公開日 2019/04/08
人手不足。ここ数年、この言葉をメディアで目にしない日はないといっても過言ではないほど、人手不足に関するニュースが連日報じられている。最近では人手不足を背景にコンビニエンスストアやスーパーの24時間営業の是非が問われているが、数年前から既に人手不足による営業時間や出店計画の変更などは相次いで発生し、企業は対策に追われている。パーソル総合研究所は中央大学経済学部の阿部正浩教授とともに推計した2030年時点で644万人の人手が不足するという結果について、不足解消のための具体的対策について提言します。
推計は、次の2点を前提とした。一つは実質GDPが1.2%で推移するという政府の試算(※1)、もう一つは日本人人口が2030年時点で1億1,638万人となる人口推計(※2)だ。推計から見えた644万人という大規模な人手不足に対し、対策の方向性は次の2つしかない。「労働供給を増やすこと」と「労働需要を減らすこと」だ。
労働供給に関しては、少子高齢化が急速に進む日本において、しばらくは若い労働力の増加は見込めない。そこで新たな労働力として期待されているのが、働くことを希望しているものの条件等が合わず現在は働いていない女性とシニアである。 まず、働く女性が増えるにはどうすればよいかから考えてみよう。
※1:内閣府「中長期の経済財政に関する試算(平成30年1月23日経済財政諮問会議提出」
※2:国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口(2017)」
厚生労働省「平成29年人口動態統計月報年計(概数)の概況」によると、2017年における第1子出生時の母親の平均年齢は30.7歳で、この年齢で出産をした女性にとって30~40代はちょうど育児時期に当たる。一方、女性の労働力率を年齢別に見ると、30代に特に労働力率が低下する、いわゆる「M字カーブ」を描いている。M字カーブを引き起こす要因には様々な可能性があるが、影響が大きいものの一つとして出産・育児による離職が挙げられるだろう。
国立社会保障・人口問題研究所の「第15回出生動向基本調査」によると、2010~2014年時点における第1子出産前後の就業継続率は53.1%。産休・育休制度利用などが進み、育児をしながら働く女性が増えているといわれる現在においてもなお、働く女性の半数が出産を機に仕事を辞めているのだ。さらに妊娠前の雇用形態がパートであった女性に限ると、74.8%(図1右)が出産後に離職している。パートの高い離職率の背景としては、正社員に比べ、産休・育休等の制度が未整備であったり、労働時間が短く保育所利用の選考が不利であることなどが考えられる。こうした離職を防ぐには、育児をしながら働き続けられる制度や環境の整備が必要だろう。
図1.第1子妊娠前の雇用形態別に見た女性の就業状況
仮に、M字カーブの要因をすべて保育支援が受けられないことによるものとした場合、保育支援の充実によって、新たに働くことができるようになる女性はどの程度いるのだろうか。そこで、M字カーブが始まる前の25~29歳における労働力率88.0%が、その後も減少せずに49歳まで継続した場合の女性の労働力人口(図2)を算出した。その数は102万人である。
図2.2030年の女性の労働力率と期待される働く女性の増加人数
さらに、先の仮定の下、25~29歳における労働力率(88.0%)を49歳まで継続させるために必要な保育所定員も算出したところ、祖父母の支援があるケースを除いて390万人分の保育の受け皿が必要(図3)であることが分かった。国や自治体による保育サービス充実は今も進められてはいるが、労働市場で活躍する女性をさらに増やすには一層の取り組み強化が期待される。
図3.保育所等定員数の実績と予測
■「働く女性を増やすには」 識者インタビュー記事
「国も企業も、子育てにも仕事にもチャレンジしたい女性を『レギュラー人材』として期待しない手はない」
野村総合研究所未来創発センターの上級コンサルタントである武田佳奈氏は、保育の受け皿充足は「もう1人欲しい」という母親の2人目以降の出産希望を実現させ、出生率を向上させる可能性があると指摘します。詳しくお話をうかがいました。
続いて、シニアの働き手について見てみよう。まず厚生労働省「労働力調査」をもとに就業状況を見てみると、2018年には60代の人口のうち57.9%の男女が働いている。底を打った2004年以降は年々増加し、特に女性は2004年に比べ約1.5倍まで増えている。シニアの労働参加の増加傾向が今後もさらに続いた場合、2030年時点でどれくらいのシニアが新たに労働市場で活躍する可能性があるのだろうか。
