《ChatGPT×働く》自分は何をしたいのか ──スキル信仰の先を見据えよ

公開日 2023/08/10

生成AIの登場は、働き方の変化を少なくとも10年は前倒した。人が機械のようにやらされていた仕事の多くをAIが担う時代が間もなく到来する。その代わり、空いた時間を自分や仲間のために使えるようになる。「今こそ、自分が本当にやりたいことは何かを問い直すべきだ」と述べる孫泰蔵氏に話を伺った。

孫 泰蔵 氏

連続起業家 孫 泰蔵 氏

日本の連続起業家、ベンチャー投資家。大学在学中に起業して以来、一貫してテック・スタートアップの立ち上げに従事。2009年に「アジアにスタートアップ・エコシステムをつくる」という志を掲げ、ベンチャー投資やスタートアップ成長支援を開始。2014年には社会的インパクトの創出を使命とするMistletoeを開始し、世界の問題を解決する起業家の育成に尽力。そして2016年、子どもを未来の社会づくりに包摂するムーブメントであるVIVITAを創設するなど、その活動は広がりを見せている。

  1. スキル信仰の終焉
  2. 変化を受け止められない人へ
  3. 私が毎日ワクワクできる理由

――急速に広がっている生成AIが、私たちの働き方を大きく変えつつあります。

孫泰蔵(以下、孫):私は「働き方ががらっと変わるよ」とずっと言い続けてきました。生成AIがここまで一気に広がるとは予想していませんでしたが、少なくとも変化が10年は前倒しになった感覚があります。皆さんもようやくピンとくるようになった気がするのではないでしょうか。

これまでの働き方は、極端に言えば効率を突き詰めることを最優先にしてきました。機械のように人を管理して、いかに生産性を高めるかに価値が置かれてきたわけです。私は、会社の従業員と経営者の両方を経験したのでよく分かりますが、現在の働き方では、とにかく効率良く、文句も言わずに黙々と働く社員が優秀とされます。そういう人たちが多いほど会社の業績は伸びるので、評価も高く、報酬も弾みました。会社の成長に貢献した人を重用すれば、誰もが納得しますから。

しかし、今起きているAIの広がりは、こうした従来の構造を大きく変えていく可能性が高い。生身の人間がどんなに頑張って生産性を上げても、AIにはかなわないからです。むしろ、機械のように働いてきた人たちが真っ先にお払い箱になるかもしれないという現実が訪れます。今はまだ、多くの人がAIは単純な仕事を代替していくと考えていますが、AIの技術進化を見る限り、それは甘いと思っています。むしろ、高度な仕事からAIが取って代わるのではないでしょうか。

なぜなら、複雑で報酬の高い仕事のほうが価値は高いからです。資本主義の原理でいえば、そうしたソリューションをAIで提供したほうが収入も多く得られますから、AIを開発するエンジニアのインセンティブも働きます。冗談ではなく、経営者の仕事も大半はAIに取って代わられる日が近いと実感しています。

――これまでの働き方を続けてきた人にとっては脅威に映ります。

孫:その通りですが、一方で、新しいチャンスの到来だと思って、私はワクワクしています。見方を変えれば、これまで人間が無理して機械のようにやらされていた仕事を全部AIが代わってくれるともいえます。人が本当にやりたかったことに時間を割り当てられる時代がくるのです。

私の生活は先行してすでにそうなりつつあり、今は楽しい仲間と本当にやりたいプロジェクトだけを続けています。心からワクワクするような仕事だけに集中しているので、休日や平日といった区別もあまりありません。AIが広がれば、このような働き方を実践する人は増えると思います。

AIが捻出してくれた時間で、自分の大切な人に尽くせる時間が増えることもあるでしょう。人間はそもそも誰かと喜びを分かち合うことに幸せを感じるものだと思います。一緒にいて楽しいと思える人と多くの時間を過ごし、さまざまな体験をともにすれば、ハッピーになれる人が増えるかもしれません。

人間関係の構築は、当たり前ですが生身の人同士でないとできません。ここに人間ならではの発見や面白さがあります。そのため、大きな流れでいうと、これまでの「働く」というのは、主に生計を立てるためでしたが、これからは人との関係や絆を強めることが目的になっていくと見ています。AIがつまらない仕事をすべてやってくれる分、空いた時間を自分や仲間のために謳歌できる——こんな考え方もあるのです。

もともと「はたらく」という言葉は江戸時代に「傍を楽にする」という言葉からきたという説があります。人との関係性の中で、自分の周りの困っている人を助けて少しでも楽にする。そういう時代に立ち返っていくイメージですね。ならば、これからはAIに聞けば分かることは、率先して聞くのがいいでしょう。一方で、私たち一人ひとりは、もっと他の人と関わって絆を深め、縁や情をつないでいく。そんな時代になっていくのではないでしょうか。それが「人間であること」だとも思います。

スキル信仰の終焉

――「能力(スキル)を高めてキャリアを重ねていく」という考え方も変わりますか。

孫:スキルアップ信仰はAIが登場する以前の発想です。人間を機械として捉えたときに、より生産性を高めるためにはどうしたらいいか。それは、いろいろなスキルを身に付けることであるという考え方です。今のリスキリングも、将来生き残るためには、能力を学び直し、獲得し続けなければならないという点で、スキル信仰の延長にあると思います。

