公開日 2024/08/08
近年、障害者雇用は拡大を続けている。中でも、2018年に雇用が義務化された精神・発達障害者は、2022年度の障害者の新規就職件数の半数以上を占めており、今後も増加すると予想されている。
精神・発達障害者の雇用機会が拡大する一方で、中でも精神障害者(下記定義参照)の雇用では、法定雇用率の上昇に対応するために手探りでも雇用を進める企業が多く※1、雇用の質が課題となっている。加えて、パーソル総合研究所が実施した「精神障害者の現場マネジメントについての定量調査[上司・同僚調査]」によれば、精神障害者と共に働く上司・同僚の負担も大きい現状がある。
このような精神障害者の雇用を円滑に行うためには、ミクロネットワーク(受け入れ現場の上司・同僚・本人)だけでなく、メゾネットワーク(他部署、経営層、人事)、マクロネットワーク(医療・福祉・行政の支援者)の巻き込みが重要だと指摘される※2。パーソル総合研究所では、精神障害者の雇用を円滑に行うための枠組みについて、「精神障害者雇用の現場マネジメント関するインタビュー調査」を通じて、事例をもとに明らかにした。本コラムでは、その枠組みについて解説したい。
※1 パーソル総合研究所(協力:パーソルダイバース)(2023)「精神障害者雇用の現場マネジメントについての定量調査」 p.24
※2 松為 信雄(2023)「精神障害者雇用のこれまで、そしてこれから ~精神障害者雇用への本気の取り組みが、本質的なダイバーシティ&インクルージョンにつながる~」https://rc.persol-group.co.jp/thinktank/interview/i-202308250001.html (2024年7月16日アクセス)
インタビュー調査では、13社の障害者採用担当、精神障害のある本人、その上司、同僚、福祉・医療・行政の支援者、計33名にインタビューを行った。円滑に雇用を進めるノウハウをある程度蓄積している企業が多かったが、過去の経験について尋ねると、すべての企業が何らかの現場マネジメントの課題に直面し、それに対処することを通じて、うまくいくようになっていた。
各インタビュー協力者から語られた現場マネジメントの課題は、大きく「業務マネジメントの課題」と「コミュニケーションの課題」に分けられた(図表1)。このような課題の発生を防ぐこと、また発生後に早期に解決することが、本人の体調悪化や休職・離職、周囲の疲弊を防ぐために重要であった。
図表1:精神障害のある従業員の受け入れ現場における課題発生の概念図
※各課題の詳細については、調査報告書 を参照ください。
出所:パーソル総合研究所(2024)「精神障害者雇用の現場マネジメントについてのインタビュー調査」
では、具体的にどのような取り組みが、現場マネジメントの課題を解決するために有効なのだろうか。
まず、現場の上司・同僚のさまざまな工夫をうかがった。例えば、精神障害のある従業員の仕事が遅れた時に他のメンバーをフォローに入れると本人が劣等感を感じるなど図表1の「業務遂行体制による関係トラブル」があるケースでは、「他者比較による落ち込みを防ぐため、チームメンバーのスキルを可視化し、業務分担や同僚からの業務フォローの理由をあらかじめ説明する。また、メイン/サブ担当を明確にする」という対応がとられていた。通常のコミュニケーションだとネガティブな捉え方になり問題が起きる場合、背景・理由まで「可視化して共有する」ことが有効だと考えられる。
その他、「業務の切り出しの難しさ」に対しては、業務の切り出しの手法を、障害者雇用の研修受講などを通じて学ぶ、簡単な業務はかえって本人の不満や将来不安を生むので、やりがいある業務を分担するといった対応の有効性がうかがえた。「納期コントロールの難しさ」や「周囲への業務のしわ寄せ」に対しては、業務カバーがしやすい体制を作る(複数人で同じ業務に対応できるようにし、予め人員に少し余裕をもたせる)、上司が本人と体調不良になった原因を振り返り、セルフケアを支援するといった対応がとられていた。
