公開日 2024/06/13
COVID-19のパンデミック以降、人々の働き方は大きく変化した。ポストコロナ時代となった今、リモートか、対面か、企業は試行錯誤を続けている。そこで、「ハイブリッドワーク」や、場所を問わずに働く「ワーク・フロム・エニウェア」に注目し研究を重ねるPrithwiraj Choudhury氏に、新時代の働き方について伺った。
ハーバード・ビジネス・スクール 経営学部 准教授 Prithwiraj Choudhury 氏
マッキンゼー・アンド・カンパニー、マイクロソフト、IBMに勤務後、ペンシルベニア大学ウォートン・スクール助教を経て現職。近年は、労働者の地理的移動に光を当て、転勤や海外赴任などの移動によるパフォーマンスへの影響や、場所を問わない地理的柔軟性が生産性に与える影響に関する研究などを手掛ける。2023年のフォーブス誌「Future of Work 50」にもその名を連ねる。
――リモートワークをはじめとした新たな働き方が広がる一方で、「オフィス回帰」に舵を切る企業も出ている状況をどう見ていますか。
現在はまさに働き方の転換期にあり、各企業が試行錯誤をしているところです。アメリカでもアップルやマイクロソフトといったビッグ・テック企業でオフィス回帰の動きが見られましたが、以前のような出社を主体とした形に戻すことはできませんでした。なぜなら、すでに人々の間に働き方の新たな選択肢が広まった中でオフィス回帰を強要すれば、それを窮屈に感じる従業員は会社を去っていくからです。優秀な人材ほど、よりフレキシブルに働ける競合他社へ流出してしまう可能性があります。
これは実際に世界中で起こっていることであり、離職率を高めてまで、人々をオフィスに戻そうとするのは合理的とはいえません。とはいえ、逆にすべてをリモートで済まそうとするのにも、デメリットが生じます。人と会うことで育まれる絆や、より活発なコミュニケーションから生まれるクリエイティブな発想などが失われかねないからです。
そこで近年注目されているのが、私の研究する「ハイブリッドワーク」であり、これからの働き方の主流になっていくでしょう。
――ハイブリッドワークについて、詳しく教えてください。
リモートと対面でのコミュニケションをうまく組み合わせて仕事をするのが、ハイブリッドワークです。対面でのコミュニケーションとは、チーム全員と直接会って一緒に仕事をするものと定義しています。
例えば、ある人は月・火曜日に出社し、別の人は木・金曜日に出社する。これでは、チームメンバーに1日も会えません。そうではなく、特定の日に全員が集まって仕事をすることで、チーム内の絆を強め、自分がチームの一人と認識することが重要です。
――なぜハイブリッドワークがこれからの働き方の主流となるのでしょう。
従業員にも企業にも、メリットの大きな働き方だからです。従業員は、毎日通勤する必要がなくなり、家族とともに過ごせる時間が増え、自らの勤務時間をより管理しやすくなります。それがワークライフバランスの向上につながり、幸福度も高まるでしょう。
企業においては、大きく2つのメリットが挙げられます。まずは、幅広い人材を雇用できることです。リモートワークの活用でより広い地域から人を雇うことが可能となり、職種によっては海外まで採用の手を伸ばすこともできるでしょう。優秀な人材や多様な従業員の確保につながることは大きなメリットです。
また、これまでのように従業員全員を収容できるオフィスを用意する必要がなくなり、不動産コストを削減できます。東京やニューヨークなどの大都市に拠点を置く企業では、かなりのコスト削減ができるはずです。
このようにハイブリッドワークは、従業員と企業が互いにWin-Winとなる新たなソリューションであり、だからこそ広まっていくと考えられます。
――ハイブリッドワークを推進する上でのポイントを教えてください。
前提としていえるのは、それぞれのチームによって最適なバランスは変わってくるということです。ハイブリッドワークの導入に当たっては、チームごとに試行錯誤が必要です。
私が実施したある実験が、ひとつの目安となるはずです。実験では、チームメンバーに毎日、オフィスワークとリモートワークをランダムに割り振り、9週間後の成果を測定しました。すると、60〜75%はリモートで、残りの25〜40%はチームメンバーと顔を合わせて仕事をするのが、最も成果が上がりやすいという結果が出ました。これを目安に、実際にどれくらいの割合で顔を合わせるのが、自分のチームにとって最も効率的で負担が少ないか、3カ月ほどかけて実験をしてみるといいと思います。
チームのメンバーと直接会う日は、ブレインストーミングやメンタリング、会食といった指導・交流に充てるべきです。知識を共有し、絆を強めることはオンラインでは難しいからです。
逆にいうと、これら以外の仕事、例えばメールの返信や1人でできる作業、取引先とのリモート会議などは、直接会う日には一切、行わないようにしなければ、効果が下がりかねません。
なお、会議をする場所は、何もオフィスである必要はなく、極端な話、海でも山でもいいわけです。アメリカでは、ショッピングモールやゴルフ場で行う事例もあります。
経営層や人事部門は、一律に出社を強制するのではなく、おおまかなガイドライン、例えば「25%の出勤日数を確保する」と設定し、会社という場に縛られず、各人にとって都合のよい場所や環境をチームで柔軟に選べるようにすることが、ハイブリッドワークの実践における最も大切な原則です。
――ハイブリッドワークの導入や推進に当たり、人事部門として担うべき役割は何でしょう。
まず学ぶべきは、仕事の成果の測定方法です。ハイブリッドワークでは、労働量や勤務時間よりもアウトプットの質を基に人事評価を行うことになるはずです。したがって、タスクごとにその質を観測するシステムの導入や運用が求められます。その他に、顧客や同僚、取引先からの評価も定量化し、質を判断できなければなりません。
そして、もうひとつの大切な役割は、従業員のウェルネスをサポートすることです。従業員が遠隔地に住んでいる場合、ハイブリッドワークを無理なくできているか、生活にストレスはないか、孤立していないかなどに注意を払い、健康状態を把握する必要があります。そうしてウェルネスをサポートするのも優秀な人材が定着する要因となります。
採用については、リモートというメリットを最大限に生かす形で活動し、効率化を図る必要があります。職種によっては、海外から人材を募ることも視野に入れるべきです。ただしその際には、時差なども考慮し、日本と海外のチームそれぞれがバランスよく働けるような調整が求められます。
――従業員の人材育成においては、どのようなアプローチをとるべきでしょう。
いくつか方法はあるでしょうが、例えば、すべての新入社員に対して、経験豊富な先輩社員を指導役に付ける「バディ・システム」の採用が考えられます。このシステムが完全なリモート下でも機能することは、私の研究で明らかになっていますから、ハイブリッドワークとの親和性も高いといえるでしょう。
ただ、人材育成の前に管理職自体の考え方も、新時代にふさわしいものになっていなければなりません。柔軟な働き方を望む人々を受け入れ、かつ頻繁に顔を合わさずとも公平に人事評価ができるシステムを使いこなす姿勢がないと、フレキシブルで生産性の高い組織はつくれないでしょう。
こうした変化への対応を不安に思う人もいるかもしれませんが、企業にとって必要なトレーニングであると考えてください。ハイブリッドワークへのシフトを成功させ、より柔軟な働き方を提供できれば、人材獲得のチャンスとなります。それが成し遂げられた先に、企業の成長、そして未来があると考えています。
※文中の内容・肩書等はすべて掲載当時のものです。
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