公開日 2023/03/02
かねてから日本企業の女性活躍のハードルとして知られるものに、「遅い選抜」慣習がある。未経験者の一括採用・育成という入社からその後の平等主義的な選抜機会に至るまで、国際的にはあまり見られない登用・選抜の習慣が大手企業を中心に強く根付いており、その構造が女性活躍をいくつかの点で阻害している。
この問題を放置し、「意識改革」や「マネジメント」といったソフトな領域ばかりに手をつけても、構造的なハードルは残り続けてしまう。本コラムではその選抜の在り方と女性活躍の関係性について議論していきたい。
パーソル総合研究所が実施した「女性活躍推進に関する定量調査」では、管理職への平均登用年齢は課長級で38.5歳、部長級で平均43.4歳だ。課長登用を業界別に見ると、「宿泊、飲食サービス、生活関連サービス、娯楽業」は34.7歳と比較的若いが、その他の業界は40歳前後。 電気・ガス・水道などのインフラ業や建設業などでは特に遅い傾向が見られた。
新卒採用などの場では、多くの企業が「早いうちから活躍できる」とうたうが、実際は高齢化に引きずられるように、2000年からの15年で、日本企業は、課長昇進・部長昇進ともに高年齢化していることが確認されている(※)
※大湾秀雄・佐藤香織(2017)「日本的人事の変容と内部労働市場」(川口大司編『日本の労働市場』)有斐閣,pp. 20-49.
この長い選抜構造によって、管理職への選抜時期よりも、結婚・出産・育児というライフイベントが先に来てしまう。そして、パーソル総合研究所の調査で分かっているのは、男性は結婚すると管理職への昇進意欲が上がり、女性は結婚によって「時間」重視の就業意識に大きく変化することだ。すでに皆婚時代は終わり、未婚化は進んでいるが、未婚率を見ても女性は16%程度なのに対して、男性は25%。こうした男女のライフイベントにおける非対称性と、日本企業の平等主義的な選抜が組み合わさって、「平等であるがゆえに、不平等を生む」という逆説的なメカニズムが生まれている。
図1:ライフステージ別の仕事の重視点
出所:パーソル総合研究所「女性活躍推進に関する定量調査」
図2:管理職登用の平均年齢
出所:パーソル総合研究所「女性活躍推進に関する定量調査」、
厚生労働省 令和元年(2019)人口動態統計/人口動態統計「出生に関する統計」/総務省「令和2年国勢調査」
そして、日本の昇進構造のもうひとつの特徴は、昇進機会が総合職社員に対して広く平等に与えられることだ。正社員であれば、どの大学を卒業していても、画一的な育成の対象とする未経験一括入社という社会慣行は、そこから漏れる非正規雇用への差別的待遇を前提としながらも、「正社員であれば、頑張れば幹部になれる」という可能性を広く、長く与えるものだ。平等に機会を与えつつ、ジョブ・ローテーションしながらの長い選抜期間の中で、「自然に目立ってくる若手を待つ」という選抜構造になっている。
学歴批判は日本の就活につきものだが、正社員として入社してしまえば、どの大学を出ていても入社後の育成内容に大きな差をつけられることは無く、人事も新入社員もそれが「当たり前」だと思っている特殊な国だ。ビジネスパーソンからは、「会社に入ってしまえば大学なんて関係ない」という言葉もさも当たり前のように飛び出す。
一方で先進各国は、ハイレベルの教育を受けていなければ、役員候補や管理職候補としては扱われない国が大半であり、ますますそうした学歴主義的な傾向は強くなってきている。今や欧米の大手企業の幹部層はほとんどが修士号を持っており、大学新卒で未経験でも採用されるのは主に生え抜きのエリート学生だ。 高度な教育を受けることが出世の可能性に直結し、幹部や管理職の候補者となる有力な若手は、最初からスタートラインが異なる。日本では15年から20年かかる選抜が、アメリカやドイツでは、おおよそ二分の一程度だ。
こうした特徴をまとめていえば、日本の正社員は「オプト・アウト方式」の平等主義的・競争主義的な昇進構造だ。オプト・アウトとは、不参加や脱退という意味。同意が無くとも原則的には参加が決められており、抜けるときに意思表示する方式のことだ。ちなみにオプトインはその逆で、参加したい人だけが意思表示することをいう。
図3:日本と諸外国の昇進構造の違い
出所:筆者作成
飛び級や留年が少なく、同年代の男女が「同期」という擬似的な共同体を形成し、そのほとんどが「未来の幹部層候補」として表面上扱われ続ける。こうした「えこひいき」の無い一括育成の慣習は、女性活躍にとっていくつかの「副作用」をもたらす。
まずひとつは、この構造が一見「平等」な選抜であるために、男性側に自分たちが優遇されているという意識を発生させないということだ。家事や子育てを選ぶのはあくまで女性の「選択」であり、「女性側の自己決定」として女性に帰責される。だからこそ、女性活躍のハードルとして多くの企業が判を押したように「女性の意欲の低さ」を上げる。まさに「オプト・アウト方式」は女性活躍を「女性側の問題」にし続ける。
そして、遅い選抜は、当然ながら出世していく従業員にとっては、長期間の会社へのコミットメントを必要とするものだ。同調査からは、本部長・役員クラスへの登用年齢が高い企業ほど、出世するために努力してきたという経営層の「サンクコスト」意識が高いことが分かっている。そして、多変量解析の結果では、そうしたサンクコストの意識が強い経営層は、ダイバーシティ信念が低い傾向が見られたのだ。
