公開日 2023/08/10
「AIで世界の進化を加速させる」をミッションに掲げ、AIのビジネス実装を手がける「シナモンAI(株式会社シナモン)」。生成AIの普及によって労働市場はどう変わるのか、その変化に組織と個人はどう向き合うべきか、同社会長を務める加治氏に伺った。
シナモンAI会長兼チーフ・サステナビリティ・デベロプメント・オフィサー(CSDO) 加治 慶光 氏
ノースウエスタン大学ケロッグ経営大学院にてMBA修了。内閣官房官邸国際広報室参事官などを経て、2019年11月、シナモンAI会長に就任。アクセンチュア株式会社チーフ・マーケティング・イノベ―ター(CMI)、グロービス経営大学院教授なども務める。
――生成AIの広がりによって、仕事の内容や質は今後どのように変わると思いますか。
加治慶光(以下、加治):生成AIの普及によって、まずホワイトカラーの仕事の性質が大きく変化するだろうといわれています。政府の「新しい資本主義実現会議」では「生成AIの活用」について議論されていますが、基礎資料として示された実験データに興味深いものがあります。それは、生成AIを使用していない人と比べて、使用した人の作業時間が短縮され、タスクの質も向上したというものです。
さらに、生成AIの使用の有無で、仕事にかけられるウエイトも変化していました。レポートや分析計画などの作成において、生成AIを使った人は「ブレインストーミング」と「下書き」にかける時間が減り、代わりに「編集」にかける時間が増えたのです(図)。この結果から、生成AIの活用において、中期的には人の力が編集作業に集まっていくと考えられ、組織はこの《編集力》をどう育てていくかが課題になってきます。
図:生成AIの使用による仕事にかけられるウエイトの変化
出典:2023年4月 新しい資本主義実現会議(第17回)基礎資料(内閣官房ホームページ*)を基にパーソル総合研究所作成
*https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/atarashii_sihonsyugi/kaigi/dai17/shiryou1.pdf
――《編集力》を強化するために求められることは何でしょうか。
加治:編集力は1つの内容を突き詰めるというより、俯瞰して全体のバランスを取ることが大切です。そのため、個人の特性によっても差がありますが、一般教養やリベラルアーツといった領域の勉強がより重要になってくるでしょう。ただし、こうしたスキルは無理に身に付けなければならないというものではありません。AIを使えば作業時間が短縮されるので、その分を自分が好きなことをする時間に充てるという流れになっていくのが理想的だと思います。
これまでは、「時代の変化に遅れないようにスキルを身に付ける」というように「しなければならない」という発想から行動することが多かったと思いますが、AI活用時代にはそうしたパラダイムから解放されて、「自分は何をしたいのか」「どう生きていきたいのか」という意思が重要になっていくでしょう。
――一方で、自分の仕事をAIに奪われると心配する人もいます。
加治:新しいツールや技術に対して拒否感を持つ人は、いつの時代にも一定数いるものです。例えば、今は当たり前に使われている電卓も、出始めの頃は「暗算能力が低下するのでは」と懸念されていました。それと同様に、今後はChatGPTなどの生成AIの活用が当たり前になり、個人も企業も、AIを使いこなしたその先のビジョンを持たざるを得ない状況になっていくでしょう。
そもそも、テクノロジーによって人の仕事が奪われると問題になったのは、1810年代のラッダイト運動(※1)からで、今から200年以上も前のことです。つまり、人類の発展の歴史はある意味、テクノロジーの発明によって少しずつ仕事が減っていき、新しい仕事が生まれることの繰り返しなのです。
また、世界における生成AIの急速な発展に伴い、EUをはじめ各国で規制に関する動きも出ています。そうした中、2023年5月に開催された主要7カ国首脳会議(G7広島サミット)の中で、日本はリーダーシップを発揮し、生成AIの課題について話し合う「広島AIプロセス」を立ち上げました。この枠組みの中で、AIの開発や利活用、規制などの問題について議論し、2023年中にその結果を出すことになっています。
――日本は、国を挙げて生成AIの導入に取り組もうとしていますね。
加治:生成AIの活用について、日本政府は積極的に取り組んでおり、「新しい資本主義実現会議」でも、「三位一体の労働市場改革」を打ち出しています。
これは、①リ・スキリングによる能力向上支援、②個々の企業の実態に応じた職務給の導入、③成長分野への労働移動の円滑化、の3つを同時に行おうというものです。①は、まさに生成AIをどう扱えるようにするかというもの。②は、生成AIと並行してトピックになっている「ジョブ型雇用」を指しており、会社での自分の職務を明確化しようというもの。そして③は、AIをはじめとする新たな分野に積極的に人を動かしていこうというものです(※2)。
この「労働移動」については、「転職がしやすい国ほど生涯賃金が高い」ということが各種調査で分かっています。労働移動性を引き上げることによって、企業と従業員の間にある種の緊張関係が生まれ、生涯賃金が上がるとされています。労働移動の円滑化が進み、生成AIによって質の高い仕事ができるようになり、さらに国が推進する賃金アップが実現すると、これまでのような終身雇用的な労働市場の在り方は、今後、根本的に変わります。囲い込めていた人材の流出リスクが高まる企業にとっては、今までと同じやり方では通用しなくなるでしょう。
――生成AIによって働き方が変わった将来、どのような世界になっていくと思いますか。
加治:「シナモンAI」では、2016年の設立時に掲げていた「創造あふれる世界を、AIと共に」というパーパスを、2022年に「誰もが新しい未来を描こうと思える、創造あふれる世界を、AIと共に」と変更しました。未来のビジョンについて付け加えた理由は、働き方の急速な変化を実感したことにあります。
創業当時、私たちは働き方改革が重要だと考えており、AIによって作業効率を上げていけば、最終的に人間に残るのはクリエイティブな仕事だという固定的な概念を持っていました。
しかしその後、コロナ禍の影響などもありオンラインの普及が急進したことで、働き方改革を中心とした社会が想像より早く実現しました。このことから特定の未来を思い描くのではなく、これからは「未来は変わり続けるもの」「未来を変えられる可能性は誰もが持っている」のだという思いに至り、パーパスに掲げたのです。
こうした変化の激しいVUCAの時代は、計画的で体系的な改善を目指すPDCAサイクルよりも、想定外のことが起きたときに迅速で正確な判断に基づき実行するOODA(ウーダ)ループ(※3)のほうが適しています。現場に意思決定権を譲渡し、迅速かつ効果的に実行する体制を構築することで、環境に適応しやすい意思決定ができる組織に変化していくと思います。
ChatGPTのような新しい技術が生まれ、劇的な変化が起き始めています。こうしたパラダイムシフトに対して後ろ向きになるのではなく、果敢に向き合い、テクノロジーを活用し、皆が「未来を描きかえよう」と思える、そんな世界になってほしいと考えています。
※1 産業革命期のイギリスで、機械化に失業の恐れを感じた労働者たちが起こした機械破壊運動
※2 新しい資本主義実現会議(第16回)三位一体労働市場改革の論点案
※3 Observe(観察)、Orient(指向)、Decide(決定)、Act(行動)の4つを繰り返すことで、スピーディーな課題解決を目指す意思決定のプロセス
※文中の内容・肩書等はすべて掲載当時のものです。
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