女性活躍を阻む「管理職の罰ゲーム化」

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女性活躍推進の流れの中で、企業は自社の女性管理職の比率を上げるための施策をさまざまに検討している。現在注目が集まる人的資本開示の中でも、ジェンダーギャップの解消は大きな要素のひとつだ。しかし今、その施策の「前提条件」が変わってきていることを認識しなければならない。それは、女性だけではなく男性からも、管理職の求心力そのものが大きな陰りを見せていることだ。

管理職そのものの魅力が減じてしまう背景には、管理職の負荷が上がり、処遇が下がるようなロングトレンドがある。もはやこの状況は「管理職の罰ゲーム化」だ。本コラムは、管理職が罰ゲーム化してしまう要因をいくつか整理し、この状況を打破するためのヒントを探っていこう。

  1. 減り続ける管理職の数と処遇
  2. なんでもかんでも「管理職頼み」
  3. 数多くある「中間管理職頼み」
  4. 合流する「脱・組織化」の流れ
  5. 高くなりすぎた「女性活躍」のハードル
  6. 管理職の罰ゲーム化を防ぐために
  7. まとめ

減り続ける管理職の数と処遇

バブル崩壊後、「組織のフラット化」という名の下に、多くの企業で管理職の削減が行われた。部下なし管理職などの昇格のためだけのポストを用意しなくなったり、管理職を中心とした早期退職募集も不景気が来るたびに頻繁に行われてきた。管理職の減少とともに、マネジメントをしながら個人目標も抱えるプレイングマネジャー化が進行した。外出した部下の帰りをオフィスでのんびりと待っている牧歌的なマネジャーの光景は、もはやはるか遠い昔話だ。

そしてもうひとつ減ってきたのは、「賃金」である。正確にいえば、一般職層と管理職層の賃金の差、つまり管理職になることによって上積みが期待できる金額が、長期的に減少してきている。 「賃金構造基本統計調査(厚生労働省)」のデータを見れば、1981年から2015年の30年ほどで、課長級でも部長給でも一般職層とのギャップが縮まっていく推移が安定的に見られる。

図1:一般従業員を100としたときの管理職賃金推移

図1:一般従業員を100としたときの管理職賃金推移

なんでもかんでも「管理職頼み」

このように、人の数も賃金も減ってきたにもかかわらず、現在の管理職が束ねる現場は「課題のデパート」状態にある。例えば、代表的なものが2015年ごろから議論が進められた「働き方改革」だ。働き方改革の一丁目一番地としてあった長時間労働是正によって、特に大企業においては正社員の残業時間が減少した。しかし、そうした働き方改革が進んでいる企業ほど、管理職の負荷が高くなる、という逆説的な傾向がデータからも見られている。なぜそのようなことが起こるのだろうか。

その理由は、働き方改革の「二重の矮小化」だ。働き方改革に伴って、労働基準法が改正され、2019年4⽉から大企業を先行して時間外労働の上限設定が導入された。これによって働き方改革は、労働生産性の向上といった本質的な変化ではなく、多くの企業で単なる「労働時間上限設定への対応」へと矮小化された。施策の中心は、残業の承諾制や原則禁止、またはノー残業デーといったトップダウンで行われる「労働時間管理」タイプの施策となっていった。例えば、最近のパーソル総合研究所の調査でも、「退勤管理の厳格化」は7割の企業が、「残業の原則禁止」「ノー残業デー」は4割以上の企業が実施しており、上からの「管理的」な残業施策の実施率は高い。一方で、「時間あたり成果での人事評価」や、マネジメントへの研修まで踏み込んだ「組織開発」的な要素を含む残業施策の実施率は3割に満たない。

図2:残業施策の実態

図2:残業施策の実態

出所:パーソル総合研究所「女性活躍推進に関する定量調査」


そしてもうひとつの矮小化は、企業が行う働き方改革が、職場全体ではなく、労働時間管理の対象である「一般メンバー層」を中心にしてしまう点だ。多くの企業で、メンバーを早く帰らせる分、管理職が仕事を引き取らなければならなくなった。法改正という「外圧への対応」の発想は、働き方改革の本質を見失わせ、「労働基準の上限」と「メンバー層」に二重に矮小化されることで、管理職の負荷を逆に上げてしまうことになった。

