公開日 2021/01/25
パーソル総合研究所は「日本的ジョブ型雇用」を新たに定義し、転換へのステップ及びそれを支える政策基盤を示す必要があると考え『「日本的ジョブ型雇用」転換への道』プロジェクトを立ち上げた。本プロジェクトにおいて、日本型雇用の現状や課題、日本的ジョブ型雇用転換のためのロードマップに関して、有識者の方々と全6回の議論を実施する。
第5回目議論は、経営サイドで労働問題の相談、対応を行っている第一芙蓉法律事務所の浅井隆弁護士をお招きし、ジョブ型雇用への転換に伴う労使関係の変化や解雇・退職の在り方、同一労働同一賃金の行方などについて、法的な側面を中心にお話を伺った。
――ジョブ型の導入をはじめ、これから雇用変革が進むと日本の労使関係の在り方はどう変化していくのでしょうか。
浅井氏:労使関係はおそらく新卒採用と中途採用で異なっていくと思います。本人の希望はあるでしょうが、大半の新卒採用者は、自分が本当は何の仕事に向いていて何をやりたいのかは、実際に仕事を経験してみないと分かりません。よって、ジョブ型雇用に転換した場合でも、新卒者は、何年かかけて適性と好みを見極めた上で専門分野を決め、専門性を高めていく必要があるでしょう。
米国であれば、転職をして業界の中で専門性を高めていきますが、日本では、ジョブ型が導入されても、1つの会社内を異動する中で専門性を高めるのが一般的になると思います。なぜなら、転職市場が未熟なため、米国のように転職しながらキャリアアップすることが難しいからです。将来、転職市場が成熟してくれば、米国のような形になるかもしれません。
一方、中途採用者は、ある程度高い役割ができる前提で採用されるので、職種を特定して雇用契約を結ぶ可能性が高くなるでしょう。特定の職種の中で、その人が優秀であれば、役割やポジションが上昇していくわけです。
――――労働組合についてはどう変化していくとお考えですか。
浅井氏:労働組合は、組合員である従業員の雇用確保と労働条件向上のために存在します。年功型の日本企業がジョブ型に転換したとき、組合員の労働条件向上はどのような現れ方をするかを考えると、組合員全体と個々の組合員に関するものと2つに分けられます。
まず、組合員全体についてですが、労動組合は要求の仕方を変えざるを得なくなってきます。ジョブと賃金が結び付きますので、昇給や賞与の水準が個々のジョブごとに異なってくるからです。従来のように「基本給の5カ月分」といった要求は妥当ではなくなります。労動組合は、「平均」という考え方をとらざるを得ません。「平均で2%昇給」「賞与は平均○○万円で、最低は××万円から」といった要求の形になることが想定されます。
次に、個々の組合員についてですが、従業員のジョブディスクリプション(職務記述書)の設定やメンテナンス、あるいは新しいジョブを作る場合などに団体交渉要求がなされる可能性があります。それから、年度始めの目標設定と年度末の査定の際に不満を持った従業員たる組合員の要望を受け、労動組合として会社と交渉することも出てくるでしょう。
――ジョブ型雇用が導入されると不利益変更や解雇されやすくなると不安を感じる人たちもいますが、実際はどうなるでしょうか。
浅井氏:これはまったくの誤解です。まず不利益変更から見ていくと、ジョブ型とはあくまでジョブごとに待遇が決まる制度です。仮にある人はAというジョブに適合しないためBというジョブに移したほうがよいと会社が判断した場合、職務を特定した雇用契約を結んでいない限り、会社はジョブを変更する業務命令を出すことができます。
Aというジョブは月給40万円、BというジョブはAより負荷が軽いので35万円のとき、AからBにジョブが変わって給与が下がったら不利益変更になるかといえば、それは違います。不利益変更とは同じ条件であるのに待遇が下がることを指しますが、ジョブが変わって賃金も変わるのは配置転換に伴う賃金の変更になるからです。要するに、職務(種)を特定した雇用契約を結んでない限りは、配置転換の問題になります。
新卒採用の場合は、職種や職務を特定した雇用契約ではないことが大半と考えられるので、あるジョブに適合しなければ別のジョブに異動させるのは、配転命令権の行使となります。ただし、ジョブ型雇用ではジョブを変更すると賃金の変動が必然的に発生しますので、配転命令権の行使がその権利の濫用と判断される可能性が出てくるため、使用者は注意しておく必要があります。
職務(種)を特定した雇用契約の場合、例えば、営業部長として中途採用した場合、その営業部長としての職務でまったく成果を出せなかったからといって、例えば総務部長に異動させるといった配転命令は、発令できません。もし異動させるのであれば本人の個別同意が必要です。ただ、こうしたケースは、実際には退職勧奨する、しないときは普通解雇する、という展開になると思われます。
――解雇に関してはいかがでしょうか。
浅井氏:解雇については、客観的に合理的な理由がなく、社会一般的に相当な処置と認められない限り解雇を無効とする、「解雇権濫用法理」があり、日本で展開されている雇用契約においては、ジョブ型雇用であっても、この法理が適用されます。
