公開日 2023/06/19
HRテクノロジー市場ではさまざまなサービスやツールが登場し、日本ではいまだ底堅い需要を維持している。突如として姿を現した感のある「ChatGPT」をはじめとした生成AIもさまざまなビジネスシーンで存在感を高めているが、HR領域も例外ではない。人材採用や育成、配置などを行う人材マネジメントにおいても、革新的な変化が起こる可能性がある。今後、生成AIを人材マネジメントにどのように活用したらいいのか、HRテクノロジーに詳しい慶應義塾大学の岩本隆氏に伺った。
慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科 特任教授 岩本 隆 氏
東京大学工学部金属工学科卒業。カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)工学・応用科学研究科材料学・材料工学専攻 Ph.D.。外資系グローバルメーカー、株式会社ドリームインキュベータを経て、2012年からの慶應義塾大学大学院経営管理研究科特任教授などを経て現職。現在は産業プロデュース論/ビジネスプロデュース論を専門領域として、新産業創出に関わる研究を行っている。
――生成AIについて伺う前に、まず日本のHRテクノロジーの市場規模について、現況を教えてください。
日本のHRテクノロジー市場は、年間20~30%程度で成長を続けています。これは、あらゆる産業の中で最も高いといってもいいレベルだと思います。コロナ禍が追い風になって生まれたウェブ会議など、リモートで働くためのツールも含めれば、もっと高いかもしれません。アメリカではHRテクノロジーが大企業にほぼ行き渡ったので成長は鈍化していますが、日本はアメリカより活用が遅れているため、今後数年程度はまだ市場が伸びると思います。
――HRテクノロジーの中でも、人材マネジメントに関するサービスやツールには、具体的にどのようなものがあるでしょうか。
人材マネジメントに関するツールは、もともとは給与計算や勤怠管理から始まり、従業員エンゲージメントなども出ています。最近増えているのが、スキル管理ツールです。これは従業員のスキルを可視化するもので、活用すれば人材の育成や配置を効率よく進められるようになり、ツールのプラットフォームになるといわれています。人事にとっては、社員のスキルが分かれば、どのように育成していけばいいかが推測できたり、人材配置がしやすくなったりします。人材のリスキリングが国の課題にもなっていることから、活用が進んでいる面もあると思います。
個人の知識・スキル・経験をデジタルで証明・認証する「オープンバッジ」(※1)も注目されています。国際標準に基づいているので、相互互換性があり、どの団体から発行しているバッジでも、ひとつのウォレット(※2)で管理できるのがメリットです。ブロックチェーン技術を使って発行すれば、偽造や改ざんも難しいため、信頼性のある学習・資格証明として活用できます。
※1 日本では、「一般財団法人オープンバッジ・ネットワーク」が認定。
※2 オープンバッジを一元管理する自分専用のプラットフォーム。
他には、「働き方改革」から「働きがい改革」へという流れが出ているのを受けて、従業員の働きがいを高めるためのツールへのニーズが増えてきています。今は、企業の人事が社員の働きがいを高めるにはどうしたらいいかをサーベイしている段階で、将来的にはそれを個人のスキルやラーニングのツールと連携させていくことが考えられています。
――ChatGPTなどの生成AIは、人材マネジメントにおいてどのような利用法とメリットが考えられるでしょうか。
一番注目したいのが、生成AIを利用することで社内の情報を横断的に集めて、新たなものを生み出そうという利用法です。昔はオフィスにホワイトボードを並べ、誰かが書いたアイデアを消さずに置いておき、次に来た人がそれにアイデアを足していくというアナログなことがよく行われていました。それと同じようなことが、デジタルによって足を運ばなくてもできるということです。
