公開日 2019/03/01
古今東西、業種を問わず、仕事を辞める理由の上位に挙がる「人間関係」。人と人がそこにいる限り、人間関係の悩みは尽きません。
特に、閉じた空間のなかで密接な人間関係が形成される介護の職場においては、やりがいを醸成するのも人間関係であれば、心理的負担につながるのも人間関係であると言えます。特に、施設勤務では、介護職同士がチームを組んで密に連携・協力しながら働く必要があるため、人間関係の影響は多大です。
パーソル総合研究所とベネッセ シニア・介護研究所が実施した「介護人材の離職実態調査2017」の結果を用いて、介護職の成長とキャリアの観点から「職場における人間関係」の重要性を解きほぐしていきます。
職場の人間関係とキャリアとの関係を語る上で、まず第一に着目すべきは初期定着のカギとなるベテランスタッフとの関係です。
図1に示すように、在籍期間1年未満で離職した早期離職者は、リーダー・主任クラスのスタッフや、職場での先輩格にあたるベテランスタッフ(同僚)といったいわゆる「ベテランスタッフ」との関係が悪いと回答した割合が高い傾向が見受けられます。長期定着者(5年以上在籍した後に辞めた人)は人間関係が全般的に良好な人が多いのに対して、早期離職者では23.9%がリーダー・主任スタッフとの関係について、26.9%がベテランスタッフ(同僚)との関係について、「関係が悪かった/やや悪かった」と回答しています。
具体的に、リーダー・主任やベテランスタッフ(同僚)とのどのような関係が問題になっているかを見てみると、いずれも早期退職者で自分への態度が高圧的だと感じている人が多いことがわかります(図2)。そして、このいわゆる「ベテランスタッフ」の高圧的な態度は、特に早期の離職理由として顕著です(図3)。
ベテランスタッフとの関係が定着のカギとなるのは介護職に限った話ではなく、例えば、一般的なパート・アルバイトにおいても同様です。
中原淳・パーソル総合研究所(2015)が飲食・小売・運輸業のアルバイト・パート離職者に対して実施した調査結果でも、「ベテランの態度の悪さ」は就業期間1ヶ月以上6か月未満でのパート・アルバイトの離職理由で第一位に挙がっています(中原淳・パーソル総合研究所2015「アルバイト・パートの採用・育成に関する実態調査(離職者編)」)。
このように、介護職に限らず、ベテランスタッフとの関係は初期定着の段階でとても重要ですが、では、新規メンバーがベテランスタッフを含めた先輩スタッフと良好な関係を構築するためには、どうすればよいのでしょうか。
近年、人材開発の領域では、「オンボーディング・プロセス」が注目されています。従来の受け入れは新メンバーを既存の職場に適応させることを目的としていたのに対して、「オンボーディング・プロセス」の文脈では、組織として新メンバーと既存メンバーとの統合を図る体系化されたプログラムを提供することの効果や重要性が示されています。
「人間関係」というと個人の問題として捉えられがちですが、人それぞれ、どうしても相性の良し悪しがあるものです。メンターの割り当てやサポートする同僚を確保することも一つのアプローチですが、組織として、メンターや上司、同僚を含めた様々な人が新メンバーと関わることで「職場に打ち解けやすい雰囲気がある」「ここに自分の居場所がある」という感覚を醸成し、チーム全体として人間関係を良好なものにすることが大切です。初期定着においては、「個々の」メンバーに対する職場ぐるみの関わりを通して、職場全体として良好な人間関係を構築することがポイントであると言えるでしょう。
例えば、実際の介護現場でも、入社間もない時期に嬉しかったこととして、「質問しやすい状況を作ってくれたり、みんなで育てようとしてくれているのが伝わってきた」「積極的に声をかけてくれて、ホーム全体で歓迎してくれていることが感じられた」といった声が挙がっており、職場全体としての雰囲気づくりの有効性が窺えます。また、ちょっとした言葉で、安心したり頑張ろうという気持ちになることもあれば、傷ついてしまうこともあることから、言葉遣いを職場全体で見直してみるということも必要かもしれません。
では、続いて、入社1年を過ぎた頃から増加する「キャリアの見通しのなさ」による離職に、人間関係がどのように関係しているのかを見ていきましょう。
「キャリアの見通しのなさ」による離職と人間関係との関連性を見たところ、図4に示すように、ホーム長・施設長やリーダー・主任といった縦の関係性が広く関連していました(統計的に1%水準で有意であり、影響があると判断できます)。
「キャリアの見通しのなさ」による離職者の割合は、事業所の責任者が話を聞いてくれないと感じている場合、話を聞いてくれていると感じている場合の3.6倍にのぼります。リーダー・主任については、話を聞いてくれないと感じている場合の「キャリアの見通しのなさ」による離職者の割合は、話を聞いてくれていると感じている場合の2.1倍となっています(図5)。
人材育成論の観点から見ると、職場における他者からの支援には、図6に示すように、「業務支援」・「内省支援」・「精神支援」という3つの要素があります(中原淳 2010 「職場学習論」 東京大学出版会 参照)。人が育つためには、職場においてこれらの支援をバランス良く受けることが大切です。
事業所の責任者やリーダー・主任クラスのスタッフには、介護職の育成プロセスを設計して「成長実感」をもたせていく役割が求められています。彼らが「話を聞く」ということは、業務支援・内省支援・精神支援のすべてに関わることであり、キャリアの見通しと密接に関係することは想像に難くありません。介護現場ではまだ評価面談の機会がないところもありますが、定期的に話を聞く機会を設け、フィードバックをおこなっていくことが、介護職の成長にとって重要です。
