公開日 2015/06/24
これからの日本経済や企業経営を考えれば、女性の労働力がますます重要性を増していくことに疑いの余地はない。しかし、その重要性と比して、この国ではまだ女性のキャリアマネジメントという問題について十分に議論が進んでいない。そこで、本テーマの当事者でもあるお二人のHRパーソンとともに、女性のキャリアマネジメントについて議論を深めていきたいと思う。
須東: まずお伺いしたいのが、女性として働き続けるための生活基盤をどう整えていらっしゃるのかです。働き続けたいという気持ちはある反面、結婚、出産、育児、家事、介護など様々なライフイベントとの両立を不安に悩む女性が多くいらっしゃいます。
島田氏: まず、「自分の人生における働くことの意味や目的」について深く考えることが大切だと思います。女性のキャリアは不確実なライフイベントの転機と共にあり、職業生活だけを切り出して語ることができない時があります。例えば出産です。私自身も出産を経験しているのでよくわかるのですが、出産前と出産後では生活環境がガラッと変わります。あまりの変化に対応できず、ワークライフバランスを崩す女性も多くいます。
もちろん様々な外部要因もあることを承知の上であえて厳しい言い方をすれば、その戸惑いは仕事に対して自分なりの軸を持てていないことの表れとも言えるケースも多くあります。それは、仕事中心の人生設計ができてないということではなく、自分の人生において仕事の意味や目的を十分に考えられていないということです。自分なりの考えが固まっていると仕事に対しても覚悟と責任感が生まれます。また、何より人生において自分が何を大切にし、何を捨てるのかという判断がつくようになります。それは、「仕事か育児か」という二者択一のような単純な選択ではなく、「自分はどうしていきたいのか、そのために何をすべきなのか、何を手放すべきか」という取捨選択です。
酒井氏: 非常によく分かります。私のキャリアに大きな転機をもたらしたのは介護でした。どうしても働き方に時間的な制約が生まれる中で、仕事との両立に悩むこともありました。ただ、深く考え込んだからといって事態がよくなるものではありません。ある時から、家庭のことも仕事のようにプロジェクトとして考えるようにしました。どこからどこまでを自分が行い、何を外部サービスにアウトソースするのかを切り分けることから始めました。そうすると自然とうまくまわるようになりました。いま思えば、島田さんのおっしゃる、人生において自分が何を大切にし、何を捨てるのかという判断に基づいて、プロジェクトマネジメントしていたのかもしません。
須東: これから、一人ひとりの職業人生はますます長期化し、いよいよ「50年働く社会」が現実味を帯びてきました。企業の平均寿命が23.5歳ほどであることを考慮すれば、もはや新卒から同じ会社で職業人生をまっとうするなどという考えは現実的ではありません。
そうした背景の中で、私たち個人に一層強く求められるのが、労働市場で通用するエンプロイアビリティ(雇用されうる能力)だと思います。お二人はこれまでのキャリアにおいていかにエンプロイアビリティを高めてこられたのでしょうか。
島田氏: 私は、エンプロイアビリティは未来に向かって意識して高めるものというより、行動の結果として備わるものだと考えています。ですから、エンプロイアビリティを高めるために、何かをしてきたという意識はありません。
ただ、結果的にエンプロイアビリティの向上につながっているのかもしれないと思うのは、目の前の仕事や経験に向き合う姿勢です。私が常に心がけているのは「仕事を楽しむ姿勢(Positivity)」です。これは周囲を見わたしても、活躍している人に共通している点だと思います。私にとって人事という仕事はライフワークであり、これ以上の天職はないと断言できるほど情熱とやりがいを感じています。
酒井氏: 素晴らしいですね。私は、不確実な環境の変化や思いがけない転機に対して素直に受け入れる姿勢を意識しています。実は人事という仕事は、自分で積極的に選んだ仕事ではありませんでした。コンサルティングの仕事にやりがいを感じていたある日、介護という思いもよらぬ転機が訪れたことがきっかけです。ある程度自分の裁量でタイムマネジメントでき、在宅勤務も可能な仕事という条件で人事の世界に入ることになりました。それからというもの、すっかり人事に魅せられ、気がついたら社会人大学院に進学していました。そうした実体験からも、変化を素直に受け入れること。また、生涯にわたって学び続けることが重要だと思います。
島田氏: 私が以前勤めていた会社から学んだことの1つに「PIEモデル」というものがあります。これは、Performance-Image-Exposureの略で、自分のキャリアをマネージする(もしくは自分のキャリアマネジメントにおいて)上で重要な3大要素とされています。
Performanceとは、その名の通りで、私自身Positivityと同じぐらい仕事をする上で意識している点です。Imageとは、周囲に対して自分をどう印象づけるかということです。普段身につけているものやちょっとした言動もすべて相手に与える印象に繋がるため、相手にどうイメージされたいかを日常的に意識する必要があるというものです。Exposureとは、周囲に対する自己開示です。瞬間的に相手に自分を印象づけさせることと言ってもよいでしょう。自分を知ってもらえる機会に積極的に身を置いたり、そういった場で勇気を出して発言するなどはこのExposureに繋がります。
PIEモデルでは3つの要素のうち、特にPerformanceの重要性が主張されています。ただ最近思うのは、組織はImageで動く生き物だということです。「あの人は締め切りを守れない」や「この人は仕事を丁寧に行う」などはすべて他者からのImageによって形成されるものです。ですので、人事としてもImageには十分に注意を払う必要があると思います。
須東: 確かに。外資系企業のよいところは、会社が求めるImageを分かりやすい表現に置き換えてコンピテンシー化し、透明性のある人材マネジメントを運用しているところです。
一方、日本企業の場合、Imageが暗黙知のままに放置され、結果的に派閥内での人材登用など不透明な人材マネジメントに繋がっているケースも見られます。お二人から見て、日本企業と外資系企業におけるキャリアマネジメントの違いはどのように映っているのでしょうか?
