AI時代に「なくなる仕事」「なくならない仕事」

公開日 2023/10/26

新しいテクノロジーの誕生は必然的に雇用に大きな影響を与える。ChatGPTをはじめとする生成AIも例外ではなく、すでに多くのメディアでは、生成AIに取って代わられる仕事の数々が取りざたされているが、実際にはどのような変化が予測されるのだろうか。AIと雇用の問題に詳しい経済産業研究所の岩本晃一氏に伺った。

岩本 晃一 氏

独立行政法人経済産業研究所(RIETI) リサーチアソシエイト 岩本 晃一 氏

1981年京都大学卒、1983年京都大学大学院(専門は情報通信工学)修了後、通商産業省(現経済産業省)入省。在上海日本国総領事館領事、産業技術総合研究所つくばセンター次長、内閣官房参事官などを経て、2020年4月から現職。アジア太平洋大学次世代事業構想センター客員メンバー。『AIと日本の雇用』(日本経済新聞出版社,2018)など著書多数。

  1. 賃金の低下と労働市場の両極化がより一層進んでいく
  2. 失われる雇用の受け皿となる産業は生まれるか
  3. AIと人間との関係性で決まる「なくなる仕事」と「なくならない仕事」
  4. AI化による労働力の移動とリスキリングの問題

賃金の低下と労働市場の両極化がより一層進んでいく

――以前から、AIやIoTの発展によって雇用の二極化と経済格差が拡大すると指摘されていましたが、こうした状況は生成AIの登場でさらに変化していくのでしょうか。

生成AIがもたらす変化として、これまでAIが雇用に与える影響として考えられていた現象に比べ、以下の4つが考えられます。

 ① まず、より広範な領域で賃金が低下する
 ② 職を失う事態がより早く進む
 ③ 新しい雇用を生み出す規模の大きい産業がなかなか出現しない
 ④ リスキリング・労働力移動の必要性が叫ばれながらも、なかなか進まない

はじめに、①の賃金低下について、タクシーの例で考えてみましょう。かつてタクシーの運転手は、道路や地図に関する専門的な知識や情報を持っていることに価値がありました。しかし、GPSやナビゲーションシステムの開発によりその価値が揺らぎ、さらに「Uber」といったライドシェアの登場により海外では運転手の賃金が大幅に下落しました。

高度な文章作成機能を持つ生成AIは、雇用に影響を及ぼす前に、さらに広範な領域での賃金低下を呼び起こすでしょう。例えば、これまで弁護士やジャーナリスト、翻訳者、イラストレーターや音楽家などは、高度で専門的な知識・技量が必要で、AIへの代替は難しいとされてきました。それがプログラミング技術の進化により、AIによる高度な頭脳労働や表現が可能になり、高い人件費が必要な専門家よりもプログラムを開発するほうが低コストで済むようになったのです。平均的・一般的な能力しか持たない人の賃金やギャランティは、目に見えて下がっていくでしょう。そうした現象はすでに通訳者・翻訳者において出現しています。

――生成AIは、高スキルを必要とする職業に大きな影響を及ぼすということですね。

AIの登場により、ルーティン作業などを行うような中スキルの職業で雇用が失われる機会が増え、肉体労働などの低スキルの職業や、高度な知識・技術を必要とする頭脳労働といった高スキルの職業への従事者が増加していきました。つまり、労働市場の両極化が起き、それにともない経済格差の拡大が生じていったのです。生成AIは、雇用が失われる境界をさらに高レベルの頭脳労働の領域まで押し上げていきます。

失われる雇用の受け皿となる産業は生まれるか

――生成AIがもたらす変化②の「職を失う事態がより早く進む」というのはどういうことでしょうか。

岩本氏

世の中の人々は、AIの普及は予想していたものの、広範な分野にわたって文章や画像、音楽などを自動で作成する生成AIがこんなに早く登場するとは思っていなかったでしょう。すでに高校や大学では、生成AIを教育の現場に活用し始めています。このことは、数年後には生成AIを使いこなす若者が社会に出て働き始めることを意味します。

かつてワープロやパソコンがオフィスに導入されたときも、それを使いこなせない人は徐々にいなくなりました。同じように、生成AIを使えない人は労働市場から退場し、淘汰されていくでしょう。

――その一方で、新しいテクノロジーの出現は、新しい産業と雇用を生み出すという側面もあります。

確かに、データサイエンティストやサイバーセキュリティの専門家のような、高度なデジタルの知識を持つ人材は優遇されるようになります。そもそもAIとは、「学習」「認識」「推論」の3つの機能を持つアプリケーションであり、プログラムに従って動くだけです。したがって、AIが作成した成果物を確認・チェックした上で、より早く、高い品質で提供できるスキルを持った人が高い評価を得るようになるでしょう。

しかし残念ながら、AIによって失われる雇用を補うほどの産業は現時点でまだ誕生していません。生成AIの普及で雇用が失われる事態はより進むでしょう。だからといって、生成AIの登場でリスキリングが急進するとも限りません。いわゆるバブル以降の「失われた30年」で、企業は人員削減や非正規雇用の登用、賃金のカットを行っており、それがさらに加速するというのが私の予測です。

