公開日 2018/12/13
現在、日本企業は「職場の多様性」という点で一つのターニングポイントを迎えようとしています。歴史的に「日本人・男性・正社員」を中心に据えた組織づくりを行い、同質性を高く保ってきた日本の企業は、構造的な労働力不足とグローバル化の波の中で大きな変化を迫られています。女性活躍の推進はもとより、外国人労働者の受け入れへ向けて政府・自治体・業界団体含めた動きが活発化しています。また、社会全体が高齢化するにしたがって企業内の年齢構成が歪み、これまでの年齢・年次といった属性を中心とした人的資源管理も限界を迎えようとしています。
従来の同質的な職場から「多様な人材が混ざって働く職場」への転換には、一定の心理的負担感や制度変更などのコストがついてまわります。しかし、上記のような潮流は不可逆な変化であり、職場内で多様な属性の人々が交じり合って働くことは、中長期的には避けられません。
そこで今回は、パーソル総合研究所が2月に実施した「働く1万人の就業・成長定点調査2018」の結果から、職場内ダイバーシティへの「心理的抵抗感」についての分析を行います。多様性に(相対的な意味で)不寛容なのがどんな層で、どんな組織風土がそれを助長するのか、ということを見ていきましょう。
先んじて結論を述べれば、ダイバーシティへの不寛容さは、「社会的地位/企業内地位の高さ」と強く関連しています。今回は、多様性を構成する属性の中でも、「女性」「年齢」「外国人」の属性をピックアップして、これらの属性についての態度から「職場内ダイバーシティへの抵抗感」を分析していきます。(※)
※具体的には、「女性の上司」「自分より年下の上司」「外国人」、それぞれ一緒に働くことへの抵抗感を聴取した質問への回答(5件法)を加算し、「ダイバーシティへの抵抗感」の指標として用いる。もちろん考慮すべき属性の多様性はこれらだけでは無く、あくまで先の調査でデータ化できた範囲の分析となることは本調査・分析の限界として記しておく。
まずは、単純な性年代別に、ダイバーシティへの抵抗感の強さを見ていきましょう。 グラフを見ると、男性の職場内ダイバーシティへの「抵抗感」は明確に上昇しています。この数値の上昇が世代的な背景によるものなのか、それとも世代に関わらず加齢に従って起こるものなのかはこれだけでは判別がつきませんが、女性はどの世代においてもほぼ一定であり、男性よりも抵抗感は低くなっています。 変動係数という数値を用いてその年代ごとの「抵抗感のバラツキ(個人差)」を図示してみると、さらに興味深いことがわかります。男性若年層は人によって抵抗感のバラツキが大きく、「人による差」が大きいのですが、高齢層になるほどその差は小さくなります。一方、女性はこの「人によるバラツキ」についても、世代間で安定した態度をもっていることがわかります。
では次に、その他の様々な属性について抵抗感との関連を見ていきます。
雇用形態を見ると、正社員、自営業が全体平均と比べて有意に抵抗感が強く、逆に、派遣社員・アルバイトは低くなっています。先程、女性の抵抗感が低いことを見ましたが、女性比率が高い雇用形態が、寛容な態度をもっていることが伺えます。役職については係長・課長・取締役・社長相当の役職で抵抗感が強く、年収は高くなればなるほど抵抗感が強い傾向が明確に見られ、高齢男性層が多い属性で抵抗感が高くなっています。
続けて、職種別の傾向をランキング形式で見てみましょう。ここでは数値を比較しやすいよう、抵抗感の強さを、職種群の中の偏差値に変換して表示しています。
抵抗感の強い職種上位に入るのは、「警備・清掃・ビル管理」「ドライバー」など、男性が多いブルーカラー系の職種と、「経営企画」、「営業企画」など、社内での意思決定部門に近い、企画系業務を行っている職種です。右側の「抵抗感の弱いランキング」を見ると、「受付・秘書」「接客・サービス」など、女性、そしてアルバイト比率が高い職種、または仕事内容として他者への教育・サポート・ケアといった支援的な要素が強い職種で、寛容度が高くなっています。
基本的な属性とダイバーシティへの抵抗感との関係を一気に見てきました。ここまでのデータから一貫して示唆されることをまとめれば、ダイバーシティへの抵抗感を強く持つのは、「中高年層の男性」「企業内の中心的ポジションにいる」「経済的に余裕がある」などの属性であり、一般的に「社会的な地位が高い」層だということです。多くのデータが、これらの層で「女性」「年齢」「外国人」といった職場の多様性に対して抵抗感が強くなっていることを示しています。
つまり、これまでの同質的な日本の組織・社会において中心的なポジションを占めてきた層は、その環境において現在の地位を確立してしまっているがゆえに、そこからの変化を望んでいないということです。これでは、いくら「多様な人材の活用」といったスローガンが叫ばれようとも、ダイバーシティの実際の取り組みがなかなか前に進まないのも当然です。組織内で意思決定を担う、最も変化を起こしやすい位置にいる人々が、最も抵抗感を抱いてしまっているからです。
では、こうした地位や属性に紐付いた抵抗感を、もっと柔らかな組織風土といった側面から変えていくことはできないのでしょうか。今見てきたような基本的な属性の影響を除去(統制)しながら、「組織要因」と「個人要因」にわけ、何が「ダイバーシティへの抵抗感」を増してしまっているのかを、重回帰分析という手法で分析し、影響度の強い項目を抜粋して掲載しました。
個人要因を見ると、「社会的な成功を得るために働いている」「勤め先の目標達成や成長のために働いている」という仕事感を持つタイプにおいて、抵抗感が高くなっていました。これらは、これまでの属性別の分析の結果とも整合的です。「上へ上へ」といった上昇志向は、やはりダイバーシティに対して不寛容的になるようです。
