公開日 2021/02/26
パーソル総合研究所は「日本的ジョブ型雇用」を新たに定義し、転換へのステップ及びそれを支える政策基盤を示す必要があると考え『「日本的ジョブ型雇用」転換への道』プロジェクトを立ち上げた。本プロジェクトにおいて、日本型雇用の現状や課題、日本的ジョブ型雇用転換のためのロードマップに関して、有識者の方々と全6回の議論を実施する。
第6回目議論は、人材マネジメント論(人的資源管理論)・組織行動論・労使関係論を専門とする学習院大学の守島基博教授と、飲料、食品、調味料の大手総合メーカーであるカゴメで人事面におけるグローバル化の統括責任者として全世界共通のジョブ型人事制度の構築を行っている有沢正人常務執行役員CHO(最高人事責任者)をお招きし、日本企業が目指すべき人材マネジメントと人事部のあるべき姿についてお話を伺った。
――雇用システムとして「ジョブ型」の導入検討を行うことについて、どのようにお考えでしょうか。
守島氏:今、人事が変わらないと日本企業はますますグローバル競争に取り残される時代に入ってきており、人事改革は急務の課題です。その中のひとつのオプションとしてジョブ型がありますが、ジョブ型を導入すればすべての課題が解決するわけではありません。最近のメディアでの取り上げられ方を見ていると、ジョブ型が万能薬のように発信されていることに一種の危険性があると思います。20年ほど前に成果主義が大きなテーマとなり、それに伴いさまざまな人事改革施策が提案されましたが、成果主義の定着は一部に留まり、改革施策の多くは立ち消えになってしまいました。ジョブ型についても、成果主義と同様のことが起こるのではないかと懸念しています。
有沢氏:私も単純なジョブ型礼賛には違和感があります。よく講演で「どうすればジョブ型にできますか」と質問を受けます。ジョブ型によって今の課題がすべて解決されるというイメージを持っている人が多いためでしょう。しかし、例えばジョブ型に移行すれば人件費をコントロールしやすくなるといった見方がありますが、現在のやり方でも総額人件費は工夫次第でいくらでもコントロールが可能です。ほかに、ジョブ型とメンバーシップ型のどちらがよいかという議論も意味がなく、自社のDNAや考え方、ビジョンやミッションから導き出した答えが、メンバーシップ型の継続や進化でも何も問題はありません。
守島氏:従来型の日本型雇用が成立した当時は、ベストな方法であり、戦略人事における十分に立派な雇用形態でした。決して悪者ではありません。しかし、時代と共に経営環境が大きく変化する中、日本の人事はさまざまな問題を抱えるようになりました。それらを解決しないと日本企業はグローバル競争に参加すらできません。さらに、AIやDXといった新しい展開についていけない企業も出てきてしまいます。単純なジョブ型礼賛ではなく、そうした現状認識をしたほうがよいのではないでしょうか。
有沢氏:ジョブ型といった途端に皆、「ジョブディスクリプション(職務記述書)を作成しなければいけない」「採用は職種別だ」とステレオタイプにはまってしまい、メンバーシップ型とどちらがよいかという議論になるのが最近の風潮です。しかしそうではなく、現在の日本の人事制度は制度疲労を起こしており、そこから脱却するには考え方を大きく変えなければいけない。今までは人を中心に見ていたが人に対する評価はまちまちで、人に対してお金を払うのは難しくなりました。「この仕事に対してはこの金額」と客観的に指標化できる仕事に対しお金を払うようにするのだ、と整理すればわかりやすくなると思います。
――日本企業は今後、どのような人材マネジメントの在り方を目指すのがよいとお考えでしょうか。
守島氏:企業戦略に沿った人事、ということを大前提として、これから取り組まなければならない中核的な人事改革は5点あります。1つ目は「職務・役割」の明確化です。それはジョブディスクリプション(職務記述書)を詳細に書くことではなく、経営戦略に基づいて社員一人ひとりの役割やミッション、責任範囲を明確にし、「あなたにはこれをやって欲しい」と明らかにすることです。それにより安定的にマネジメントをしやすくなり、働く人にとっても自分が何をすべきかがわかるようになります。今、働く人は自分の業務と経営戦略がどう結び付いているかが見えず、エンゲージメントの低下につながっています。この問題の解消が非常に重要なベネフィットになります。
2つ目が「契約」で、異動や人材の配置について、もっと個人が自分で手を挙げて希望するポジションに移っていくようにしなければなりません。従来のやり方では何のために自分がそのポジションに配置されたのかが説明されにくい状況にあり、働く人のエンゲージメント低下につながっているので、職務限定型の契約やジョブポスティングで「自分から手を挙げて異動する」ことを促進する必要があります。
3つ目は「評価・処遇」です。短期的な成果でなく、中長期的な職務責任の達成度や成果を測って報酬を与えていく「真の成果主義」へ、人事評価や処遇を変えていかなければなりません。新型コロナの感染拡大が始まる直前に私はアメリカへ行き、人材育成に関する調査を行いました。アメリカの企業は「この人は給与に見合った働きをしているか」という点を非常に気を付けていましたが、日本ではこの点があいまいです。もっと一人ひとりの生産性への執着が必要でしょう。
