役員報酬設計を通して示す人的資本経営へのコミットメント

公開日 2023/07/21

執筆者:シンクタンク本部 研究員 今井 昭仁

人的資本コラムイメージ画像

コラム「先行対応企業の開示から考える人的資本に関する指標の注目ポイント」では、人的資本経営に対する役員のコミットメントが報酬設計に現れることを指摘した。ここから、「実際に従業員関連指標を報酬設計に組み込んでいる企業はどのくらいあるのか」という疑問が生じるのではないだろうか。

この疑問に答えるために、本コラムでは最新の役員報酬の設計状況をご紹介したい。

  1. 役員報酬に従業員関連指標を組み込む企業は、約3割
  2. エンゲージメントとダイバーシティに集中するも、独自指標の活用例も
  3. 対応が分かれる役員報酬の設計、短期連動か長期連動か
  4. まとめ

役員報酬に従業員関連指標を組み込む企業は、約3割

今回、役員報酬への従業員関連指標の組み込み状況について、TOPIX100構成銘柄のうち2023年3月期に決算を迎えた企業、81社の招集通知を確認した。その結果、役員報酬に従業員関連指標を組み込んでいたのは、25社であった。これは、対象企業81社の30.9%である(図1)。

図1:役員報酬と従業員関連指標の連動状況

図1:役員報酬と従業員関連指標の連動状況

出所:パーソル総合研究所作成


この30.9%は、エンゲージメントなど具体的な従業員関連指標が記載されており、役員報酬との連動が確実に読み取れたものをカウントした結果である。一方、「個人業績」「定性評価」「ESG評価」などが役員報酬設計に組み込まれている場合がある。これらが従業員関連指標を含んでいる可能性も考えられるが、そのように判断できる記載がない場合、カウント対象外としている。

こうした「個人業績」「定性評価」「ESG評価」などの表記は多くの企業の役員報酬設計で確認できる。そのため、実際の運用として従業員関連指標を用いている企業は30.9%よりも多いと考えられる。しかし、人的資本経営に対する投資家の関心が高まっていると考えるならば、今後は「個人業績」「定性評価」「ESG評価」といった記載から踏み込み、具体的に従業員関連指標を記載することも検討に値するだろう。

エンゲージメントとダイバーシティに集中するも、独自指標の活用例も

ここまで従業員関連指標としてひとくくりにして示してきた。しかし、人的資本にもさまざまな側面があり、また経営戦略に応じて注力すべきポイントも各社異なる。そこでここからは、従業員関連指標として何が用いられているのか、具体的に確認しよう。

対象は、役員報酬設計に従業員関連指標を組み込んでいる25社である。複数の指標を組み込んでいた場合、それぞれについてカウントしている。そのため指標のカウント数は25を超える。その結果が図2である。

図2:役員報酬に組み込まれた従業員関連指標の種類

図2:役員報酬に組み込まれた従業員関連指標の種類

出所:パーソル総合研究所作成


今回確認できた中で、最も利用が集中していたのは「エンゲージメント」であった。取り入れている企業数は、半数を超える17社である。その一因には、エンゲージメントがパフォーマンスに好影響を与えるとの認識にあると考えられる。実際に、従業員エンゲージメントが営業利益率や労働生産性と相関しているという報告もある[注1]。したがって、役員がエンゲージメント指標の改善にコミットするよう報酬を設計していることには合理性があるだろう。

次に利用が多かったのは、25社中9社で確認できた「ダイバーシティ」に関する指標であった。これには女性管理職の登用数や率などが含まれる。こうした指標の利用は、女性管理職比率や女性役員比率に関心が高まり、ダイバーシティに対する役員のコミットメントの必要性を反映したものと考えられる。

これらエンゲージメントとダイバーシティに関する指標の利用が集中した一方、独自の従業員関連指標を用いた例も存在している。図では「その他」として整理したが、特徴的なものをいくつか挙げてみたい。まず、昨今の動向を反映した指標として、DX人材の人数を挙げることができる。この指標からは、デジタル人材の獲得競争や育成の取り組みについて役員が積極的に関わろうとする姿勢がうかがえる。また、安全や休職者数に関する指標も見られた。昨今、健康経営の重要性が強く認識されはじめている[注2]。実際、いかに優秀な従業員でも、心身ともに健康でなければその能力の発揮は難しいことから、健康に関する指標は理にかなっているといえるだろう。

各社の経営戦略に応じて人的資本に対する考え方は異なる。各社独自の人材戦略を推し進めようとすれば、役員報酬の設計においても、今後こうした独自指標の利用は広がっていくのではないだろうか。

対応が分かれる役員報酬の設計、短期連動か長期連動か

役員報酬設計の際には、時間軸についても検討が必要だ。役員は当期の業績について責任を負う一方で、将来の業績にも目を配る必要があるため、役員報酬の設計を考える上で時間軸の観点を外すことはできない。