数多くある「中間管理職頼み」

これだけではない。昨今の種々の労働法制への対応や、新しい組織課題は、ほとんど決まりきったように現場の中間管理職の負荷として蓄積されていく。例えば、パワハラ防止法、ダイバーシティ対応、部下のメンタルヘルスやキャリア構築など、新しい働き方の課題の多くが「現場のマネジメント能力」をもって解決されようとしていく。

昨今でも、「アンコンシャス・バイアス」や「心理的安全性」など、新しい課題と概念が発見されるたびに新たなマネジャー研修ばかり増えていくという風景は、あらゆる企業で目にする光景だ。たしかに上司のマネジメントが組織にとって重要なピースであることは間違いなく、時代に合わせたマネジメントの変革は常に必要だ。しかし、それらがすでに余裕のない中間管理職にさらに降り掛かかり負荷となってしまっては、元の木阿弥だ。

トレンドをまとめると、以下のような図になる。「管理職の罰ゲーム化」は、中期トレンドと長期トレンドが折り重なった、重層的な現象である。

図3:管理者の罰ゲーム化のトレンド

図3:管理者の罰ゲーム化のトレンド

出所:筆者作成

合流する「脱・組織化」の流れ

こうした管理職の負荷が上がっても、それについてくる就業者がいればまだいい。しかし、昨今の就業者の価値観のトレンドは、それとは真逆ともいえる「脱・組織化」の流れの中にある。

ビジネス変化の速度が早くなると同時に個人の就業期間が長くなれば、必定、会社組織に人生を埋没させることの合理性は減っていく。会社も個々のキャリアを丸抱えすることは難しくなり、主体的なキャリア形成を促す「キャリア自律」という言葉が広がった。

日本生産性本部による新入社員を対象とした働く意識調査データを平成最後の10年間で比べてみても、会社での出世について「どうでもよい」と答える割合が男女ともに上昇している。「専門職を目指す」という割合すら大きく減少している。

図4:会社での出世意欲

図4:会社での出世意欲


また、人生における会社への依存度を減らしていく「脱・組織化」の傾向は、ワーク・ライフ・バランス意識の向上という側面でも現れる。働き方改革が推進されるとともに、長時間労働がますます嫌厭されるようになった。「ブラック企業」という言葉が広がり、採用面接で残業時間について聞かれることもすっかり定番化したことは、多くの読者が体験しているだろう。

高くなりすぎた「女性活躍」のハードル

管理職の「罰ゲーム化」の状況は、男女限らない一般的な状況としてあるわけだが、それでも男性よりも「女性」の活躍推進により大きなハードルとなってしまう。なぜだろうか。

それは、相変わらずの男女分業意識から、「結婚」というライフイベントをきっかけとして、「男性」はそうした負荷を背負う覚悟を強め、女性は「家庭時間を確保する」という意識を強くするからだ。ライフステージごとの重視点のデータで男女のギャップを見れば、育児期間における「給与」と「勤務時間」の重視度で男女差が最も大きくなる(※)。

※20-30代の子どもがいる従業員に対して、4つのライフステージにおける重視点を確認。各ライフステージで重視するもの上位3位率(%)

図5:ライフステージごとの仕事の重視点

図5:ライフステージごとの仕事の重視点

出所:パーソル総合研究所「女性活躍推進に関する定量調査」


簡単にいえば、若い未婚の期間はあまり男女で変わらない仕事の意識が、結婚後には男性は「お金」重視に、女性は「時間」と「休み」重視へと大きくシフト・チェンジする。ここにおいて、管理職になりたがる男女の違いが再生産されてしまうのだ。今、多くの企業で、管理職一歩手前の等級で女性が滞留することが起きているが、それはこうした感覚が反映されたものだろう。

図6:ライフステージごとの管理職への昇進意欲(管理職になりたい割合)

