公開日 2019/05/23
今回の副業・兼業解禁の流れは、企業・個人にとって、どのような意味を持つのだろうか。また企業は、どのような視点をもって推進すれば、組織にプラスになるような運用ができるのだろうか。機関誌HITO REPORTでは「パラレルキャリアを持つことが個人のキャリア自律を促し、スキルの幅を広げ、組織におけるイノベーションに繋がる」と提唱する法政大学大学院の石山恒貴教授にインタビューを実施。副業・兼業解禁の流れを機に、個人のキャリア自律が促進されていく可能性があること、また企業は副業者に対し抑圧や抑制をせず、社員を信じてキャリアを任せていくような組織作りが必要であることなど、副業・兼業がもたらす影響や企業が今後取り組んでいくべきポイントについて機関誌HITO編集長 櫻井 功が伺った。
櫻井:石山先生は現在の副業・兼業解禁の流れについてどのように感じられていますか。
石山:これからの働く人(ワーカー)はひとつの仕事だけを行うのではなく、人生におけるワークのうち複数を同時に行うこと(パラレルワーカーであること)が求められます。副業・兼業はその掛け合わせのひとつ「有給ワーク×有給ワーク」に該当します。
図1 ポートフォリオワーカー
石山:さらに、副業・兼業には2タイプあるといえます。これは、エッセンス株式会社の米田瑛紀氏が唱えている区分です。ひとつは「アルバイト副業」で、収入目的の副業・兼業を意味します。この場合、過重労働をはじめとする様々な懸念があり、企業にとっては歓迎しにくいところがあります。もうひとつは「キャリア副業」といわれるもので、個人の持つ知識や知見を活かすことを目的とした副業・兼業で、そこで得たものを本業に還元することも可能になります。この場合、副業・兼業においては、フリーランスなど雇用されない場合が多くなります。昨今では、本業=雇用、副業・兼業=フリーランスという形式の副業・兼業だけを許可している企業もあります。私としてはこれからの時代、このキャリア副業が広がっていくことが理想的だと考えています。
櫻井:しかし現実には、実質賃金が下がる中、働かざるを得ないという、アルバイト副業タイプの人は多いと思います。法整備の遅れによる副業・兼業のリスクも指摘されています。
石山:確かに今の段階では収入補填目的の副業の比率が多いことも確かでしょう。また必要な法整備は急ぐべきですが、私は同時に働く個人の自律性も尊重しなければならないと考えています。安定した雇用は大事、労働者は守られるべき、というのは基本です。しかし、副業・兼業が解禁になった途端に、過剰に労働者保護を大義名分にして安全配慮や労働時間などを懸念材料として挙げることには違和感があります。むしろ、この副業・兼業解禁の流れを機に、キャリア副業として個人がキャリアを自己管理し、キャリア自律を促進するという視点が重要でしょう。慶應義塾大学の花田光世名誉教授によれば、キャリア自律の前提条件として、個人が自分を信頼できることが挙げられます。キャリア副業を行うことで、会社とは異なる場で個人が自身の能力に自信をつけ、自分を肯定できるようになり、キャリア自律が促進されていくという可能性があるのではないかと思います。
櫻井:キャリア観が変化してきている中、企業も個人も変わっていかなければいけないですね。
石山:企業側は、もっと社員を信じてキャリアを任せていくことです。企業人事は、どうしても把握しきれないところで発生するリスクに過敏になります。しかし、過重労働や転職リスクなどを心配して副業・兼業を一方的に禁止するのは、社員を信じていないというメッセージと捉えられかねません。また、副業・兼業の解禁を独立した施策として考えるとうまくいかないと思います。テレワークや柔軟な労働時間の導入など、様々な働き方改革施策の一環として実行し、社員が柔軟に働けるようにしていくべきです。そういう意味では今は企業が試されているともいえます。副業・兼業の解禁はそのひとつの象徴だと思います。
櫻井:日本型雇用で育った人の多い現状では、企業も個人も変わることは簡単ではなさそうです。
石山:日本型雇用においては、正社員に対して雇用の安定性を提供する一方、人生の多くの時間を会社に捧げるような貢献を暗黙のうちに求めてきました。そのため、副業・兼業というと、会社に対するロイヤリティの低下を懸念する人もいます。しかし、キャリア自律を目指すなら、もちろん日本型雇用の良い部分は残しつつも、多様な人が受け入れられるような包摂的な考え方の組織・社会に変わっていかなければなりません。
櫻井:企業は、副業・兼業解禁を今後どう進めるべきでしょうか。
石山:まず副業者を抑圧や抑制しないことです。ある社員が社外に出て本業以外の経験をするというと、いまだに社内で、会社への忠誠心が乏しい人、変わった人、などの思い込みを持たれることがあります。企業は副業・兼業を推進する前に、社内からそうした意識をなくし、フラットな状態を保つように努めるべきです。そうすれば社員は自然と自律的に考え、行動するようになります。社員が個人としての強みは何かと考え、それに向かって努力することで自分を伸ばす。それがひいては、イノベーションや生産性向上となって組織への還元に繋がるのです。 本来仕事とは、自分の強みを活かして、生き生きと楽しくやりたいことをやること。会社に対するロイヤリティも大事ですが、充実感や就業意欲を高め、活力を持って働くという社員のワークエンゲイジメントの実現こそが重要なのではないでしょうか。それを可能にする副業・兼業の推進であってほしいと思います。
※本記事は、機関誌HITO REPORT vol.5『副業・兼業の光と陰』からの抜粋です。
法政大学大学院 政策創造研究科 教授
石山 恒貴
Nobutaka Ishiyama
法政大学大学院政策創造研究科教授。国内外の企業で人事労務関係を担当したのち、現職。人的資源管理、人材育成、雇用が研究領域。
※内容・肩書等は公開当時のもになります。
働き方改革の一環で副業・兼業促進の動きが加速しています。パーソル総合研究所では、企業が副業・兼業促進を検討するにあたり参考となる情報の提供を目的に、企業と個人の実態調査を実施。本誌では、調査結果とともに先進企業・識者への取材等を通して、副業・兼業のメリット・懸念点について紹介しています。
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