公開日 2023/06/07
企業の不正・不祥事があとを絶たない。不正会計や労働問題、個人情報の不正閲覧や流出などが、報道によって次から次へと明るみに出るのを見るにつけ、「またか」と感じる読者も少なくないだろう。こうした問題は、企業のブランドイメージの低下をはじめとするさまざまな悪影響をもたらすとされるが、なぜ企業の不正はなくならないのか。
本コラムでは、パーソル総合研究所が実施した「企業の不正・不祥事に関する定量調査」の結果と合わせて、不正発生の根本的な原因ともいえる素因と考えられる「共同体主義」という観点から、不正を抑制する抜本的解決策を考えてみたい。
まずは本調査の結果から紹介していこう。企業の不正発生に対して、どのような要因が影響を与えているかを分析した結果、「個人の不正許容度」(個人が「不正してもある程度は大丈夫だろう」と思う意識)と「組織の不正黙認度」(「組織は不正に対して黙認するだろう」と思う意識)が、ともに不正発生に対してプラスの影響を与えていた(図表1)。不正発生の主なプロセスとしては、個人の意思決定のミスによって起こるパターンと、組織的に不正を黙認するような雰囲気から起こるパターンの2つが考えられるだろう。
また、本調査では不正発生と個人の性格特性(ダーク・トライアド※1)の関係性も分析したが、強い影響は特段見られなかった。企業の不正は基本的に人の行為によって引き起こされるものであるが、特異なパーソナリティを有する就業者によって引き起こされるというよりも、企業特有の組織要因によって引き起こされるケースが多いことが分かる。
※1 「私はどちらかと疑い深く、ひねくれた人間である」「私には他の人の操ってでも自分の思い通りにするところがある」など、計12項目を聴取
図表1:不正発生への影響分析
出所:パーソル総合研究所「企業の不正・不祥事に関する定量調査」
不正発生に影響する「個人の不正許容度」と「組織の不正黙認度」に関係している要因を分析したところ、 《窮地追い込まれ型》《不正軽視型》《権威からの押しつぶされ型》の3つの不正発生を招くタイプが見えてきた※2(図表2)。
※2 分析の詳細については、報告書P51~56を参照されたい。
図表2:不正発生を招くタイプ
出所:パーソル総合研究所「企業の不正・不祥事に関する定量調査」
まず1つ目は、「個人の不正許容度」を高める《窮地追い込まれ型》の不正である。組織の成果主義・競争的風土や、「今の勤め先以外に行き場がない」といった囚われ意識などが背景に潜んでいる。例えば、経営陣があまりにも高い収益目標を設定し、その達成を現場に強く迫るような組織や、業界内の競争に伴う焦りが強い組織においては、就業者が「チームに迷惑をかけられない」「チームのために不正せざるを得ない」などと感じ、不正に手を染める危険性が高い。
2つ目は、《不正軽視型》のケースであり、このタイプも「個人の不正許容度」を高める。迅速な意思決定が求められる組織に属した、裁量の大きい就業者などは、「仕事を回すための不正は問題ない」「多少の不正は自分で制御できる」という思いから、不正に手を染める危険性が高い。
そして3つ目は、「組織の不正黙認度」を高める《権威からの押しつぶされ型》の不正である。主な背景には、権威主義・責任回避的な組織風土や、誰がやったか・言っているかを重視する属人思考的な風土が潜んでいる。日本では一人ひとりの仕事分担が不明確で、上司と部下が一緒に“あうんの呼吸”で仕事をする機会も多く、部下が暗黙の了解のもとで行動する場面も起こりやすい。そうすると、たとえ不正が発覚し、責任を追及されたとしても、上司側は「部下が勝手にやっただけ」と言い逃れでき、部下側はそもそも責任を追及されても立場上の限度があるため「責任の空洞地帯」が生まれる。自分の責任がある一定までしか追及されないと分かれば、より大胆になって、ルールを破ってでも自身の利益を追求する者が出てくるリスクが高まるだろう。
上記3つの不正発生を招くタイプについて、昨今の実際に起こっている事例と照らし合わせてみても、いずれも合点がいくものではないだろうか。
企業が不正を減らすためには、不正の背景にある要因を捉え、積極的に直していく「体質改善」の姿勢が重要である。その意味で、上記に挙げた不正発生を招くタイプのさらに根底の要素についても考えてみよう。本コラムで取り上げるのは、「共同体主義」という観点である※3。
※3 参照元:『同調圧力の正体』、著者:太田肇、2021年、PHP研究所
まず、「共同体」とはどのような性質を持つのかを説明しておきたい。集団は主に「基礎集団」と「機能集団」の2つに分けられる。「基礎集団」とは、家族や村・町のように自然発生的で情によってつながる集団のことを指す。人間関係が重視されるため、これに属する集団はそれぞれ良い関係を維持しやすく精神的な満足を得られやすい特徴を有する。一方の「機能集団」とは、特定の目的を追求するための集団とされる。個の感情よりも、集団の利益を最大化することを重視するため、良好な人間関係に伴う精神的な満足は得られにくいが、この集団に属するそれぞれの人間が利益を獲得しやすいという特徴を有する。
