公開日 2021/08/16
従業員が70歳まで働けるように企業に努力義務を課す法改正が行われ、企業はこれまで以上にシニア社員の活躍に対して本腰を入れることが求められている。実際シニア社員の活躍の現状を見てみると、40%以上の企業が「モチベーションの低さ」と「パフォーマンスの低さ」に課題を感じ、シニア社員の不活性が若年社員へ与える影響、シニア社員の活性化に何が重要なのか、といったことが見えてきた。
そこで本コラムでは、シニア社員を取り巻く雇用の現状やシニア社員に対する期待と課題を把握し、シニア社員がパフォーマンス高く働き、社内外問わず活躍する人材に導くための人事管理の特徴について、調査結果に基づいて紐解いていく。
2021年4月から「高年齢者等の雇用の安定等に関する法律」(高年齢者雇用安定法)の一部が改正され、企業に「70歳までの就労機会確保の努力義務」が課せられた。この改正法は、「70歳就業法」や「70歳就労確保法」等とも呼ばれ、具体的には、以下のような措置を講じるように求められている。
① 70歳までの定年引き上げ
② 定年制の廃止
③ 70歳までの継続雇用制度(再雇用制度・勤務延長制度)の導入
(特殊関係事業主に加えて、他の事業主によるものを含む)
④ 70歳まで継続的に業務委託契約を締結する制度の導入
⑤ 70歳まで継続的に以下の事業に従事できる制度の導入
a.事業主が自ら実施する社会貢献事業
b.事業主が委託、出資(資金提供)等する団体が行う社会貢献事業
実際に企業の対応状況として最も多いのは、「定年後再雇用制度」であり、「すでに実施中」「検討中」を合わせて86.1%の企業が選択肢として掲げている(図1)。
図1:「70歳までの就労機会確保の努力義務」への対応状況
それでは、定年後再雇用制度を適用したシニア社員はどのような働き方をしているのだろうか。まず、年収の変化に着目すると、再雇用前と比べて平均で44.3%低下していた(図2:左側)。しかし、再雇用者の55%は「定年前とほぼ同様の職務」(図2:右側)であり、職務内容に関係なく年収が低下している現状がうかがえる。この状況では、仕事に対する前向きな挑戦心やモチベーションを持ち、パフォーマンスを発揮し続けるのは難しそうだ。
図2:定年再雇用者の年収・職務の変化
一方、企業は自社のシニア社員の仕事ぶりについて、どのように見ているのだろうか(図3)。シニア社員が「期待に応えている」項目の上位は、「専門性発揮」「取引先・人脈の伝承」「後進育成」だった。しかし、上位項目であっても「期待に応えている」割合はいずれも30%程度にすぎず、シニア社員のパフォーマンス発揮に対する課題感がうかがえる。「新たな仕事へのチャレンジ」「自律的なキャリア構築」といった項目では、期待に応えている割合が20%を下回っていた。
図3:シニア人材に対する期待と活躍の状況
続いて、企業のシニア人材に対する課題感が強い項目を見ると「モチベーションの低さ」と「パフォーマンスの低さ」、「マネジメントの困難さ」が上位を占め、いずれも40%以上の企業で顕在化していた(図4)。
図4:企業のシニア人材に対する課題感
シニア社員の不活性は、若年社員の転職にも影響を与える恐れがある。図5で示す通り、シニア社員の仕事が不透明だったり、組織で疎外されていたりする職場では、そうではない職場と比べて、若年者の転職意向が25pt以上高い。シニア社員の不活性が課題になっている企業は、その余波にも注意して対応すべきだ。
一方で、さらに分析を進めると、シニア社員の活躍は、若年社員の転職意向を抑制する効果を持っていることが分かった。シニア社員の活躍は、シニア自身のパフォーマンス発揮だけでなく、会社全体にポジティブな影響をもたらすことが期待できる。
図5:シニア社員の不活性と若手従業員の転職意向の関係性
それでは、シニア社員の活性化には何が重要なのだろうか。着目すべきは「変化適応力」(トランジション・レディネス)である。ここでいう変化適応力とは、「会社・ビジネス・環境に変化が生じてもうまく対応できる」という自己効力感として扱う。