「コミュニケーションの食い違い」や「感情的に巻き込まれる」といった認知・感情の障害特性に対しては、「上司がプライベートの話も含めて傾聴を続けたところ、かえって本人の依存心が強くなったり、業務に集中できなくなった」「周りが被害妄想を否定したり、安易に「わかるわかる」「あなたは絶対悪くないよ」と同調することが、本人たちの症状を悪化させた」といったエピソードが語られた。傾聴や寄り添いは重要だが、本人の感情・訴えに同調しすぎると問題が起きやすい。話を聞き受け止めた上で、感情的にならず、職場での具体的な対応に焦点を当てるといった理性的な対応の重要性が示唆された。このような理性的対応は、上司・同僚調査※3で、コミュニケーションや配慮の難しさをあまり感じていない上司の特徴にもなっており、上司自身の負担感を減らすためにも重要なポイントだと考えられる。
その他、「人間関係による症状悪化」には、サポート担当を1人にせず複数人で支える、1人になれる休憩スペースを設けるといった対応がとられていた。「上司・同僚の戸惑い」「上司・同僚の否定的な言動」に対しては、配慮事項以外は特別扱いせず普通に接してもらう、トラブル時の報告体制を作るといった対応がとられていた。
このような現場での対応は、上司が自主的に学び、試行錯誤する企業もあったが、障害者採用担当者が、「障害者職業生活相談員」や「精神・発達障害者しごとサポーター養成講座」といった研修受講を促す、配慮事項を明確にし、上司・同僚に共有する、上司が対応を直接支援者に相談できるような体制を作る、といった現場支援策もとられており、現場課題の解決につながっていた(図表2)。
※3 パーソル総合研究所(2024)「精神障害者雇用の現場マネジメントについての定量調査[上司・同僚調査]」を指す。以降、上司・同僚調査と表記。
図表2:採用担当者による精神障害者を受け入れる現場支援の例
出所:パーソル総合研究所(2024)「精神障害者雇用の現場マネジメントについてのインタビュー調査」
採用時のマッチング強化の重要性も改めて確認された。インタビュー協力企業13社中4社が、採用の強化が雇用率・定着率の向上につながったとした。採用手法のポイントとしては、
① 面接だけでなく職場体験・実習などを通じて業務能力や必要な合理的配慮、不調時の自己発信などの職業準備性を丁寧に見極め、ミスマッチを防ぐ
② 質の良い就労移行支援事業所や有料人材紹介業者などの外部機関とのネットワークを構築し、自社の風土や業務内容に合う人材を継続的に紹介してもらえる採用ルートを作る
③ 採用時に本人の支援者から本人の病状や得意・不得意の情報を集める
④ 受け入れ現場の社員にも採用判断に関わってもらい、納得感を高める
といった点であった。
また、企業としては、本人の体調悪化・休職は、起きてしまった後の対応が困難なため課題感が強く、体調悪化の兆候を早めに自己発信してもらえるか、社会資源を活用し積極的なセルフケアを行っているか、といった点が重要な採用要件となっていた。また、雇用開始初期の失敗は、現場の理解を損ない、抵抗勢力を作ることがある。そのため、雇用開始初期は自社で定着・活躍が見込める人材を有料人材紹介業者経由で採用し、成功事例を作ると同時に、採用から定着のフローを固め、スモールステップで雇用を順調に拡大していた企業もあった。
福祉・医療・行政の支援者との質の良いネットワークの構築が、精神障害者の雇用の成功につながった企業も多かった。支援者との連携の効果は、①本人支援、②企業支援、③双方の支援に分類された(図表3)。中でも、支援者が企業と本人の間に入って、体調悪化時のプライベートの状況把握や、本人の困りごと・配慮の希望の吸い上げ、通院同行などを行うことで、体調悪化の予防・早期対応を高いレベルで実現できるという点は、現場マネジメントにおいて重要なポイントだと考えられる。
図表3:社内外の支援者との連携の効果の例
出所:パーソル総合研究所(2024)「精神障害者雇用の現場マネジメントについてのインタビュー調査」
ただし、支援者との連携においては、支援機関や支援者の質がばらついているという指摘もあった。精神障害がある本人が十分採用したい人材であったとしても、所属する就労移行支援事業所の質が悪ければ採用を見送っているというエピソードも聞かれた。自社にとって良い支援機関を見つけパイプを強くすることが重要だと考えられる。また、支援者の中には企業で働いた経験のない人もいるため、自社の人材要件や定着支援の要望を明確に示し、企業の事情を理解してもらうことも重要だと考えられる。