新卒採用と中途採用で分けて考えると、新卒採用では配置転換が可能なので、Aというジョブ(職務)ができなければBに配置転換を命じて雇用を維持する信義則(信義誠実の原則)上の義務が会社にある、と考えられます。つまり配置転換できる反面、「Aというジョブ(職務)ができないから解雇」は係争になったとき、「配置転換を優先しなさい」という判断をされる可能性が高くなります。配置転換してほかの主なジョブ(職務)にいくつか従事させ、それでも適合しなかった場合に、ようやく解雇が決められる、ということになるでしょう。
中途採用で職務(ジョブ)を特定した雇用契約の場合は、権利濫用にならない要素の認定が緩やかになります。先ほどの営業部長として採用したのもその例のひとつです。しかし、それは現在も同様ですから、ジョブ型になったからということではありません。
ただ、勤務態度が悪いとか、組織の一員としての自覚のない行動をとりつづけるときなどは、新卒採用であろうが中途採用であろうが同じように退職させることができます。勤怠が悪かったり、周囲に暴言を吐いたりといった事実があると、「組織の一員として適性がない」判断され、数カ月で退職勧奨を行い、解雇することが可能になるでしょう。
――従来の日本型雇用の特徴に、解雇規制の厳しさや解雇プロセスの不明瞭さがあります。これらはどう変化すべきでしょうか。
浅井氏:法律が変わるのは、現実が変化した時です。つまり、現実の後追いで法律は変わっていきます。例えば、パートタイム・有期雇用労働法が2020年4月に施行され、正社員と短時間・有期雇用労働者との間で不合理な待遇差を設けることが禁止されました。その背景には、パートタイム労働者や有期雇用労働者数が増え(※)、これらの人たちが持つ雇用や賃金に対する不安・不満が政治的圧力となり、法律が変わっていったのです。
その意味において「法律はこう変わるべき」との議論自体、率直にいうとずれています。例えば、解雇権濫用法理(労契法第16条)がなくなるとしたら、日本の転職市場が成熟し、よりよい条件で次の仕事が容易に見つかる状態になり、失職は怖くないと世の中に認知されたときでしょう。今のところ日本はそうした状況にありません。したがって、解雇権濫用法理は、現状が続けば、なくならないでしょう。
(※)令和元年にパートタイム労働者が1849万人と雇用者全体の約3割、有期雇用労働者は1416万人と雇用者全体の4分の1程度を占めるほどに増加。出所:厚生労働省「パートタイム・有期雇用労働法のあらまし」(https://www.mhlw.go.jp/content/11900000/000695149.pdf)
――人事制度の変更に伴って、経営者や人事はどのようなスタンスを持っておくべきでしょうか。
浅井氏:人事制度の変更は組織文化を変更することなので、従業員のマインドに十分な配慮をする必要があります。基本的に従業員は変化を嫌います。変化する先が見えず、不安を感じるからです。したがって、経営者や人事は、「変化は恐くない、むしろチャンスが広がる」と従業員に思ってもらう努力を忍耐強く続けることが重要です。恐がる人が減れば減るほど、改革は可能になります。
よく一気に改革を行おうとする経営者を見かけますが、そうではなく、まず一歩踏み出して後ろを振り返ってみて、従業員が半歩踏み出しているかを確認する。確認できたらもう一歩踏み出して、再び従業員が後をついてきているか確認する。このようなスタンスが必要になるでしょう。実際にチャンスをつかむ人が何人も出てくれば、がらりと従業員のマインドは変わっていきます。また、改革には非常に時間がかかるので、他社の様子見などせず、できるだけ早く着手することが大切です。
――グローバルな人材交流や国を横断したマネジメントが活発になるに従い、人事制度を世界で統一する必要性が高まっています。企業はどのように対応すればよいでしょうか。
浅井氏:日本型雇用の主な問題点は、人を活かして使うシステムになっていない点にあると考えています。人を活かして使うというのは、それぞれをバラバラに活かして使う、ということではありません。同じ方向にベクトルを合わせる必要があります。具体的には、全員が自社の事業目的や中長期の事業計画の方向を向き、それを各々の仕事の内容に反映させて取り組む、ということです。そのためには、企業全体が中長期の事業計画を実施するために最適組織になっていなければなりません。よって、各拠点、各部署の担う組織の役割を特定し、その各役割毎にジョブディスクリプション(職務記述書)を作成する必要があります。そして、それを前提に、毎年、運用します。このやり方は、中長期の事業計画を単年度に落とし、各拠点の組織の部署の役割に具体化(目標化)、さらに従業員の役割毎に個別目標として設定します。これを1年間、実行していくのです。
このように最適組織を構築し、それを毎年実行することで運用すれば、ひとつの企業が国境を超え、世界中の従業員が同じベクトルを向いて動くようになります。そのとき、国ごとに賃金水準は異なるので、ジョブディスクリプション(職務記述書)と共にそれに結び付ける賃金のメンテナンスが必要になります。