酒井氏: 一般的に言われていることですが、職能型が職務型かの違いによる影響があると思います。職務の定義が不明確な場合、成果のイメージも曖昧になりがちです。その結果、パフォーマンスでマネジメントが難しく、長時間労働といった分かりやすい行動が評価対象になってしまうことがあるのではないでしょうか。
一方、外資系企業の場合、職務の役割やその成果に基づくマネジメントが徹底されています。例えば、私の場合ですと、一時期、社会人大学院に通っていたため、平日夕方5時半に退社をすることがありました。しかし、責任はあくまで成果に対するものですので、そのための働き方やタイムマネジメントはむしろ上司も一緒になって考えてくれるというスタンスでした。介護をしている場合も同様でした。日本企業も、多様な働き方への様々な取り組みが進んできていますので、成果への考え方も変化してくるのではないでしょうか。
島田氏: 日系企業と外資系企業の違いは、結果に対する姿勢にあるかもしれません。日本企業の場合、結果を出すためのプロセスを重んじる傾向にありますよね。例えば、チームワークや組織の秩序は結果を出すためのプロセスですが、日本企業では非常に重視されます。
一方、外資系企業の場合は、結果を出していれば、そのためのプロセスは自己責任と捉えられる感があります。日系企業のやり方が必ずしも間違っているとは思いませんが、本来成果を出すことに費やせるはずのエネルギーを違うところに向けなければならなくなっているとすれば、それはもったいないと思います。特に女性の場合は、働き方に様々な制約が出てくる機会も多いので、生産的な業務に時間を割きたいと思うのは当然のことだと思います。
酒井氏: もちろん、日系企業ならではの良さもあります。例えば、日系企業の場合、外資系企業と違って「職務記述書」が詳細に書かれていない企業もありますよね。職務や役割の境界線が曖昧だからこそ、お互いの仕事にも関心を持ち、時に支え合うという風土があります。これは非常に良い文化だと思います。外資系企業の場合、職務記述書に記載のない役割や責任は一切負いませんという割り切ったスタンスで仕事をする人が少なからずいます。このような人のことを私は勝手にR&R(Role &Responsibility)症候群と名付けているのですが、あまり歓迎されるものではないでしょう。
須東: なるほど。整理をすると、日系企業の良さは、メンバーシップ型風土で職場や他者の組織市民行動による支援が受けられる点。一方、外資系企業の良さは、パフォーマンスマネジメントによる透明性のある人材マネジメントを受けられる点、ということですね。女性のキャリアマネジメントを支援するためには、セーフティネットとしての制度・仕組みとリーダーシップの両方が不可欠だと思います。
酒井氏: 制度の充実・活用・風土は非常に重要ですが、もう1つ大事な視点があると思います。それは、「市場原理に従う」ということです。市場に目を向ければ女性の視点や能力が活かせるビジネスの需要はたくさんあります。
例えば、当社でもこれまでの事務機器営業から、顧客のビジネスに資するソリューションの提供へとシフトする動きが求められています。そのためにはお客様との関係構築において、課題やニーズを聞き出す力が必要不可欠であり、女性のコミュニケーションスキルは大きな武器になる。女性の声が求められている仕事やビジネスにストレートに向き合えば、必然的に女性の人材マネジメントを真剣に考えるようになるはずです。ところが、どうも多くの企業が人材マネジメントとビジネスを別々に考えがちです。ビジネスに資する人材マネジメントのあり方を考えることから始めるべきだと思います。
島田氏: リーダーシップ開発も重要ですね。リーダーによってダイバーシティのイメージは全然違います。リーダーシップ開発において特に重要なのは、自分自身の奥深いバイアスに気づいてもらうことです。
ユニリーバでは、ダイバーシティがなぜ大事なのか、何をもたらすのかについて、リーダー自身が自分の言葉で語れるよう考える機会を与えています。先日、当社の北アジアの人事会議の中で、印象的だった質問に「What can you do to discover a power of diversity?」 というものがありました。ダイバーシティはパワーであるということです。これはすべてのリーダーに問うべきことだと思いますね。
※本記事は、機関誌「HITO」vol.06 『キャリアマネジメントの未来』からの抜粋記事です。
※文中の内容・肩書等はすべて掲載当時のもの。
ユニリーバ・ジャパン・ホールディングス株式会社
取締役人事本部長
慶応義塾大学卒業後、日系人材ベンチャーに入社。コロンビア大学大学院組織心理学修士号取得。その後、米系大手複合企業入社を経て、現職。R&D、マーケティング、営業部門のHRパートナー、リーダーシップ開発マネジャー、HRダイレクターを経て現在に至る。
コニカミノルタビジネスソリューションズ株式会社
マーケティング本部 教育研修部 担当部長
筑波大学卒業後、日本アイ・ビー・エム株式会社に入社。同社業務改革コンサルタント、人事ラーニングリーダーシップ研修部長などを歴任後、現職。法政大学大学院経営学研究科キャリアデザイン学専攻経営学修士号取得。中央大学大学院戦略経営研究科客員教授。早稲田大学トランスナショナルHRM研究所招聘研究員。
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