公開日 2025/06/26
AIが私たちの生活や仕事に浸透しつつある現代において、マネジメントの領域もまた例外ではない。情報科学技術の博士号を有し、アルゴリズミックマネジメントの専門家として知られるMohammad Hossein Jarrahi氏に、AI時代におけるマネジメントの課題と今後の展望について伺った。
ノースカロライナ大学 チャペルヒル校 教授 Mohammad Hossein Jarrahi 氏
過去10年にわたりAIの統合によるナレッジワークの変容を研究。AIが人間を置き換えるのではなく、人間の能力を拡張する点に注目し、「人間とAIの共生」という概念を提唱。近年はアルゴリズムによるマネジメント機能の自動化・補完を探究し、アルゴリズミックマネジメントの発展に貢献している。
アルゴリズミックマネジメントはギグワークから始まり、今ではホワイトカラーの仕事にも広がっています。日々の課題に取り組み、判断を下すという不確実性の高いナレッジワークにAIが入り込む意味は大きく、ギグワークとは根本的に異なる影響をもたらす可能性があります。そこで留意しなければならないのは、アルゴリズミックマネジメントがマネジャーの権限を「強化」する一方で、「制約」する可能性もある点です。単調な業務をAIで自動化できれば、その時間をマネジャーはより意義のある業務に充てられます。部下との対話や育成、チームビルディングといった「人間らしさ」が求められる中核業務に集中でき、その結果としてマネジャーの裁量や人との関わりの質も強化されるでしょう。
しかし、AIが中核的な役割まで担うようになると、マネジャーは権限を制約されることになります。裁量を奪われたと感じ、モチベーションが低下する恐れがあります。現場感覚や対人関係に基づいた判断が、画一的なロジックに置き換えられてしまうと、管理職としての存在意義が問われかねません。この「強化」と「制約」の二面性が、AI時代の職場における新たな課題となっているのです。
私が考えるアルゴリズミックマネジメントの理想像においては、「人間とAIの共生」が鍵となります。この協働の在り方は、役職レベルによって適切に使い分ける必要があります。例えば、現場や中間管理職層では、人間が指揮・監督や部下とのコミュニケーションを担い、AIにはタスクの自動配分や進捗管理などの補助的役割を任せるのがよいでしょう。経営層では、人間が意思決定や戦略策定といった業務に集中し、それらをデータ分析や予測の観点からAIがサポートするのが理想的です。とはいえ、最終的な判断は人間が責任を持って下すべきでしょう。
よく誤解されがちですが、AIの価値は「人間を模倣すること」や「人間を置き換えること」にあるのではありません。むしろ、「人間にできないことを補完する」からこそ、AIは真の価値を発揮するのです。重要なのは、人間とAIが互いの異なる強みを生かして補い合うことです。
そのためには、AIを信頼できるパートナーとして使いこなすための「協働スキル」が欠かせません。AIの「できること」と「できないこと」を理解し、その限界を踏まえた上で、出力された結果を鵜呑みにせず、常に人間が検証・確認を行う姿勢が求められます。
さらに、アルゴリズミックマネジメントを導入する際には、従業員との信頼関係を損なわないためにも、AIに任せるタスクの種類や重要度を見極めることが重要です。例えば、サプライチェーンの最適化、倉庫の在庫管理、煩雑な人事処理など、大量かつ反復的な作業においては、AIを非常に効果的に活用できます。しかし、採用の可否や人員配置の判断、人事制度の設計といった重要な意思決定については、やはり最終的には人間のマネジャーが担うべきだと考えます。
