公開日 2024/06/13
今や生活に欠かせないデジタルデバイスだが、「テクノストレス」という新たな重圧を生み、人々の健康や幸福感をむしばみ始めている。幸福とテクノロジーに関する研究の第一人者であるAmy Blankson氏に、デジタル時代を幸せに生きるためのテクノロジーとの健全な関係について伺った。
Digital Wellness Institute チーフ・エバンジェリスト Amy Blankson 氏
ハーバード大学およびイェール大学経営大学院を卒業。ミッションに「デジタルとの適切なバランスをとることを通じて、人々の健康、幸福、生産性の最大化を支援する」を掲げるDigital Wellness Institute の共同設立者兼チーフ・エバンジェリスト。『The Future of Happiness』などの著作でも知られる。ボランティア活動で社会に貢献した個人に贈られる「Points of Light賞」を2人のアメリカ大統領から受けた唯一の人物。
――私たちを取り巻く社会は、かつてないスピードでデジタル化が進んでいます。
人々の生活が一変するようなイノベーションは、18世紀後半から19世紀初頭の産業革命を皮切りにたびたび起こってきました。そして、生成AIなどの高度テクノロジーがけん引する大変革が、今まさに訪れています。個人のレベルでも、私たちは常に何らかの手段でインターネットに接続し、他者とのコミュニケーションの窓が開かれています。近年では、世界平均で毎日6〜7時間、デバイスの画面を見ていることが各種調査から分かっています。
このように、テクノロジーの浸透は私たちの生活、仕事、交流に変化を与えると同時に、新たなテクノロジーへの対応に伴って生じる「テクノストレス」を生み出しているのです。
――テクノストレスとは具体的にどのようなもので、人々にどのような影響を与えますか。
例えば、スマートフォンに送られてくるメッセージに心が休まらない、仕事と家庭の境界線が曖昧になる、デジタルスキルを常に学ばないと取り残されると不安になるなどです。90%の人がテクノストレスを職場から家に持ち帰っているというデータもあります。
メンタルヘルスへの影響は広範囲に及び、イライラや集中力の欠如、仕事への不満の高まりといったものから、リモートワークの増加で孤独感が強まり、うつ病のきっかけになるなど、深刻な問題を引き起こすこともあります。生産性についても、スマートフォンが視界に入るだけで集中力が20%低下し、デバイスが気になって意識が散漫になることで、作業ミスが40%増加することも分かっています。
テクノストレスの増加でアメリカ社会のストレスレベルはかつてないほど高まっており、2024年の「世界幸福度ランキング(※)」において、アメリカは2023年の15位から23位に転落しました。その原因について多くの専門家は、テクノロジーとソーシャルメディアが若年層の幸福度を大きく低下させた影響であると指摘しています。人々の幸福度にも悪影響を与えるテクノストレスへの解決策を見いだすことは急務といえます。
※World Happiness Report 2024 https://happiness-report.s3.amazonaws.com/2024/WHR+24.pdf
――そのひとつの打開策として、Amyさんは、「デジタルウェルネス」の観点から新たなアプローチを提唱されています。
私が定義するデジタルウェルネスとは、仕事でもプライベートでも、テクノロジーとの健全な関係を追求することです。テクノロジーを完全に排除するのでも依存するのでもなく、調和した関係を築くことを目指します。「心身ともに良い状態」を指す「ウェルネス」自体へのアプローチは1900年代から存在しますが、私はそこにテクノロジーという新たな軸を立てて研究を行っています。
そのひとつの集大成といえるのが、「デジタル・フローリッシング・ホイール」(図)です。このフレームワークを用いて、個人のデジタルウェルネスの状況を測定できます。また、生産性やコミュニケーションを改善するためのテクノロジー活用法を知る手掛かりにもなります。
図:デジタル・フローリッシング・ホイール
――デジタルウェルネスを推進するための具体的な取り組みを教えてください。
例えば、「職場でメール返信のタイミングを話し合う」ことは、シンプルで効果的な実践方法として導入しやすいでしょう。15分以内に返信すべきなのか、1週間以内でよいのか、業種や地域性、年代、性別などによって異なります。職場における最適な「デジタル・バランス」を探り、誤解やフラストレーションを生まないことが重要です。
また、リーダーの在り方次第で、デジタルウェルネスを推進できます。それは、デジタルウェルネスについて積極的に話題に上げ、方針を掲げることです。あるリーダーはチームメンバーに「午後5時から6時の間、誰にも邪魔されず夕日を見たい」と率直に語り、この単純な楽しみがいかに自分の幸福感を高めるかを伝えました。すると、他のメンバーも彼に倣って互いの要望を尊重するようになりました。このように、いつ働いて、いつデジタルから離れるのか、リーダー主導でスケジュールを共有するだけでもテクノストレスは軽減されました。
――デジタルウェルネスを推進する上での課題を踏まえ、人事部門はテクノストレスとどのように向き合えばよいでしょう。
デジタルウェルネスは、多くの人にとって目新しい概念です。推進する上で最初のハードルとなるのが、従業員の多くがデジタルウェルネスをよく知らないことです。ゆえにロールモデルも見つかりづらく、手掛かりが少ないのです。そのため、「デジタルウェルネスに注力した環境づくりは、生産性や売上の低下につながる」といった誤解が生じています。実際はその逆で、適度にデジタルから離れることで生産性が向上し、さらに離職率も下がることが研究で明らかになっているため、強くアピールしていくのがよいでしょう。
また、休暇を取らず、いつでも連絡が取れることに誇りを持つ風潮が根強くあります。このような価値観は古いと言わざるを得ず、仕事とプライベートのバランスが人々の幸福感を左右するという現実を受け入れ、組織風土の改善に取り組むことが望まれます。
テクノロジーの導入が進む中、人事担当者自身も、テクノストレスを感じる場面にぶつかるでしょう。最近私が会った人事部のリーダーたちは、実際に使ったことのないAIをめぐって方針を策定しなければならないという大きなプレッシャーを感じていました。これもまさにテクノストレスといえます。自分たちが理解していないテクノロジーについて、人事ポリシーやルールを策定するのは難しいものです。まずは新たなテクノロジーについて学び、試してみることだと思います。
仕事というのは得てして分かりやすい成果が求められがちです。管理職から「ただ遊んで時間を浪費しているのでは」と誤解されることを懸念するかもしれません。しかし、探求や実験を繰り返す中で得られた体験こそが土台となるのです。すぐに成果を出そうとせず、「テクノロジーと遊ぶ」ための時間を持ってほしいと思います。そうして人事担当者自身がテクノロジーを理解した上で、従業員が適切かつ効果的にテクノロジーを活用していけるような職場環境に改善していってください。
これからの時代、テクノロジーはますます不可欠のものとなり、その影響力の大きさに不安や無力感を抱くのは自然なことです。ただし、デバイスをどのように活用するか、インターネットにいつ接続するか、その責任は私たち個人にあるということを忘れないでください。テクノロジーが大きな恩恵をもたらすのか、それとも多大なストレスになるのかは、私たち次第なのです。
※文中の内容・肩書等はすべて掲載当時のものです。
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