精神障害者雇用のこれまで、そしてこれから ~精神障害者雇用への本気の取り組みが、本質的なダイバーシティ&インクルージョンにつながる~

公開日 2023/08/25

精神障害者が法定雇用率の対象に加わった2018年を皮切りに、精神障害者の雇用数は増え続けている。一方で、他の障害種に比べたときの定着率の低さや、依然として精神障害者の雇用に逡巡する企業が少なくないことが課題となっている。障害者雇用・就業に関する研究の第一人者として長年、日本の障害者雇用の進展に尽力してこられた松為信雄教授に、改めて精神障害者雇用の歴史を振り返りつつ、現状と課題、今後への期待について伺った。

松為信雄 氏

神奈川県立保健福祉大学・東京通信大学 名誉教授 松為 信雄 氏

職業研究所(現・労働政策研究・研修機構)研究員、障害者職業総合センター主任研究員の後、東京福祉大学、神奈川県立保健福祉大学、文京学院大学、東京通信大学の教授を経て現職。文部科学省特別支援教育総合研究所運営理事・外部評価委員長、高齢・障害・求職者雇用支援機構職業リハビリテーション専門部会長、労働政策研究・研修機構リサーチ・アドバイザーなどを務める。また、一般社団法人 職業リハビリテーション協会「松為雇用支援塾」を主宰。

  1. 精神障害者雇用を取り巻く現状と歴史的背景
  2. 精神障害者支援で重要な「医・職・住」
  3. 精神障害者雇用の現場をバックアップする企業の役割
  4. 精神障害のある人への支援が、すべての社員のウェルビーイングにもつながっていく

精神障害者雇用を取り巻く現状と歴史的背景

――障害者雇用の現状について、松為先生はどのようにご覧になっていますか。

ここ数年、障害者雇用を取り巻く社会状況は、大きく変化しています。2013年に2.0%に引き上げられた法定雇用率は、2018年4月に精神障害者が算定基礎の対象に加わることで2.2%になり、2023年現在では2.3%です。また、2024年4月には2.5%、2026年7月には2.7%に引き上げられる予定です。こうした法定雇用率の引き上げによって、直近5年の障害者雇用の純増雇用数は「平均約2万人/年」となっています。特に精神障害者の雇用は著しく進んできており、求人も急速に増えてきています。これらは、企業努力の成果の表れです。また、コロナ禍でテレワークが広まったことにより、従来重視されてきた定時出社や人付き合いの良さといった採用時の基準が緩和されたことによって、精神障害のある人の就職には、一部とはいえ、追い風になっていることも反映されているといえます。


一方で、2022年の障害者雇用促進法の改正では、雇用の質の向上が、事業主に求められるようになりました。「雇用の質」の文言が条文に記されたのは今回が初めてです。これまでは障害者雇用率の達成に力点を置いていた施策でしたが、質へと変化する動きが始まっているのです。その背景には、雇用数の急増に対し、採用した人の定着や活躍にまで企業側の対応が追いついていない現状があります。特に精神障害のある人に関しては、他の障害種よりも雇用数が急激に増えていますが、長く働き続けられていないケースも多く見られます。


――そもそも精神障害者は、身体障害者や知的障害者など他の障害種に比べ、雇用義務の対象となったのがつい最近であることも、精神障害者の雇用数の急増や企業対応の遅れに影響しているように思います。なぜこのような時間差が生じたのでしょうか。

その背景には大きく2つの要因があると考えています。1つは、精神障害の人たちは、身体障害や知的障害の人たちと異なり、長い間、「福祉」の対象であるとは見なされなかったことです。


精神障害者に関する初めての法律は、1900年(明治33年)の「精神病者監護法」です。この法律では、精神障害者は社会不安を引き起こすとの考えから、家族が「監護」責任を負い、私宅などに監置することが求められていました。この法律は、1950年(昭和25年)に「精神衛生法」ができるまで続きます。1987年(昭和62年)には「精神保健法」が成立しますが、そこでも精神障害者は福祉の対象とはなりませんでした。1995年(平成7年)の「精神保健福祉法」によって、ようやく福祉の対象であると法的に認められたのです。このように、社会防衛的な施策が続いてきたことから、精神障害の人たちは社会的な偏見の対象となってきたことが背景にあります。


――雇用義務化に時間差を生んだ、もう1つの要因は何でしょうか。

松為氏

障害者手帳を持つ人の法定雇用率の設定は、1987年に身体障害者が、1997年に知的障害者が対象になりました。そこから精神障害者が法定雇用率の対象となるまで、さらに20年かかりました。精神障害者を雇用しても法定雇用率の対象にならない期間が長かったことに加え、精神障害者の雇用には、身体障害者や知的障害者とは違った難しさがあるため、企業は二の足を踏んでいたといえるのではないでしょうか。


