“小1以降の壁”を企業はどう考えるべきか?

公開日 2019/08/20

執筆者:シンクタンク本部 研究員 砂川 和泉

小1以降の壁を企業はどう考えるべきか?

育児休業や短時間勤務制度の浸透によって、出産後も働き続ける女性が増えてきました。しかし、いまだに復帰後の両立は難しく、両立困難で辞めてしまうケースも見られます。言うまでもなく、これまで育ててきた貴重な人材が離職してしまうことは企業にとって大きな損失です。

厚生労働省の「国民生活基礎調査(平成30年版)」によると、末子が1歳の子をもつ母に占める正規職員 の割合は31.5%ですが、子どもの年齢の上昇に伴い、小学校卒業頃にかけて低下傾向が見られます(図1)。5歳の子どもをもつ母における正規職員の割合は26.8%であるのに対して、6歳の子どもをもつ母では23.4%(調査時期は6月であることから、6歳はほぼ小学校1年生に該当すると考えられます)、小4から小6にあたる9歳から11歳の時期は23.0%にとどまっています(注1)。

子どもが小学校にあがる際に多くの企業で短時間勤務制度が適用されなくなる一方で、学童の預かり時間は保育園よりも短い。仕事と子育てとの両立が保育園時代よりも難しくなる問題「小1の壁」に対して、企業が取り組むべきことを考えます。

図1.末子年齢別にみた母が正規職員の割合

図1.管理職になりたい人の割合図1.管理職になりたい人の割合

両立困難と言うと子どもが未就学児の頃の話だと思われがちですが、パーソル総合研究所の調査結果では、小学生になってからも、勤務時間や休みのとりづらさ、子どもの教育や精神的ケアの問題で離職を余儀なくされていることがわかりました。子どもが小学生になると制度による支援が減りますが、子どもが小学生になっても勤務時間の短縮を含む柔軟な働き方を選択できる職場環境が必要と言えます。

短時間勤務には女性本人のキャリアへの影響や所得のロス、現場の負荷増大というデメリットもあり、フルタイム勤務ができる状況で本人もそれを望むのであればフルタイムで働くに越したことはありません。しかし、少子高齢化の進行とともに、これから若年労働者が減る一方で、高齢になっても体力的衰えを感じながら働く人や、家族の介護を抱えながら働く人などが増えていくことが想定されます。育児以外の理由でも時間の制限なく働ける人が減っていくことも踏まえると、限られた時間であっても十分なスキルと能力を保有する社員に戦力として力を発揮してもらうことが不可欠です。
どのような働き方であってもスキル・能力を十分に発揮して企業に貢献することを前提に、貴重な人材が不本意に辞めてしまうようなことがないよう、多様な働き方を認めていく必要があると言えます。

子どもの年齢によって辞める理由は違う

ワーキングマザーがどのような理由で辞めているかをデータで確認してみましょう。パーソル総合研究所が実施した「ワーキングマザー調査」で正社員を辞めた理由を見ると、子どもの年齢によって特徴が見られました(図2)。
※調査内では「正社員」として聴取しているため、ここからは「正規職員」ではなく「正社員」と表記しています。

子どもが3歳未満だったときの離職は「家族のサポート不足」、子どもが3歳以上の未就学児だったときの離職は、職場の理解不足や迷惑をかけていることによる肩身の狭さといった「職場での居場所感の欠如」、子どもが小学生になってからの離職は、休みのとりづらさや残業の多さと言った「働き方の問題」と「子どもの教育・精神的ケアの問題」が特徴となっていました。
また、勤務時間や休みのとりづらさは子どもの年齢に関わらず主な離職理由となっている他、「体力がもたない」ことを理由とした離職も子どもの年齢とともに増えており、子どもの年齢とともに親の年齢もあがるなか、体力的にも大変な状況で辞めていることがうかがえます。

図2.正社員を辞めた理由<離職時の第1子年齢別>

図2.正社員を辞めた理由<離職時の第1子年齢別>図2.正社員を辞めた理由<離職時の第1子年齢別>

ここで着目したいのは、子どもが小学生になってからも、子どもの教育や精神的ケアといった子どものケアの問題で離職していることです。勤務時間や休みのとりづらさを離職理由としている人も半数以上を占めることから、働き方の問題で子どもに十分なケアができないと感じられている状況がうかがえます。せっかく復帰して乳幼児期を乗り切った子育て社員が子育てとの両立の問題で辞めざるを得ないのは、本人にとっても企業にとっても残念なことです。
両立困難と言うと子どもが未就学児の頃をイメージしがちで、小学生になってからは手がかからないと思われがちです。では、子どもが小学校にあがると、どのような問題が両立の支障となっているのでしょうか。

