公開日 2024/08/07
企業において、障害者の雇用率は拡大を続ける。2024年4月には法定雇用率※1が2.5%に引き上げられ、2026年7月には2.7%に上昇する。中でも、2018年に義務化された精神・発達障害者の雇用数は、2023年時点で約13万人※2まで拡大している。
しかし、急速に増加する雇用の量に対し、質の確保が課題となっている。2023年に パーソル総合研究所(協力:パーソルダイバース)が行った調査※3によると、配属先の上司・同僚の理解・配慮の難しさに課題を感じる企業が約4割、配属先社員が疲弊している企業が約3割を占めた。精神障害者の雇用を円滑に拡大していくためには、受け入れる現場へのサポートが重要だと考えられる。
そこで、パーソル総合研究所は「精神障害者の現場マネジメントについての定量調査[上司・同僚調査]」 および「精神障害者雇用の現場マネジメント関するインタビュー調査」 を実施し、このような受け入れ現場で起きている課題の実態や、解決策を明らかにしようとした。本コラムでは、これらの調査結果から、精神障害者を受け入れる現場の上司・同僚の視点で、現状と課題について見ていきたい。
※1 法定雇用率:企業や国、地方公共団体が達成を義務付けられている、常用労働者に占める障害者の雇用割合を定めた基準のこと
※2 厚生労働省(2023)障害者雇用状況の集計結果
※3 パーソル総合研究所(協力:パーソルダイバース)(2023)「精神障害者雇用の現場マネジメントについての定量調査[企業調査]」
精神障害のある従業員と共に働く上司・同僚※4に、精神障害のある従業員と働くことについて、事前の想定と比べてどう感じたかを尋ねた。すると、約7割と大多数の上司・同僚が、「思っていたより、コミュニケーションはスムーズにとれた」「思っていたより、仕事のパフォーマンスが高かった」など、思っていたよりポジティブだったと答えた(図表1)。障害者手帳を持つ精神障害者と聞くと深刻な状態を想像することや、働く精神障害者の実態が知られていないため、過度に身構えているのかもしれない。この結果から、多くの場合、共に働く上司・同僚にとって精神障害者の受け入れは、想定よりポジティブな体験であることが分かる。
※4 本調査では「共に働く上司・同僚」とは、精神障害のある部下・同僚と仕事上の関わりがあり、かつ精神障害のある部下・同僚の障害種を知っている人を指す。「精神障害者」とは、障害者手帳を持ち精神障害への配慮を得ながら働いている人を指す。
図表1:精神障害者と働くことに対して、事前の想定よりポジティブだったとした上司・同僚の割合
出所:パーソル総合研究所(2024)「精神障害者雇用の現場マネジメントについての定量調査[上司・同僚調査]」
一方で、精神障害のある従業員への対応について、「精神的な負担が大きい」とした上司・同僚が約4割を占めた(図表2)。直属上司では約5割を占め、共に働く上司・同僚の多くが何らかの負担感を感じている現状が明らかになった。これは、その他の障害者(主に身体障害)や障害以外の事情(主に育児)で柔軟な働き方をする者への対応と比べても、負担感が高い傾向がある。
ただし、「できるだけサポートしたい」といった肯定的感情も、約8割の上司・同僚が感じていた。障害という事情を理解し、支援意欲を持ちながらも、負担を感じている上司・同僚が多いという現状が分かる。
図表2:精神障害のある部下・同僚と共に働く上司・同僚の負担感と肯定的感情
出所:パーソル総合研究所(2024)「精神障害者雇用の現場マネジメントについての定量調査[上司・同僚調査]」
しかし、このように共に働く上司・同僚の負担感が高い状態が続くと、継続的な雇用が困難になることが見えてきた。負担感の高い上司・同僚は、当然ながら自身の“はたらくWell-being”(はたらくことを通じて、その人自身が感じる幸せや満足感)が低く、離職意向が高い。それだけではなく、精神障害者へのネガティブなイメージを持ち、支援への協力が少ない傾向があった。
図表3を見ると、上司・同僚の負担感が高いほど、精神障害者全般に対してポジティブなイメージを持つ割合が少なく、ネガティブなイメージを持つ割合が多い。例えば、「周囲が影響を受け疲弊する」というイメージは、負担感低群では11.2%しかないが、負担感高群では43.2%と半数近い。全体として、負担感が高い上司・同僚ほど、精神障害者の就労に懐疑的になったり、コミュニケーションに戸惑ったり、周囲に悪影響があると考えている。
図表3:共に働く上司・同僚の精神障害者に対するイメージ(負担感低群・中群・高群別)
※群分けは3等分割(低群・中群・高群)