つまり、「遅い自然選抜」慣習は、単純なライフイベントとの時期だけの問題だけではなく、「下駄を履いている」感覚のない、ダイバーシティに理解の無い経営陣を再生産し続けている可能性がある。
図4:管理職登用年齢とサンクコスト
出所:パーソル総合研究所「女性活躍推進に関する定量調査」
図5:ダイバーシティ信念への影響要因
出所:パーソル総合研究所「女性活躍推進に関する定量調査」
また、女性側への副作用もある。同期という同年代準拠集団でのどんぐりの背比べは、昇進速度の「小さな差」を、当事者にとっての「大きな差」にする。人材マネジメントとしては、「少しの処遇差」を用いてモチベーションを上昇させることができ、逆にレースから「遅れた」者にとってもその遅れを認知しやすくなるという機能を持つ。
女性は、昇進可能性がまだ見えてこない時期に育児期間に入り、帰ってきたころには昇進レースに差がついていることで自らの「遅れ」を感知してショックを受けることがしばしばある。「仕事か、家庭か」というダブル・バインドになりやすい状況において、自分に「遅れ」があるのならば家庭を選ぶ、という選択をする女性が多く発生している。入社の年齢がバラバラで、同期という準拠集団が無い場合には、こうした状況にはならない。この横並び意識(からの遅れの認知)もまた、昇進構造の副作用だ。
女性活躍推進のためには、この頑強な昇進構造を変える必要がある。同調査から女性管理職比率と管理職登用の平均年齢の関係を見ると、課長・部長どちらも、登用年齢が低いほどに女性管理職の比率が高い。早い選抜を行う企業で女性管理職が多いというのは、先行研究でも指摘されてきたところだ (※)。管理職登用の年齢制限の撤廃や管理職公募制といった外形的な整備とは同時に、登用と育成のメカニズム自体を変えることが求められる。
※脇阪明、2018、「女性労働に関する基礎的研究 女性の働き方が示す日本企業の現状と将来」、日本評論社など
図5:管理職登用の平均年齢(女性管理職比率別)
出所:パーソル総合研究所「女性活躍推進に関する定量調査」
必要なのは、若手の幹部候補者を早めにリストアップし、計画的に「可視化」するタレントマネジメントだ。人事は、男女平等の管理職・幹部候補のロングリストを20代のうちには整備し、選抜的な教育訓練の機会を与える必要がある。出産育児におけるキャリアブレイクが来るよりも以前に、経験と期待を女性にも厚く振り分けねば、この状況は変わらない。自動的に女性が不利になる「ゆっくりとした自然選抜」を「早める」ことに加え、育児・出産があっても、「期待されている感」を途切れさせないことだ。
選抜層には、早期からの管理職・上級管理職とのパイプライン強化、個別育成計画策定、メンター体制整備など、優先的な育成機会の分配といったキャリア・デブロップメントプラン全体の早期化を図ることが重要だ。経営との距離が近い中小企業であれば、「カバン持ち」的な経営陣のサポート業務を早めに経験させるといった施策もやりやすい。
このように、意識的に早期登用を加速させていかなければ、組織は高齢化の波に流され、管理職登用のタイミングはさらに遅れかねない。入社から20年頑張らないと課長になれないような状況は、今の若者のキャリア観全体に照らしても適合的でない。
平等意識の強い日本企業は、こうした依怙贔屓(えこひいき)をとにかく嫌がる。「出世コースから外れた層」のモチベーションダウンを懸念するからだ。しかし、そうした懸念は、昇進昇格でしか従業員をモチベートできないという、より本質的な問題の裏返しである。
また、今やどこの企業にも配置されるようになったダイバーシティ担当部署は、こうした構造的な人事施策に踏み込む権能を持っていないことも多く、ロールモデルづくりのためのイベントや多少の研修ばかりを行っている。そして、管見の限りそもそも自社の登用年齢が何歳程度で、経年でどう変化してきているのかといった基礎的なデータを把握している人事も少ない。これでは、いくら「意識改革」などを行おうとも、こうした構造的なハードルは消えないどころか、高齢化に合わせて自然と高くなっていく。意図的に「早めに選び、早めに育てる」ことを行わないのであれば、強く根付いている「平等主義による不平等」は温存され続けるだろう。
本コラムでは、日本独特の昇進構造が日本企業の女性活躍の構造的な問題として根強いことを確認してきた。ライフイベントにおいて現れる「男女の意識差」は、企業にとっては変えにくいものだ。企業としてはそれを与件としながら、遅い平等主義的な自然選抜を、「えこひいき」を恐れない早期抜擢型の選抜に変えていく必要がある。ともすれば意識面からのアプローチに偏りがちなダイバーシティ施策だが、こうした組織の人の年齢構成に関連した構造的な問題にこそ手を付けるべきだ。
シンクタンク本部
上席主任研究員
小林 祐児
Yuji Kobayashi
上智大学大学院 総合人間科学研究科 社会学専攻 博士前期課程 修了。
NHK 放送文化研究所に勤務後、総合マーケティングリサーチファームを経て、2015年よりパーソル総合研究所。労働・組織・雇用に関する多様なテーマについて調査・研究を行う。
専門分野は人的資源管理論・理論社会学。
著作に『罰ゲーム化する管理職』(集英社インターナショナル)、『リスキリングは経営課題』(光文社)、『早期退職時代のサバイバル術』(幻冬舎)、『残業学』(光文社)『転職学』(KADOKAWA)など多数。
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