公開日 2023/10/10
昨今、「つながらない権利」の考え方や必要性が認識されるようになっている。つながらない権利の「つながらない」は、業務時間外の仕事からの遮断を意味している。つながらない権利は、業務からのアクセスを遮断する権利とも表現できる。
給与の発生しない業務時間外に業務から離れることは、当然に思われる。しかし、従来から営業職やエンジニアなどの職種では、業務時間外でもトラブルがあれば電話・メール一本で対応が(しばしば暗黙のうちに)期待され、また実際に対応することが珍しくなかった。またテレワークが定着し、公私の線引きが曖昧になったことで、一層注目を集めるようになっている。端的に表現すれば、「つながっている時間」が長くなったことによって、つながらない権利の重要性が浮かび上がってきた。
そこで、本コラムでは、つながらない権利をめぐるヨーロッパの動向、日本の労働者の「つながっている時間」の状況、そして最後につながらない権利に対する各社の事例を見ていこう。
最初にフランスで法制化されたつながらない権利は、ヨーロッパを中心に広がっている。そこでまず、この動向を確認していこう[注1]。フランスは2017年1月施行の改正労働法によって、これを定めた。ただし、同法は直接に業務時間外の業務連絡を禁止するものではない。業種や職種を考慮して、労使で協議してつながらない権利について合意することを定めている。
イタリアも2017年に法制化している。フランスと同様に全面的な禁止を定めたものではなく、つながらない権利について雇用契約に明記することが求められるようになった。
2021年にはポルトガルが業務時間外の連絡の原則禁止を定めた[注2]。緊急時に連絡可能とする例外は設けられているものの、違反した企業には罰金が科される場合もある。
その後、ベルギーでは公務員を対象に、非常時を除いて、業務時間外の連絡を遮断できるようになった[注3]。背景にあるのは、公務員のバーンアウトである。
これらの国以外でもつながらない権利への関心は高まっている。共通するのは、深夜や早朝、週末など業務時間外の連絡による公私の切り分けの難しさである。これは日本にも共通しているが、法制化はされていない。そのため、業務時間外の連絡に歯止めがかかっていない可能性がある。
それでは、日本で働く労働者が業務時間外の業務連絡に応答する(またはせざるを得ない)時間は、どのくらいだろうか。パーソル総合研究所は「第八回・テレワークに関する調査/就業時マスク調査」で「つながっている時間」を簡易推計している。その結果を確認してみよう。
同調査では、仕事の連絡に応答した「最も早い」時間から「最も遅い」時間までを「つながっている時間」として算出しており、その結果は、月間232.3時間であった。これは、所定労働時間176時間(8時間×22日)、残業時間15.7時間(42.9分×22日)以外の業務時間外に40.6時間の応答時間が生じた結果である(図1)。
図1:「つながっている時間」の推計結果
出典:パーソル総合研究所「第八回・テレワークに関する調査/就業時マスク調査」
職種別の結果も確認してみよう(図2)。最長は「営業」で月間270.1時間を記録している。これに「情報処理・通信技術職」の月間270.0時間が続いている。図2からも分かるように、この2職種の「つながっている時間」が突出して長い。また、この2職種は月あたりの業務時間外連絡回数も30回を超えており、単純計算で毎日1回の業務時間外連絡が生じていることになる。
図2:職種別の「つながっている時間」の推計結果
出典:パーソル総合研究所「第八回・テレワークに関する調査/就業時マスク調査」
このように比較的長い「つながっている時間」は、業務上のストレスにも繋がる。これは労務管理がなされていない時間でもあり、法的なリスクも生じる。これに対応するかどうかや、対応をどのように行うかといった点は、各社に委ねられている。
それでは、企業は業務時間外の業務連絡について、どのようにして対応しているのだろうか。こちらも調査結果を見てみよう(図3)。まず、調査において回答者の69.0%は、「自社に規則がない」と回答しており、よく言えば従業員の裁量、悪く言えば野放しの状態になっている。「何らかの規則がある」との回答は、31.0%であった。
図3:勤務時間外の業務連絡に関する社内規則の有無
出典:パーソル総合研究所「第八回・テレワークに関する調査/就業時マスク調査」
ここから具体的に、規則の内容を見てみよう(図4)。最多は「顧客・取引先に対して、対応可能な時間を案内している」の8.6%であった。これに「勤務時間外の電話対応は、自動音声や留守番電話である」の7.4%、「勤務時間外の連絡・対応は禁止されている」の6.2%が続いていた。これらの対応は業務時間外の連絡・応答自体を行わないことを基本としている点で共通している。近年関心を集めるリモートハラスメントやカスタマーハラスメント対策という観点からも、意味のある対策と考えられる。一方、連絡・応答を許容する企業もある。例えば、4.7%の回答を集めた「勤務時間外の連絡・対応に関する手当がついている」がこれに当たる。また、4.6%の「勤務時間外の連絡・対応がかさむと、注意喚起や面談がなされる」も、連絡自体は禁止しない対応の一種である。
