公開日 2023/03/01
中長期的な企業価値向上に向けて「人的資本」が重視される中、人材の多様性を示す指標として「女性管理職比率」が着目されている。女性管理職を増やしていくには、女性の採用に加えて、女性社員に対する育成や伴走の視点が欠かせない。企業は女性活躍推進のためにさまざまな人事施策を実施しているが、育成や伴走においては現場の上司が重要な役割を担う。
パーソル総合研究所が実施した「女性活躍推進に関する定量調査」で女性管理職が少ない要因をひもといていくと、女性管理職を増やすにあたって、昇進意欲の無さとともに企業が問題視しているのが女性の「業務経験不足」であった。十分な業務経験を積んだ女性が不足していることが女性の管理職が少ない大きな要因だと企業側は考えている。
一方で、女性本人側に目を向けると、女性は管理職になるにあたって多くの不安を抱えている。不安が払拭されないままでは、女性は管理職に挑戦してみようという意欲がわかず、登用されたとしても管理職として働き続けられないリスクがある。
したがって、女性管理職を増やすためには、女性の「業務経験不足」と「管理職になる上での不安」という2つの問題を考える必要がある。結論を先取りすると、これらの問題を解決するためには、いずれも現場の上司の働きかけが重要だ。上司が女性部下に期待をかけて管理職になる上で必要な業務を割り当て、経験不足を解消すること、そして、管理職登用前後のコミュニケーションや女性の不安に寄り添った伴走で女性の不安を低減することが女性の昇進を後押しする。
そこで本コラムでは、パーソル総合研究所が実施した調査結果をもとに、女性の管理職を増やす上で有効な上司の働きかけについて見ていく。
まず、女性の業務経験不足について見てみよう。男性と比べて女性は、実際にさまざまな業務経験が少ない傾向が見られる。具体的には、「転勤」や「部門横断的なプロジェクトへの参加」、「新規プロジェクトの起案・提案」といった経験が全般的に乏しくなっている(図1)。
図1:業務経験の男女差
出所:パーソル総合研究所「女性活躍推進に関する定量調査」
なぜ男女で業務経験の差が生じるのか。その一因は、上司からの期待が部下の性別によって異なることにある。女性部下は男性部下と比べて、「現場の戦力」として「職責・職務」に見合う期待はかけられているものの、「将来の幹部候補」としての期待はかけられていないと感じている(図2)。つまり、女性も「期待」自体はかけられているが、その期待は幹部候補としてのキャリアを念頭に置いたものではなく、現場の戦力としての期待に留まっているということだ。
図2:部下の性別による上司からの期待の違い
出所:パーソル総合研究所「女性活躍推進に関する定量調査」
そうした幹部候補としての期待の乏しさが女性部下本人の認識だけの問題かというと、そうではない。上司側に聞いても、男性上司は女性部下に対して幹部候補としての期待をかけていない実態がある。女性上司は独身の女性部下には期待をかけるものの、小さな子どもがいる女性部下には期待をかけない傾向がある。
上司は、「小さな子どもがいる女性は大変なので幹部職になるのは大変だろう」と気遣いをしているのかもしれない。しかし、上司が期待をしていなければ、管理職登用につながるような業務の割り当てが少なくなるのは当然だ。幹部候補としての期待がかけられている人では、業務の経験率が全般的に高い傾向が見られる。
このことから、女性の業務経験不足を解消するには、まず、上司の先入観や思い込みによる「期待」と「業務経験」の大きな男女格差の是正が重要だといえる。女性も将来の幹部候補であるという共通認識のもとで、上司は意識的に業務割り当ての偏りをなくす必要がある。例えば、新規の企画提案や他部署と連携が必要なプロジェクトの機会があれば、女性部下の姿も頭に思い浮かべ、そうした仕事を女性にも積極的に割り当てていくことが大切だ。現場の上司任せだと男女格差の是正が難しい場合は、企業主導で女性に経験を与える措置も求められる。
誤った思い込みに基づく行動で思い込みが現実になってしまう現象は「予言の自己成就」と呼ばれる[注1]。上司が女性部下の管理職登用を想定せずに業務経験を付与しなければ、女性部下は管理職になるための十分な経験が積めず管理職になることが難しくなる。加えて、管理職になる期待をかけられていないと認識している女性部下側も、自分は管理職にはなれないと思い込んで自ら経験を積もうとしなくなり、管理職昇進がより遠ざかってしまうことになる。そのため、「女性は管理職にならない/なれない」という誤った思い込みを上司が捨て、女性にも将来の管理職としての期待をかけて業務の割り当てを行うことが女性管理職育成の第一歩である。それによって、管理職となる上で必要な業務経験の男女差は埋められていくだろう。
さらに、女性に業務経験を積ませる時期も重要だ。家庭内の負荷が女性に偏っている現状では、結婚や出産後の働き方に制約が生じることもある。そのため、育成・選抜・登用のタイミングを早期化し、結婚や出産といったライフイベントの前から幹部候補としての期待をかけて経験を積ませることが必要である。
