公開日 2025/03/25
コラム「なぜ日本企業は欧米の手法をマネしたがるのか―輸入型マネジメントの歴史と功罪」では、昨今の反DEIなどマネジメント動向に敏感な日本企業の特性と、その理由や背景を、アメリカを中心とした海外との関係性から歴史的にひもとき、考察してきた。今回は、アメリカで起きている反DEIや反ESGの動向と、さらに海外の最新マネジメント動向といえるDEI&B(Belonging=帰属意識・一体感)に関して、その歴史的変遷と現在地を見ていきたい。
トランプ大統領が2回目の大統領就任式直後に、連邦政府のDEIプログラムを廃止する大統領令を発布。それに呼応するかのように、リベラル色が強いシリコンバレー企業のMeta、Amazon、Google、zoomでさえも、軒並みDEI関連の取り組みや組織の見直しを打ち出す「反DEI」へと方針を変えることを表明し始めた。
さらに2025年2月、南アフリカで開催された20カ国・地域(G20)外相会合で、アメリカ外交のトップであるルビオ国務長官が欠席した。しかし、今回のG20の主眼が「団結、平等、持続可能性」を議題としたことに対して、これは「多様性、公平性、包摂性(DEI)と気候変動を意味する」とこじつけて、反DEIの姿勢を強調するために欠席しているようにさえ映る。
日本企業はこれらの動向に敏感に反応している。有識者がメディアからコメントを求められ、企業内でも自主的に議論がなされていることを目の当たりにしている。今のところ、日本企業は冷静に受け止めている様子がうかがえる。
しかし反DEIの動向は、一見すると第2次トランプ政権がきっかけになっているように見えるが、実はそうではない。第2次トランプ政権前からすでに、アメリカを代表する企業で顕在化していた。例えば自動車大手のフォード・モーターは、2024年に「企業平等指数」の調査への参加を終了し、続いてビール大手のモルソン・クアーズが、これまで経営幹部の報酬を多様性の達成と連動させてきたが、これを終了すると表明。さらに小売最大手のウォルマートはDEIに関する従業員向けの研修を終了し、これまで支援してきたライド・パレード(LGBTQ+)の見直しを決定。2025年に入って外食大手のマクドナルドが、DEIに対する意欲的な目標の設定を中止することを決めた。
図表1:アメリカの反DEI動向
出所:筆者作成
このように、反DEIの動きはアメリカでもともと顕在化していた。アメリカ保守派活動家 ロビー・スターバック氏は、「DEIは人種差別だと考える」と主張していた。そして第2次トランプ政権の発足後には、「残り1割は強い政治的意思を持ち簡単に変わらないだろうが、トランプ政権はDEIを掲げる企業を処罰する姿勢をみせている」と、主張を強くした。
これらに拍車をかけた背景のひとつに、2023年のアメリカ連邦最高裁において判断された、「大学入試で黒人などを優遇する措置を違憲」とした判決を受けて、保守派団体がDEIを推進する企業を提訴したことが影響しているであろう。いわゆるアファーマティブ・アクション(積極的差別是正措置)は違憲である、という判断が示されたわけである。
そしてもうひとつの反DEIの要因が、Metaのマーク・ザッカーバーグCEOが放った、「企業にはもっと男性的なエネルギーが必要」との言説に象徴されるように、女性経営幹部登用に邁進してきたものの、実現過程でのもどかしさから投資効果への疑問が露見し、「DEI疲れ」とも受け取れる様相となっている。たしかに一部の企業の中には、DEIへの取り組みが投資家向けのパフォーマンスに映ることも否定できないであろう。
あるいはESG関連では、ゴールドマンサックスやJPモルガンチェースなど、アメリカ大手金融機関のすべてが、温室効果ガス(GHG)排出量を実質的にゼロとすることを目標とする国際的銀行連合から脱退するなど、ESG投資離れが進んでいる。このように前者が社会的側面、後者が経済的側面で反DEIや反ESGの動きとして顕在化している。
しかしDEIに関しては、アメリカと日本で歴史的な経緯が異なり、アメリカでの反DEIの動向がこれまでのように日本に影響を与えると考えるのは早計であろう。アメリカは人種差別や女性差別を背景に、「人権重視」や「差別の廃止」といった文脈で推進してきた。そしてアメリカ企業は、社会的責任やブランド価値の向上、法的リスクを回避する狙いもあって、積極的にDEIを推進してきた経緯がある。
しかし日本においては、人種差別がアメリカと比較して社会問題化していたとはいえず、女性差別や過重労働を問題とした「女性活躍推進」や「働き方改革」が中心であって、その取り組みへの歴史も浅いため、DIEはまだ道半ばであるというのが、企業側や有識者の現段階でのおおよその反応である。
そういう意味では、日本企業は揺り戻しのアメリカとは異なり、少子高齢化で労働人口の減少による経済成長が見込めない国であり、豊な暮らしを求めて国民あげてさらにDEIの推進を強めていかなければならない状況にある。
日本ではDEIの取り組みがまだ道半ばの中、次には「B(Belonging:ビロンギング)」が加わるDEI&Bがアメリカで重要視されるようになってきた。その背景のひとつに、アメリカで2021年頃から重大な社会問題となっている大量退職(The Great Resignation)がある。大量退職を引き起こした要因のひとつは、コロナ禍によるリモートワークの拡大によって、従業員の会社に対する帰属意識やエンゲージメントが下がり、それが理由で退職する人が爆発的に増えているからだと考えられている。