そもそも、身体障害者は身体にハンディはありますが、労働力として他の社員たちと大きな違いがあるわけではありません。また、知的障害者も、学習に時間がかかることは多いですが、学習したことがゼロに戻ることは基本的にありません。丁寧に学習を重ねていけば、知識や経験が積み上がっていくので、企業側としても雇用し、定着してもらうための道筋が分かりやすかったのです。


ところが精神障害者の場合は、例えば対人関係のストレスが原因で急に仕事が手につかなくなるなど、パフォーマンスを予測することが相対的に困難です。以前には、一般社員がうつ病などの精神疾患を発症した際には、企業は病院に行って療養してもらう程度の対応しか行っていませんでした。そして、療養中も企業側は復職に向けた特段の準備をするわけでもなく、療養期間が終わるころになって元の職場に戻れるかを本人に確認し、戻れなければ辞めてもらうという対応が一般的でした。そのため、本人が復職して働き続けたいと希望する場合でも、どう対応したらよいかのノウハウが企業側にはありませんでした。また、過去に社内で精神障害を発症して退職していった事例がトラウマとなって、精神障害者の新規採用に踏み込みたくないという背景もありました。


こうした社会的な歴史・背景があることを踏まえると、精神障害のある人にとって「働く」ということは、とても重い意味を持つと私は考えています。「働き、働き続けること」は、社会から与えられた役割を果たして誰かの役に立つことであり、社会とつながるための道筋だからです。すべての人にとって「働く」ことは人生の重要な価値であり、それは、精神障害の人も同じなのです。

精神障害者支援で重要な「医・職・住」

――精神障害がある人が働き続けるためには、具体的にどのような支援が重要なのでしょうか。

精神障害がある人たちの支援において重要なキーワードは「医・職・住」です。「医」は医療的なケアです。精神障害は症状の不安定さもあるため、医療的なバックアップが欠かせません。「職」は仕事に就くことです。働くことは、単にお金を稼ぐだけでなく、与えられた役割を担うことで社会から承認され、心理的な満足感・達成感を得る効果があります。「住」は生活の支援です。日常の暮らしに困難が伴うこともありますから、住まいの確保に始まり、生活の安定をサポートする必要があります。これら「医・職・住」の継続的な支援が、精神障害がある人の定着・活躍には不可欠です。ただし、これらすべてを企業が担わなければならないという意味ではありません。症状から生じる認知行動的な特性を理解して個別事情を理解した上で、それらに対処できる機関や組織と適切に連携することがポイントです。精神障害の人に「働き続けてもらう」ためには、企業は「医・職・住」を担う様々な社会資源とのネットワークを持つことが不可欠といえるでしょう。


――精神障害者の定着・活躍のために、企業や組織が取り組むべきことは何でしょうか。

そうしたネットワークによる支援を基盤にした上で、企業は、精神障害のある人を支援する人材の育成と、企業内で支援ノウハウの蓄積をしていくことが大切だと思います。一般的に障害のある人の職場定着を妨げる背景には、個人的な要因と組織・環境的な要因の2つの側面があります。後者の場合、現場で具体的な支援を担う上司や同僚の継続的な支援が非常に大切です。そのため、こうした人材の育成・配置が重要になります。また、定着や活躍に役立つノウハウは日々の現場で蓄積されていきますが、上司や同僚の異動でそれが消失しないように明文化して蓄積しておくことが望ましいでしょう。ノウハウの継続性が担保されることで、精神障害のある人も安心して働き続けられる職場ができるのです。


定着・活躍を支援する上でもうひとつ重要なのは、「合理的配慮」についてよく理解しておくことです。企業は精神障害がある人から配慮の要望があったとしても、それが企業にとって過重な負担になる場合には拒否できます。合理性が認められても配置予定の現場で対応が難しい場合には、難しいと言って構わないのです。ただその代わり、本人と一緒になって代案を探すことが重要です。こうした「きちんとした話し合い」が重要になります。さらに、時間が経過すれば状況も変わってくるので、適宜に話し合っていける体制が重要になります。

精神障害者雇用の現場をバックアップする企業の役割

――直接的な支援以外にも、精神障害者の雇用・定着に向けて企業や組織が取り組むべきことはありますか。

ノウハウの明文化や合理的な配慮などは、主に人事や現場の管理職などが対応しますが、会社自体は、そうした現場の人々が行う具体的な支援に対する「梯子を外さない」ことが絶対に必要です。支援の継続性を担保するには、企業や組織全体のバックアップが不可欠なのです。この場合、障害のある従業員に対する支援体制は、小さなネットワークをより大きなネットワークが支える重層的なシステムとして捉えることができます(図1)。これは、現場の上司や同僚など、障害がある本人と直接関わる支援者からなる「ミクロネットワーク」、ミクロネットワークの支援者が所属する部署や企業や組織からなる「メゾネットワーク」、そして、所属企業の外側にある行政や医療、福祉などを含む「マクロネットワーク」の3つの層で構成されます。ミクロネットワークに含まれる上司や同僚が安定的に支援を続けるには、メゾネットワークやマクロネットワークといった、ネットワークを支えるネットワークの充実が欠かせません。