そこで、男女それぞれ次のような条件で推計した。男性は、現在でも9割以上が59歳まで働いており、今後もその労働力率は高いまま推移すると予想されるため、労働力率が急減する65~69歳の労働力率を向上させた場合について検討した。具体的には、64歳時点の労働力率80.9%(2030年推計)が65~69歳まで継続した場合である。女性は、そもそも60歳以上で就業している人が少なく、2030年時点でも60~64歳の労働力率は62.6%、65~69歳では40.7%の予想であったため、60~69歳の女性のうちせめて7割が働くようになった場合を検討した。その結果、男性は22万人、女性は141万人の増加(図4)が期待できるという結果が得られた。
図4.2030年の労働力率と、増加が期待される働くシニアの人数
ただし、この結果は、現在働いていないシニアが希望通り仕事に就いて働くことができた場合に限ったものであり、実際は現在においても働きたいと思ったシニアが全員思い通りの仕事に就いて働くことができているわけではない。60代5,000人を対象に行った独立行政法人 労働政策研究・研修機構の「60代の雇用・生活調査(2015)」では、44.5%が「収入になる仕事をしなかった」いわゆる不就業者であるが、そのうちの26.0%は就業を希望している。また就業を希望しながら仕事に就けなかった主な理由は、「適当な仕事が見つからなかった」が36.2%で最も高い(図5)。さらに同調査では「適当な仕事が見つからなかった」理由の詳細についても聞いている。結果は「条件にこだわらないが、仕事がない」が最も高く37.6%、2番目に高い理由は、男性で「職種が希望と合わなかった(36.1%)」、女性では「労働時間が希望と合わなかった(25.2%)」であった。一方、「適当な仕事が見つからなかった」と回答した人に希望する働き方を聞いた設問では「短時間勤務で会社などに雇われたい」が50.1%と最も高くなっている。
図5.60~69歳の不就業者における就業希望割合と不就業の理由
このように就業意欲があるにもかかわらず仕事に就くことができていないシニアについては、働きやすい労働時間や条件、環境を整備することが重要になる。また、男女計163万人という多くのシニアに新たな働き手となってもらうには、就業希望者を対象とした施策に留まらず、不就業者の7割を占める「就業を希望しないシニア」に対しても、就業を促す働きかけが必要だろう。
■「働くシニアを増やすには」 識者インタビュー記事
「『生涯現役で社会に貢献し続けたい』そう考えるシニアは日本の宝だ」
「生涯現役社会」の実現を目指し、30年にわたる追跡調査や社会実験等に取り組んでこられた東京大学高齢社会総合研究機構の秋山弘子特任教授は、シニアの自立生活を続けるには就労が有効であると指摘します。シニアが生き生きと働く社会を実現するために、国・自治体、企業が取り組むべきことは何か、お話をうかがいました。
新たに労働力を確保する観点においては、女性、シニアに加え、外国人も社会的に期待値が高い。特に2018年12月に成立した「改正出入国管理法(入管法)」において、在留資格「特定技能(1号・2号)」が新設されたことにより、介護や外食、農業、建設などの14業種で外国人労働者の受け入れが拡大した。
図6は、既存在留資格での外国人就労者が横ばいである前提で、政府の方針をもとに試算した2030年時点の日本で働く外国人の人数である。なお、推計時に参考にした政府方針は、2018年6月の経済財政運営の基本方針で、2025年までに新たな在留資格の創設で50万人超の就業を目指すというものである(推計後、2018年11月には改正法施行の2019年度から5年間で最大34万人の受け入れを目指すとの新たな方針が示されている)
図6.2030年までの外国人労働者数の推移
ただし、この推計人数は、あくまで外国人の方が日本で働くことを望んでいることが前提である点に注意が必要だ。新たな在留資格等によって門戸を開いても、外国人の方が日本を働き先として選んでくれるかは分からない。なぜなら、高齢化による人手不足問題はアジアにおいて、もはや日本だけの問題ではなくなってきているからだ。加えて、著しい経済成長による賃金上昇など待遇が改善してきている国も多く、そうした国々との労働力獲得競争は今後ますます激化していくだろう。目標の受け入れ人数に達するには、外国の方に日本に住み、働きたいと思ってもらえるように生活する場・働く場としての魅力を磨く継続的努力が必要である。