では今回のビロンギングは、これまで重要視してきたエンゲージメントと同じ意味なのか。あるいは、これまで日本企業に良くも悪くも根づいていた愛社精神や従業員ロイヤリティと同じなのであろうか。
結論からいえば、いずれも違うものである。まず、ビロンギングはエンゲージメントが意味する「会社の一員」(会社方針への共感、組織への所属)のことではない。DIE&Bにおけるビロンギングは、組織・会社や周囲の人に受け入れられたと本人が感じている「感情・感覚」を重視しているのに対して、エンゲージメントは会社と個人との「関係性」を重視している。そこには、「仲間・理解者がいる」「自分の居場所がある」といった「つながりや安心感」と言った心的状態が欠かせない。
また、愛社精神や従業員ロイヤリティは、個人と会社との「関係性」を前提に、日本の高度経済成長を支えた昭和の雇用状況においては、会社に生涯を捧げる一方で安心して勤め上げることができるという従業員側のニーズと、従業員は黙っていても会社について来てくれると思い込んでいた雇用者側のニーズが、いい意味で「上下関係や保護者・被保護者関係」として成り立っていた。それに対して、ビロンギングはあくまで組織も個人も対等な立場である。自分の成長と会社の成長が一致していると感じたり、自分の存在を実感できたりした時がビロンギングの意味するところである。
図表2:個人と会社の関係の変化
出所:筆者作成
前述のように、ビロンギングの意味することが日本にとっては、いつか見た原風景に映るかもしれないが、決して先祖返りではないとみている。個人と会社の関係は変わっても、近年のエンゲージメント強化が減速するものでもなければ、まったく新しい取り組みでもない。
ドイツの哲学者ヘーゲルは、世の中は直線的に発展するのではなく、原点回帰しながら螺旋的に発展していくものだとする「螺旋的発展」を説いている。手紙を例にすると、昔は伝えたいことをテキスト化し手紙にして郵送していたのが、テクノロジーの発達により音声による電話が主流になり、その後またテキストベースのファックスが登場し、インターネットの普及でメールになり、という形で形式もスピードも変わってはきているが、伝えたいことをテキスト化して送る、という手紙の本質は原点回帰している。
マネジメント領域も同様で、ビロンギングも、昨日今日出てきた概念ではなく、歴史を振り返ってみれば、何度も繰り返している循環である。今日的な背景によって位置づけが変わるものの、その本質は同じである。
図表3:ヘーゲルの螺旋的発展
出所:筆者作成
昨今の反DEIなど、今アメリカで起きているマネジメント動向に敏感な日本企業の特性と、その理由や背景を、アメリカを中心とした海外との関係性から歴史的にひもとき、考察してきた。
反DEIの動向は第2次トランプ政権前からアメリカ企業で顕在化していたが、就任直後に連邦政府のDEIプログラムを廃止する大統領令を発布したことで、大手IT企業を中心に反DEIへと方針を変える動きが加速した。日本企業はこれらの動向に敏感に反応しているが、アメリカと異なり日本のDEIの推進はまだ道半ばであり、少子高齢化による労働力不足を背景にDEIの重要性が増している。
そのような中、アメリカでは2021年頃から重大な社会問題となっている大量退職を背景に、「ビロンギング(Belonging)」が重要視されるようになった。DIE&Bにおけるビロンギングはエンゲージメントが意味する「会社の一員」とは異なり、「仲間・理解者がいる」「自分の居場所がある」など、周囲の人に受け入れられたと本人が感じている「感情・感覚」を重視している。また、ビロンギングは個人と組織が対等な関係であることが前提であり、日本企業にとっても重要な概念となりつつある。
次回は、歴史を遡ってバブル経済崩壊後に成果主義人事のマネジメントツールとして導入されたMBO(目標管理制度)に見られる日本企業の歪んだ解釈、陥穽について踏み込んで、具体的に見ていきたい。
※このテキストは生成AIによるものです。
DEI&B
DEI&Bとは、ダイバーシティ(多様性)、エクイティ(公平性)、インクルージョン(包括性)にBelonging(帰属意識・一体感)を加えた概念。特にアメリカで2021年頃から問題となった大量退職を背景に、従業員の会社に対する帰属意識やエンゲージメントが下がり注目されるようになった。
Belonging:ビロンギング
Belonging:DIE&Bにおけるビロンギングとは、組織や会社に対する帰属意識や一体感を指す。従業員が自分の居場所があると感じる「感情・感覚」を重視し、エンゲージメントとは異なる概念である。
シンクタンク本部
上席主任研究員
佐々木 聡
Satoshi Sasaki
株式会社リクルート入社後、人事考課制度、マネジメント強化、組織変革に関するコンサルテーション、HCMに関する新規事業に携わった後、株式会社ヘイ コンサルティング グループ(現:コーン・フェリー)において次世代リーダー選抜、育成やメソッド開発を中心に人材開発領域ビジネスの事業責任者を経て、2013年7月より、パーソル総合研究所 執行役員 コンサルティング事業本部 本部長を務める。2020年4月より現職。また立教大学大学院 客員教授としても活動。
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