アルゴリズミックマネジメントを導入するに当たり、まず自社の業務内容や組織文化、抱えている課題を理解しておく必要があります。なぜなら、すべての組織に使える万能なシステムは存在しないからです。組織にどんな固有知識があって、どこにボトルネックがあるのか、どの業務をAIに任せるべきか、現場のマネジャーや従業員がその変化に対応できるか――こうした問いに向き合いながら、「インサイド・アウト」のアプローチで課題解決するための一手法としてアルゴリズミックマネジメントを導入するべきでしょう。
AIは自律的に学習し進化する特性を持つ一方、学習プロセスが不透明であるという課題も抱えています。ディープラーニングを用いたアルゴリズムでは、「なぜその意思決定に至ったのか」を人間が理解できないことが多々あります。ですから、現場でのAI活用を進める際には、アルゴリズムの本質を理解し、適切な活用方法を見極めるための「アルゴリズム・リテラシー」を身に付けることが欠かせません。AIの不透明性を前提としつつ、社会的・技術的・組織的・政治的な要素を含めた総合的な判断と運用が求められます。
アルゴリズミックマネジメントの導入を担うのは、IT部門ではなく人事部門であるべきだと考えています。本質的にアルゴリズミックマネジメントのシステムは、人事の構造と同様だからです。人事部門の最大の使命は、組織に合うよう「人的資本」を強化することでしょう。しかし昨今は、AIをはじめとした「人工資本」※1が介入し始めています。これらは密接であり、一方だけを強化することはできません。だからこそ、こうした変革を担うのはIT部門でも戦略部門でもなく、人事部門であるべきなのです。
※1 人と連携するように設計・調整された技術的リソース Jarrahi,M.H.,Kenyon,S.,Brown,A.,Donahue,C.,&Wicher,C.(2023).Artificial intelligence:A strategy to harness its power through organizational learning.Journal of Business Strategy,44(3),126-135.
現在のAIシステムのほとんどは機械学習がベースとなっており、特定の場面において人間の能力をはるかに凌駕していますが、機械学習と人間の学習が協働したときに初めて、組織としての「学び」が生まれます。人工資本は人的資本を高めることに貢献しない限り、真の価値を生み出せません。
しかし残念ながら、現状、対応できる素地はありながらも、人事担当者のアルゴリズムに関する技術的なリテラシーはまだ足りていないように思います。人事部門が力を入れている人的資本の強化施策とAIを、今後どうやってつなげていくかが問われています。組織の基盤は「人」であり、AIはあくまでも「人間にできないことを補完する」もの。AIと人間は「馬と騎手」のようなものです※2。たとえ優秀な馬でも、時に想定外の行動をするでしょう。AIを使いこなし、暴走や誤判断を防ぐ最後の抑制力、すなわち手綱を握れるのは人間なのです。
※2 Jarrahi,M.H.,&Ahalt,S.(2024).What Human-Horse Interactions may Teach us About Effective Human-AI Interactions.arXiv preprint arXiv:2412.13405.
※文中の内容・肩書等はすべて掲載当時のものです。
本記事はお役に立ちましたか?
海外のHRトレンドワード解説2025 - FOBO/Algorithmic Management/Workplace Incivility
HITO vol.24『海外のHRトレンド』
《FOBO》挑戦し失敗できる文化と信頼関係の構築を
人間ならではの能力を育みAIと共生・協働するかけがえのない人材に
スキマバイト時代のマネジメント―「また働きたい」と思われる現場づくりの要点
歪んで輸入された日本のMBOと副作用
人的資本経営を駆動させる3つの連動
不安な時代に価値を生む、「信頼」の再考~上司と部下の「信頼のらせん関係」とは?~
1on1を部下の成長に繋げるためのポイントとは?
