「復職」は介護人材不足の処方箋になるか──データで見る復職者の実態

「復職」は介護人材不足の処方箋になるか

介護業界に限らず、未曾有の人手不足は日本に長く影を落としそうです。どの業界でも、各社が各様の人手不足対策に奔走しています。そうした人手不足への対処の仕方を大分すると、「新規従業員の採用」「既存従業員の定着」の他に、「過去の従業員の復職」という観点があります。復職には、転職後の元企業への再転職の他に、結婚・出産、健康上の理由などのライフ・イベントによって一時的に職場を離れ、その後戻ってくるケースもあります。同じく人材確保という点で言えば、「復職」は経験者を再度雇用する分、教育コストが極めて低く、実現すれば大きな効果をもちえます。

しかし、「採用」や「定着」と比べて、「復職」に関するデータや知見は極めて少ない状況です。今回は、パーソル総合研究所とベネッセ シニア・介護研究所が共同で実施した独自調査の結果を用いて、この復職が介護業界の人手不足に対しての処方箋となるのかどうか、探っていきたいと思います。

  1. 介護業界「外」流出の実態
  2. 復職可能性はどの程度あるのか
  3. 夜勤の負担をいかに軽減するか
  4. 復職の公的な承認
  5. まとめにかえて

介護業界「外」流出の実態

まずは、介護業界の他業界への「流出」の実態に関するデータを見てみましょう(図1)。

介護業界離職者の転職先についての円グラフ図1:介護職離職者の転職先
(介護職離職者ベース、n=954)

介護職の離職後進路を見ると、離職者の55%は介護業界にとどまっていない(無職含む)ことがわかりました。この数字自体は、高い水準ではありません。パーソル総合研究所による「働く1万人の就業・成長定点調査2019」における全業種の転職経験者における業界外転職の比率は、54.5%でした。その数値と比較すると、介護業界の業界外転職の比率は一般的な水準であることがわかります。

しかし、ここで留意するべきは、介護系職種の専門性の高さです。「介護職」という職務の専門性は、介護業界の外では相対的に転用が効きにくい専門性です。これは、例えば経理や営業といった一般的な職種が、業界を問わず多くの企業に存在することと比べてみればいいでしょう。一つの業界に限らず職種とポストがある職業に比べ、介護職の「介護」への専門性が活かされるフィールドは、介護業界やその周辺に限られます(もちろん、介護におけるコミュニケーション力や現場対応力など、ポータブルなスキルは多く存在しますが、それは介護職に限った特徴ではありません)。

55%が無職もしくは他業界へと転職しているということは、これらの転用が効きにくい貴重な専門性が、「流出」ないし活用されないまま「温存」されているということです。業界の人手不足としては、この経験者の層をもう一度活かすことができれば、大きなインパクトをもち得るでしょう。

復職可能性はどの程度あるのか


介護離職者の復職への意向を表す円グラフ

図2:介護職離職者の復職意向
(離職後、介護業界を離れた介護職ベース、n=521)


では、企業だけでなく、介護業界そのものから離れてしまった離職者に、「また介護業界で働きたいか」の希望を聴取したデータを見てみましょう。図2のグラフを見ると、離職者のうちまた介護業界で「働きたい」はわずか5%。実際に辞めた人たちですので、この数字が低いのは当然かもしれません。注目すべきは、約半数を占めた「条件によっては働きたい」の層です。この半数の潜在的な復職者を、どのように介護業界への復職へと導くことができるのかが、介護人材確保のためのポイントになってきます。

 

介護職離職者の希望する復職条件
図3:介護職離職者の希望する復職条件
(現在介護業界で働いていない介護職ベース, n=490)

離職者の約半数を占めた「条件によっては働きたい」層に対して、「復職するとしたら」という仮定に基づいて意見を聴取した結果が【図3】です。このデータでは、「給与・報酬が十分高かったら」が最も強い意見となりました。やはり、報酬の上昇は、基本的な前提として求められていることがうかがえます。人が働く上で給与・報酬が重要なポイントであることは間違いありません。

しかし、それだけで介護職の復職が促進できるというのはやや短絡的でしょう。「給与・報酬」を復職条件に挙げた中の、実に80%以上が、それ以外の条件も同時にあげていました。F.ハーズバーグの動機づけ理論でも示されている通り、報酬はあくまで衛生要因であり、不満足の解消にはなるものの、積極的な動機づけとしての効果は弱いことが知られています。介護職の復職促進においても、報酬以外の+α(プラスアルファ)もきちんと考えていくことが重要になりそうです。そこで、次はその「α」はどこか、ということにフォーカスを当てていきましょう。

