精神障害者雇用の現場マネジメントについてのインタビュー調査

調査レポート | 2024年6月25日(火)

公開日:2024年6月25日(火) 

調査概要

調査名 精神障害者雇用の現場マネジメントについてのインタビュー調査
調査内容 ・精神障害のある従業員を雇用する企業の上司・同僚・本人、採用担当者、支援者へのインタビューから、精神障害のある従業員の受け入れの課題とその解決策を明らかにする。
・精神障害のある従業員とともに働く周囲へのポジティブな波及効果を明らかにする。
調査対象

精神障害者を雇用する企業 13社(33名)
-採用担当者:13社(15名)
-精神障害のある従業員本人:6社(8名)
-本人をマネジメントする上司:9社(10名)
-本人と共に働く同僚:4社(4名)
-社外・社内の支援者:5社(6名)
※「採用担当-上司-支援者」、「本人-同僚」は1人が重複した役割を持っている場合がある
※採用担当者兼上司兼社内支援者1名のみ、インタビュー時間を90分に延長

調査方法

半構造化面接によるインタビュー(1人あたり60分)

調査期間 2023年12月11日-3月15日
実施主体 株式会社パーソル総合研究所
アドバイザリー協力 神奈川県立保健福祉大学・東京通信大学 名誉教授 松為信雄氏
一般社団法人職業リハビリテーション協会理事、ハローワーク精神・発達障害者雇用サポーター(企業支援分)宇野京子氏

※本報告書の内容は企業事例にもとづくため、データの網羅性や再現性、代表性を担保するものではありません。インタビュー結果は、掲載にあたって意味が変わらない範囲で編集しています。
※倫理的配慮:個人情報の取り扱いについて、パーソルホールディングス株式会社の専門の審議体(プライバシーレビュー)の承認を受けた。また、インタビューの質問項目およびインタビュー依頼書の表現に十分に倫理的配慮がなされていることを所属機関責任者に確認した。

調査報告書(全文)

Index

1精神障害がある従業員の受け入れ現場の現状と課題
2精神障害がある従業員の受け入れ現場の課題の解決策
3ともに働く周囲へのポジティブな波及効果

調査・分析方法

13社33名へのインタビュー調査

精神障害者を雇用する企業13社における、精神障害のある従業員本人、その上司・同僚、採用担当者、社内外の支援者33名を対象に、半構造化面接(固定質問と自由質問)によるインタビューを実施。質的データ分析法に基づき、データを整理・分析した。

図1.インタビュー調査の協力者の概要
インタビュー調査の協力者の概要

※インタビュー調査の協力者には、文書により調査研究の趣旨、個人情報の取り扱い、成果の公表などについて説明を行い、同意を得た上でインタビューを実施した。また、インタビュー時にも口頭で同内容を補足した。個人情報の取り扱いについては、取材記録を個人や企業を特定できない形に加工して研究に利用し、加工前の取材記録は削除した。インタビューの逐語録は、発言者のみに確認を依頼した。

精神障害者本人を取り巻く「ミクロ・メゾ・マクロ」ネットワークに着目して質問

精神障害のある従業員の受け入れの成否は、受け入れ現場の本人・上司・同僚から成る「ミクロネットワーク」に矮小化されることが多いが、実際には企業・組織から成る「メゾネットワーク」、医療・福祉・行政の支援から成る「マクロネットワーク」が大きな役割を果たすと指摘されている(※1)。本調査では、このような重層的なネットワークに着目し、雇用現場における精神障害のある本人、その上司、同僚、採用担当、支援者にインタビュー調査を実施した。

※1 松為 信雄(2023)精神障害者雇用のこれまで、そしてこれから ~精神障害者雇用への本気の取り組みが、本質的なダイバーシティ&インクルージョンにつながる~ - パーソル総合研究所 (persol-group.co.jp)

図2.精神障害者の就労支援ネットワークの構造
精神障害者の就労支援ネットワークの構造

調査結果(サマリ)

