2012)「正社員消滅時代の人事改革─制約社員を戦力化する仕組みづくり」日本経済新聞出版社
・玄田有史(2011)「二重構造論──「再考」」『日本労働研究雑誌(No.609)』2011年4 月号
・樋口 美雄、財務省財務総合政策研究所、財務総合政策研究所(2006)
「 転換期の雇用・能力開発支援の経済政策- 非正規雇用からプロフェッショナルまで」日本評論社
・本田一成(2010)「主婦パート 最大の非正規雇用」集英社
※基幹化...非典型社員の仕事内容や能力などが典型社員に近接する現象
※本記事は、機関誌「HITO」vol.07 『多様な正社員の未来』からの抜粋記事です。
※文中の内容・肩書等はすべて掲載当時のもの。
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