今回のインタビュー調査では、精神障害者の雇用がうまくいっていても、全社理解の醸成には至っていないケースが多かった。しかし、上司・同僚調査から、精神障害者の受け入れの成功には、「《他部署》の同僚の声かけや雑談」が同部署の同僚のそれ以上に重要であることが明らかになった。精神障害者の雇用では他部署を含めてコミュニケーションが良好で安心感があることが重要であることがうかがえる。また、他部署からの業務の切り出しや配属先の拡大のためにも、他部署の理解醸成が必要だ。
このような全社理解の醸成に向けては、行政主催の研修を活用する、民間事業者による全社向け研修を導入する、障害者雇用を社内広報紙や社内SNSで紹介するといった取り組みを行う企業が多かった。
すでに全社の理解を醸成している企業では、全社向けの啓発活動に加えて、配慮事項を関わる全員へ開示・説明する、経営層からメッセージを発信するといった対応もとられていた。これらの事例では、特定の誰かを相談役とすると、相談役が調子を崩すことや、相談役の異動・退職時に精神障害のある本人が調子を崩すケースが多いため、周囲がどんな配慮をすればよいのかを分かるようにすることで、特定の誰かに負担が偏らない体制を作られていた。具体的には、配慮事項の説明書を作成して皆が見られるファイルに挟む、配慮事項を周囲が覚えられる数個に絞って口頭・文書で周知するといった対応をとられていた。障害や配慮の情報はセンシティブなため広く開示することはしない場合も多いが、障害や配慮について社内の理解が醸成されていれば、配慮事項の開示が本人・周囲双方にとっての働きやすさにつながることがうかがえた。
また、経営層の意識は間接的に障害者雇用の方針や全社理解に影響を与えていることが推察された。例えば、経営層が障害者雇用に対して戦力化やブランディングといった経営的な目的意識を持ち、意欲的な場合、障害者雇用で高い成果を出しており全社理解も進んでいる企業が多かった。他方で法定雇用率の達成ばかりに意識が強い場合、全社理解があまりなく、障害者雇用担当者が孤軍奮闘する傾向があった。全社理解を醸成し、真の意味で障害者の包摂を実現するには、経営層の理解が近道であるように思われる。
本コラムで取り上げた、精神障害者の現場マネジメントの課題を解決策し、精神障害者の雇用を円滑に行うための枠組みを示したのが図表4である。精神障害者を受け入れる現場の本人・上司・同僚(ミクロネットワーク)だけでなく、人事や他部署の社員、経営層(メゾネットワーク)、さらに医療・福祉・行政の支援者(マクロネットワーク)を巻き込むことで、結果的に現場の上司・同僚・本人が楽になり、継続的・安定的な雇用が可能になる。
図表4:精神障害者の配属現場の課題解決の枠組み
出所:パーソル総合研究所(2024)「精神障害者雇用の現場マネジメントについてのインタビュー調査」
本コラムが、精神障害者の雇用に取り組む企業の参考になれば幸いである。
※このテキストは生成AIによるものです。
障害者職業生活相談員
障害者職業生活相談員とは、障害者の職業生活に関するの相談・指導を行う役割を担う相談員。精神障害者を受け入れる現場支援の例として、障害者採用担当者が受け入れ現場の上司に、「障害者職業生活相談員」や「精神・発達障害者しごとサポーター養成講座」といった研修受講を促すといった現場支援策が現場課題の解決につながる例もある。
セルフケア
セルフケアとは、精神障害者自身が、自分の体調悪化の兆候に気づき、適切な対策を講じること。企業はセルフケアを支援することで、体調悪化を未然に防ぎ、継続的な雇用を実現する。採用時の重要要件ともされる。
シンクタンク本部
研究員
金本 麻里
Mari Kanemoto
総合コンサルティングファームに勤務後、人・組織に対する興味・関心から、人事サービス提供会社に転職。適性検査やストレスチェックの開発・分析報告業務に従事。
調査・研究活動を通じて、人・組織に関する社会課題解決の一翼を担いたいと考え、2020年1月より現職。
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