2023年、法改正により人事・労務担当者の対応が変更になるもの、新たに対応が必要になるものがある。その中で特に注目の3つの法改正の概要と対応のポイントについて、弁護士の今井靖博氏に伺った。
今井靖博氏(弁護士)
山田・尾﨑法律事務所パートナー弁護士。2008年弁護士登録。企業における予防法務や、トラブル対応、改善策の策定など企業法務全般を広く取り扱う。ハラスメントに関する執筆活動や企業・大学・学校等各種団体における講演活動多数。
2021年6月、育児・介護休業法が改正されました。それに伴い、これまでに「育児休業を取得しやすい雇用環境整備及び妊娠・出産の申出をした労働者に対する個別の周知・意向確認の措置の義務付け」や「産後パパ育休(出生時育児休業)の創設」、「育児休業の分割取得」等の内容が施行されています。そして2023年4月1日からは、常時雇用する労働者が1,000人を超える事業主は、男性労働者の育児休業等の取得の状況を年1回公表することが義務付けられることになりました。
男性の育児休業取得率は、2020年度で12.65%と、上昇傾向にあるものの、女性と比べ未だ低い水準にとどまります。取得期間も男性の場合は8割が1カ月未満となっています。また、男性・正社員の育児休業制度を利用した者の割合は19.9%であるのに対し、育児休業制度の利用を希望していたが、利用できなかった者の割合は37.5%となっており(※1)、男性労働者の育児休業取得が容易ではない現状があります。
以上の状況を踏まえ、今回の育児・介護休業法の改正は、出産・育児等による労働者の離職を防ぎ、希望に応じて男女ともに仕事と育児等を両立できるようにすることを目的としており、男性労働者の育児休業の取得を促進するための施策として、大企業に対し、男性労働者の育児休業取得状況の公表を義務化しました。
常時雇用する労働者数が1,000人を超える事業主は、厚生労働省令で定めるところにより、毎年少なくとも1回、その雇用する労働者の育児休業の取得の状況として、厚生労働省令で定めるものを公表することが義務付けられました(育児・介護休業法22条の2)。公表は自社のホームページ等のほか、厚生労働省のウェブサイト「両立支援のひろば(※2)」で公表することもできます。なお、公表義務に違反し、行政の勧告に応じなかった場合は、企業名が公表されるおそれがありますので、注意が必要です(育児・介護休業法56条の2)。
男性労働者の育児休業等取得割合の計算法
公表前事業年度(※3)における、以下の①または②のいずれかの割合を公表する必要がある。
参考:厚生労働省 令和4年9月1日 男性の育児休業取得促進シンポジウム資料
※1 三菱UFJリサーチ&コンサルティング「平成30年度 仕事と育児等の両立に関する実態把握のための調査研究事業報告書(厚生労働省委託事業)」(平成31年2月)
※2 仕事と家庭の両立の取組を支援する情報サイト「両立支援のひろば」
※3 公表を行う日の属する事業年度の直前の事業年度。
※4 次の①~③のいずれかの休業:①育児休業、産後パパ育休、②育児のための短時間勤務制度を利用できない労働者に対する代替措置として講じた3歳未満の子を対象とする育児休業、③育児・介護休業法による努力義務として制度化した小学校就学前の子を対象とする育児休業。
※5 目的の中に育児を目的とするものであることが明らかにされている休暇制度。育児休業等及び子の看護休暇は除く。
2010年4月に施行された改正労働基準法により、月60時間を超える時間外労働の割増賃金率が25%以上から50%以上へと引き上げられました(労働基準法第37条1項ただし書き)。この改正は、中小企業主の事業については、企業の経営に多大な影響を与えます。そのため、当分の間、割増賃金率の引き上げの適用が猶予されていました(労働基準法附則第138条)。
しかし、2018年6月に成立した働き方改革関連法により、労働基準法の一部が改正され、労働基準法附則第138条が削除されることになりました。この改正により、中小企業の割増賃金率の引き上げの適用猶予措置が廃止され、2023年4月1日から中小企業においても、月60時間を超える時間外労働の割増賃金率が50%以上に引き上げられることになりました。
割増賃金率の変更点
参考:東京労働局「しっかりマスター 労働基準法 割増賃金編」
月60時間を超える時間外労働を深夜の時間帯(22時から翌5時)に行わせた場合は、深夜割増賃金率25%以上に時間外割増賃金率50%以上を加えた75%以上の割増賃金率で計算することになります。そのため、時間外労働の合計時間のみならず、当該労働が深夜労働に当たるかどうかの管理も必要です。
月60時間の時間外労働を算定する際は、労働基準法第35条の法定休日に行った労働時間は含まれません。しかし、法定休日以外の休日に行った労働時間は算定の対象となります。そのため、法定休日とそれ以外の休日を区分けして計算することには注意が必要です。