出所:パーソル総合研究所(2024)「精神障害者雇用の現場マネジメントについての定量調査[上司・同僚調査]」
その結果、精神障害者にネガティブなイメージを持っている上司・同僚は、障害への配慮や平等な対応、気持ちへの寄り添い、キャリア形成支援など、精神障害者の雇用を円滑に推進するのに重要な支援的行動をあまりとらない傾向があった(図表4)。ネガティブな意識から、支援にも消極的になると考えられる。
図表4:精神障害のある部下・同僚と共に働く上司・同僚の支援的行動の実施率(ネガティブなイメージ低群・高群別)
※群分けは2等分割(低群・高群)
出所:パーソル総合研究所(2024)「精神障害者雇用の現場マネジメントについての定量調査[上司・同僚調査]」
このような結果から、共に働く上司・同僚の負担感が高い状態が続けば、精神障害者の受け入れが困難な雰囲気が水面下で醸成されることが推測できる。実際、インタビュー調査では、「他部署に精神障害のある従業員を配属したところうまくいかなかったケースが結構あり、『精神障害のある方は・・・(難しい)』という意識がありそう」という声があった。
また、このような周囲に負担がある状況は、精神障害に限らず、当事者への差別や偏見につながる。マタニティ・ハラスメントの問題では、育休・時短利用者の業務のしわ寄せが周囲の負担になることで、育休・時短利用者本人へのハラスメントに発展することが指摘される※5。本来は、育休や時短は社員が利用するための制度であり、その状況をマネジメントする上司や会社に責任があるが、不公平感から本人に批判が向かいやすいのである。精神障害者の雇用では、精神障害への根強い偏見や、働く精神障害者の存在がまだ世の中で一般的ではないため、より精神障害者本人に原因帰属されやすいと考えられる。そうなれば、精神障害がある従業員にとって働きづらい職場環境となり、安定就業が困難になる。
企業にとっても、現場の理解が損なわれれば、雇用の継続・拡大が困難になる。現場の過重な負担を防ぐには受け入れ現場を支援する体制整備(採用・定着支援の強化、全社の理解醸成、支援者との連携など)が重要だが、精神障害者の雇用を手探りで進める企業が多く、十分に手が回っていないことも多いと考えられる。しかし、それによって現場の負担が大きくなり、さらに雇用が難しくなる悪循環がある。精神障害者の雇用において受け入れ現場の負担が大きい現状は、今後改善される必要があると考えられる。
※5 小酒部さやか(2016) 『マタハラ問題』 ちくま新書
では、このように上司・同僚の負担感が大きくなる原因は何だろうか。調査結果から、上司・同僚が業務のコントロールの難しさや配慮の分からなさ、コミュニケーションの難しさといった「課題」を多く感じているほど、上司・同僚の負担感が増大する傾向があった(図表5)。
図表5:精神障害者と共に働く上司・同僚の負担感と課題回答数・障害への配慮実施数との関係
出所:パーソル総合研究所(2024)「精神障害者雇用の現場マネジメントについての定量調査[上司・同僚調査]」
一方、障害への配慮の実施数が多くても、負担感は変わらなかった(図表5)。むしろ、配慮実施数が多いほど、本人への支援意欲や関係への満足感といった「肯定的感情」が増す。ここでの配慮とは、業務量のコントロール/コミュニケーションの取り方の工夫/相談に乗る/不在時や体調不良時の業務の肩代わり/業務の指示や教え方の工夫などを指す。このような配慮の実施数が多くても負担が増えない傾向は、精神障害に限らず、その他の障害者(主に身体障害者)や障害以外の事情がある者(主に育児者)と働く上司・同僚においても同様だった。つまり、配慮する周囲が過重な業務負担などの「課題」を抱えなければ、配慮自体が周囲の負担感につながるわけではないということだ。むしろ、自分が配慮することで本人の働きやすさや成果につながる様子を見て、より配慮しようという気持ちが強くなることもあるだろう。今後、障害に限らずさまざまな事情で個別の配慮を必要とする人材(育児・介護者、外国人、高齢者など)が職場に増えることが予想される。配慮自体が周囲の負担になるわけではないというのは、非常に前向きな結果だと考えられる。
