歪んで輸入された日本のMBOと副作用

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コラム「反DEIとDEI&Bが意味すること-歴史的背景から見る日本とアメリカのDEI推進の差異-」では、アメリカで起きている反DEIや反ESGに関して、さらに海外の最新マネジメント動向といえるDEI&B(Belonging=帰属意識・一体感)に関して、その歴史的変遷と現在地を洞察し、日本にとっての輸入型マネジメントの功罪について見てきた。

今回は、歴史を遡ってバブル経済崩壊後に成果主義人事のマネジメントツールとして導入されたMBO(Management By Objectives:目標管理制度)に見られる日本企業の歪んだ解釈、落とし穴について踏み込んでいきたい。

Index

  1. MBOは評価ツールではない
  2. 歪められたMBOと副作用
  3. 弱体化した組織を蘇生させたアメリカのマネジメント手法
  4. まとめ

MBOは評価ツールではない

「MBOとは何か?」と問えば、「上司が部下の目標を管理する人事評価のツールである」と答える人が多い。そのように認識しているのは、一般的なビジネスパーソンだけでなく、人事パーソンでも同様だ。確かに1990年代、日本企業に大々的に導入されていった成果主義の人事評価の仕組みの中でMBOが取り入れられていったのは疑いもない事実であるし、現在に至ってもその認識は変わっていない。

MBOは、もともとは経営学者のピーター・ドラッカーが、1954年に著書『現代の経営』で提唱したマネジメント手法が起源だ。ドラッカーは従来の科学的管理法に基づいたトップダウン型のマネジメント手法に疑念を持ち、従業員が自発的に自ら目標を考え、達成に向けて行動する仕組みとしてMBOを提唱した。1960年代の初頭、不況に陥っていたアメリカ経済の対応策として、業績向上を目的に企業への導入が広がった経緯がある。本来のMBOとは、Objectives(共通の目標)とSelf-control(自律的な貢献)によってManagement(組織を使って成果をあげる)するものであると、ドラッカーは提唱している。

その後、MBOはエドワード・C・シュレイ、ダグラス・マグレガー、ジョージ・S・オディオーンらによって解釈が加わり、マグレガーは自身のY理論に基づいて、組織目標と個人欲求の結合を目指す「統合と自己統制による経営」をうたい、シュレイが具体的なプロセスにまで踏み込んだ。一方でオディオーンは「結果による経営」を主張し、「目標管理」という名称で、システムとしての体系的アプローチを論じた。

※マグレガーのY理論:人間は本来進んで働きたがる生き物で、自己実現のために自ら行動し、進んで問題解決をするという考え方

マグレガーやシュレイは、MBOと昇給・昇進などの人事制度とは切り離すべきだと主張したのに対して、オディオーンは目標の明確化によって管理職の選抜や職責分担の問題が解決されるとし、今日の日本におけるMBOの実態に近い考え方である。しかしドラッカーが最初に提唱した本来のMBOとは、「個々人に業務目標を設定、申告させ、その進捗や実行を自ら主体的に管理する手法」なのである。

図表1:ドラッカーが提唱した本来のMBO

図表1:ドラッカーが提唱した本来のMBO

出所:筆者作成

歪められたMBOと副作用

日本型雇用の限界から「キャリア自律」の重要性が叫ばれて久しい日本だが、キャリア自律した人が活躍する日本社会の実現が一ミリも進んでいない理由や背景には、トップダウンで短期目標を追わせて、近視眼的なマネジメントへと導いた歪なマネジメント手法の輸入があったのではないか。

海を渡って日本に輸入され、多くの日本企業で実践されているMBOが、ドラッカーが提唱した自律的な貢献を重んじる本来のMBOから離れ、KPI(Key Performance Indicator:重要業績評価指標)によるトップダウン型かつ短期マネジメントに傾倒していった理由には、その時の日本固有の状況がある。

MBOが多くの日本企業に導入され始めた1990年代末~2000年代初頭は、バブル経済の崩壊後に景気後退で売上が伸びず、不良債権の処理などで利益創出に苦しむ企業が、成果主義人事に傾注していくことと軌を一にする。加えて成果主義に付きまとう短期的志向から、ニーズの変化に対応するための迅速な意思決定を可能とするために管理職層を減らす「組織のフラット化」が進んだ。