図1:障害者の就労支援ネットワークの構造

図1:障害者の就労支援ネットワークの構造


――メゾネットワークとなる企業や組織は、具体的に何をすればいいのでしょうか。

最も大切なことは、障害者雇用の理念を取り込んだ企業としての「パーパス」を明確にし、それに基づいて障害がある人を受け入れる組織風土をつくっていくことです。この場合、障害のある人だけに視点を絞るのではなく、「インクルージョン(包摂)」の視点を持って多様な人たちが企業に参加することを明確にすることで、直接支援をする現場の上司や同僚は根拠を持って支援を継続でき、精神障害のある人も定着しやすくなるのです。


パーソル総合研究所の調査結果に興味深いデータがあります。障害者雇用率制度(障害者雇用枠)で働いている精神障害者は、一般雇用で精神障害者であることを開示、もしくは非開示で働く場合よりも、「はたらくWell-being・定着度・活躍度・安定就労」などで極めて高い評価が得られているのです(図2)。これは障害者職業総合センターの調査でも同様の傾向が見られています(※1)また、障害者雇用枠で働く精神障害のある人は、教育研修の機会、仕事の量や質などのキャリア形成や成長に関する不満を述べるのに対して、一般雇用の場合には、コミュニケーションに困り事や不安を抱きやすいという結果も出ています(図3)。これらの結果は、障害を開示することで、上司や同僚がサポートの必要性を認識し、適切な支援を受ける可能性が高まることを示しています。それによって自身のキャリア形成に向けた動機付けが向上していくのです。一般雇用枠で働くと、障害を隠すことに多くのエネルギーを使わざるを得ず、そのことが大きなストレスとなって作業遂行にも影響するでしょう。こうしたことからも、企業のパーパスを明確にし、それに基づいた組織風土を構築していくことがとても重要だと思います。


※1 独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構障害者職業総合センター「障害者の就業状況に関する調査研究」(2017年)

図2:雇用枠と障害開示状況別に見た、精神障害のある人の「はたらくWell-being・定着度・活躍度・安定就労」

図2:雇用枠と障害開示状況別に見た、精神障害のある人の「はたらくWell-being・定着度・活躍度・安定就労」

出所:パーソル総合研究所(協力:パーソルダイバース) 「精神障害者雇用の現場マネジメントについての定量調査」

図3:雇用枠別に見た、精神障害のある人にとって「特に多い困りごと・不満」

図3:雇用枠別に見た、精神障害のある人にとって「特に多い困りごと・不満」

出所:パーソル総合研究所(協力:パーソルダイバース) 「精神障害者雇用の現場マネジメントについての定量調査」

精神障害のある人への支援が、すべての社員のウェルビーイングにもつながっていく

――精神障害者の雇用が進むことによる社会的意義については、どのようにお考えでしょうか。

精神障害者の人は、障害を非開示にして働き続けたり、入社後に初めて発症したりします。こうしたことは、身体障害者や知的障害者の人たちとの違いでもあります。


これまでの障害者雇用の施策は、「インテグレーション(統合)」の概念で進められてきました。これは、身体障害や知的障害などの特定のグループに焦点を当てる支援を通して、一般の人たちとの統合を推進していくという考え方です。ですが、そうした考え方で精神障害や発達障害の人を支援することは、必ずしも適切とはいえません。これらの人たちは障害のない(と目される)人たちとの境界が明確にならないからです。そのため、インテグレーションに代わる新たな概念としての「インクルージョン」の視点が必要になります。これは、特定の人やグループに焦点を当てるのではなく、障害のある人を含んだ「生活のしづらさ・生きづらさ」を抱えた人たちが社会参加できるように、社会の在り方そのものを変えていこうとする考えです。この「インクルージョン」の視点は、企業におけるダイバーシティ&インクルージョンの視点でもあります。


精神障害のある人たちを特別なグループとして捉え、障害者雇用を雇用率遵守の視点だけで考えているあいだは、精神障害がある人の定着・活躍は決して進みません。企業全体でインクルージョンを進めていくことで、精神障害がある人たちはもちろん、すべての社員のキャリア形成やWell-beingが達成され、本来の意味でのダイバーシティ&インクルージョンが体現された企業文化がつくられていくと、私は確信しています。


※文中の内容・肩書等はすべて掲載当時のものです。


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