時間軸の観点から考えるためには、役員報酬の構成を念頭に置く必要がある。そこで、まずこの点を確認しよう。役員報酬の構成は大きく3つに分けることができる。毎月固定額が支払われる基本報酬、年単位の業績にあわせて支払われる短期連動報酬、複数年の業績や株価に応じて支払われる長期連動報酬である。従業員関連指標は、この短期連動報酬か長期連動報酬のいずれかに用いられている。どちらも業績・株価向上を目的とするが、短期連動報酬は当期に主眼が置かれる一方、長期連動報酬は中期経営計画などを念頭に置いた比較的長い時間軸の観点で設計される。

それでは、短期連動報酬と長期連動報酬のどちらに組み込むことが多いのだろうか。役員報酬に従業員関連指標を組み込んだのは25社だが、そのうち短期連動報酬の指標として用いた企業は12社、長期連動報酬として用いた企業は13社であった。

短期連動報酬に組み込む理由としては、人的資本投資の効果がすぐに出ないとしても、毎年の取り組みを評価したいことが考えられる。また、年単位であれば翌年以降、人的資本経営の推進状況に応じて、指標の入替が比較的容易であることも、短期連動報酬に組み込む利点であると考えられる。人的資本経営に関する考え方が必ずしも明確でない段階では、こうした柔軟性を担保しておくことも重要と考えられる。

一方、人的資本投資の効果が出るまでに時間がかかる点に焦点を当てれば、長期連動報酬に組み込むことになるだろう。人的資本経営においては複数年度にわたる施策も多いと考えられるため、その点で相性がよいと考えることもできる。ただし、長期連動報酬に組み込む際には、若干注意が必要かもしれない。従業員関連指標は、ESG(環境、社会、コーポレートガバナンス)指標の一種として位置付けることができる。そして、欧米ではこうしたESG指標を短期連動報酬に用いることが多い[注3]。これには、上述のように毎年の取り組みの評価や入替の容易さという理由がある。つまり、従業員関連指標を短期連動報酬と長期連動報酬に組み込む割合がおよそ半々という状況は、こうした指標を先行して用いてきた欧米と明確に異なっている。したがって、そうした設計に慣れている海外機関投資家などから「なぜ長期連動報酬に従業員関連指標を用いているのか」という質問がなされる可能性を念頭に置く必要があるだろう。

短期連動報酬と長期連動報酬のいずれに従業員関連指標を用いる場合にせよ、明確な設計意図が不可欠だ。また、現在組み込んでいないものの、将来的に役員報酬に従業員関連指標を連動させようと検討している企業においては、この点も念頭に置いて設計すべきだ。その上で、なぜ短期連動報酬や長期連動報酬に従業員関連指標を連動させたのかという説明を開示すると、読み手は役員報酬についての企業の設計意図を理解しやすい。

まとめ

現状は、約3割の企業が役員報酬に従業員関連指標を組み込んでいる。具体的にはエンゲージメントやダイバーシティが多く、DX人材や休職者数などの指標を取り入れている企業もあった。

また、役員報酬の設計にあたっては、短期連動報酬か長期連動報酬かの時間軸の観点も外せない。今回の結果においては、従業員関連指標を短期連動報酬と長期連動報酬に組み込む企業がおよそ半々だった。時間軸の設定は、自社の人的資本投資をどの段階で評価するかという点と密接に関連している。したがって、この点を明確にした上で、なぜ短期連動報酬や長期連動報酬と連動させたのか記載することが望ましい。

人的資本が長期的な価値創造に繋がるとの認識が広く共有されはじめている。この認識を前提とするならば、役員報酬の設計も人的資本経営に対応したものへと変化が必要と考えることができるのではないだろうか。


[注1]リンクアンドモチベーション「「従業員エンゲージメントとキャリア充足度」に関する研究結果を公開」(https://www.lmi.ne.jp/about/me/finding/detail.php?id=26

[注2]経済産業省「健康経営優良法人認定制度」(https://www.meti.go.jp/policy/mono_info_service/healthcare/kenkoukeiei_yuryouhouzin.html)。また、2023年6月には健康経営アライアンスが設立された(https://kenkokeiei-alliance.com/)。

[注3]丹羽愛「ESGの潮流を受けた役員報酬の対応」ディスクロージャー&IR、2021年

執筆者紹介

今井 昭仁

シンクタンク本部
研究員

今井 昭仁

Akihito Imai

London School of Economics and Political Science 修了後、日本学術振興会特別研究員、青山学院大学大学院国際マネジメント研究科助手を経て、2022年入社。これまでに会社の目的や経営者の報酬など、コーポレートガバナンスに関する論文を多数執筆。


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