精神障害がある従業員の受け入れ現場の現状と課題

精神障害のある従業員の能力発揮には、現場での業務マネジメントやコミュニケーションの課題を防ぐことが重要

インタビュー内容を分析した結果、精神障害のある従業員の受け入れ現場で発生している課題は、「業務マネジメント」に関するものと、「コミュニケーション」に関するものに分類された。課題の発生は、本人の体調悪化や休職・離職を引き起こし、業務能力の発揮やキャリア形成を阻害していた。また、周囲の疲弊につながるケースも確認された

図3.精神障害のある従業員の受け入れ現場における課題発生の概念図
精神障害のある従業員の受け入れ現場における課題発生の概念図

《業務マネジメントやコミュニケーションの課題》についてのコメント抜粋

・【業務マネジメントの課題】業務で連携している時に本人が朝に急に休んだ時は、バタバタする。(同僚)
・【コミュニケーションの課題】同僚と仕事の出来を比較して落ち込み休職するケースがある。また、うつ病がある従業員に多いが、同僚のことを嫌いと思いながらも仲良くしないといけないと思い悩む傾向がある。(採用担当 兼 上司 兼 支援者)

複数企業が語る、精神障害のある従業員の業務能力や仕事への意欲の高さ

13社のインタビューを通して複数企業で語られたのが、精神障害のある従業員の業務能力や仕事への意欲の高さである。受け入れ現場の課題を解決し、本来の業務能力を継続的に発揮できる環境を作ることが求められる。

《業務能力・仕事への意欲》についてのコメント抜粋

・本人が残した成果物を見る限りは、同じ部署の他の社員でも難しいようなことをやってくれているので、多大な成果を出してもらっている。(採用担当)
・自社の精神障害のある職員は頑張りすぎる人が多いので、80%以上の力を出さないように約束をしていただいているほどだ。(採用担当 兼 上司 兼 支援者)

精神障害がある従業員の受け入れ現場の課題の解決策

採用担当者の現場支援や支援者との連携、経営層の意識向上、全社理解の醸成によって、受け入れ現場の対応力を高める

現場での課題を解決するには、[1]採用担当者による採用方法・ルートの確立や現場支援、[2]医療・福祉・行政の支援者との連携、[3]経営層の意識向上、[4]全社理解の醸成によって、受け入れ現場の対応力を高めていくという、図のような枠組みが効果的であることが確認された。

図4.受け入れ現場の課題解決の枠組み
受け入れ現場の課題解決の枠組み

採用担当者による採用方法・ルートの確立

図4の番号に沿って、[1]の採用担当者の支援から結果のポイントを見ていく。インタビューでは4社の採用担当者から、採用方法やルートの確立によって、自社での就業可能性を丁寧にすり合わせられるようになり、雇用率・定着率の向上につながったことが語られた。職場体験・実習の実施や外部支援機関とのネットワーク構築が、採用時のマッチング強化につながっていた。

4社のうちの1事例(図5)では、職場実習を通じて、本人の業務能力と、自己理解・配慮の発信・社会資源の適切な活用(※2)を丁寧に見極めている例があった。支援学校・機関経由の企業実習を採用に取り入れてから採用の失敗事例が減少し、企業・本人双方にとってWin-Winな状態での採用が増えたという。

※2 福祉・行政・医療の支援を自身の障害の程度や環境に応じて適切に活用すること。

図5.【事例】採用の強化により、企業・本人にとってWin-Winである採用につながった例
【事例】採用の強化により、企業・本人にとってWin-Winである採用につながった例

※採用の強化と、職場の全員で支える体制作りによって、各店舗での定着・活躍を実現するケース。求人は店舗のアルバイトスタッフ(I社:生活関連・娯楽業、1000人以上、分散配置、店舗スタッフ)

採用担当者による現場支援、支援者との連携体制の構築

次に、図4の[1]の採用担当者による「現場支援」については、効果的な支援策は「上司・同僚の理解促進」「支援者との連携体制の構築」「合理的配慮のサポート」「人員・業務の調整」の4つに大別された。また、採用担当者による現場支援は、受け入れ現場の課題や、本人の体調悪化の低減につながっていることが多く語られた。