4つ目は「現場の人材マネジメント」。日本企業におけるMBO(目標管理制度)は期首の目標をあいまいに決め、後で調整する形が多い。しかし現場マネジャーによる明確な目標設定を含むMBO改革を行い、きちんと運用していくことが重要です。同時に現場マネジャーには「自分はピープルマネジャーである」との意識を持っていただき、部下に対し丁寧なマネジメントを行ってもらう。特にフィードバックを与えたり、コーチングを行ったりしてパフォーマンスマネジメントがなされるように改革していかなければなりません。
最後は「育成の改革」です。現在の育成は「あなたはこの研修・訓練を受けなさい」と会社から与えられる形で行われることが多いですが、それでは本人のやる気が起きません。育成は自分でキャリアプランを作り、自分で選択して行う方向に変える。その大前提がキャリア自律の成立であり、選択型研修と自助努力による育成を積極的に進めていくべきです。
有沢氏:私は守島先生とほぼ同じ意見で、中でも重要なのは評価と処遇です。また、人事が一番目を向けなければならないのは現場です。経営と現場の中間に位置する稀有な存在が人事であり、良い意味でニュートラルであると同時に、経営情報と現場情報のトランザクションにいます。カゴメの研修においては、集合型研修をほとんど実施していません。「自分が何をやりたいのか、自分で突き詰めなさい」と言って、選択型研修を行っています。
――人事は、具体的にどのような事に取り組むべきでしょうか。
守島氏:先に私が述べた内容は人事改革の基本的な方向性で、さらに人事が取り組んでいくべきアクションが5つあります。まず、組織エンゲージメントを高めるための組織開発です。組織が今までのように人を中心にするのではなく、仕事を中心にしていくと、人々の意識は職務や専門性に向かうため、組織全体をまとめていくには企業理念や存在意義の共有が従来よりもさらに重要になってくるでしょう。これは従来型の雇用では、新卒を採用、育成するプロセスの中で自ずと行われていましたが、これからは意識的に取り組む必要があります。
次は従業員改革です。働く人がより自律的になる必要があります。自律には大きく2種類あり、1つは自分一人で仕事を進められるという仕事自律。もう1つはさまざまなところで議論が行われているキャリア自律です。この2つの自律は、まず「専門性を蓄えて自分の仕事は自分でできる」という仕事自律ができている体制を個人が作っておく必要があり、仕事自律ができてはじめて、キャリア自律を成り立たたせることが可能になります。同時にDXやAIの議論が現場にまで浸透するようになると、人事は再学習(リスキリング)に力を入れていかなければならないでしょう。
3つ目は情報共有(トランスペアレンシー)です。職務を中心として仕事をするようになると人々の目は組織より職務に向かうようになり、会社の情報が共有されにくくなっていきます。これはすでにテレワークの普及で起きていますが、情報がないことによって働く人は不安になり、モチベーションの低下につながります。
4つ目はリーダーシップ像の改革。現在の日本では、体育会系に代表される強いリーダーがイメージされますが、そうではなく自律した人材をまとめ、支援していく「サーバントリーダー」にイメージを変えていかなければなりません。
最後は個の尊重です。働く一人ひとりが持っているニーズや特性、資質をできるだけ大切にするということであり、これが最も重要です。最近は単身赴任を廃止する会社が増えてきました。私は素晴らしいことだと思います。家族を引き離す単身赴任ほど人間の尊厳を無視したやり方はないからです。営利企業ですから100%は無理だとしても、可能な限り個の尊重を企業は考えていかねばなりません。
――守島先生のお話を踏まえ、先駆的に人事改革を行ってきたカゴメにおける取組とそのポイントについて教えてください。
有沢氏:カゴメでは2013年から「ジョブ型職務等級人事制度」の導入に取り組み、段階的に取締役から執行役員、部長職、課長職へと導入を行いました。この取り組みにおいて何が最も重要かといえば評価です。また制度を作ったら終わりではなく、それがきちんと運用されているか確認していくことも重要です。
アプローチとしては、まず海外子会社からジョブグレードを導入。その後日本では取締役評価・報酬制度を施行し、社長と役員から評価制度を導入しました。外から、上から変えていくのは私の作戦です。「頑張れば報われる」という当たり前のことを皆に伝えたかった。それをやるには上からやるのが大事で、下から変えても効果はありません。
改定ポイントは「『年功型』から『職務型』等級制度への移行(Pay for Job)」、「より業績・評価と連動した報酬制度への改革(Pay for Performance)」、「メリハリを付けた明確な処遇の実現(Pay for Differentiation)」です。これを念仏のように唱え続け、評価結果によって抜擢人事が当たり前に行われ、降格降職も発生するという良い意味での緊張感をもって進めていきました。
