公開日 2015/09/08
政府や企業において今注目されている「多様な正社員」。
正規--非正規二極化の解消策の一つとして社会的にも期待が寄せられている。一方で、企業にとって「多様な正社員」を導入することは、どういう意味を持つのだろうか。企業を取り巻く昨今の環境変化を考えると、「多様な正社員」導入が今後の企業競争力を左右する非常に重要な鍵を握っていることが見えてきた。
「作れば売れる」時代から「売れるモノを創る」時代へ。グローバル化、技術革新、ICTの進展は、商品ライフサイクルの短命化、職務特殊スキルの陳腐化、高度産業化・経済化といった現象をもたらした。
このような時代を企業が勝ち抜くための競争力の源泉は、つまるところ「人」である。独創性や創造性、自ら問題を発見し解決策を導き出す能力があれば、働く人も「年齢・性別・立場」に関係なく、グローバルで勝ち抜くことができる社会である。激変する経営環境において、企業は一人でも多くのイノベーション人材やソリューション人材を発掘し、活用することが求められる。
しかし、そのような素養を持つ人材が"不本意非正規"である場合、いつまでもその雇用区分に滞留させることは、能力の出し惜しみの可能性を高め、組織にとってももったいないことである。個の事情に配慮した上で無期契約し、「売れる(高付加価値な)モノを創る」ために、「多様な正社員」を導入することが必要だろう。
また、顧客との接点の中でニーズを吸い上げ、改善・提案に繋げられるようなオペレーションエクセレンスである人材も、企業競争力の源泉と言える。そういった人材に対しても、それぞれの事情に配慮した上で「多様な正社員」を導入することは必要となる。すなわち、企業がグローバルで勝ち抜く競争優位を形成するには、「いつまでも(勤務期間)、どこにでも(勤務地)、なんでも(職種)『会社の思い通りに働ける』」人材ありきで考えるのではなく、イノベーション、ソリューション、オペレーションエクセレンスを実現できるかなどといった、「能力」を持ち合わせているかに着目すべきなのだ。
そして、そうした素養を持つ人材に何らかの制約(時間・地域)があれば、それらを考慮した働き方を可能な限り提示したり、社内ルールを整備した上で無期契約し、適所適材を実現していくことこそが重要なのである。厚生労働省の研究会報告書においては、「多様な正社員」を導入する目的として、人材の獲得・補充や定着・モチベーション、人件費の削減・適正化、女性活用、技術の継承、拠点・店舗の維持などが挙げられている。人口減少などによって国内市場がシュリンクする中、企業の維持・安定のためにも「多様な正社員」は重要な施策として導入されているのだ。
「多様な正社員」として無期契約するからには、長期にわたって最大限に能力を発揮し続け、企業の成長に寄与してもらわなければならない。そのためには、(1)人材ポートフォリオの構築と運用、(2)組織で活躍できるよう仕事経験について明確に定義された基準、(3)目標に向かって行動・実践に移していくための教育訓練内容と、目標を実現するために自己効力感を高めるカリキュラムが必要となる。
ただし、消費者のライフスタイルの変化や価値観の多様化などが企業活動の在り方を変えていくように、働き手の価値観の変化・多様化に伴って雇用のあり方も変えていかなければならない。その点では、次の3社の事例が参考になるだろう。
まず前述(1)の好例としては、すかいらーく社を挙げたい。同社では、雇用形態や働き方の区分について、「いまだに会社側がキャスティングボードを握っているという考え方は時代遅れ」ととらえている。社員のライフスタイルに合った働き方の選択を可能にし、能力に見合った役割をモチベーション高く担ってもらうことで、組織としての成果の最大化を図っている。
また(2)の例として、ギャップジャパン社では非正規社員から正社員への一気通貫したキャリアラダーをツールとして用い、店長が部下に対して、スキル向上の喜びを感じさせることで、次へ挑戦したいという意識を芽生えさせている。このキャリア意識の醸成が、仕事実務(接客業務)レベルの向上と組織へのエンゲージメントに結びつき、ひいてはGapブランドの強さに繫がっているのである。
最後に(3)の例としては、日本マクドナルド社の取り組みが参考になる。同社では6段階の職階・役割を設けており、その職階・役割に応じた多様な教育プログラムが用意されている。教育プログラムにおける講義の内容も、マネジメントに必要なリーダーシップやコミュニケーションスキルなど、社外でも自信を持って臨めるだけのスキルを同社にいる間に身につけさせてくれる。こうした取り組みが、世界有数の人材育成企業と称される所以でもあるのだろう。
今回、改正労働契約法によって、企業は人材ポートフォリオの見直しと新たな構築に迫られる。従来の無限定正社員と限定正社員の役割の再定義も必要となる。その再定義も、ここまで述べてきたように「人」を企業競争力の源泉としてとらえるならば、労働条件(いつまでも、どこにでも、なんでも)ではなく、「ビジネスモデル」と「能力」から構築していく必要があるのではないだろうか。
※本記事は、機関誌「HITO」vol.07 『多様な正社員の未来』からの抜粋記事です。
※文中の内容・肩書等はすべて掲載当時のもの。
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