2023年版 人事が知っておきたい 法改正のポイント - 育児休業取得率の公表/中小企業の割増賃金率の引き上げ/男女間賃金格差の開示義務

2023年、法改正により人事・労務担当者の対応が変更になるもの、新たに対応が必要になるものがある。その中で特に注目の3つの法改正の概要と対応のポイントについて、弁護士の今井靖博氏に伺った。


今井靖博氏(弁護士)

山田・尾﨑法律事務所パートナー弁護士。2008年弁護士登録。企業における予防法務や、トラブル対応、改善策の策定など企業法務全般を広く取り扱う。ハラスメントに関する執筆活動や企業・大学・学校等各種団体における講演活動多数。

  1. 育児休業取得率の公表
    常時雇用する労働者が1,000人を超える事業主に、「男性労働者の育児休業等の取得状況」の年1回公表義務。
  2. 中小企業の割増賃金率の引き上げ
    中小企業も、月60時間を超える時間外労働の割増賃金率が50%以上に。
  3. 男女間賃金格差の開示義務
    常時雇用する労働者が300人を超える企業に義務付けられた情報公表項目に、「男女の賃金の差異」が追加。

育児休業取得率の公表

2021年6月、育児・介護休業法が改正されました。それに伴い、これまでに「育児休業を取得しやすい雇用環境整備及び妊娠・出産の申出をした労働者に対する個別の周知・意向確認の措置の義務付け」や「産後パパ育休(出生時育児休業)の創設」、「育児休業の分割取得」等の内容が施行されています。そして2023年4月1日からは、常時雇用する労働者が1,000人を超える事業主は、男性労働者の育児休業等の取得の状況を年1回公表することが義務付けられることになりました。

改正の背景

男性の育児休業取得率は、2020年度で12.65%と、上昇傾向にあるものの、女性と比べ未だ低い水準にとどまります。取得期間も男性の場合は8割が1カ月未満となっています。また、男性・正社員の育児休業制度を利用した者の割合は19.9%であるのに対し、育児休業制度の利用を希望していたが、利用できなかった者の割合は37.5%となっており(※1)、男性労働者の育児休業取得が容易ではない現状があります。

以上の状況を踏まえ、今回の育児・介護休業法の改正は、出産・育児等による労働者の離職を防ぎ、希望に応じて男女ともに仕事と育児等を両立できるようにすることを目的としており、男性労働者の育児休業の取得を促進するための施策として、大企業に対し、男性労働者の育児休業取得状況の公表を義務化しました。

公表の時期・方法

常時雇用する労働者数が1,000人を超える事業主は、厚生労働省令で定めるところにより、毎年少なくとも1回、その雇用する労働者の育児休業の取得の状況として、厚生労働省令で定めるものを公表することが義務付けられました(育児・介護休業法22条の2)。公表は自社のホームページ等のほか、厚生労働省のウェブサイト「両立支援のひろば(※2)」で公表することもできます。なお、公表義務に違反し、行政の勧告に応じなかった場合は、企業名が公表されるおそれがありますので、注意が必要です(育児・介護休業法56条の2)。

男性労働者の育児休業等取得割合の計算法
公表前事業年度(※3)における、以下の①または②のいずれかの割合を公表する必要がある。

参考:厚生労働省 令和4年9月1日 男性の育児休業取得促進シンポジウム資料

※1 三菱UFJリサーチ&コンサルティング「平成30年度 仕事と育児等の両立に関する実態把握のための調査研究事業報告書(厚生労働省委託事業)」(平成31年2月)
※2 仕事と家庭の両立の取組を支援する情報サイト「両立支援のひろば」
※3 公表を行う日の属する事業年度の直前の事業年度。
※4 次の①~③のいずれかの休業:①育児休業、産後パパ育休、②育児のための短時間勤務制度を利用できない労働者に対する代替措置として講じた3歳未満の子を対象とする育児休業、③育児・介護休業法による努力義務として制度化した小学校就学前の子を対象とする育児休業。
※5 目的の中に育児を目的とするものであることが明らかにされている休暇制度。育児休業等及び子の看護休暇は除く。

中小企業の割増賃金率の引き上げ

2010年4月に施行された改正労働基準法により、月60時間を超える時間外労働の割増賃金率が25%以上から50%以上へと引き上げられました(労働基準法第37条1項ただし書き)。この改正は、中小企業主の事業については、企業の経営に多大な影響を与えます。そのため、当分の間、割増賃金率の引き上げの適用が猶予されていました(労働基準法附則第138条)。

しかし、2018年6月に成立した働き方改革関連法により、労働基準法の一部が改正され、労働基準法附則第138条が削除されることになりました。この改正により、中小企業の割増賃金率の引き上げの適用猶予措置が廃止され、2023年4月1日から中小企業においても、月60時間を超える時間外労働の割増賃金率が50%以上に引き上げられることになりました。

割増賃金率の変更点

参考:東京労働局「しっかりマスター 労働基準法 割増賃金編」

深夜労働との関係

月60時間を超える時間外労働を深夜の時間帯(22時から翌5時)に行わせた場合は、深夜割増賃金率25%以上に時間外割増賃金率50%以上を加えた75%以上の割増賃金率で計算することになります。そのため、時間外労働の合計時間のみならず、当該労働が深夜労働に当たるかどうかの管理も必要です。

