公開日 2023/07/20
IT業界に限らず、今後ますます需要が高まるAI人材。社内育成、アウトソーシングともにさまざまな難しさも指摘される中、ChatGPTの普及で、職種を超えてAIスキルが求められる時代にどのような人を、どのように育てていけばいいのか。「NECアカデミー for AI」の学長を務め、国内のAI人材育成をリードする孝忠大輔氏に伺った。
NEC AI・アナリティクス統括部長/NECアカデミー for AI 学長/NEC Generative AI Hub シニアディレクター 孝忠 大輔 氏
2003年、日本電気株式会社(NEC)入社。流通・サービス業を中心に分析コンサルティングを提供。2016年、NECプロフェッショナル認定制度「シニアデータアナリスト」の初代認定者となる。2018年にNECグループのAI人材育成を推進する「AI人材育成センター」のセンター長に就任し、翌2019年にはAI人材を育成するための「NECアカデミー for AI」を開講し、学長に。2021年、経済産業省のデジタル時代の人材政策に関する「デジタルスキル標準検討会」の委員を務める。現在に至るまで、さまざまな企業のデジタルトランスフォーメーション(DX)の取り組みや、大学生向けの教育プログラムの開発等に携わり、DX人材育成をリードしている。
――はじめに、「AI人材」とはどのような人たちを指すのか、教えてください。
「AI人材」の定義は変わってきています。NECでは2013年からデジタル人材育成に取り組んでおり、つい最近までITエンジニアなどの技術者、つまりAIを「作る人」にフォーカスしてきました。しかし、誰でも使えるChatGPTの登場に象徴されるように、AIを「使う人」が急速に増えたことから、その人たちにルールやリテラシーを身に付けてつけてもらう必要性が高まっています。そのため今は、AIを「作る人」と「使う人」の両方を含めて「AI人材」と呼んでいます。
――ニュースなどで「AI人材が不足している」という話題をよく目にしますが、現状はどうなのでしょうか。
確かに人材不足は課題で、経済産業省を中心に、国を挙げた人材育成プロジェクトが展開されています。これはAI人材に限らず、デジタルトランスフォーメーション(DX)の推進という、より大きな枠組みで議論されています。
図:デジタル社会における人材像
出典:経済産業省 デジタル時代の人材政策に関する検討会「実践的な学びの場ワーキンググループ」第2回資料「デジタル人材育成プラットフォームの検討について」(2021年12月)
ただ、人数だけの問題でもありません。一時期、さまざまな企業がITの専門人材の具体的な目標人数を掲げて育成に取り組んだのですが、時間をかけて人を育ててもビジネスに活用できていない事例が多数見受けられました。その要因は、そもそも自社にどのような人材がほしいのか、どう育て、どうビジネスに反映していくのか、といったことをきちんと決めずに走り出してしまったことにあります。加えて、専門人材がいざ現場に出たときに、AIやDXの知識を持って彼らに仕事を割り振るマネジャーがいないこともネックになっていました。
また、社内で専門人材を育てる代わりに外部のITベンダーを頼る企業も多いのですが、その場合も、ITベンダーが使う用語を理解して、適切な指示を出せる人が事業会社側にいないために、うまくコミュニケーションが取れていないケースも目立っていました。
つまりAIの活用を含むDXを進めるには、専門人材の「作る人」を増やすだけは不十分で、「使う人」の存在が鍵になります。経済産業省でも、事業会社に所属し、ITベンダーとの橋渡し役になるような人たちを「DX推進人材」と位置付け、重点的に育てようとしています。
――AI人材を育成するためには、どのような取り組みが必要なのでしょうか。
喫緊の課題は、AIやDXに関する知識を持たないまま、ChatGPTなどの生成AIに触れるようになった人たちのリテラシーを高めることです。誰でも使えるChatGPTの登場はいわば、「交通ルールを知らなくても、自動運転の車に乗り、公道を走るような状態」を作り出しました。しかし、実際にChatGPTを操作するときには、情報漏洩や著作権侵害などのリスクを伴ったり、AIによって誤った情報や差別的な内容が生成されたりする可能性があることにも注意しなくてはなりません。
そのような知識、車の運転に例えるなら「基本の交通ルール」に当たる部分は、誰もが例外なく身に付けるべきだと思います。その上で、ChatGPTにどのような指示を出せばほしい結果を得られるのかといった入力・出力のテクニックや、ビジネス活用に必要な知識、マインドを学んでいくといいでしょう。
ちなみにAIを巡るリテラシー教育は、大学ではすでに実施されているため、大学生には素地があります。他方、社会人は新たに学ばなくてはならないため、研修を行うなど、企業ごとの取り組みが求められています。
――AIを「作る人」たちの育成についてはどうですか。