しかし、繰り返しになりますが、人間がいくらスキルを身に付けたところでAIには勝てません。この考え方を持ち続けていると、人はつらくなるだけだと思います。どんなに頑張っても、自分に自信を持つことは難しいでしょう。

例えば、プログラミングブームがあって、プログラミングを習得しなければビジネスパーソンとして通用しなくなる、といった風潮があるとします。好きでもないプログラミング講座を一生懸命受けるのですが、結局、今は生成AIがコードを丸ごと書いてくれます。すると、好きでもないのに、時間とお金を使ってプログラミングという「スキル」を身に付ける意味がどこにあるのか、という話になりかねません。

こうした話はますます増えると思います。ですから、スキルを信仰しても今後は幸せにはなれない。どうせ信仰するなら、ハッピーになれるものに切り替えたほうがいいと思います。プログラミングを無理に習うより、そのお金と時間を使って、キャンプでも何でも好きなことをすればいいのです。

では、スキルではなくて何が大切になるのか。それは、先ほどの人間の関係性とも重複しますが、「体験すること」の重要性がより注目されると思います。端的に言えば、学びは実際に何かを体験することで深まっていくでしょう。例えば、国際的な仕事をしたいなら、英語の学校に行って英語のスキルを身に付けるのではなく、まず海外に行って暮らしてみる。すると、想像していたことと違う部分が出てきたり、自分に足りない部分が分かってきたりする。そこで初めて学べるのだと思います。AIは、そうした体験をするための時間を生み出す役割を果たしていくでしょう。

――これからは課題解決力ではなく、問いを立てる力が大切になるといわれています。

孫:問いを立てる行為が大切なのは違いないでしょう。ただし、ここも少し注意が必要で、「問いを立てるスキル」と定義した瞬間、従来のスキル信仰の道に突き進んでしまいかねません。例えば、「生成AIを使いこなすには、プロンプト(質問)の投げ方が大事だ」という議論が活発になっています。しかし、生成AIのプロンプトなんて、あっという間にAI自身が自動生成してくれるようになるのです。AIは猛烈な勢いで日々進化していますから、問いを立てることすら、いずれAI自身が得意になってしまうかもしれません。

繰り返しになりますが、私たちは能力やスキルを身に付けるという発想から脱却しないといけない。そして、その代わりに何をすべきかを、個々が考えるべきです。そのためには、たくさんの体験が必要になり、他者との関係を深めることが大事です。哲学的ですが、「人間とは何か」が改めて問われているのだと思います。

変化を受け止められない人へ

――私たちが大きな変革の節目にいることは理解できました。それでも、この変化を楽しめない人はどうすればいいでしょうか。

孫:厳しい言い方をすれば、その人の意識次第、捉え方次第だと思います。変化を機会だと捉えている人はワクワクするだろうし、そうでない人は不安に苛まれるのでしょう。

もし、親しい知人から「この変化にどう対応すればいいか」という相談を受けたとしたら、私なら「今、あなたが良いと思ってやってきたことの正反対をことごとくやったほうがいい」と助言するでしょう。なぜなら、自分がこれまで良いと思ってやってきたことの積み重ねで現状に至っているからです。そして、今の状態が嫌なら、ことごとく逆の選択をすればいい。最初はその選択に居心地の悪い思いをするかもしれませんが、進む方向は変わるはずです。

仮にその方向が違うと感じたとしても、少なくとも学びがあります。そうやって学びながら、少しずつ進む方向を修正していけばいいのです。最初の状態に比べれば、絶対に変わっているはずですから。そして、そういう道のほうが支えてくれる仲間が多いです。起業家と呼ばれる多くの人は、そのような生き方をしてきたと思うし、アントレプレナーシップ(起業家精神)とは、違う選択ができる精神だと思っています。

私が毎日ワクワクできる理由

――なぜ孫さんは、変化に対して前向きになれるのですか。

孫:ひとつは、何がどうなっても「食いっぱぐれることはない」という自信があるからかもしれません。いざとなったら、頼れる友達や仲間がたくさんいますから。今取り組んでいるプロジェクトも、気の合う仲間や尊敬する知人ばかりです。興味のない仕事の依頼は思い切って断るようにしているので、どれも仕事という意識はありません。だから、平日も休日も関係なく、自分の好きな時間に作業に没頭しています。

楽しいプロジェクトだけをやる効能は、何よりも毎日が楽しく過ごせること。自分がやりたい仕事だけに集中しているので、モチベーションも高く、ワクワクします。そして、仲間との絆が強まることですね。いつもの仲間といろいろな経験を経てくると、大きな変化がきても「何か楽しそうだ」と受け止められるようになります。

もちろん、誰もが私と同じような状態ではないことは、よく理解できます。やはり、人は基本的に変化を嫌いますから、現状が続くことを願っている人は少なくないでしょう。そのほうが安心できますからね。しかし、現実は私たちの想像以上のスピードで変化し続けています。そうであるならば、この状況を前向きに捉えていこうよ、と個人的には思います。自分が本当にやりたいことだけをできる時代になるわけですから。

※文中の内容・肩書等はすべて掲載当時のものです。


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