また、介護の仕事は数値などの明確なかたちで職務的に成果が測りにくいなか、成長志向のある介護職の成長実感は、職場で周囲の人から認められるという「承認」で支えられていると言っても過言ではありません。これはいわば内省支援であり、精神支援の意味合いも持っていると考えられます。介護職の成長には、上司からの「評価」だけではなく、ほかの人からの励ましや称賛など、さまざまなフィードバックにより「承認」を受ける機会が不可欠です。
さらに、同僚も含めて相談相手がいない場合は、キャリアの見通しのなさによる離職者の割合が高いこともわかりました(図7)。これはまさに、精神支援の効果といえるでしょう。
人に話をすると、ストレスが軽減されたり、悩みが解決することもあります。相談しても愚痴の蔓延ではネガティブな気持ちを助長することにもつながりかねませんが、相談した相手も同じ悩みを抱えているとすれば、「悩んでいるのは自分だけではない」ことがわかるだけでも気持ちが楽になり、離職以外の選択肢を探ることができるようになるかもしれません。
図4において注目すべきもう一つのポイントは、ケアの仕事を取りまとめる立場にある「ホーム長・施設長」「主任・リーダー」「ベテランスタッフ」の、「仕事への考え方・進め方に納得できなかった」ことが離職につながっていると示唆されていることです。「具体的に何に納得できなかったのか」については本調査では取り上げていませんが、一つの可能性として、「特に理由はないが、習慣として行っている業務」や「根拠のない、何となくのケア」の存在が考えられるでしょう。
その業務やケアをする理由や根拠が分からないと、特に新人スタッフの場合、何を基準に行動すれば良いかわからず、先輩スタッフの顔色をうかがいながら仕事をすることになりがちです。また理由や根拠を考えていない場合、業務やケアは積み上げ式で際限なく増えてゆき、スタッフの気持ちの余裕を奪い、結果として、膨大な量の仕事を覚えきれない・こなしきれない新人スタッフへの「高圧的な態度」につながる可能性があります。言うまでもなく、これは目指すべき介護の現場の姿ではありません。
この負のスパイラルから脱却するためには、「業務やケアの質・量の見直し」が不可欠だと思われます。
業務を取捨選択し、本当に必要なケアに注力できる環境を整えたり、再アセスメントによるケアの見直しを行ったりすることで、仕事量が最適化され、「理由のある業務」「根拠のあるケア」がスタンダードになれば、新人スタッフへのOJTの内容や方法も、必然的に統一されていくでしょう。「仕事への考え方・進め方に納得できない」ということも少なくなるはずです。
また、仕事の根幹となる「理由」「根拠」が共有されているため、新人スタッフも含めて、全員が同じ方向に向かってケアができるようになることが期待されます。
そして、このような取り組みの推進者となることこそ、ベテランスタッフが担うべき役割ではないでしょうか。
そのためには、ベテランスタッフが、経験だけに頼らず常に学ぶ姿勢を持ち、社内外で研鑽を積んで専門性を高め、ケアのあり方を向上させていく必要があると考えられます。
ベテランスタッフが、多職種や新人スタッフからも意見を聞き、業務やケアの見直しを進める中で、スタッフ同士のやりとりや議論が活性化し、風通しの良い職場になることが見込まれます。このことは、先に述べた「オンボーディング・プロセス」にも良い影響を与えるでしょう。
何より、ベテランスタッフが様々な人と連携しながら、経験と専門性を活かして活躍する姿は、後輩スタッフにとってはまさに「ロールモデル」として映るのではないでしょうか。
今回は、初期定着におけるベテランスタッフとの関係性の問題、そしてその後生じる「キャリアの見通しのなさ」の問題を通して、介護職の「職場における人間関係」の重要性を見てきました。介護職の成長とキャリアの観点から見ると、上司だけでなく、職場の周りの人たちが介護職としての成長を支えて、仕事ぶりを評価したり相談に乗ったりすることが、本人のキャリアアップを支えるとともに離職を食い止めることにもつながるのではないかと思われます。
また、ベテランスタッフが専門性を高め、様々な人とコミュニケーションを取りながらケアの質の向上を図ることが、職場の人間関係を良好にし、新人スタッフの「オンボーディング・プロセス」を円滑にする可能性も示唆されました。加えて、介護の専門性を活かして活躍するベテランスタッフの姿が、後輩スタッフにとっての「ロールモデル」となり、「キャリアの見通しのなさ」を和らげることも考えられます。
介護職の定着を図るには、上司と部下の縦の関係性構築や同僚同士の横のコミュニケーションの活性化により、個々の介護職の成長を「支えあう」職場づくりが不可欠であるといえるでしょう。
株式会社パーソル総合研究所/ベネッセ シニア・介護研究所「介護人材の離職実態調査2017」 | |
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調査方法 | 個人に対するインターネット調査 |
調査対象者 | 介護業界の現場職を過去10年以内に離職した20~65歳:1,600名 ※離職理由の1位・2位がともに不可避退職(転居・事業閉鎖、出産など)の者は除外 ※施設形態(訪問介護・通所介護・有料老人ホーム等)/企業/雇用形態/勤務時間 すべて条件不問 |
調査日程 | 2017年12月~2018年1月 |
※引用いただく際は出所を明示してください。
出所の記載例:パーソル総合研究所・ベネッセ シニア・介護研究所「介護人材の離職実態調査2017」
シンクタンク本部
研究員
砂川 和泉
Izumi Sunakawa
大手市場調査会社にて10年以上にわたり調査・分析業務に従事。定量・定性調査や顧客企業のID付きPOSデータ分析を担当した他、自社内の社員意識調査と社員データの統合分析や働き方改革プロジェクトにも参画。2018年より現職。現在の主な調査・研究領域は、女性の就労、キャリアなど。
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