続いて、管理職になるにあたっての女性の不安について見てみよう。女性は、「精神的な負担が大きい」「自分の性格に向いていない」「プライベートとの両立ができなくなる」といった不安を抱いている割合が高くなっている。不安を払拭して女性の背中を押すには、管理職登用時に上司からポジティブな働きかけをおこなうことが有効だ。では、上司からどのような働きかけを受けると、管理職をやってみようという気持ちにつながるのか。
女性の挑戦意欲喚起につながる働きかけとして多いのは、①候補となった「理由」、②将来に対する「期待」、③管理職の「メリット」の3つの伝達である(図3)。
図3:課長登用時に有効な働きかけ
出所:パーソル総合研究所「女性活躍推進に関する定量調査」
例えば、管理職に向いていることや十分な経験があることを詳細に説明すると、女性の背中を押すことになる。また、上司が本人ならではの期待を伝えることでも意欲を高められる。さらに、給与・手当ての増加や高い視座でやってみたいプロジェクトを推進できるといった裁量余地の伝達も有効だ。
一方で、意欲を向上させるにも関わらず、現場ではあまり実施されていない働きかけがある。ひとつは、本人の不安に対する具体的な支援方法の伝達だ。登用に際して、学校行事に配慮するフォローなど、その後の家庭との両立をサポートする準備があることはもっと伝えられてよい。また、子育てがひと段落するタイミングを待つといった登用時期の調整も、女性の不安を払拭する一助になる。
もうひとつは、上層部とのコネクション形成だ。上司のネットワークを通じて上層部との接点をつくってもらえると、女性は自らの昇進を後押ししてもらえる人脈を広げることができる。中には、「課長OJT」と称して、課長の権限を持ってチームをまとめる経験を経ることによって、登用後にスムーズに業務を遂行できた例もある。管理職の仕事を事前に経験することは、管理職の働き方への準備になるだけでなく、その上の部長とのコネクション形成にもつながるだろう。
また、管理職登用時の上司からの働きかけは、登用後の就労継続とも関連している。管理職として今後も働き続けたいかを女性課長に聞いたところ、登用時に働きかけを受けた人では、そうでない人と比べて、管理職として働き続けたい割合が1.7倍高くなっていた(図4)。さらに、登用時だけでなく、登用後の上司の伴走も不安の払拭につながる。上司が密にコミュニケーションを取り、その時の状況に合わせたアドバイスをしたことによって精神的なプレッシャーを感じずに済む人もいる。
図4:上司の働きかけの有無別 管理職として働き続けたい人の割合
出所:パーソル総合研究所「女性活躍推進に関する定量調査」
実績・実力があっても自信がもてずに自分を過小評価する傾向は「インポスター症候群」と呼ばれる。インポスター症候群は、社会的に成功した女性に多いという研究がある[注2]。したがって、自信が持てない女性も管理職として前向きに進めるように、登用時もその後も上司が女性部下に寄り添ったサポートをすることが大切だ。
このように女性管理職を支えることによる効果があるにも関わらず、管理職登用時に働きかけを受けていない女性課長は4分の1を占めている。女性を管理職に登用する際には、理由・期待・メリットを伝えることや上層部とのコネクションを形成すること、不安に対する具体的な支援が得られる見通しを与えること、そして、管理職になってからも研修や家庭事情にあわせたフォローを行うことが求められる。
女性管理職を増やすには、まず、上司が女性部下に幹部候補としての期待をかけ、適切な業務経験を付与しながら育成することが必要だ。そして、管理職登用時には、自信がない女性部下の気持ちに寄り添い、その部下ならではの活躍に対する期待を伝えるとともに家庭との両立の不安も払拭していくこと。さらに、登用後も女性部下を孤立させずに上司がサポートすること。そうした上司の育成と伴走が女性の管理職への昇進を後押し、管理職としての活躍を支える。
【参考】
[注1]Merton, R. K. (1948). The self-fulfilling prophecy. Antioch Review, 8, 193–21.
[注2]Clance, P. R., & Imes, S. A. (1978). The imposter phenomenon in high achieving women: Dynamics and therapeutic intervention. Psychotherapy: Theory, Research & Practice, 15(3), 241–247.
シンクタンク本部
研究員
砂川 和泉
Izumi Sunakawa
大手市場調査会社にて10年以上にわたり調査・分析業務に従事。定量・定性調査や顧客企業のID付きPOSデータ分析を担当した他、自社内の社員意識調査と社員データの統合分析や働き方改革プロジェクトにも参画。2018年より現職。現在の主な調査・研究領域は、女性の就労、キャリアなど。
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