上司の信頼が伝わりづらい理由とその壁を乗り越える方法
反DEIとDEI&Bが意味すること-歴史的背景から見る日本とアメリカのDEI推進の差異-
なぜ日本企業は欧米の手法をマネしたがるのか―輸入型マネジメントの歴史と功罪
調査研究要覧2024年度版
「人」との向き合い方が これからの経営を左右する
上司と部下の信頼関係構築に不可欠な「被信頼感」の高め方
どうすれば上司は部下を信頼するようになるのか-「メンバーへの信頼」の形成メカニズム-
「安心」から「信頼」に基づくマネジメントへの転換 ~上司と部下の信頼関係構築のヒント~
部下の成長支援を目的とした1on1ミーティングに関する定量調査
上司と部下の信頼関係に関する研究
残業が多い職場でのテレワークに欠かせない仕事と私生活を切り分ける「境界マネジメント」
仕事と私生活を切り分ける「境界マネジメント」に必要な上司の支援とは
仕事と私生活の切り分けが組織にもたらすメリット
仕事と私生活をうまく切り分ける6つの要素―ライフ・オーナーシップを意識して境界マネジメントの実践を
オンライン時代の出張の価値とは~出張に対する世代間ギャップと効用の再考~
海外のHRトレンドワード解説2024 - BANI/Voice of Employee/Trust
テクノロジーと正しく向き合いHRの可能性を広げるチャンスに
高齢化社会で求められる仕事と介護の両立支援
男性育休の推進には、前向きに仕事をカバーできる「不在時マネジメント」が鍵
男性が育休をとりにくいのはなぜか
男性の育休取得をなぜ企業が推進すべきなのか――男性育休推進にあたって押さえておきたいポイント
調査研究要覧2023年度版
自分の無知を自覚し 今こそ、外に出よう
人的資本経営を考える
人的資本情報開示のこれまで、そしてこれから
なぜ、日本企業において男性育休取得が難しいのか? ~調査データから紐解く現状、課題、解決に向けた提言~
仕事と私生活の境界マネジメントに関する定量調査
罰ゲーム化する管理職
《インテグリティ&エンパシー》いつの時代も正しいことを誠実に 信頼されることが企業価値の根源
《“X(トランスフォーメーション)”リーダー》変革をリードする人材をどう育成していくか
人的資本情報開示にマーケティングの視点を――「USP」としての人材育成
男女の賃金の差異をめぐる課題
内部通報を利用して人的資本のリスク管理の開示充実を
有価証券報告書を通した人的資本のリスクの開示状況と課題
エンゲージメントとは何か――人的資本におけるエンゲージメントの開示実態と今後に向けて
AIの進化とHRの未来
AI時代に「なくなる仕事」「なくならない仕事」
女性管理職比率の現在地と依然遠い30%目標
企業と役員の人的資本に対するコミットメントに整合性を
有価証券報告書を通した人的資本のガバナンスの開示状況とその内容
有価証券報告書、ISSB、TISFDから考える人的資本情報開示のこれから
精神障害者の就労における障害者枠と一般枠の違い
障害のある就業者の「はたらくWell-being」実現に向けた課題と方策
精神障害者雇用を成功させるノウハウとは
精神障害者雇用にまつわる誤解を解く
HITO vol.20『海外のHRトレンド』
《ChatGPT×働く》自分は何をしたいのか ──スキル信仰の先を見据えよ
《ChatGPT×働く》生成AIと共にある、創造あふれる未来へ
《ChatGPT×働く》代替されない「経験」や「情熱」「人間的な個性」が価値を増す時代に
企業が向き合う精神障害者雇用の今 ~歴史的経緯とマクロ的動向から読み解く~
女性役員比率30%目標から人的資本経営を見直そう
役員報酬設計を通して示す人的資本経営へのコミットメント
ChatGPTが急速に普及する中、これからの「AI人材」をどう育成するか
株主総会の招集通知から見えた、人材に関する専門性不足
男性育休に関する定量調査
先行対応企業の開示から考える人的資本に関する指標の注目ポイント
ChatGPTのビジネス利用における法的リスク
人的資本経営の実現に向けたChatGPTの活用が、これからの人材マネジメントのカギになる
ChatGPTは労働力不足を救うのか──AI導入による、雇用や労働市場への影響
内部通報制度は従業員に認知されているか
ChatGPTは働く人のウェルビーイングにどのような影響をもたらすか
ChatGPT時代に求められるのは、正しく活用するための《知識とモラル》そして変化を恐れない《姿勢》
有価証券報告書による人的資本情報開示 企業の先行対応を調べる過程で得た3つの気づき