子どもが小学校にあがる際に直面する課題は、「小1の壁」と名付けられています。多くの企業で短時間勤務制度が適用されなくなる一方で、学童の預かり時間は保育園よりも短く、学童に入ることすら難しい状況が待ち受けています。夏休みの預け先確保も仕事との両立の観点から大きな悩みの種であり、学級閉鎖や平日昼間のPTA活動参加などでも仕事を休むことを余儀なくされます。こうした子どもの預け先の問題や休みの必要性に加えて、毎日の帰宅後には、音読や計算の宿題をみたり、友達関係をフォローする精神的ケアも必要になったりと、仕事と子育てとの両立が保育園時代よりも難しくなる問題が「小1の壁」です。

また、小4になると、「小4の壁」なるものも存在します。小4で直面する壁には、学童の受け入れにあたって小3以下が優先されるために放課後の子どもの預け先がなくなること、そして、小4になると急に勉強が難しくなることで親のフォローが必要になること、という2つの側面があります。小4になると塾通いを始めたり、ひとりで帰宅や留守番ができる子も増えますが、子どもによっては難しいこともあるでしょう。勉強面も子どもによって差はあるものの、親が勉強をみたり、親子のコミュニケーションが求められるなど、ある程度の時間が必要になってきます。

こうした問題を背景として、図2に示したように、勤務時間や休みのとりづらさ、子どもの教育や精神的ケアを理由とした離職に至っていると考えられます。企業としては、子どもが大きくなっても手がかかることを理解し、残業免除を含む勤務時間の短縮を選択肢として認めることが必要です。

長期にわたる短時間勤務には、現場の負荷増大に加えて、女性本人のキャリアへの影響や所得のロスというデメリットもあります。働き方改革が進み、残業削減や男性の家事育児参画が進めば、中長期的には短時間勤務制度は不要になるかもしれません。しかし、自身の「体力がもたない」オーバーワーク状況で辞めている現状を鑑みると、勤務時間をセーブすることは目下の現実的な選択肢の1つとして一考に値するでしょう。

子どもが小学生になっても短時間勤務制度は必要

では、子どもが何歳になるまで短時間勤務を認めればよいのでしょうか。
3歳未満の子どもを育てている従業員への短時間勤務制度を設けることは法律で義務化されていますが、法定以上の期間にわたって短時間勤務を認めている企業も多くあります。
育児のための所定労働時間の短縮措置等の制度がある事業所のうち、約75%が子どもの就学前までに限定しています(図3)。しかし、小1や小4の壁があることを考えると、セーフティネットとして不本意な離職を防ぐという観点では、就学後の短時間勤務も必要です。

図3.所定労働時間の短縮措置等の制度の最長利用可能期間

図3.短時間勤務制度の最長利用可能期間図3.短時間勤務制度の最長利用可能期間

正社員を辞めたあとも子どもの年齢に関わらず半数以上が働いていることからも、柔軟な働き方を認めることが就業継続につながる可能性があります(図4)。やむなく離職したとしても、短時間勤務ができる職場であれば、1度辞めた社員も復職できる可能性が高まるでしょう。

図4.現在の就労形態<末子年齢別>

図4.現在の就労形態<末子年齢別>図4.現在の就労形態<末子年齢別>

時短社員を「お荷物」にせず、時間あたりの期待に見合ったパフォーマンスで貢献する「戦力」に

そうは言っても、長期間にわたって短時間勤務を認められるほど人員に余裕がないと考える企業も多いでしょう。
短時間勤務者が、仕事と子育ての両立はできるものの昇進・昇格とは縁遠いキャリアコース、いわゆる「マミートラック」に陥ることがある現状においては、長期間の短時間勤務は企業にとっても個人にとっても不幸な結果をもたらします。数年後にはフルタイムで戦力に戻ることを前提に、猶予期間として短時間勤務を捉える企業が多いなか、戦力外で「使えない」社員を長年抱えることや仕事をカバーせざるをえない周りの社員への「しわ寄せ」を考えると、現場の負荷は多大です。

しかし、時間に制約がある社員が「使えない」と見なされるのは、正社員の労働時間が限定されていないことを前提としているからではないでしょうか。今後、誰もが制約を抱えうる時代が到来することを考えると、人員に余裕がない企業こそ、短い時間であってもその時間に見合った貢献を求めていく視点や雇用の制度、仕組みが不可欠です。