図6.採用担当による現場支援
【事例】採用担当による現場支援

例えば、インタビューで聞かれた事例(図7)には、上司が、本人との信頼関係の構築や専門知識の学習に取り組むことによって、本人の体調悪化や業務コントロールの課題に対応できているものがあった。同社では、上司による対応が難しい場合があることを見越して、採用担当や外部支援者に報告・相談する体制が構築されていた。

図7.【事例】上司が相談できる体制を組織的に構築し、課題を予防・早期解決している例
【事例】上司が相談できる体制を組織的に構築し、課題を予防・早期解決している例

※集合配置で身体・知的・精神障害のある従業員を雇用。ノウハウを蓄積し、組織的な体制を構築することで高い定着率を実現するケース(G社:アパレル業、1000人以上、集合配置、物流・倉庫)

社内外の支援者との連携

社内外の支援者と連携することは、採用担当者の現場支援においてだけでなく、本人の体調悪化や周囲の疲弊、課題の発生を防ぐほか、企業へ専門的な知識・ノウハウが移転されるなど、さまざまな効果があると確認された(図4[2])。社内外の支援者とは、就労移行支援事業所や障害者就業・生活支援センターなどを指す。

図8.支援者との連携内容と、その効果に関するコメント抜粋
支援者との連携内容と、その効果に関するコメント抜粋

図9の事例では、採用担当兼上司の孤独感が、地域相談支援のような外部支援者との緊密な連帯・学び合いにより解消され、本人への配慮の質も高まっていた。本人の社会資源の積極的な活用(就労移行支援の活用)も相まって、安定的な就業と活躍につながっている。

図9.【事例】採用担当(兼上司)と外部支援者の緊密な連携例
【事例】採用担当(兼上司)と外部支援者の緊密な連携例

※人事部に精神障害のある従業員を複数名配属しているケース(C社:教育・学習支援業、100~300人未満、集合配置、人事)

経営層の意識向上と啓発

図4[3]の経営層の意識に関して、インタビューで確認された経営層の障害者雇用に対する意識は、下図の6つに分類された。①法令順守のみを重視するケース、②法令順守を重視しつつも、障害者雇用への理解があるケース、③障害者の戦力化を重視するケース、④障害者雇用による企業ブランディングを重視するケース、⑤障害者雇用ノウハウの蓄積によるグループ企業への貢献を重視するケース、⑥経営者に当事者経験があり雇用意欲が高いケースの6種類である。

図10.障害者雇用に対する経営層・幹部の意識(6分類)
障害者雇用に対する経営層・幹部の意識(6分類)

中でも、経営層が法定雇用率の達成のみに主眼を置く①の場合、企業の方針と本人のニーズ(やりがい等)とのギャップを採用担当者が指摘するケースがあった。それが採用担当者の板挟み感や本人の離職につながっており、経営層の意識の重要性が示唆された。

全社理解の醸成

全社理解(図4[4])については、「課題がある」との回答が5社確認され、精神障害者の雇用がうまくいっている企業においても、受け入れ部署とは異なる他の部署は精神障害者の雇用に関心を持っていないケースが多かった。全社理解が乏しいことは、業務の切り出しの困難や、本人の働きづらさにつながっていた。

なお、「全社理解がある」と回答した2社のうちの1社(図11)では、精神障害の当事者の経験がある経営層が、日頃から従業員に向けた啓発や、配慮事項の共有、障害特性の勉強会などを行っている。それにより、全社に障害や配慮への理解が浸透し、複数人で支えることで受け入れ現場の負担感を防ぎながら、本人に対する上司・同僚からの自然なサポートを実現できている。

図11.【事例】経営層からの発信を通じて全社理解を醸成している例
【事例】経営層からの発信を通じて全社理解を醸成している例

※経営者からの現場の啓発により、全員で本人を支える体制を作るケース(F社:介護・福祉業、100人未満、分散配置、事務・窓口)