夜勤の負担をいかに軽減するか

 

介護の離職経験者が介護業界に転職した理由

図4:介護職離職経験者が介護業界に転職した理由
(介護業界に転職した介護職ベース,n=433)


先程見た【図3】は、離職者に「もし復職するなら」という仮の想定によるデータでした。では、次に実際に介護業界内で転職した人を対象に、その理由を見てみましょう(図4)。すると、「給与」の順位は高いものの、他の条件と同等水準まで落ち着きます。1位の自宅と職場の距離、2位のスキルを活かせることは介護職に限らず見られる職場選びの基本的な項目です。そこで、本コラムで着目したいのは、上位の中でも具体性の高い「夜勤に入らなくても働けたから」です。

介護現場職において、「夜勤」はきわめて負担が大きいことが知られています。若い新入職員が現場に慣れていく際に、最もハードルと感じるものとして「夜勤がつらい」との声は我々の従業員へのヒヤリングでもよくあがります。日中とは業務も異なり、サポートを受けられる周囲の従業員も少なく、孤独感からくるストレスも高くなります。

こうした夜勤の負担については、主に①テクノロジー面と②制度面での対応が考えられます。
①として、技術的に夜勤の負担軽減を進めることが挙げられます。すでに、機械化やオートメーション化、デジタル化など、技術進展によって、夜勤の精神的・肉体的負担を少しでも和らげる努力が行われています。夜勤の間の自動運転見回りロボットや見守りシステムなどのテクノロジーが各種メーカーから開発され、実証実験も蓄積されてきています。

近年では、介護記録システムの電子化も進みつつあります。そうしたシステムの導入により、転記時間の削減や、情報共有の遅延の軽減、さらには直接対面での申し送りの時間短縮などの効果が見込まれます。また、数値データの見える化によって、介護職が利用者の変化に気づきやすくなったり、より有益な振り返りができるようになるなど、効果的なデータ活用も進むものと考えられます。

一方で、こうしたテクノロジーを用いた機械化・デジタル化は、一面的に進展していくものではありません。テクノロジーを使いこなせていないために、却って現場の負担が増えてしまう、という事例(例えば、システムからのアラームに介護スタッフが追われてしまっている)も聞こえてきているのが現状です。テクノロジーを使うのは、あくまで人です。単純な「導入」推進だけでなく、現場ごとの適切な「運用」まで十分に考える必要があります。現在外食産業で起こっているように、産業全体としては業務の機械化・自動化の方向に進みつつも、あえて機械ではない「人」の関わる業務を強化することで、提供するサービスの質的魅力を確保しようとする企業もでてくるでしょう。テクノロジーをどこまで・どのように現場に導入するかという点については、提供する介護の質、サービス利用者の便益、投資対効果などを鑑みつつ、各企業が模索していくはずです。

また、②として、「夜勤無し」の雇用形態など、より柔軟な働き方を可能にする制度設計が必要でしょう。介護業界に限らず、「正規社員・職員であれば全員が同じ勤務体制」といった一律的な制度は、現在の多様な労働者のニーズに合っていません。「生活時間に合わせて柔軟に働けたら」は、復職条件の第2位にあげられているように、働き方のニーズの多様化は、近年の人的資源管理の大きな潮流の一つであり、介護業界も例外ではありません。

【図4】の復職理由を見ても、夜勤に入らず働ける制度を整えている事業所にすでに多くの離職者が流れていることが容易に推測できます。むろん、「夜勤に入らなくても良い従業員」だけでは、入所系の施設は運営できないため、報酬を高く設定した「夜勤専従」の従業員を充てている事業所もあります。働き手の総数が今後ますます減っていく中で、より多くの人を少ない時間からでも働けるようにするなど、多様化した働き手側のニーズに、働き方の柔軟さで対応していくことが必要です。

復職の公的な承認

最後に、復職を後押しするものとして、復職の「公的な承認」について触れたいと思います。ここで述べる公的な承認とは、一言で言うと、復職を「アンオフィシャル」なものから、「オフィシャル」なものへと転換させることです。