基礎集団・機能集団に類似する概念として、F.テンニースの提唱する「ゲマインシャフト/ゲゼルシャフト」やR.M.マッキーバーの提唱する「コミュニティ/アソシエーション」などが挙げられる。定義について、細かな差異は存在するものの、いずれも同様の分類で扱うことができるであろう(図表3)。
図表3:基礎集団・機能集団と他概念の整理
出所:筆者作成
今回取り上げる「共同体」については、ここでいう「基礎集団」に相当する。また、企業や組織に関しては、本来的には、特定の目的を達成するために結成された集団であるため、「機能集団」に相当するはずである。しかし、日本においては、共同体としての性質も併せ持ち、二面性を有する。日本では、閉鎖的・同質的な社会構造と、仕事上の役割分担が明確でない組織特徴が相まって、正社員になると、“会社の一員”として全人格的に取り込まれるような働き方を強いられやすい。このような共同体化した組織の中では、しばしば「効率性の論理」と「共同体の論理」が渾然一体となり、ご都合主義や恣意的な人事を招くこととなる。
共同体化した組織に関して、組織学者の太田肇氏は、その環境下で生まれるイデオロギーとしての「共同体主義」が相まることで同調圧力が生み出されることを指摘する。共同体主義について太田氏は、「感情的にも、理念としても共同体を望ましいものとしてとらえ、共同体を積極的に維持・強化しようとする価値観」と定義している。「全員一丸」「絆」といった言葉を金科玉条のごとく唱え、メンバーの一致団結そのものを最優先するような意識がこれにあたる。絶対的に共同体の在り方が正しいものと信じ込み、無理やり共同体を押しつけようとするところに、共同体主義の根本的な問題があると考えられる。
このような共同体主義が企業の不正発生と深く関わっていると考える。本調査で見られたトップダウン的な圧力によって上位者の意向を忖度して起こるような不正や、業績圧力によって起こる利他的不正などの根底には、共同体主義によるプレッシャーや思考停止が伴っているものと考えられる。コンプライアンスの重要性が高まり続ける昨今においても、いまだ企業で不正が起こり続けている要因として、こうした深層的な要因の特定・改善に至っていないケースの多さがうかがえる。
「共同体主義」という価値観が不正発生の素因でありそうなことが見えた。では、具体的にどのような施策を講じていくことで、企業は共同体主義から脱却できるだろうか。太田氏もいくつかの戦略を提案しているが、基本的な考え方としては、共同体主義が生まれる環境(「閉鎖性」「同質性」「役割の不明確化」)自体を変えていくことが近路でないか。
閉鎖性や同質性を崩す施策として、まずは企業におけるダイバーシティを推進し、“異分子”を取り込むことが有効と考えられる。中途採用者や外国籍の就業者、女性管理職の比率などを積極的に上げていき、前例にとらわれない人を増やすことによって、内部に波風が立ち、皆が同じ方向に進む危険性が緩和される。われわれのさらなる分析からも、人材の多様性が不正発生率や不正発生の主要因を低下させる傾向が見られており、その有効性が確認されている(図表4)。また、「外の風」を取り入れることと合わせて、「中の風通し」をより良くすることにも努めたい。1on1やピアボーナス制度などを上手く活用し、社内で気軽に話したり相談できるメンバーを増やしたりしていくことや、お互いに指摘し合える雰囲気の醸成を図ることも、共同体主義のプレッシャーを打破する上で必要な観点といえよう。
役割の観点においては、社内における「役職呼び」やそもそもの役職自体を撤廃することも有効ではないだろうか。制度の中でいくら個々人の役割を明確にしたとしても、「上司と部下」という上下関係がある以上、実質的な役割の明確化は難しいかもしれない。お互いフラットな立場で意見を交わす環境であれば、トップダウン的な圧力が生じるリスクは低減されることが期待できる。
図表4:人材の多様度と不正発生比率・不正発生要因の関係
出所:パーソル総合研究所「企業の不正・不祥事に関する定量調査」
本コラムでは、「企業の不正・不祥事に関する定量調査」のデータから、企業で不正が発生する要因や不正発生を招くタイプについて紹介した。また、その根底の要素と考えられる「共同体主義」の観点を紹介し、「共同体主義からの脱却」が、不正抑制における重要なポイントとして見えてきた。このような、不正の背景にある深層的な要因を捉え、積極的に直していく「体質改善」の姿勢が不正防止の観点で重要である。
共同体主義からの脱却のために、人材のダイバーシティ確保や1on1・ピアボーナス制度の活用、役職制度の見直しなどの組織的な抜本的対策を検討したい。本コラムが、企業の不正対策についての建設的な議論の一助になれば幸いである。
シンクタンク本部
研究員
中俣 良太
Ryota Nakamata
大手市場調査会社にて、3年にわたり調査・分析業務に従事。金融業界における顧客満足度調査やCX(カスタマー・エクスペリエンス)調査をはじめ、従業員満足度調査やニーズ探索調査などを担当。
担当調査や社員としての経験を通じて、人と組織の在り方に関心を抱き、2022年8月より現職。現在は、地方創生や副業・兼業に関する調査・研究などを行っている。
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