では、上司・同僚の負担感が高い原因になっている「課題」について詳しく見ていこう。最も多いのは、「業務の遅延、トラブルが起きる」「突発的な業務の肩代わり・サポートが多く疲弊する」という業務マネジメントの課題だ(図表6)。インタビュー調査からも、「精神障害のある本人が休みがちなので、上司の納期コントロールが難しい」「業務で連携している時に本人が朝に急に休んだ時は、バタバタする」といったエピソードが聞かれた。このような業務マネジメントの課題は、発生率が高いだけでなく、上司・同僚の負担感への影響力が最も強い傾向があった。つまり、精神障害者の雇用における周囲の負担感の最も主要な原因は、精神症状の悪化等による勤怠・パフォーマンスの不安定さに対して業務マネジメントがうまくいっていないことだ。周囲の負担を減らすには、まず業務の過剰なしわ寄せ・遅延が生じないような人員体制・業務設計を、障害への配慮として実施することが重要であることが分かる。
図表6:精神障害者と共に働く上司・同僚が感じている課題
出所:パーソル総合研究所(2024)「精神障害者雇用の現場マネジメントについての定量調査[上司・同僚調査]」
合理的配慮の課題も多い。精神障害への配慮は人によって大きく異なるため個別対応が欠かせない。また、自己理解が難しいことや自立したい気持ちが強いことなどから、本人も配慮事項を十分に伝えられないことがあり、配慮事項のすり合わせの難易度が高い。採用時に職場実習・体験などを通じて配慮事項を丁寧にすり合わせ、上司・同僚に本人の同意の上共有することは、本人の定着・活躍のみならず、周囲の負担感を減らすためにも重要であることが分かる。
次に、コミュニケーションの課題が多い。「こちらの意図と異なる受け取り方をされて問題になる」「感情的に巻き込まれて疲弊する」という課題を、それぞれ2割弱の上司・同僚が感じている。インタビュー調査では、「それぞれの強みを活かして仕事を分担しているのだが、あの人は認められているが自分はこの仕事しかしていないなど、周りと比較して劣等感を抱きやすい」「本人からネガティブな気持ちをひたすらぶつけられることもあるので、心の中で親のような(見守る)目線をもっていなければ、冷静でいられなくなる」といったエピソードが語られた。このような認知・感情面の障害特性は、専門知識がないと理解・対応が難しい点だと考えられる。また、本人の元からの性格なのか障害の影響なのかを区別できないと、本来は症状が強く出ているので休ませた方がよいところを叱責してしまうなど、適切な対応を見誤ってしまう懸念がある。研修や学習支援などを通じて、上司・同僚に、精神障害が本人の捉え方や行動に与える影響や、それらに対する適切な接し方について一定の理解を持ってもらうことが重要だと考えられる。
このような現場の負担感の原因となっている業務マネジメント・配慮・コミュニケーションの課題を予防・早期解決するための方法については、別のコラムで詳述したい。
本コラムでは、精神障害者雇用の現場マネジメントについての調査結果から、共に働く上司・同僚の負担の現状やその原因について見てきた。本コラムのポイントは以下の通りである。
• 精神障害者と共に働く上司・同僚の約7割は共に働く前の想定よりもポジティブな体験をしているが、約4割が「精神的な負担が大きい」とし、負担が大きい現状がある。
• 負担感の強い上司・同僚は、精神障害者に対してネガティブなイメージを持ちやすく、支援的行動が少ないことから、周囲の負担感が大きい現状は、精神障害者の受け入れが難しい風土の醸成につながり、雇用の継続・拡大が難しくなることが示唆された。
• 負担感の原因は、障害への配慮事項の多さではなく、業務マネジメント・配慮・コミュニケーションの難しさといった課題が発生することにある。中でも業務マネジメントの課題の発生率が高く、負担感への影響力も大きい。
本コラムが、精神障害者の雇用の推進の一助となれば幸いである。
※このテキストは生成AIによるものです。
共に働く上司・同僚の負担感
精神障害者と共に働く上司・同僚が感じる負担感は、業務マネジメントの難しさやコミュニケーションの問題から生じる。約4割の上司・同僚が「精神的な負担が大きい」と感じており、それが継続的になると精神障害者の受け入れが困難になる。
業務マネジメントの課題
精神障害者と共に働く上司・同僚が感じる主な負担の一つは、業務マネジメントの課題である。これは、業務の遅延や突発的な業務の肩代わりが発生することで、上司や同僚が疲弊する状況を指す。こうした課題が上司・同僚の負担感を増大させる。
シンクタンク本部
研究員
金本 麻里
Mari Kanemoto
総合コンサルティングファームに勤務後、人・組織に対する興味・関心から、人事サービス提供会社に転職。適性検査やストレスチェックの開発・分析報告業務に従事。
調査・研究活動を通じて、人・組織に関する社会課題解決の一翼を担いたいと考え、2020年1月より現職。
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