■「日本で働く外国人を増やすには」 識者インタビュー記事
「外国人の能力と多様性を企業と都市の発展に生かす」
市民の3%近くが外国人である静岡県浜松市。その8割以上が長期滞在の在留資格を有し、定住化が進んでいます。外国人の方々に対し「労働者ではなく市民として共生を目指してきた」という市長の鈴木康友氏に、今後外国人を受け入れていく上で国や自治体、企業が注力すべき点について語っていただきました。
ここまでで、2030年に644万人の労働力が不足するという推計結果に対し、いかに働く人を増やせるかという視点から、女性、シニア、外国人の労働力について増える見込みの人数(女性102万人+シニア163万人+外国81万人=計346万人)を算出した。しかし、644万人の不足を理論上解消するには、あと298万人分の労働力を確保しなければならない。
さらなる労働力不足解消には、労働需要自体を減らす方向性も視野に入れなければならないだろう。今回の推計では現在に至るまでの生産性向上のトレンドは加味されているが、劇的な技術革新による効果は必ずしも織り込めてはいない。AIやRPA(Robotic Process Automation)などの活用による飛躍的な自動化によって、298万人分の労働需要を減らすことが期待される。このとき最低限必要な生産性向上は、7,073万人分の労働需要のうちの298万人分に該当する約4.2%となるが、果たして可能なのだろうか。
参考として、OECDが2016年に発表した推計を紹介しておこう。図7は、OECD諸国において、タスクの70%以上が自動化される可能性のある仕事に就く労働者の割合を推計した結果である。日本では7%の人が現在行っている仕事のうち、7割以上が将来自動化によって人手不要となるとされている。つまり4.9%(7%×70%)の生産性向上が見込まれているのだ。今後OECDの推計通りに自動化が進めば、今回の推計で懸念として残る298万人分の人手不足問題は解消されるのではないだろうか。
図7.自動化可能性が高い仕事に就く労働者の割合(OECD諸国)
■「生産性を上げるには」 識者インタビュー記事
「AI、IoTで労働者の総数はほとんど変わらないが雇用の二極化と経済格差が拡大する」
日本生産性本部上席研究員の岩本晃一氏は、AI、IoTの発展は雇用構造を大きく変化させると指摘します。機械化による雇用構造の変貌に備え、働く個人は、企業は何をすればよいのでしょうか。労働の機械化をめぐる最先端の研究動向とともにお話をうかがいました。
未来の労働市場は実際のところ、どのような姿になっているだろうか。2030年に644万人の人手が不足するという今回の推計が当たっているかどうか、また女性102万人、シニア163万人、外国人81万人の働き手が本当に増えているかどうか、4.2%の生産性向上が実現しているかどうかは、2030年になってみなければ分からない。しかし、可能性としてあり得る未来について推計を示すことで、早い段階から対策を検討でき、状況悪化を予防する手立てが見えてくるのではないだろうか。644万人不足に備えて企業が今からできることは何か。機関誌HITO REPORTでは、各テーマにおける識者インタビューに加え、今回共同研究に参画いただいた阿部教授のインタビューも掲載しているので、ぜひご覧いただきたい。
■中央大学経済学部 阿部正浩教授 インタビュー記事
「人手不足644万人」の未来を回避するため我々が取り組むべきことは何か
読者の方の職場においても、本推計を様々な施策検討において活用いただければ幸いである。
※本コラムは「機関誌HITO REPORT vol.4 労働市場の未来推計2030」からの抜粋によるものです。
詳細は下記よりご覧ください。
機関誌HITO REPORT vol.4 労働市場の未来推計2030
644万人の人手不足~4つの解決策の提言現在、日本は前例を見ないほどの人手不足に直面しています。しかし、具体的な不足数は 明確ではなく、対策に繋がっていないのが現状です。そこで、パーソル総合研究所では、中央大学経済学部の阿部正浩教授と共同開発した「予測モデル」を用い、2030年時点での労働需給状況を推計しました。
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