公開日 2020/09/28
パーソル総合研究所は「日本的ジョブ型雇用」を新たに定義し、転換へのステップ及びそれを支える政策基盤を示す必要があると考え、『「日本的ジョブ型雇用」転換への道』プロジェクトを立ち上げた。 本プロジェクトにおいて、日本型雇用の現状や課題、日本的ジョブ型雇用転換のためのロードマップに関して、有識者の方々と全6回の議論を実施する。
本稿は、議論が開催されるにあたり、プロジェクト座長を務める湯元健治氏が考える日本的ジョブ型雇用の重要ポイントについて伺った。
終身雇用、年功序列賃金、正社員の無限定な働き方、正規・非正規の二重構造などに象徴される、日本型雇用システムの限界が指摘されてきたが、抜本的な改革は進んでいない。ただし、コロナショックを契機に、テレワークや在宅勤務が増加する中で、欧米諸国で主流となっている「ジョブ型雇用」への関心が急速に高まっている。
「ジョブ型雇用」とは、従業員に対してジョブ・ディスクリプション(職務記述書)により職務内容を明確に定義し、労働時間でなく成果で評価する雇用システムだ。これに対して、日本型雇用システムは、「メンバーシップ型雇用」と呼ばれる。就職ではなく就社であり、会社のために残業などの長時間労働、転勤、異動などが当たり前で、労働時間や勤務地、職務内容を限定しない働き方だ。「ジョブ型雇用」は、残業も強制されず、転勤も基本的にない。職務内容を基準として成果に応じて報酬が支払われる。
このように、「ジョブ型雇用」は多様な人材が多様な働き方をすることによって、人材能力を最大限に引き出す雇用システムであり、日本型雇用システムの限界を打破する仕組みだとの認識が広まっている。実際、日立製作所、富士通、資生堂などの大企業がジョブ型雇用の転換・拡大を表明している。
もちろん、転換の狙いは企業によってさまざまだ。
第1は、IT、メディア関連企業に多いが、特定分野の特定技術・スキルなどに精通するプロ人材と呼ばれる専門人材の獲得だ。「ジョブ型雇用」であれば成果に応じて高額な報酬を提供することが可能になるほか、働き方の自由度も格段に増す。有能人材獲得の競争力が大きく向上すると期待される。
第2は、グローバルな人事制度の統一だ。ヒトを基準として人材の能力で評価する職能型といわれる日本型の仕組みは、欧米からみると奇異に映る。欧米では仕事=職務が基準となって、仕事内容に応じて報酬が支払われる。グローバルな活動を展開している日本企業は、評価・処遇制度をグローバルな形に統一しなければ、有能な外国人材も獲得しにくくなるし、グローバルな人材交流もできない。
第3は、ダイバーシティ経営といわれる多様な人材の活躍促進だ。子育てしながら働く女性、親の介護をしなければならない人材などを有効に活用するには、働く場所や労働時間にとらわれない仕組みが必要だ。また、仕事内容もその人の最も得意な分野に特化させる方が効率的になる。能力のある高齢従業員の処遇改善と働く意欲増進にも資する。
第4は、イノベーションや生産性向上だ。「ジョブ型雇用」は、特定分野の専門人材の厚みを増すことにつながる。新規事業を開拓するためにも、さまざまな分野での人材が必要になる。多様な働き方や多様な人材の活用は、新しい発想やアイデアを生み出す源だ。滅私奉公型の「メンバーシップ型雇用」では、イノベーションは生まれにくい。
第5は、企業サイドの本音として、人件費の抑制という目的がある点も見逃せない。年功序列賃金は高齢化と経済成長の低迷という厳しい環境下において大きな成長制約要因となる。「ジョブ型雇用」に転換すれば、有能で大きな成果を発揮する人には年齢を問わず高い処遇をする一方で、成果の出せない人には、処遇を大きく下げることも可能だ。ただ、この目的が前面に出過ぎると、働く意欲の喪失や人材流出につながりかねない。
以上のように、「ジョブ型雇用」は働く人にとっても企業にとってもメリットが多いシステムだが、いざ転換となると、日本の企業風土や労働慣行にそぐわないとの意見や、解雇が困難な現行の労働法制に合っておらず雇用不安を煽るだけとの指摘もあり、具体的制度設計はむしろこれからだ。
そこで筆者は、「メンバーシップ型雇用」の良さを残し、日本の企業風土や労働慣行にもマッチする「日本的ジョブ型雇用」なるものを模索していく努力が必要ではないかと思う。その姿は、パーソル総合研究所が進める『「日本的ジョブ型雇用」転換への道』プロジェクトを通じて明らかにされるが、ここでは、筆者が重要と考えるポイントを示したい。
第1は、若手人材の育成・教育・訓練だ。現実問題として、一部の理系人材は別として、新卒人材を当初から特定分野の専門人材として採用することは困難だ。オン・ザ・ジョブトレーニングや転勤、部署異動などの「ジョブ・ローテーション」によって、本人の能力、適性などを見極めたうえで、専門人材として育て上げるのが、「メンバーシップ型雇用」の優れた点だ。