図6:ライフステージごとの管理職への昇進意欲(管理職になりたい割合)

出所:パーソル総合研究所「女性活躍推進に関する定量調査」

管理職の罰ゲーム化を防ぐために

こうした状況への処方箋はなんだろうか。まず、これからも進む働き方改革は、これまでの延長上で進めても女性活躍にはつながりにくい。メンバーは早く帰り、その分管理職ばかりに負荷がかかるような「改革」では、管理職になりたがる女性は現れない。パーソル総合研究所の調査分析の結果でも、先程の「管理発想」の残業施策は、やはり女性の管理職への昇進意欲を上げていないことも分かっている。

逆に女性の意欲を上げていたのは、「時間あたり成果での評価」、「残業減少のための研修」、「仕事の進め方の見直し」など、残業の根本原因へとアプローチしていくための「組織開発的」な残業対策だった。同じ残業対策でも、こうしたアプローチが女性のモチベーションを向上させており、推進されるべき本質的な働き方改革だ。

また、そもそもの管理職の役割を改めて見直すべき企業も多い。「なんでもかんでも管理職任せ」の発想は、人事や経営と話していても頻繁に感じられるものだが、その発想こそが管理職を疲弊させ、とりわけ女性にとって魅力的でないものにし続けている。

かつて、組織のミドル(中間層)がトップダウンとボトムアップを両立させていくという役割の重要性を提起したものに、野中郁次郎らが90年代に提唱した「ミドル・アップ・ダウン」というコンセプトがあった。しかし、時は流れ、もはやその役割を中間管理職に負わせるのが難しい企業のほうが多そうだ。少なくとも、これ以上の役割を期待することはやめてくれ、という「悲鳴」にも似た管理職の声は多く筆者にも届いている。ダイバーシティにも対応し、部下のキャリアについてもきめ細やかに相談をし、ハラスメントを防ぎながら働き方改革を実行し、さらにイノベーションまで実践できるのは、「超人的」人材のみだろう。

自社の管理職層について、役割の棚卸しや整理、現状のヒアリングなどでその負荷を可視化することがまず必要だ。そのうえで、管理職のサポート的な役割を増やすなど、「人員削減」に寄りすぎている現状を、適切な人員配置と権限委譲に見直しを進めたい。例えば、ベテランを活用したメンタリングや他部署の応援などもひとつの手段になるだろうし、サブリーダーや主任といった役職を設けたりすることで女性に管理職のリハーサル的機会を与えることもできるだろう。

まとめ

会社に人生を埋没させてまで管理職を目指す個人は減っているにもかかわらず、管理職の負荷は上がり続けているという相反する2つの流れ。これこそが、管理職を「罰ゲーム」にしている要因だ。これは、女性管理職比率を上げる大きな障壁でもある。なぜなら、相変わらずの男女分業意識から、「結婚」というライフイベントによって男女で就業意識が大きくシフトするからだ。

日本企業は組織フラット化と人件費抑制ばかり考えず、管理職の補佐的なポストを増やして業務をワークシェアリングし、「管理職負荷の分散」のための打ち手を始める必要がある。そうした実効的な打ち手が講じられない限り、女性管理職比率が上がるどころか、誰も管理職を目指そうとしない、停滞した組織が日本に多く生まれてくることを懸念している。

執筆者紹介

小林 祐児

シンクタンク本部
上席主任研究員

小林 祐児

Yuji Kobayashi

上智大学大学院 総合人間科学研究科 社会学専攻 博士前期課程 修了。
NHK 放送文化研究所に勤務後、総合マーケティングリサーチファームを経て、2015年よりパーソル総合研究所。労働・組織・雇用に関する多様なテーマについて調査・研究を行う。
専門分野は人的資源管理論・理論社会学。
著作に『罰ゲーム化する管理職』(集英社インターナショナル)、『リスキリングは経営課題』(光文社)、『早期退職時代のサバイバル術』(幻冬舎)、『残業学』(光文社)『転職学』(KADOKAWA)など多数。


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