AIと人間との関係性で決まる「なくなる仕事」と「なくならない仕事」

――実際に生成AIの登場によって、どのような仕事が代替される/されないのか教えてください。

人間の仕事の領域に生成AIが導入されるとどのような関係性が生じるかを整理してみましょう。まず考えられるのは、次の4つのケースです(図)。プログラム化できる業務はAIに代替可能だということを前提に、この関係が成り立っています。

図:生成AIが雇用に与える影響のケース①~④

図:生成AIが雇用に与える影響のケース①~④

出所:岩本氏の資料を基にパーソル総合研究所作成


また、人間にとっては膨大で煩雑な仕事を生成AIが代替する場合があり、次の4つのケースも考えられます。

図:生成AIが雇用に与える影響のケース⑤~⑧

図:生成AIが雇用に与える影響のケース⑤~⑧

出所:岩本氏の資料を基にパーソル総合研究所作成


「なくなる仕事」というのは、業務内容をプログラム化できるもので、AIで完全に代替できるルーティン作業などです。企画書や報告書を書く、パワーポイントでプレゼンの資料を作るなどで、ケース①がこれにあたります。

またケース②も、一部の人間が余剰人員になるので、配置転換や解雇の対象になるでしょう。同じくケース⑥も、生産性は向上するものの、余剰人員が生まれるでしょう。RPA(ロボティックプロセスオートメーション)の導入で、人間が行う帳票業務や経理業務はかなり縮小されましたが、そのRPAの結果をチェックする業務が人間には残されています。しかし、やがてそれもAIによる代替が可能になるでしょう。

「なくならない仕事」は、生成AIで代替できない仕事、つまり事前に予測できないためプログラム化できない仕事です。ケース③や⑦が該当します。

例えば、通常の株の取引はAIがやっていますが、取引例のない新規株や高額な株は、高い技能を持った人間でないと扱えません。また、テレビなどのニュース番組でも、ただニュース原稿を読み上げるだけならすでにAIが行っていますが、独自の解説やキャスターの個性を打ち出すようなものは、やはり人間でないとできません。

教育の現場でも、授業の一部をAIが代替したり、サポートツールとして活用したりすることはありますが、人が人に教えるというスタイルが完全になくなることはないでしょう。また、政治家や企業の要職などの仕事もプログラム化は困難です。

一方、ものづくりなどの伝統的な仕事では、かつては職人が持つ勘や経験が必要とされていましたが、最近ではプログラム化が進んでいます。酒造りの杜氏が持っている技術やノウハウをプログラミングしているメーカーなどもあります。

――では、「新しく生まれる仕事」にはどのようなものがあるのでしょうか。

膨大で煩雑な業務をAIが代替することによって、人間が実施可能になった、より重要で高度な仕事です。例えば、かつて、天気予報はたくさんの観測地点から寄せられる気象情報を基に人間が天気図を作成していました。しかし、今はAIがデータ処理を行い、雲の動きなども詳細に予測するので、これまで予測が難しかった線状降水帯や災害の予報など、より高度で正確な情報の分析を行う仕事が生まれています。恐らく、こうした業務を請け負う多くのベンチャー企業が生まれていると思います。

AIを用いて、大きな雇用を創出するまったく新しい産業を興すこともできるのでしょうが、今のところまだ実現には至っていません。

AI化による労働力の移動とリスキリングの問題

――こうした雇用の構造変化は、余剰人員を生んで、社内外での労働力の移動を招いていきます。

岩本氏

これからのAI時代にもっとも望ましいのは、社内で積極的にリスキリングを実施し、配置転換を行って雇用を守ることです。しかし、実際の配置転換は、必ずしもうまくいくとは限らないと予想されます。長年経理をしていた人がプログラマーや営業に異動しても、適応できない場合があると思います。

またバブル以降、日本の企業は、賃金の抑制と非正規の登用、人材育成コストの削減により利益の確保を図ってきました。「失われた30年間」にそうした経営を続けてきた企業が、今後、社内の余剰人員に対するリスキリングのために積極的に資本を投下するとは思えません。同じように、新しく労働者を受け入れた企業側が、リスキリングを実施することも考えにくい。かといって、労働者個人が自己負担でリスキリングをするのも難しいでしょう。

――それではこうした構造変化に対し、どうすればよいのでしょうか。

参考として、ドイツの例を紹介しましょう。製造業大国であるドイツは、2013年に製造業へのデジタル導入による競争力強化プロジェクト「インダストリー4.0」を立ち上げました。そして、デジタル導入が雇用に与える影響とその対策について、多くの関係団体や専門家と対話を行い、その成果を白書「労働4.0」として2016年に発表。この中で8つの具体的な政策アイデアを提示しました。

その中には、失業前からスキルアップの訓練を行い、失業リスクを減らす「労働保険」や、労働者による労働時間の自己決定権、デジタル化による労働者の心身へのダメージを把握する必要性などが提唱されています。

日本の場合、国は成長産業への労働力移動とそのためのリスキリングが必要と強調しながら、そのための環境整備がほとんどなされていない状態です。そのため、異企業間の労働力移動は今後も期待できないでしょう。それが、周回遅れといわれている我が国のAI技術をさらに遅らせることになるでしょう。

労働力移動が異企業間でも活発に行われ、AI分野への人材が投入されるようになるには、誰がリスキリングを行うのか、その費用は誰が負担するのか、民間だけでなく国ももっと考えていくべきだと思います。


※文中の内容・肩書等はすべて掲載当時のものです。


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