人的資本情報開示に先行対応した企業の有価証券報告書から何が学べるか
真に価値のある「人的資本経営」を実現するため、いま人事部に求められていることは何か
企業の競争力を高めるために ~多様性とキャリア自律の時代に求められる人事の発想~
HITO vol.19『人事トレンドワード 2022-2023』
目まぐるしく移り変わる人事トレンドに踊らされるのではなく、戦略的に活用できる人事へ
2022年-2023年人事トレンドワード解説 - テレワーク/DX人材/人的資本経営
地に足のついた“独自の”人的資本経営の模索を
人的資本経営は人事によるビジネスへの貢献の場 リーダーの発掘・育成の環境を整え企業成長を
人的資本経営は企業特殊性を最大限に生かす事業戦略と人材戦略を
人事は経営企画、財務、事業企画と共に 「持続的な企業の成長ストーリー」を語ろう
特別号 HITO REPORT vol.13『動き出す、日本の人的資本経営~組織の持続的成長と個人のウェルビーイングの両立に向けて~』
人的資本情報の開示に向けて
人的資本経営と情報開示を巡る来し方と行く末 ―ウェルビーイング時代の経営の根幹「人」へのまなざし―
~サイボウズの人的資本経営~ 企業理念やポリシーをいかに開示できるか 型にはめるより伝わりやすさを重視
~ポーラの人的資本経営~ 企業は人の集合体。ポーラに脈々と伝わる「個を大切にするDNA」でサステナビリティ経営を推進
《人的資本経営》「人への投資」が投資判断に影響する 今こそ企業存続への正しい危機感を
人的資本情報開示に関する調査【第2回】~求職者が関心を寄せる人的資本情報とは~
会社と社員のパーパスを重ね合わせ エンゲージメントの向上を通じた人的資本経営の高度化を目指す
人的資本経営を“看板の掛け替え”で終わらせてはいけない 個人の自由と裁量をどこまで尊重できるかが鍵
CFO/FP&Aの観点から考える CHROとCFOがCEOを支える経営体制の確立と人材育成の方向性
人的資本経営は「収益向上」のため 人事部はダイバーシティ&インクルージョンの推進から
~KDDIの人的資本経営~ 投資家との対話は学びの宝庫 人事は投資家と積極的に相対しよう
自社の人材戦略に沿ったストーリーあるデータを開示 人材に惜しみなく投資することで成長するサイバーエージェントの人的資本経営
経営戦略と連動した人材戦略の実現の鍵は人事部の位置付け ~人的資本経営に資する人事部になるには~
人的資本の情報開示の在り方 ~無難な開示項目より独自性のある情報開示を~
人的資本経営の実現に向けた日本企業のあるべき姿 ~人的資本の歴史的変遷から考察する~
人的資本情報の開示で自社の独自性を見直す好機に~市場は人材や組織の成長力を見ている~
人材版伊藤レポートを読み解く
人的資本情報やその開示に非上場企業も高い関心 自社の在り方を問い直す好機に
《人的資本経営》多様な個を尊重し、挑戦を促すことで企業発展につなげたい
人的資本経営の実現に向けて 人材版伊藤レポートを概観する
《人的資本経営》対話が社員の心に火をつける 時間という経営資本を対話に割こう
人的資本情報開示に関する実態調査
企業の新規事業開発における組織・人材要因に関する調査
「キャリア自律」促進は、従業員の離職につながるのか?
在宅勤務下における新入社員の現場受け入れで気を付けるべき3つのこと ~コミュニケーション施策の実施とマネジメント方法の転換が鍵~
日本企業が目指すべき人材マネジメントの在り方
人材マネジメントにおけるデジタル活用に関する調査2020
人材データ分析をしている企業の半数以上は意思決定に活用できていない。人材データを意思決定に活用するための課題とは?
若手社員の成長実感の重要性 ~若手の成長意欲を満たし、本人・企業双方の成長につなげるには~
HITO vol.14『中間管理職の受難 ~人事よ、企業成長のキーパーソンを解き放て!~』
中間管理職の就業負担に関する定量調査
40~60代のミドル・シニアを部下に持つ年下上司に求められる『年齢逆転マネジメント』のヒント いずれ来たる「上司は年下に、部下は年上になる日」にむけて
正社員マネジメントの未来 ~正社員に求められる「価値」とは
正社員マネジメントの在り方とは?【後編】
正社員マネジメントの在り方とは?【前半】
歴史考察から読み解く人事マネジメント(3)
HITO vol.8『正社員マネジメントの未来』
follow us
メルマガ登録&SNSフォローで最新情報をチェック!