短時間で貢献する「戦力」として、短時間勤務社員を見直してみると、違った見方ができるかもしれません。 営利企業である以上、社員1人1人の投入時間あたりのアウトプットを最大化していくことが大切です。時間に制約がある社員のマネジメントは確かに手間がかかるものの、仕事の時間をコントロールすることで、時間あたりの期待に見合ったパフォーマンスを出すことができれば、企業にとっても本人にとってもメリットと言えます。もちろん、企業への多大な量的貢献をした人が適正に評価されるのは当然ですが、総量での貢献の他に「時間効率」という評価軸を加えることで時間意識を高めて労働生産性を向上させることは働き方改革の流れとも整合的であり、これからの時代に企業が進むべき道であると言えます。

短時間勤務でも柔軟なキャリア形成を

キャリア形成の観点から見ると、長期的な短時間勤務で成長スピードに遅れが出る可能性があることはやむを得ない事実です。しかし、勤務時間が短いことでスピードは遅くなったとしても、勤務時間に見合った成長ができ、キャリアを積んでいけることが必要です。一定の入社年次に昇進・昇格することを想定した画一的なキャリアコースにおいては、短時間勤務でいわゆる「マミートラック」に乗ることが出世コースからの脱落につながりかねませんが、短時間勤務をしている時期も将来の昇進を見据えた育成がなされ、しかるべき時期になったとき、昇進にふさわしい能力・経験を保有していることが必要です。

さらに言えば、柔軟な働き方であれば働ける優秀な人材に活躍してもらうために、管理職でも短時間勤務ができるように、管理職のあり方を見直す必要があるかもしれません。周辺業務の切り出しではなく、決めた勤務時間の範囲でコア業務を担うにはどうしたらいいかを真剣に考えるのであれば、ビジネスプロセスの根本的な見直しが必要になるかもしれません。大がかりではありますが、これからの時代に競争優位性を保つには、避けられない道と言えます。

まとめにかえて

ワーキングマザーが抱える家庭との両立、成果をあげること、キャリア形成の問題は、これから時間的な制約なしに働ける人が減っていくなかで誰もが直面しうる課題です。“小1以降の壁”は、長期間の短時間勤務の是非を問うことで、「無限定」ではない働き方で企業の持続的成長が可能かという問題を提起しているのかもしれません。

勤務時間の短縮を含む柔軟な働き方を選択できる職場環境を整備し、限られた時間であっても十分なスキルと能力を保有する社員に戦力として力を発揮してもらうことが、これからの時代で「勝つための企業戦略」であり、企業の社会的価値向上につながっていくことでしょう。

注1:厚生労働省「国民生活基礎調査(平成30年版)」より「末子の母のいない世帯」、母の「仕事の有無不詳」を含まない総数に対する割合を掲載。本データは、子どもの年齢の変化にともなう同一個人内の就業形態の変化を示すものではなく、当該年齢の児童をもつ世帯の状況を一時点で比較したものに過ぎないことには留意が必要である。また、例えば小学校入学を機に正社員として再就職する人も辞める人もいるなかで、それらの人々の就業形態の変化を合算した数値であることから、各年齢の割合の差が離職率を示すものではない。

調査概要


     
株式会社パーソル総合研究所「ワーキングマザー調査」
調査手法 個人に対するインターネット調査
調査対象 有効回収数 2100名
・小学生以下の子どもがいる正社員女性 900名
・小学生以下の子どもがいる正社員を辞めた女性 300名
・小学生以下の子どもがいる正社員女性の配偶者(正社員男性) 300名
・小学生以下の子どもがいる正社員を辞めた女性の配偶者(正社員男性) 200名
・上司(小学生以下の子どもがいる正社員女性部下がいる係長・主任相当以上) 200名
・同僚(小学生以下の子どもがいる正社員女性が部署内にいて業務上のかかわりがある一般社員) 200名
調査時期 2019年1月

※データの引用にあたっては、事前にご連絡をいただく必要はありませんが、必ず以下の【出典記載例】に則って、出典をご明記ください。
【出典記載例】出典:パーソル総合研究所「ワーキングマザー調査」

執筆者紹介

砂川 和泉

シンクタンク本部
研究員

砂川 和泉

Izumi Sunakawa

大手市場調査会社にて10年以上にわたり調査・分析業務に従事。定量・定性調査や顧客企業のID付きPOSデータ分析を担当した他、自社内の社員意識調査と社員データの統合分析や働き方改革プロジェクトにも参画。2018年より現職。現在の主な調査・研究領域は、女性の就労、キャリアなど。


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