ともに働く周囲へのポジティブな波及効果

偏見の解消や多様性包摂の対応力・意識向上によって、全従業員が働きやすい職場風土の醸成につながる

精神障害のある従業員を、障害に配慮しながら雇用することによって個人に生じた意識変化や、組織への良い影響について尋ねた。その結果、偏見の解消や、育児・介護などさまざまな個人の事情に配慮する意識、個々の強みを活かす意識の高まり(多様性包摂の対応力・意識向上)を感じたという声が多く挙がった。

図12.「個人の意識変化」や「組織への良い影響」に関するコメント抜粋
「個人の意識変化」や「組織への良い影響」に関するコメント抜粋

分析コメント

精神障害のある本人をはじめ、受け入れる上司や同僚にとっても良い形での雇用にするには、4つの観点からの現場支援策が重要

近年、加速する労働力不足や、SDGs、DEI(多様性包摂)の機運の高まりを背景に、障害者の雇用数は拡大を続けてきた。2024年4月には法定雇用率(※3)が2.3%から2.5%に引き上げられ、2026年7月には2.7%になる予定である。とりわけ、2018年に義務化された精神・発達障害者の雇用は、今後さらに拡大するものと予想されている。

しかし、特に精神障害のある従業員(発達障害は除く)の雇用に焦点を当てると、勤怠の不安定さや人間関係のトラブルといった雇用上の課題が多い現状が、当社の過去の定量調査(※4)から明らかになっている。このように課題が多ければ、精神障害のある本人の定着・活躍が難しいのみならず、周囲の上司・同僚の疲弊につながり、円滑な雇用の拡大は困難である。

本調査は、このような現場マネジメントの課題の解決策を、事例を基に明らかにすることで、精神障害者の雇用を円滑に拡大し、精神障害者のキャリア形成実現の一助となることを目的として実施した。調査分析の結果から、精神障害者雇用の現場には、大きく分けて「①業務マネジメントの課題」、「②コミュニケーションの課題」があり、それらの課題を解決できなければ、精神障害のある本人、および周囲を疲弊させてしまうということが分かった。このような結果になることを防ぎ、円滑に雇用を推進するには、[1]採用方法・ルートの確立や現場支援、[2]福祉・医療・行政の支援者との連携、[3]経営層の意識向上、[4]全社理解の醸成によって、受け入れ現場の対応力を高めることが重要である。

今後、精神障害のある求職者が増加すると同時に、多様化すると予想される中、企業にはどのようなスキル・意欲を持つ人材を採用したいのかを明確にすることがますます必要になる。高スキル人材には本人の得意を活かし、苦手を省く専門的業務の切り出しを進めることなども重要になるであろう。また、2025年秋からは、就労選択支援事業(※5)が開始され、支援者によるアセスメントが強化される。企業としては、自社の求める人材像を支援者に明確に示し、支援者から有益なサポートを引き出す取り組みがより重要になっていくと考えられる。

なお、本調査では本人の定着・活躍が実現すれば、職場内の偏見の解消や多様性包摂の対応力・意識向上のような波及効果があることも確認できた。さらに、同時期に実施した定量調査(※6)からは、職場の多様性包摂の対応力・意識向上は、全従業員の働きやすさにつながることも示唆されている。本調査によって、精神障害者のより良い雇用をはじめ、多くの人が働きやすい職場・社会の実現に寄与できれば幸いである。

※3 法定雇用率:企業や国、地方公共団体が達成を義務付けられている、常用労働者に占める障害者の雇用割合を定めた基準のこと
※4 パーソル総合研究所(2023)「精神障害者雇用の現場マネジメントについての定量調査[企業調査]」
※5 2024年4月に施行された障害者総合支援法改正に盛り込まれた、支援者と障害者が協力して就労アセスメントを行い、能力・適性に合った就職や就労支援サービス利用につなげる事業
※6 パーソル総合研究所(2024)「精神障害者雇用の現場マネジメントについての定量調査[上司・同僚調査]」

※本調査を引用いただく際は出所を明示してください。
出所の記載例:パーソル総合研究所「精神障害者雇用の現場マネジメントについてのインタビュー調査」


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