――正規雇用と非正規雇用の待遇差を同一労働同一賃金の原則で是正する動きがあります。ジョブ型雇用はこれに適合的な面もあると思いますが、雇用形態の待遇差について企業はどのような点に気を付けるべきでしょうか。
浅井氏:確かにジョブに賃金が結び付くジョブ型雇用は、同一労働同一賃金と極めて親和性が高いといえます。ジョブ型雇用の待遇で企業が実務的に気を付けるべき点としては、家族手当や扶養手当など、ジョブと関係のない手当を入れないことです。ジョブに対応した賃金を結び付けるという考え方に基づけば、ジョブに関係のない手当は整理し、廃止していくべきでしょう。
そのとき、不利益変更の問題が出てきます。ただ、労働条件の不利益変更は、手当の有無ではなく、賃金が総額で減るかが問題になります。もし制度変更後の賃金が以前より減る場合は、その分、調整給として支給すれば不利益変更にはなりません。そして調整給はずっと維持する必要はないので、何年かかけて解消していけばよいでしょう。
――高齢化が進む中で、今後の定年制や就業機会維持の義務の在り方はどうなっていくでしょうか。
浅井氏:定年制は年功制とセットなので、論理的にはジョブ型雇用を導入すれば定年制は不要になります。しかし日本におけるジョブ型では、同一企業内でジョブを深めていく人が多くなると思いますので、引き続き定年制は必要になるでしょう。日本企業の定年後の再雇用では、「定年後の賃金は定年前の〇%」といった形で決められていることが多いですが、ジョブ型雇用になると、その人が定年までに培った経験や能力に基づく適材適所の配置を行い、就いたジョブに待遇を結び付けていく必要があります。するとこれまでの定年後再雇用規程は変更しなければならなくなり、おそらく目標管理と同様のことを1年ごとの契約管理で行うようになると思います。
――最近、従業員を個人事業主化する企業が出てくるようになりました。こうした動きについてどうお考えでしょうか。
浅井氏:個人事業主化の動きが出てきたのはおそらく、自社内の業務で外注化できる単位のものは外注化するというニーズと、新規ビジネスへのチャレンジがあると思われます。会社として新規ビジネスにチャレンジするのは躊躇するが、チャレンジしたい従業員が起業する場合は支援し、もし成功したら何らかの見返りを得るというわけです。これらに特段の問題はありません。ジョブ単位で待遇を結び付けるジョブ型雇用の考え方と、ジョブを切り出して社外に出す行為は親和性があるので、こうした動きは各業界で起こり得るだろうと思います。
ただし従業員の個人事業主化は、雇い主と従業員という関係ではなくなり、従業員を自由にするわけですから、原則、労働時間や仕事の進め方などのコントロールは効かせられなくなります。もし雇用契約にあった時のように、会社がコントロールを効かしたら、偽装請負のような問題になってしまうので、その点は注意が必要です。
「日本的ジョブ型雇用」転換への道プロジェクト座長 湯元 健治
ジョブ型雇用へ転換する際には、労働組合との関係に気を配るべきだ。事前に組合との十分な協議をした上で、理解と納得を得ておく必要がある。それでも、具体的な職務記述書の内容や個々人の仕事の目標設定と評価について、従業員が不満を持てば、団体交渉の材料になり得ることには留意が必要だ。
とはいえ、ジョブ型移行で、組合から不利益変更や不当解雇を主張される懸念はまずない。新卒採用の場合、職務変更による賃金カットは配置転換の問題になるからだ。中途採用は職務限定なのでそもそも不利益変更の問題は生じない。転職市場が未成熟な我が国の場合、解雇権乱用法理でむやみな解雇もできないと理解すべきだ。
定年制は、ジョブ型に移行すれば理論的には不要になるが、そう簡単ではない。同一労働同一賃金問題もあって、定年再雇用後の処遇は、成果に見合った形に切り替えていく必要があろう。
第一芙蓉法律事務所 弁護士
浅井 隆 氏
1983年慶應義塾大学法学部卒業。87年司法試験合格、90年弁護士登録。2001年武蔵野女子大学講師。05年慶應義塾大学大学院法務研究科(法科大学院)講師、09~14年同教授、14年同講師。経営サイドの労働問題の処理、独占禁止法、私立学校法、無体財産権に関する法律(特許権、著作権等)の相談・対応等を中心に、迅速で適確なリーガルサービスの提供を行っている。著書に『労務管理者のための職場の法律』(日本経済新聞出版社)、『労使トラブル 和解の実務』(日本法令)、『労働時間・休日・休暇をめぐる紛争事例解説集』(新日本法規)などがある。
「日本的ジョブ型雇用」転換への道プロジェクト座長/前・日本総合研究所 副理事長
湯元 健治 氏
1957年福井県生まれ。京都大学卒業後、住友銀行へ入行。94年日本総合研究所調査部次長兼主任研究員に就任。2007年経済財政諮問会議の事務局として規制改革、労働市場改革、成長戦略などを担当。14年人民大学主催セミナーなどにパネリストとして招聘され、中国研究にも注力。日本総合研究所退職後、20年「日本的ジョブ型雇用」転換への道プロジェクト座長に就任。
※文中の内容・肩書等はすべて掲載当時のものです。
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