今、企業はイノベーションを生み出すことが求められていますが、生成AIを使うことが社内の縦割り構造を壊し、それがイノベーションにつながるのではないかと期待されています。現状では、社内の別々の部署が情報交換することがなく、気づかないまま同じことをやっているという、非効率な例も見かけられます。しかし、社内のイントラネットやSlackなどのコミュニケーションツールとChatGPTを連携させることで、どこの部署で何をやっているかを一瞬にして判断し、その情報をマッチングさせれば、新しいものが生まれる可能性があるのではないかということです。それには、「嘘のないデータ」をChatGPTに読ませることがポイントです。そういったChatGPTの活用によって、社内の横連携がスムーズにでき、組織力が強化されていくと思います。ただ、部門長は情報を囲い込みたがるものなので、他部門に積極的に情報を開示することを評価する仕組みをつくることも大切です。
――今後、生成AIは人材マネジメントにおいて活用が進むでしょうか。
すごい勢いで進むと思いますね。多くの企業がOpenAI社と業務提携しているので、ChatGPT自体がすでにさまざまなツールに埋め込まれてきています。Google社なども自社製の生成AIを使っていくでしょうから、企業が活用するという意味では、相当進んでいくと予想します。
業務の効率化を進めるためにも、生成AIは非常に有用です。例えば、上司に聞かないと分からなかいことでも、ChatGPTに聞けばすぐに答えてくれるので、上司が不在のときでも必要な情報を集めることができます。そのため、中間管理職がいらなくなるのではないかという議論も、最近は聞きます。いわゆる上意下達がなくなるので、上の言うことを下に伝えるだけのマネジャーはいらなくなるというのは、現実味があります。
――昨今注目されている人的資本経営でも、生成AIの活用を期待する声がありますね。
人的資本経営とは、ひと言でいえば、社員一人ひとりが活躍し、成長することによって企業の業績が上がっていくことを目指す経営のことです。今、日本企業の多くでは、既存の事業が成熟してしまっていますが、そうした企業で人的資本経営の議論をしていると、よく出てくるキーワードがあります。それは、「事業ポートフォリオの変革」です。
「事業ポートフォリオの変革」とは、要は新しい事業を立ち上げていくことですが、そのためのイノベーションを起こすには、先ほども述べたように、例えばChatGPTを使って、事業部間の縦割りの壁を壊していくことが効果的です。それによって、ものの見方や考え方などの多様性「コグニティブダイバーシティ(認知的多様性)」を実現した組織をつくり、異なる思考特性を持った人たちを掛け合わせることで新たな事業が生まれ、「事業ポートフォリオの変革」につながっていくと考えられています。つまり、今の日本の人的資本経営の課題を実現するツールとして、生成AIはぴったりはまるのです。
――人的資本経営を実現するためには、人事担当者の役割も大きいということになるでしょうか。
そうですね。会社によって、人事なのか総務なのかは変わるかもしれませんが、人を生かすという意味では、やはり人事を担う社員が、仕組みづくりをサポートすることになるのではないでしょうか。「戦略人事」という言葉もありますが、人事担当者もイノベーティブな組織をつくるためにさまざまな提案をし、ビジネスに貢献する人が求められていくと思います。
日本の人事は、必ずしもテクノロジーに詳しい人が多いとはいえないのが現状です。しかし、ChatGPTなどの生成AIはそういう人にも使いやすいツールなので、技術的な抵抗感は少ないはずです。他社の成功事例も多く出てくるでしょうから、参考にするといいでしょう。
――人材マネジメントにChatGPTなどの生成AIを活用するために、経営者や人事が心がけるべきことはありますか。
まず、しっかりした信用できるデータを用意することです。さらに、効果的に活用するためには、プロンプト(ChatGPTに入力する質問や指示)をデータ化していくといいでしょう。そうすると、質問しても的確な回答が得られない場合は、別のデータを読ませないといけないことなどが分かかってきます。その設計やどういう考え方で進めていくかなどを、経営戦略と連動させていくことが必要になるでしょう。それが、人材マネジメントにおける経営者や人事の重要な仕事になっていくのだと思います。
※文中の内容・肩書等はすべて掲載当時のものです。
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