第2に、将来の経営幹部となり得る有能人材育成の仕組みだ。幹部候補生は、海外留学や営業、企画、総務、人事などの重要部門を経験させることによって、「何でも分かり、何でもできる人材」、「自社特有のスキルを有する人材」に育て上げる。これは経営トップが内部昇進型の日本企業における典型的なハイエンド人材育成システムだ。
第3は、評価の仕組みだ。「メンバーシップ型雇用」の場合、人材の能力(潜在能力も含めて)をベースに評価するいわゆるヒト基準になっている。これは職能資格制度と呼ばれているが、これを欧米型の仕事基準の「職務等級制度」に全面的に改めることは、職種別労働市場の未成熟や国家的な職業評価制度の未整備などの現状に鑑みると、容易なことではない。現実には、両者の中間的な役割等級制度(役割、仕事のミッションを明確にし、それに応じて評価・報酬を支払う制度)を採用している企業も多いが、曖昧で中途半端だとの指摘もある。
第4は、「ジョブ型雇用」の場合の解雇=契約終了をどう考えるかだ。現行法制上、あるいは過去の判例から見ても解雇はよほどの事情がない限り、困難だ。事業縮小や廃止の場合は比較的分かりやすいが、本人の能力不足や技術の陳腐化などの場合は、どうなのか。職種転換やリスキルの余地をどれだけ確保しておくのか、よく考える必要がある。
最後に、今後、日本企業が「ジョブ型雇用」に転換する際に、クリアしなければならない課題について触れたい。解決策などの詳細は、パーソル総合研究所が進める『「日本的ジョブ型雇用」転換への道』プロジェクトの中で議論されることになるだろう。
第1は、ジョブ型職種の洗い出しとグレード分けだ。ジョブ型転換を表明している先進大企業は、管理職からスタートして、その後、一般職に広げるとしているが、詳細な職種の特定がまず必要で、職種別のグレード分けや市場価格での報酬水準の決定が必要になる。これは難作業だが避けては通れない。
第2は、ジョブ・ディスクリプション(職務記述書)の柔軟性確保だ。ジョブ・ディスクリプションを詳細に記述することは必要だが、経営環境や時代の変化に合わなくなってしまう恐れが多分にある。逆に、曖昧に書きすぎると、ジョブ型にする本質的な意味が失われかねない。求めるミッションやタスクを明確にする詳細さが必要な一方で、環境変化に対応できる書き換えの柔軟性確保が課題だ。
第3は、報酬・評価制度の見直しだ。すでに指摘した通り、ジョブ型に転換するならば、職能評価制度から職務等級制度への移行が不可欠だが、そのための環境整備が必要になる。職種別賃金水準の市場価格データの整備、英国のNVQ(全国職業資格制度)のような職種別のレベル評価の仕組みの導入が必要になるだろう。
第4は、タレント・マネジメントと呼ばれる人材戦略の見直しだ。とくに、採用・配置・異動などを通じた従来型のやり方はある程度残すにしても、職種別社内教育カリキュラムの整備は欠かせない。また管理職など「メンバーシップ型」で育ってきた人材をいかにスムーズにジョブ型に転換させるのか、キャリア・ロードマップの活用などさまざまな知恵を働かせる必要がある。
第5は、グローバル人事戦略の見直しだ。グローバル企業にとって、内外の評価・報酬システムの統一は避けて通れない。グローバル人材育成のために、内外人材の相互交流を強化することも必要だ。
第6は、労使関係あり方の見直しだ。春闘という言葉に代表される賃金水準の決定だけを労使が議論する時代はすでに終わっている。企業の事業戦略やそれに沿った人材育成戦略を労使が共有し、協調して雇用システムの改革に臨む姿こそが理想の労使関係だろう。
第7は、人事部の在り方そのものを見直すことだ。「ジョブ型雇用」への転換が必ずしもうまくいっていない理由の一つに、人事部がヒト基準の発想にとらわれ過ぎていて仕事基準の発想に転換できていないことが指摘されている。人事のトップに外部プロフェッショナルを採用する、または、あえて人事経験のない改革主義者を据えるなどの方策も必要だろう。
このほか、国家戦略として、人材の職業能力、エンプロイアビリティを高める高等教育の在り方の見直し、欧州で一般的な積極的労働市場政策(ALMP)の強化が必要だ。「ジョブ型雇用」を主軸とした雇用システムへの変革は、日本経済、日本企業にとって厳しいグローバル競争に勝ち抜き、持続的な成長、発展を成し遂げるためにも、待ったなしの重要課題だといえよう。
「日本的ジョブ型雇用」転換への道プロジェクト
座長
湯元 健治
1957年福井県生まれ。京都大学卒業後、住友銀行へ入行。94年日本総合研究所調査部次長兼主任研究員に就任。07年経済財政諮問会議の事務局として規制改革、労働市場改革、成長戦略などを担当。14年人民大学主催セミナーなどにパネリストとして招聘され、中国研究にも注力。日本総合研究所退職後、20年「日本的ジョブ型雇用」転換への道プロジェクト座長に就任。
※文中の内容・肩書等はすべて掲載当時のものです。
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