図4:勤務時間外の業務連絡に関する社内規則の内容
出典:パーソル総合研究所「第八回・テレワークに関する調査/就業時マスク調査」
ここまでつながらない権利の海外の動向、日本における「つながっている時間」の調査結果を見てきた。ここからは、業務時間外の業務連絡に対する企業のアプローチの事例を確認することで、職場単位で可能な工夫について考えてみよう。図5に、企業の事例を示した。まず気づかされることは、電話やメールの対応から着手していることだ。禁止に加えて、メールの自動返信や、取引先への呼びかけといった追加的な施策もなされている点も特徴的だ。
図5:業務時間外の業務連絡に対する企業のアプローチ
出典:各種報道[注4]を基にパーソル総合研究所作成
一方、こうした業務時間外の連絡を禁止するアプローチが難しい場合もある。医療や介護の世界では、深夜早朝や土日・祝日など業務時間外の連絡・対応が発生し、何もしなければ生命にかかわりかねない。そのため、医療や介護業界では、「オンコール手当」の支給が珍しくない。また、社会的インフラとなっているサーバーなどの保守・運用に従事するエンジニアについても、オンコール手当が支給されることがある。
自社の従業員が業務時間外に対応することは、しばしば美談として語られる。頼りになるのは確かだろう。しかし、それが続けばバーンアウトに繋がる可能性や、労務管理としても大きな問題を抱えることになる。企業としては、図5のようなアプローチがあることを念頭に置きながら、業務時間外の連絡の禁止を目指すべきか、それとも連絡がつかない弊害の大きさから手当を支給することが現実的かなどの施策について検討することが求められる。
本コラムでは、「第八回・テレワークに関する調査/就業時マスク調査」の結果を確認しながら、つながらない権利について考えてきた。
バーンアウトや法的リスクなど、自社従業員の業務時間外の業務連絡対応を見過ごし続けることは得策ではない。まず着手すべきは、自社の従業員のつながらない権利がどのくらい保障されているのか、言い換えれば「つながっている時間」がどのくらいかを把握することだろう。その上で、自社の制度設計を見直してみてはいかがだろうか。
[注1]つながらない権利の動向については、以下を参照。JILPT「諸外国における雇用型テレワークに関する法制度等の調査研究」(https://www.jil.go.jp/institute/reports/2022/documents/0219.pdf )(2023年10月3日アクセス)。NTTデータ経営研究所「先行事例」(https://www.city.kobe.lg.jp/documents/30681/02-02sannkou.pdf )(2023年10月3日アクセス)。細川良「ICTが『労働時間』に突き付ける課題」日本労働研究雑誌、2019年。山本靖ほか「これからの働き方改革と健康経営における労働問題」新潟国際情報大学経営情報学部紀要、2020年。
[注2]日本経済新聞「勤務時間外の電話、罰金最大126万円 ポルトガルが新法」(https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGR1602J0W1A111C2000000/ )(2023年10月3日アクセス)
[注3]Guardian ”Belgian civil servants given legal right to disconnect from work”(https://www.theguardian.com/world/2022/jan/31/belgian-civil-servants-given-legal-right-to-disconnect-from-work )(2023年10月3日アクセス)
[注4]日本経済新聞「休日に業務連絡NG 「つながらない権利」日本では?」(https://www.nikkei.com/article/DGXMZO41789440W9A220C1000000/ )(2023年10月3日アクセス)。NHK「『つながらない権利』知ってほしい」(https://www3.nhk.or.jp/news/special/miraiswitch/article/article35/ )(2023年10月3日アクセス)
シンクタンク本部
研究員
今井 昭仁
Akihito Imai
London School of Economics and Political Science 修了後、日本学術振興会特別研究員、青山学院大学大学院国際マネジメント研究科助手を経て、2022年入社。これまでに会社の目的や経営者の報酬など、コーポレートガバナンスに関する論文を多数執筆。
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