興味深いのは、影響度は強くないものの、「給与や職位のダウン」を経験した従業員は、抵抗感が有意に上昇していたことです。自分の処遇が低下した中で、「日本人」「男性」「年上」ならともかく、それ以外の属性の人に追い越されるのは納得できない、といった心理が強く働くということなのでしょうか。
組織風土の要因では、「メンバー間の競争に勝つことが評価の対象となる」という競争的な風土が、最も抵抗感を増長させていました。絶えず高い評価を目指してメンバーが競っているような組織では、ダイバーシティで現れる新たな属性のプレイヤーは「余計な邪魔者」なのでしょうか。これもまた、上の「職位のダウン」や「社会的な上昇志向」と関わっていそうな結果です。
競争的で、組織内の目標や自身の成功のために邁進するような意識が根付いている組織・個人において、ダイバーシティへの抵抗感が強い。データからは、こうしたことが言えそうです。この「成果」「競争」と「多様性」の関係については、少し足を止めて考える価値があるように思います。
なぜかと言うと、ダイバーシティ推進をこうした「評価・競争」の水準で見れば、性別や年齢、勤続年数といった属性に貼り付いたラベルではなく、その人が出した「成果」で競い、評価することが基本的な前提とされるからです。「女性だろうが、若かろうが、外国人だろうが、パフォーマンスの高い者についてそれに見合う評価と地位を与える」ことはダイバーシティ推進の文脈でももちろんですが、社会的な公平性の面から見ても今後の人的資源管理の原理原則になります。
しかし、実際には、パフォーマンスを求め、競争的に成果を追っている人・組織でダイバーシティへの抵抗感が強くなっていました。しかし、本来的には、「成果」で評価すればするほど、女性、年下、そして外国人と共に働き、ときにその人達の命令指揮下で勤務する蓋然性は高くなるはずです。
つまり、ダイバーシティへの抵抗感を醸成しているこうした競争的組織が行っているのは、いわば「内輪の競争」でしかない、ということです。同じような性質・属性をもった組織によって、「自組織内部で」評価されるための成果やパフォーマンスを競っており、そこでは、女性・外国人・若年層など多様なバックグラウンドをもつハイパフォーマーは歓迎されていないようです。日本型雇用が維持してきた同質的なメンバーシップ内での競争がそうした多様性を排除する方向に進むとすると、ダイバーシティ推進の大きなハードルとなることは間違いありません。
そうした風土で求められる「パフォーマンス」は、果たして企業経営や組織の中長期的な利益へとつながるでしょうか。いくら「成果」を競争しても、そこで看過されるのは、活躍人材が限定されていることから発生する「機会費用opportunity cost」です。機会費用とは、ある選択肢を「選ばない」ことによる、潜在的な損失(コスト)のことを言う経済学的概念です。
この文脈で言えば、優秀な女性を高い役職に「つけないままでいる」こと、外国人を雇用「しないままでいる」こと、優れた若者を選抜「しないままでいること」でいることによって失われている、本来発揮できたはずの組織の成果が、機会費用です。この機会費用は、顕在化された成果を追う「内輪の」競争では決して扱うことができません。むしろ、今回の分析が示したのは、「競えば競うほど」、人材活躍への寛容さが失われ、こうした機会費用を看過しやすくなるという逆説的な事態です。
今回の調査では、ダイバーシティへの寛容度が高い層の方が、会社満足度や職場の人間関係に対しての満足度も有意に高いことも分かっています(※)。「満足度」が人を寛容にさせるのか、寛容であることがよい職場につながるのか、因果の方向はこれだけでは言えませんが、多様な人を認め合うことのできる職場の方が心理的な安全感が高く、満足につながることは十分考えられます。
※寛容度の高中低の3群間での多重比較検定の結果による
多かれ少なかれ、人の社会的ポジショニングはその人の心理と態度に影響を与えます。すでに良いポジションについている人の抵抗感の背景には、「今の自分の地位を脅かされたくない」「組織の中で多様性を扱うのは大変」といった考えがあるかもしれません。しかし、時代の変化は、それとは逆の方向に進んでいます。
不寛容な職場は、多様な人材の活躍チャンスを奪うだけでなく、職場内メンバーの関係性も良好とは言えなさそうです。こうした状況で、多様性への抵抗感を放置し、様々な人材を活躍「させない」ことによるデメリット(=機会費用)が上がり続けるのをじっと待つことは、企業にとっての大きなリスクと言えそうです。
パーソル総合研究所「働く1万人の就業・成長定点調査2018」 | |
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調査方法 | 個人に対するインターネット調査 |
調査協力者 | 全国男女 15歳~69歳 有職者(派遣・契約社員・自営業含む) |
調査対象人数 | 回収数10,000s 性別及び年代は国勢調査(就業人口構成比)に従う |
調査時期 | 2018年2月 |
調査実施主体 | 株式会社パーソル総合研究所 |
※引用いただく際は出所を明示してください。
出所の記載例:パーソル総合研究所「働く1万人の就業・成長定点調査2018」
シンクタンク本部
上席主任研究員
小林 祐児
Yuji Kobayashi
上智大学大学院 総合人間科学研究科 社会学専攻 博士前期課程 修了。
NHK 放送文化研究所に勤務後、総合マーケティングリサーチファームを経て、2015年よりパーソル総合研究所。労働・組織・雇用に関する多様なテーマについて調査・研究を行う。
専門分野は人的資源管理論・理論社会学。
著作に『罰ゲーム化する管理職』(集英社インターナショナル)、『リスキリングは経営課題』(光文社)、『早期退職時代のサバイバル術』(幻冬舎)、『残業学』(光文社)『転職学』(KADOKAWA)など多数。
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