休日労働との関係

月60時間の時間外労働を算定する際は、労働基準法第35条の法定休日に行った労働時間は含まれません。しかし、法定休日以外の休日に行った労働時間は算定の対象となります。そのため、法定休日とそれ以外の休日を区分けして計算することには注意が必要です。

企業が行うべき対応

就業規則(賃金規程)の修正

就業規則(賃金規程)の割増賃金の条項において、時間外労働に対する割増賃金率を「月60時間超の場合は50%以上」に修正する必要があります。賃金の決定等に関する事項は就業規則の絶対的必要記載事項となりますので、速やかに変更を行い、遅滞なく所轄労働基準監督署長宛てに届け出なければなりません。

労働時間の適正把握

今回の割増賃金率の引き上げにより、人件費に影響が生じるため、各労働者の労働時間が適正であるかを把握し、労働者間で仕事量に隔たりがある場合は、業務の見直しを行うことで、各労働者の労働時間を削減、平準化すべきでしょう。

代替休暇の付与

代替休暇とは、法定時間外労働が月60時間を超えた場合、当該超過分の割増賃金の支払に代えて、有給の代替休暇を与えることで、割増賃金の支払を免れることができる制度です(労働基準法第37条3項)。

厚生労働省が発表した平成28年就労条件総合調査によると、1カ月60時間を超える時間外労働にかかる割増賃金率を定めている企業のうち、割増賃金の支払に代えて有給の休暇を付与する代替休暇制度がある企業割合は約2割と低調です。

しかし、中小企業の割増賃金率の引き上げの適用猶予措置が廃止された経緯として、中小事業主に使用される労働者の長時間労働を抑制し、その健康を確保すること、さらには働きやすい職場への改善、生産性の向上等にあることからすると、代替休暇の導入については積極的に検討すべきでしょう。なお、代替休暇の導入をするには、過半数組合(過半数組合がない場合は事業場の過半数代表者)と労使協定を締結する必要があります。

代替休暇の付与

参考:厚生労働省「改正労働基準法のポイント」

男女間賃金格差の開示義務

常時雇用する労働者の数が300人を超える規模の企業は、職業生活を営み、または営もうとする女性の職業選択に資するよう、その事業における女性の職業生活における活躍に関する情報を定期的に公表する義務が定められています(女性活躍推進法第20条第1項)。

2022年7月8日、同法の省令・告示が改正され、「男女の賃金の差異」が情報公表項目に追加。新たに「男女の賃金の差異」も公表・状況把握することが義務化されました。

各区分の情報公開項目

参考:厚生労働省 女性の活躍に関する情報公表に関する周知リーフレット

改正の背景

日本における男女間の賃金格差は、長期的に見ると縮小傾向にありますが、ほかの先進国と比較すると依然として大きい状況にあります。これまでの女性活躍推進法は、常時雇用する労働者の数が100人を超える規模の企業に対し、男女間の賃金格差の主要な原因となる管理職や役員に占める女性の割合、平均継続勤続年数の差異などに関する状況を把握し、目標設定や一般事業主行動計画の策定及び情報公表を義務付けていました。このたび男女間の賃金格差の現状を踏まえ、更なる縮小を図るために、情報公表項目に「男女の賃金の差異」が追加され、常時雇用する労働者が300人を超える規模の企業に対しては、従前の情報公表項目に加えて、「男女の賃金の差異」を公表することが義務化されました。

対応すべき事項

公表の方法

男女間の賃金格差は、正規雇用、非正規雇用それぞれの男女労働者の割合の差異の影響を大きく受けるため、全労働者、正規雇用労働者、非正規雇用労働者の3区分ごとに男女間の賃金の差異を公表しなければなりません。

また、男女間の賃金格差の公表は、自社のホームページや厚生労働省が運営する「女性の活躍推進企業データベース」などを利用し、求職者等が容易に閲覧できるようにしましょう。

公表の時期

男女間の賃金格差の公表義務については、2022年7月に施行されていますが、初回の情報公表は、施行日以後に終了する事業年度が終了し、新たな事業年度が開始してからおおむね3カ月以内に公表することとされています。常用労働者数が300人を超える規模の会社の多くは、2023年1月以降に公表の時期が訪れますので、早い段階で自社の男女間の賃金格差の状況を把握し、公表できる準備をしておくことが肝要です。

説明欄の活用

男女間の賃金格差を公表するに当たり、事業主は任意に追加的な情報を説明欄で公表することができます。

男女間の賃金格差の公表は、求職者等に的確に理解されなければならないため、自社における男女間の賃金格差の理由を説明することや、勤続年数や役職などの属性を踏まえて賃金格差を公表するなど、説明欄を積極的に活用すべきでしょう。

賃金体系等の見直し

今回の改正の趣旨は、前述のとおり、男女間での賃金格差の縮小にあります。そのため、単に賃金格差を公表するだけでは足りず、男女間の賃金に差別的な取り扱いがある場合は、賃金体系等を見直すべきでしょう

人事トレンドワード2022-2023コンテンツ

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