就業規則(賃金規程)の割増賃金の条項において、時間外労働に対する割増賃金率を「月60時間超の場合は50%以上」に修正する必要があります。賃金の決定等に関する事項は就業規則の絶対的必要記載事項となりますので、速やかに変更を行い、遅滞なく所轄労働基準監督署長宛てに届け出なければなりません。
今回の割増賃金率の引き上げにより、人件費に影響が生じるため、各労働者の労働時間が適正であるかを把握し、労働者間で仕事量に隔たりがある場合は、業務の見直しを行うことで、各労働者の労働時間を削減、平準化すべきでしょう。
代替休暇とは、法定時間外労働が月60時間を超えた場合、当該超過分の割増賃金の支払に代えて、有給の代替休暇を与えることで、割増賃金の支払を免れることができる制度です(労働基準法第37条3項)。
厚生労働省が発表した平成28年就労条件総合調査によると、1カ月60時間を超える時間外労働にかかる割増賃金率を定めている企業のうち、割増賃金の支払に代えて有給の休暇を付与する代替休暇制度がある企業割合は約2割と低調です。
しかし、中小企業の割増賃金率の引き上げの適用猶予措置が廃止された経緯として、中小事業主に使用される労働者の長時間労働を抑制し、その健康を確保すること、さらには働きやすい職場への改善、生産性の向上等にあることからすると、代替休暇の導入については積極的に検討すべきでしょう。なお、代替休暇の導入をするには、過半数組合(過半数組合がない場合は事業場の過半数代表者)と労使協定を締結する必要があります。
代替休暇の付与
参考:厚生労働省「改正労働基準法のポイント」
常時雇用する労働者の数が300人を超える規模の企業は、職業生活を営み、または営もうとする女性の職業選択に資するよう、その事業における女性の職業生活における活躍に関する情報を定期的に公表する義務が定められています(女性活躍推進法第20条第1項)。
2022年7月8日、同法の省令・告示が改正され、「男女の賃金の差異」が情報公表項目に追加。新たに「男女の賃金の差異」も公表・状況把握することが義務化されました。
各区分の情報公開項目
参考:厚生労働省 女性の活躍に関する情報公表に関する周知リーフレット
日本における男女間の賃金格差は、長期的に見ると縮小傾向にありますが、ほかの先進国と比較すると依然として大きい状況にあります。これまでの女性活躍推進法は、常時雇用する労働者の数が100人を超える規模の企業に対し、男女間の賃金格差の主要な原因となる管理職や役員に占める女性の割合、平均継続勤続年数の差異などに関する状況を把握し、目標設定や一般事業主行動計画の策定及び情報公表を義務付けていました。このたび男女間の賃金格差の現状を踏まえ、更なる縮小を図るために、情報公表項目に「男女の賃金の差異」が追加され、常時雇用する労働者が300人を超える規模の企業に対しては、従前の情報公表項目に加えて、「男女の賃金の差異」を公表することが義務化されました。
男女間の賃金格差は、正規雇用、非正規雇用それぞれの男女労働者の割合の差異の影響を大きく受けるため、全労働者、正規雇用労働者、非正規雇用労働者の3区分ごとに男女間の賃金の差異を公表しなければなりません。
また、男女間の賃金格差の公表は、自社のホームページや厚生労働省が運営する「女性の活躍推進企業データベース」などを利用し、求職者等が容易に閲覧できるようにしましょう。
男女間の賃金格差の公表義務については、2022年7月に施行されていますが、初回の情報公表は、施行日以後に終了する事業年度が終了し、新たな事業年度が開始してからおおむね3カ月以内に公表することとされています。常用労働者数が300人を超える規模の会社の多くは、2023年1月以降に公表の時期が訪れますので、早い段階で自社の男女間の賃金格差の状況を把握し、公表できる準備をしておくことが肝要です。
男女間の賃金格差を公表するに当たり、事業主は任意に追加的な情報を説明欄で公表することができます。
男女間の賃金格差の公表は、求職者等に的確に理解されなければならないため、自社における男女間の賃金格差の理由を説明することや、勤続年数や役職などの属性を踏まえて賃金格差を公表するなど、説明欄を積極的に活用すべきでしょう。
今回の改正の趣旨は、前述のとおり、男女間での賃金格差の縮小にあります。そのため、単に賃金格差を公表するだけでは足りず、男女間の賃金に差別的な取り扱いがある場合は、賃金体系等を見直すべきでしょう。
パーソル総合研究所が、2022‒2023年において注目される人事の3大ワードとして選出した《テレワーク》《人的資本経営》《DX人材》。 数あるワードからこの3つを選んだ理由やその解釈、さらにトレンドワードとして取り上げることの意義について、 ワード選考に参加いただいた立教大学 中原淳先生と、最終的なワード決定の責任者を務めたパーソル総合研究所 研究員の小林祐児が、選考会を振り返ります。
目まぐるしく移り変わる人事トレンドに踊らされるのではなく、戦略的に活用できる人事へパーソル総合研究所が2022~2023年の人事トレンドワードとして選出した《テレワーク》《DX人材》《人的資本経営》について、言葉の定義や人事領域でどのように扱われているかなどを解説します。