また、職務等級でどういう評価ならどんな処遇になるのかを紐づけ、それを全員に公開することも重要です。例えばカゴメの従業員はタレントマネジメントシステムを通じて私のジョブグレードを全世界から見ることができます。その狙いはキャリアを意識した目標を作ってもらうためです。これを見れば自分より上のジョブグレードは何で、そのポジションに行くには何をすればよいのかがわかります。守島先生がお話されていた「情報共有が重要」という話のことで、人事情報の透明化を図ることでキャリア自律が促進されるのです。
一方、個人の価値観は多様化しているので、それに合わせて働く本人が働き方を決めるのだと、カゴメでは明確に謳っています。これは個の尊重であり、自分のキャリアを自分で決め、自分の価値観で多様な働き方ができるようになると、最終的に会社と個人がフェアで対等な関係になっていきます。
――MBOはどのように実施していますか。
有沢氏:ジョブグレードで格付けされた職務に沿って、毎年、各個人が重点的に取り組むKPIの設定と業績評価を定量的に行い、その内容を全社員に公開しています。前提として当社ではジョブディスクリプション(職務記述書)は作成せず、ジョブグレードの中で求められる人材要件を定義しています。KPIシートは、まず役員から作成し、確定された段階で全社員に公開され、次に傘下の部長がそれを見て漏れなく重なりダブったKPIシートを作成し、承認されると公開されます。そして課長はそれを見て同様に......、という形でKPIシートが順に作成され、公開されていきます。
つまり全員の目標を見える化し、かつ皆が何をすればどう評価されるかがわかる環境を構築したのです。ですから、ほかの本部の課長から「有沢さんの今年の目標はこれですよね」と普通に言われます。また、工場の課長が営業本部長のKPIシートを見て「営業はこういう仕事をするのか」と理解しています。すると、社員の考え方に部門最適がなくなり、全社最適になっていきます。この仕組みを導入したのは3年前からで、これを見ればMBOの大切さがわかるようにした形です。
守島氏:カゴメではMBOをきちんと運用することで目標や仕事の内容を明確化し、しかも変化に応じて対応できるようにしている点が印象に残ります。有沢さんのお話にはとても重要なインプリケーションがあったと思います。ジョブ型といっても企業によってやり方は異なり、目標設定と評価の仕方を変えることによって職務・役割を明確にするという点ジョブ型的な効果をもたらしています。それを見ると、メンテナンスが非常に大変なジョブディスクリプション(職務記述書)を丁寧に作成することが本当に必要なのか考えるべきでしょう。重要なのは働く人たちが経営戦略に則って行動し、アウトプットを出していくようにすることではないでしょうか。
「日本的ジョブ型雇用」転換への道プロジェクト座長 湯元 健治
ジョブ型雇用を導入しさえすれば、日本企業が抱えるすべての問題が解決するわけではない。ジョブディスクリプション(職務記述書)の作成や職務等級の導入など、形を整えるだけでは不十分であり、ジョブ型雇用は決して万能薬ではない。
より大切なことは、抜本的な人事改革に踏み切る決意。ジョブ型はそのひとつの選択肢と位置付けるべきだ。改革の本丸は、①透明で納得性の高い評価・処遇制度の構築、②キャリア自律を促す職務の選択可能な制度、③明確な目標管理制度、④人材育成機能の強化、⑤人材情報の透明化の5つが柱となる。
企業は、個人と企業が対等の関係だという認識を持つことが必要だ。それには、副業・兼業の容認、希望する職務につける多様な仕組みの構築、フィードバック、コーチング、1 on 1など、緊密なコミュニケーションや柔軟な人事運用、情報公開と説明責任などが重要な要素になる。
学習院大学 経済学部教授
守島 基博 氏
1980年慶應義塾大学文学部社会学専攻卒業。86年米国イリノイ大学産業労使関係研究所博士課程修了。人的資源管理論でPh.D.を取得。カナダ国サイモン・フレーザー大学経営学部助教授。90年慶應義塾大学総合政策学部助教授。98年同大大学院経営管理研究科助教授・教授、2001年一橋大学大学院商学研究科教授を経て、17年より現職。『人材マネジメント入門』(日本経済新聞出版社)、『人材の複雑方程式』(日本経済新聞出版社)など著書多数。
カゴメ株式会社 常務執行役員 CHO(最高人事責任者)
有沢 正人 氏
1984年慶應義塾大学商学部卒業後、協和銀行(現りそな銀行)入行。営業、総合企画、人事を経験。92年ワシントン大学MBA取得。2004年HOYAに入社し人事・戦略最高責任者に就任。08年AIU保険会社(現AIG損害保険株式会社)に入社し、人事担当執行役員。12年カゴメに特別顧問として入社。人事面におけるグローバル化の統括責任者として全世界共通の人事制度の構築を行っている。
「日本的ジョブ型雇用」転換への道プロジェクト座長/前・日本総合研究所 副理事長
湯元 健治 氏
1957年福井県生まれ。京都大学卒業後、住友銀行へ入行。94年日本総合研究所調査部次長兼主任研究員に就任。2007年経済財政諮問会議の事務局として規制改革、労働市場改革、成長戦略などを担当。14年人民大学主催セミナーなどにパネリストとして招聘され、中国研究にも注力。日本総合研究所退職後、20年「日本的ジョブ型雇用」転換への道プロジェクト座長に就任。
※文中の内容・肩書等はすべて掲載当時のものです。
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