公開日 2018/11/26
官民挙げて早期の導入が期待されているテレワーク。豊かなコンサルティング経験を持ち、労働行政にも明るい家田佳代子氏(下記プロフィール参照)に、その可能性と導入課題を伺う中で、テレワークのひとつであるサテライトオフィスのメリットや導入を進めるうえでのヒントが見えてきた。
日本企業のテレワーク推進の現状を見てみると、資本金50億円以上の法人は半数近くが導入していますが、資本金規模が小さくなるにつれ導入率は低下する傾向があります。「テレワーク」という言葉すら認知度が低いと感じることもしばしばです(図1)。
図1_資本金別テレワークの導入状況(平成27年末)
そもそも「テレワーク」は、情報通信技術(ICT)を活用した場所や時間にとらわれない柔軟な働き方を指し、「モバイルワーク」「在宅勤務」「サテライトオフィス」の3形態は含まれます。
テレワークを導入しているという企業でも、その取り組みは「モバイルワーク」が中心です。また、「在宅勤務」はかなり広がってきましたが、徐々にそのデメリットを実感する企業も増えてきました。「サテライトオフィス」は約16%と最も導入が遅れており、まだまだメリットが認知されていないことをうかがわせます(図2)。
図2_導入しているテレワークの形態(平成27年末)
テレワーク導入の足かせとなっている課題と対策を、サテライトオフィスを中心に検討していくことにしましょう。
企業にとってテレワークの導入における課題は何かと尋ねた総務省の調査があります(図3)。その回答の中から、特に重要と考える「情報セキュリティの確保」「適正な労務管理」「適正な人事評価」の3点を掘り下げてみたいと思います。
図3_テレワーク導入に際しての課題(複数回答)
「情報セキュリティの確保」とは、機密情報や個人情報を扱う業務を会社の外でも担保できるようにするという課題です。在宅勤務の場合、ネットワークは家族のパソコンやスマートフォンもつながったブロードバンド回線に業務で使うバソコンを接続するので、ウイルス感染が懸念されます。
これに対して、自社の従業員だけが利用する専用型サテライトオフィスでは、企業がその種のリスクを排除するため社内にセキュアなネットワークを構築していれば、ブロードバンドを増設するだけでセキュリティレベルの高いテレワークが推進可能です。
ですからサテライトオフィスであれば、実のところセキュリティの問題を在宅勤務ほど心配する必要はないのですが、注意すべき点はあります。
例えば共有型や郊外型サテライトオフィスを利用する場合、不特定多数の人が共通のパスワードで同じネットワークにつなげることができます。これに伴う情報漏えいリスクを回避するため、サテライトオフィスでもテザリングを選ぶ企業が増えています。
また、機密情報に関する会話を禁じたり、第三者にモニター画面を見られないようにするなど、厳格な運用ルールを設定する必要もあります。
第2の課題が「適正な労務管理」ですが、サテライトオフィスでは、出勤・退勤を入退室時のログで管理することができます。また、仕事に使用したパソコンのログを取得して労務管理できるツールを利用すれば、在宅勤務でも、会社で働いている場合と同じような管理が可能になっています。
ログと勤怠システムを厳格に突合させるにせよ、性善説に立って働いたと見なすにせよ、サテライトオフィスなら、労務管理はそれほど高いハードルではなくなっています。むしろ難しいのは、3番目の「適正な人事評価」につながってくるコミュニケーションの問題でしょう。
在宅勤務の場合に顕著なのですが、テレワークで働く側が「ちゃんと評価されているかどうか分からない」と不安を抱いてしまい、過重労働に陥るケースがあります。一方、管理する側は、部下が仕事をしているか把握できず不安に感じる。双方が不安になる根本原因は、コミュニケーション不足に尽きると思います。もともと対面でコミュニケーションが取れていない場合、テレワークにすると問題がさらに深刻化する危険をはらんでいます。
対面であれば、上司が「今日はそこまででいいよ」と言ってあげれば部下は安心します。働く側も「今日、私はここまで終わりました」と報告すれば、上司も「そこまででいいよ」と言いやすくなりますね。
テレワークでも、コミュニケーションの基本は対面と同じです。もし現状のコミュニケーションが不足している場合は、コミュニケーションが取れるよう、お互いの意識改革と管理職の教育が必要になってきます。
在宅勤務のデメリットと言えば、孤独感がもたらす心理的負担が挙げられます。働き過ぎの人がいる一方で、自分一人で仕事を完結できないタイプの人は、まったく生産性が上がりません。
家庭に小さな子どもがいると何かと集中できなくて、仕事にならないという話や、Web会議をしていたら宅配便が玄関でピンボンと鳴らしたので困ったという笑い話もあります。
その点サテライトオフィスは 1人ではありませんし、専用型なら雑談もでき、会議室が設置されていればミーティングで孤独感も軽減されます。いわば営業所や支店のミニ版という形で安心して勤めることができるのが、サテライトオフィス。子どもに泣かれたり宅配便に邪魔されることもなく、仕事に集中できるメリットがあります。