生成AIの登場に伴い、「作る人」の役割も変わってきています。従来はシステムを作り、メンテナンスをすることが仕事の中心でしたが、今後はチューニングがメインになるでしょう。
今、生成AIの基盤として爆発的に進化を遂げている大規模言語モデル(LLM)は、世界で本当に優秀な一握りの人たちがファンデーションモデル(基盤モデル)を作り、メンテナンスもマイクロソフトやアマゾンなど、限られた企業が担っています。言い換えれば、並のエンジニアでは作れないような技術がベースになっているため、個々の企業では、AIを自前で作るよりも、すでにあるものをどう使いやすく改良するか、ということが焦点になるのです。
つまり、「作る人」には、生成AIを自社のニーズに合わせてチューニングする方法を教育し、「使う人」に対しては、ルールと、入力・出力の制御の方法を教育していく、というのがAI人材育成の基本的な方向性です。
――各企業が従業員にそのような教育を実施する場合、どういった方法があるのでしょうか。
私たちNECアカデミーでの取り組みもそうですが、これまでの教育モデルは「自動車教習所に通う」ようなイメージでした。「学科教習」に当たるルールや知識の学習と、教習所内での「技能教習」に当たる模擬演習、そして「路上教習」に当たるOJTの3本立てです。ところが昨今は技術の進化が加速し、新しい使い方が次々に登場するため、模擬演習は抜きで、ルールを覚えたら即、実践に向かわないと間に合いません。模擬演習用の教育コンテンツを作成している間に技術が進んでしまい、できあがる頃には内容が古くなってしまうのです。そのため、外部から専門の講師を招き、それぞれの事情に合わせた研修をするのが現実的でしょう。
ただ、残念なことに、国内では講師になる人が足りず、アメリカや中国などから人材を招くにしても、言語の壁があり難しいのが現状です。政府も「デジタル田園都市国家構想」の中で、デジタル実装を牽引する人材を2026年度までに230万人育てるという目標を掲げていますが、今のところ有効な策は見つかっていません。
――ここまで人材育成にフォーカスしてきましたが、AI人材を巡る「採用」の状況について教えてください。
新卒採用については、今の大学生はAIを学んでいるので、知識を有し操作もできる人が多いです。しかし、AIに対してどのくらいの熱量を持っているかは差があるので、それを見極めるのが新卒採用におけるポイントになるでしょう。
中途採用に関しては、AI活用の経験値の高い人材が市場に出てくるようになりました。2010年代初頭くらいからさまざまな企業でAI関連事業が展開されたため、AIを扱いながら事業を進める経験を一定期間積んだ人たちが生まれているのです。一方で、そのような人たちは市場価値が上がり、なかなか採用できない状況になっています。
もうひとつ、リーダー候補の採用もポイントといえるかもしれません。これまで説明してきた通り、企業のDXを進めるには「作る人」と「使う人」を両輪で育てることが大切ですが、変革の旗振り役がいるかどうかも成功を左右します。ただ、知識やスキルと異なり、変化を恐れずチャレンジするマインドや新しい発想、リーダーシップについては教育で身に付けるのが難しい面もあります。その点では、変革を起こす力のある人を採用し、その人に十分な権限を与えるための組織改革を行うことも企業が取り組むべき課題です。
いずれにしても、どのようなポジションに、どのような人材がほしいのかを明確にして採用活動をすることが重要でしょう。場合によっては、AIやDXの専門家に相談しながらジョブディスクリプションを作成し、入社後に活躍してもらう姿をしっかり描くことで、ミスマッチを防ぐことができます。
――今後もChatGPTのように、世の中を大きく方向転換させるような技術が出てくると思いますが、人材育成において、企業はどのような心構えを持っておくべきでしょうか。
強調したいのは、AI人材育成は「終わりなき旅」であるということです。研修を行ったからといって、現場で教科書通りにプロジェクトが進むことはそうありません。また、1回教育したからOKという話でもありません。特に2020年以降は、毎月のようにAIに関する新しい情報が出ている状態で、年1回の研修だけではとても追いつかないでしょう。常に学び続け実践の経験をどう積んでもらうか、場合によっては学んだことを一度忘れて、まったく新しい枠組みで学び直す必要も出てきます。
また、AIに関することがいまだに情報システム部門だけの問題とされ、他部署の人は無関心という会社もありますが、それぞれの現場でAIを活用できる人がどれくらいいるかが企業価値を決める時代に突入しています。社内の全員にAIの知識を浸透させ、かつ、それを常にアップデートし続けるためにはどうすればいいのか。すべての企業が知恵を絞っていかなくてはなりません。
※文中の内容・肩書等はすべて掲載当時のものです。
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