「MBO」と「成果主義」「フラット化」の3つが同時に導入されてことで、本来のMBOに歪みが生じてしまったと考えられる。そしてこの3つによる相互の副作用が、結果的に組織に大きな影響を与えてしまった。

その副作用とは、「部分最適化」と「個人主義化」「昇進機会の減少」である。MBOが、上司が部下の目標を管理して業績評価を行うという建て付けであるため、どうしても上司は自組織を、部下は自分の成果を最優先する。これが部分最適化と個人主義化を生み出した。

加えてバブル経済崩壊後の景気後退で企業組織の成長は伸び悩み、主要なポストが増えるどころか減り続け、若手を中心に昇進機会が減少していったため、組織貢献へのインセンティブが薄まり、個人主義化に拍車がかかるといった悪循環へと陥った。そこにフラット化による管理職のスパン・オブ・コントロール(管理者1人が直接管理できる部下の人数や業務の領域)が大きくなり、本来ならドラッカーが提唱したように、部下一人ひとりに丁寧に「個々人に業務目標を設定、申告させ、その進捗や実行を自ら主体的に管理する」ことを、物理的に難しくさせてしまった。

図表2:MBO導入前後の日本の組織構造の変化

図表2:MBO導入前後の日本の組織構造の変化

出所:筆者作成

弱体化した組織を蘇生させたアメリカのマネジメント手法

日本よりも10年前(1980年代末~90年代初頭)に組織のフラット化を先行したアメリカは、硬直化した組織の意思決定スピードを高めることと、不況期の生き残り策(人件費削減)と中抜き(ボリュームゾーンの人員削減)が目的だった。しかし、アメリカはもともと成果主義であったために、日本のような導入時の混乱は生じなかった。

その後、フラット化による弊害にいち早く気づいたアメリカの弱体化した組織が要求した新しいマネジメント手法は、「優秀なリーダー/メンバーの採用」、コミュニケーションスキルやチームビルディング向上のための「スキルトレーニングの実施」「ITの活用」「業務の再設計」であり、これらを着実に実行して組織の修復を成し遂げた。

図表3:組織を蘇生させたアメリカのマネジメント手法

図表3:組織を蘇生させたアメリカのマネジメント手法

出所:筆者作成

まとめ

日本とアメリカと異なる両国の時代背景に注目しながら、ドラッガーが最初に提唱したMBOの本来の姿「個々人に業務目標を設定、申告させ、その進捗や実行を自ら主体的に管理する手法」と、日本が推し進める成果主義人事としての「上司が部下の目標を管理する人事評価ツール」とするMBOを比較し、考察してきた。評価ツールとしてのMBOを否定するわけではないが、アメリカ発祥の元祖MBOと成り立ちが違うからこそ起きた副作用に注意しながら運用することが、キャリア自律を求める今、改めて問われている。

MBOが持つ個人の自律性を前提とした特性と、かつての日本企業が強みとしていたボトムアップ、横連携を生かしながら、日本に最適化された輸入型マネジメントを取り入れる和魂洋才を今後も維持しながら、海外の優れたマネジメント手法を取り入れてくべきである。

このコラムから学ぶ、人事が知っておきたいワード

※このテキストは生成AIによるものです。

MBO
MBOとは、Management By Objectivesの略で、目標管理制度のことである。従業員が自発的に目標を考え、達成に向けて行動する仕組みとして経営学者のピーター・ドラッカーが提唱した。

組織のフラット化
組織のフラット化とは、管理職層を減らして組織の階層を平坦にすることによって、迅速な意思決定を可能にするためのマネジメント手法である。バブル経済崩壊後の日本企業に導入された。

執筆者紹介

佐々木 聡

シンクタンク本部
上席主任研究員 

佐々木 聡

Satoshi Sasaki

株式会社リクルート入社後、人事考課制度、マネジメント強化、組織変革に関するコンサルテーション、HCMに関する新規事業に携わった後、株式会社ヘイ コンサルティング グループ(現:コーン・フェリー)において次世代リーダー選抜、育成やメソッド開発を中心に人材開発領域ビジネスの事業責任者を経て、2013年7月より、パーソル総合研究所 執行役員 コンサルティング事業本部 本部長を務める。2020年4月より現職。また立教大学大学院 客員教授としても活動。


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