まだ課題を認識して取り組み始めている企業は少ない状況ですが、親の介護という課題に直面する従業員が急増する可能性を指摘しておきたいと思います。中央大学大学院の研究プロジェクトが国内6社に勤務する約七千人を調査したところ、この5年間に介護する可能性のある人が約87%いるという結果が出ました(図4)。
図4_今後5年間での介護をする可能性
あるグローバルIT企業の日本法人が社内で同じアンケートを取ったところ、ほぼ同じ結果になりました。同社はこれを喫緊の経営課題ととらえて、解決策の一つとして全社員がテレワークできるよう、変革を行ったのです。
団塊世代が75歳に達する2025年問題が取りざたされるなど、高齢化がますます進む中で、介護は目前に迫っている問題です。特に、出産年齢(第一子、30.4歳)が高齢化してきたため、子どもを幼稚園に通わせるのと同時に親を介護する「ダブルケア」の確率が高まってきています。テレワークに寄せられる期待はますます高まることでしょう。
テレワークを導入するメリットに気付いていない企業にメリットを理解してもらうには、「テレワークはもうかる」と経営層に納得してもらうのが近道です。つまり、会社の負担となるコストではなく、利益をもたらす先行投資であることを、数字を使って明らかにすればいいのです。
投資回収の観点で評価すべき点は、定性的なものと定量的なものに分かれます。ワーク・ライフ・バランスや従業員満足度などが定性的評価に当たり、「もうかる話」は主に定量的評価です。
テレワーク導入の第1段階は、ペーパーレスです。大手企業でも、オフィス移転を契機にそこから始めるケースが多いですね。
机周りに紙が散乱している現状をスキャナで読み取ってスッキリさせる→紙の資料を保管していた袖机を取り払う→袖机がなくなればフリーアドレスが可能→テレワークが加わって座席を削減→オフィスを縮小して賃料が下がる、というシナリオです。総務や人事部門の協力を得て、家賃などのオフィスコストのBefore/Afterを、事前に数値化していきます。
テレビ会議をWeb会議に変えるのも有効です。テレビ会議には会議室が必要ですが、Web会議ならいつでもどこででもできるので、生産性が向上します。通勤費用など移動に要するコスト削減は最も早く回収できる部分です。
営業の直行直帰を認めれば営業の訪問回数を増やすことができ、新規顧客が獲得できるので、売り上げがアップするというストーリーも、数値化できるテレワーク導入メリットです。
図5_テレワーク導入時の定量的効果例
テレワークは人材確保に効力を発揮するという話も、強い説得力を持っています。企業の採用担当の方に聞くと、会社のサイトの中途採用ページに「テレワークを導入している」と掲載すると応募が増えるとか、近年は長期間働きたい学生が多いので、ライフステージに合わせて多様な働き方ができると認識されることで、新卒採用でも優秀な人材が集まるそうです。そこも数値化すれば、もうかるという話ですね。
また企業によっては、継続雇用への効果がアピールする場合もあります。介護などの理由で離職した人の穴を埋めるのに要する費用に比べると、継続雇用に貢献するテレワーク環境の導入費用は「お得感」を持ってもらうことができます(図6)。
図6_テレワーク環境導入と中途採用のコスト比較(1人あたり)
さらに、テレワークに関わる投資に対しては、国の後押しが受けられます。固定資産が即時償却できる優遇税制や「女性活躍加速化助成金」など、経営者の方々に喜ばれる情報はまだまだあります。
外資系や情報通信関連の企業では、サテライトオフィス勤務がかなり進んでいます。セキュリティの強固な自社占有型のサテライトオフィスをすべてのターミナル駅に置いている例がいくつもあるほどです。外資系企業は成果重視ですから、裁量労働制が受け入れられますが、日本の企業風土はいまだに8時間労働制が主流です。ワークスタイルの大きな変革には、雇用契約の変革が必要になるでしょう。
2030年には、会社勤めを短時間で終えて、余剰の時間は人材の足りない別の会社にノウハウやスキルを切り売りする時代がきます。そんな自由な働き方を実現するために、テレワークは当たり前になっているでしょう。あと10数年もすると、「私はテレワークでこれこれの時間だけあなたの会社に私の価値を提供する」という働き方が一般化しているかもしれません。
総務省テレワークマネージャー/日本テレワーク協会 講師/日本テレワーク学会会員。母親の介護のためシステムエンジニアとして勤めていた会社を退職後、半導体メーカーでテレワークシステムを導入。介護をしながらの業務を可能にする。その後、鉄道系ICカード会社で情報セキュリティ責任者に就任。女性支援会社を設立し代表取締役社長兼CEOを務めた後、(株)インテリジェンス ビジネスソリューションズ(現パーソルプロセス&テクノロジー)のワークスタイル変革ディレクターとして活躍。現在は合同会社ジョイン代表兼CEOとして、育児・介護時の就業環境の整備と雇用促進に取り組む。
※本記事は、機関誌『HITO REPORT』vol.02 「"サテライトオフィス2.0"の提言」からの抜粋です。
※文中の内容・肩書等はすべて発刊当時のものになります。
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