2022年-2023年人事トレンドワード解説 - テレワーク/DX人材/人的資本経営組織・人材コンサルティングを行う専門家や、企業の人事担当者の方々に、2022年を振り返り、また2023年を見通す中で注目しているHRキーワードを伺いました。
自律性、主体性が求められる時代、人事施策成功のカギは《個の覚醒》にあり株式会社CORESCO 代表取締役 古森 剛氏
オンラインの進展、人手不足……人事はより戦略的に攻めの時代へ。注目すべきは、《全国採用》《タレントアクイジション》《創造性》株式会社人材研究所 代表取締役社長 曽和 利光氏
人的資本と同時に《組織文化資本》が重要に。挑戦と失敗を受け入れる組織文化が自律型人財を育てる積水ハウス株式会社 執行役員 人財開発部長 藤間 美樹氏
人生100年時代に必要なのは、自分の軸を持ちキャリアを構築する「キャリアオーナーシップ」アサヒグループジャパン株式会社 キャリアオーナーシップ支援室 室長 林 雅子氏
「社員の幸せ」と「会社の大義」、矛盾を受け入れながら共生を目指す株式会社デンソー 総務人事本部 執行幹部 人事企画部・人事部担当 原 雄介氏
多様性の推進と成長の加速に必要なのは、自己認識と自律的なキャリアの歩み株式会社商船三井 常務執行役員/チーフヒューマンリソースオフィサー/人事部、秘書総務部(秘書)担当 毛呂 准子氏
組織・人事領域で活躍する研究者に、「今注目する」そして「これから探求したい」研究テーマについて語っていただきました。
新卒者・中途採用者のオンボーディングから、子どもたちの《協育》まで。 誰もが幸せに働ける社会の実現を目指し、研究に挑み続けたい甲南大学 経営学部 教授 尾形 真実哉氏
ガラパゴス化した日本の人事制度を「補完性」の観点から国際比較分析青山学院大学大学院 国際マネジメント研究科 教授 須田 敏子氏
重要度が増すウェルビーイング。HRMができることを探求し続ける大手前大学 学長 平野 光俊氏
人事トレンドワード2022-2023へ出張に関する定量調査
転勤に関する定量調査
男性育休の推進には、前向きに仕事をカバーできる「不在時マネジメント」が鍵
男性が育休をとりにくいのはなぜか
男性の育休取得をなぜ企業が推進すべきなのか――男性育休推進にあたって押さえておきたいポイント
「ジョブ型」や「キャリア自律」で異動配置はどう変わるのか
日本的ジョブ型をどう捉えるか
調査研究要覧2023年度版
なぜ、日本企業において男性育休取得が難しいのか? ~調査データから紐解く現状、課題、解決に向けた提言~
2024年版 人事が知っておきたい法改正のポイント-労働条件明示ルールの変更/時間外労働の上限規制と適用猶予事業・業務について/パートタイム・アルバイトの社会保険適用事業所の拡大
職務給に関するヒアリング調査
つながらない権利の確保に向けて
企業理念と人事制度の浸透に関する定量調査
男性育休に関する定量調査
企業の競争力を高めるために ~多様性とキャリア自律の時代に求められる人事の発想~
ガラパゴス化した日本の人事制度を「補完性」の観点から国際比較分析
人的資本の情報開示の在り方 ~無難な開示項目より独自性のある情報開示を~
人的資本経営の実現に向けた日本企業のあるべき姿 ~人的資本の歴史的変遷から考察する~
特別号 HITO REPORT vol.12『「副業」容認しますか?~本業への影響、人事の本音、先進事例などから是非を考える~』
日本的ジョブ型雇用で労使関係はどう変わるか?
「日本型雇用の先にある人事の姿とは?戦略的人的資源管理から見えてくること」~第3回目:戦略人事となるために~
「日本型雇用の先にある人事の姿とは?戦略的人的資源管理から見えてくること」~第2回目:古典理論から見えてくる今の姿~
ジョブ型人事が加速させるキャリアデベロップメントプラン
日本的ジョブ型雇用における人事機能の課題
日本企業における日本的ジョブ型雇用転換の目的と課題とは?
日本的ジョブ型雇用の考察
「動かない部下」はなぜできる?マイクロマネジメントの科学
テレワークに役立つHRテクノロジー、アフターコロナを見据えた導入を
働き方改革の最大被害者──"受難"の管理職を救え
役職定年制度の運用実態とその功罪~働く意欲を減退させる「負の効果」を躍進に変える鍵とは~
特別号 HITO REPORT vol.8『解説 同一労働同一賃金 ―人事・労務が知っておくべきこと、企業が対応するべきこと―』
50代からではもう遅い?40代から始めるキャリア支援のススメミドル・シニア躍進のために企業が取り組むべきこと
業種・職種別残業実態マップ──どの業種が、どのくらい働いているのか
【イベントレポート】無期転換ルールにおける人事労務対応と今後の人材戦略
【イベントレポート】現場のやる気を削がない労働時間管理
正社員の価値発揮を阻害する人事制度上の3つの課題
【経営者・人事部向け】
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