復職そのものは、これまでもあらゆる業界で存在してきました。大手・中小など事業規模に関わらず、職場メンバーの中に復職者が混ざっていることはそう珍しいことではありません。しかし、日本の復職の特徴は、ほとんどが「アンオフィシャル」に実施されることです。従業員の長期雇用を前提とし、組織内の特殊技能・スキルの蓄積を重視する日本の雇用慣行の元では、離・転職者は「他社に移った、裏切り者」として見られがちです。その中で、現在の多くの復職者は、個人的に上司とつながっていたり、同僚と連絡をとっていたり、きわめて属人的なつながり方を維持してきた人が多くを占めます。つまり、日本における復職は、あくまで「個人的」現象であることが多いのです。今回見た介護職のデータでも、復職理由として「その職場のスタッフに誘われた」が上位に入っていることが確認できました。

しかし、これからは未曾有の人手不足時代です。とくに組織内の特殊技能や、専門的スキルが大事であるからこそ、一度そうした経験を積み、スキルを身につけた従業員の復職のあり方を見直すべき時期が来ています。

ここで参考にしたいのが、欧米企業における「コーポレート・アルムナイ」の文化です。日本語にすると、企業同窓生。離職後も、その企業のOG/OBとしてサイトやメルマガなどに登録し、そこでイベントを開催したり、求人情報を見たり、人脈をつなげ維持することを企業がオフィシャルに「サポートし続ける」文化です。

離職者はそのアルムナイ・コミュニティの中で個人事業主として仕事を得たり、新たな出会いや情報を得たり、様々にそのコミュニティのつながりを活かし続けます。その中から一部が、数年後、また元の企業に戻ってくる、という公的なフレームが雇用文化の中に根づいています。雇用の流動性が高いからこそ、「辞めていくということを前提に、一度結んだ縁をキープし続けようとする文化です(日本は「同窓」よりも、企業内「同期」の文化が色濃い、という特徴もあります)。

日本においても、こうした「アルムナイ」は注目を集めはじめ、専用のプラットフォームを提供する企業も出始めました。また、「出戻り採用」「カムバック採用」も企業施策として着目され、2019年3月現在でパナソニックやマルハン、富士通、良品計画、ファーストリテイリングなどが打ち出しています。これまでも復職が存在したにもかかわらず、あえて制度として打ち出すのは、「歓迎ムード」を「公式」な形で打ち出していくことにこそ意味があると考えたからでしょう。復職が「アンオフィシャル」である限り、それは連絡を取り続けていたという属人的な人間関係のみでしか実現しません。こうしたオフィシャルな形での「復職」承認が、ブラックボックスになりがちな「復職」の扉をより広くオープンにすることにつながります。

まとめにかえて

本コラムでは、いくつかの視点から介護業界の「復職」推進の可能性を探ってきました。むろん、復職だけでは数十万人と言われる介護職の人手不足を補うのは困難です。しかし、一人の経験者が戻ってくることは、一つひとつの介護職場においては極めて大きなインパクトをもちえます。また、マクロ的効果よりも、離職者のことも大切な人材として見続ける、そうした人に対するスタンスを保持し、伝えるためにも、「復職」促進は十分に検討されるべきでしょう。

調査概要


株式会社パーソル総合研究所/ベネッセ シニア・介護研究所「介護人材の離職実態調査2017」
調査方法 個人に対するインターネット調査
調査対象者 介護業界の現場職を過去10年以内に離職した20~65歳:1,600名
※離職理由の1位・2位がともに不可避退職(転居・事業閉鎖、出産など)の者は除外
※施設形態(訪問介護・通所介護・有料老人ホーム等)/企業/雇用形態/勤務時間 すべて条件不問
調査日程 2017年12月~2018年1月

※引用いただく際は出所を明示してください。
出所の記載例:パーソル総合研究所・ベネッセ シニア・介護研究所「介護人材の離職実態調査2017」

執筆者紹介

小林 祐児

シンクタンク本部
上席主任研究員

小林 祐児

Yuji Kobayashi

上智大学大学院 総合人間科学研究科 社会学専攻 博士前期課程 修了。
NHK 放送文化研究所に勤務後、総合マーケティングリサーチファームを経て、2015年よりパーソル総合研究所。労働・組織・雇用に関する多様なテーマについて調査・研究を行う。
専門分野は人的資源管理論・理論社会学。
著作に『罰ゲーム化する管理職』(集英社インターナショナル)、『リスキリングは経営課題』(光文社)、『早期退職時代のサバイバル術』(幻冬舎)、『残業学』(光文社)『転職学』(KADOKAWA)など多数。


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