変化適応力の高さは、仕事のパフォーマンスや、職域変更への積極性、学習への積極性を促している(図6:左側)。目の前の仕事でパフォーマンスを発揮するだけでなく、積極的に自己研鑽を続け、必要があれば、新たなスキル・知識が必要な職域に転向する積極性もあるという状態と捉えられるだろう。このような状態であれば、仮に、ビジネス状況の変化等により、自社よりも他社のほうが力を十分に発揮できそうな場合は、転職を試みても採用される可能性が見えてくるだろう。
変化適応力と比較したいのは、今後も社内で活躍できるという見込み(「社内活躍見込み」)である(図6:右側)。社内活躍見込みは、組織コミットメントに強く影響するが、仕事のパフォーマンスへの影響の強さは、変化適応力と比べて高くない。また、「職域変更への積極性」に対して抑制効果を持っており、例えば、定年再雇用後もこれまでの仕事に固執してしまうリスクが高い可能性がある。
図6:「変化適応力」と「社内活躍見込み」がパフォーマンス等に与える影響
続いて、変化適応力と社内活躍見込みが、仕事のパフォーマンス発揮に与える影響を年代別に見てみよう(図7)。年齢を重ねるほど、変化適応力が仕事のパフォーマンス発揮に与える影響は強くなっていくが、社内活躍見込みの影響は弱まっていく傾向が見られる。どの年代の従業員にも高いパフォーマンスを発揮してもらうには、その会社においてのみ通用する力ではなく、他社でも通用する力である変化適応力を身につけてもらう必要があるだろう。
図7:「変化適応力」と「社内活躍見込み」がパフォーマンスに与える影響度
それでは、変化適応力が高いシニア従業員が在籍する企業における人事管理の特徴は何だろうか。その鍵は、会社内部の人材マッチング機能の強化にある。
分析の結果、社員の変化適応力が高い企業は、社内公募・希望部署に自分を売り込む社内FA制度・社内副業などの、社内ジョブマッチング施策が充実している、かつ、異動・転勤が多く行われていることが分かった(図8)。つまり、社員自らの意思が反映されやすい異動・転勤が活発に行われる環境を整備することが重要といえる。また、社内ジョブマッチング施策がいくら充実していても、それらが活用されず異動・転勤が少ないような会社では、社員の変化適応力は相対的に低いという点にも注意したい。
図8:変化適応力を高める人事管理の特徴
会社内部の人材マッチング機能の強化には、前提として、事業部門でどのような職務・ポストが必要とされているのか、しっかりと棚卸しをした上で、該当ポジションの過不足状況が社員に開示・公募される仕組みが必要である。あわせて、それらのポジションには、どのようなスキル・経験が求められるかを明示することで、社内マッチングだけではなく、社員に対して中期的なキャリア形成を促す効果も期待できる。キャリアパスを明示し、キャリアパスと連動させるように、不足スキル・経験を自らの意思で前向きに埋められるような機会(社内副業・留職など)や、学習支援の整備を行うことでさらなる効果が期待できる。
企業はシニア社員の仕事ぶりについて、「専門性発揮」「取引先・人脈の伝承」「後進育成」の面に置いては期待に応えている認識をしているが、その割合は30%程度にすぎない。一方で、「モチベーション」と「パフォーマンス」の低さにおいて、40%以上の企業が課題に感じていた。さらに、シニア社員の不活性は若年社員の転職意向を高めていることが明らかになった。このことから、シニア社員の活躍を支える人事管理の重要さが分かる。
シニア社員が活躍するポイントは、仕事のパフォーマンス発揮に良い影響を与える「変化適応力」を身につけることであり、その変化適応力を高めるには、会社内部の人材マッチング機能を強化することだ。また、マッチング機能は、社内ポストの明確化と社内公募、FA制度、社内副業など、社員の意思による異動・転勤ができる仕組づくりとその運用が大切といえる。
シニア社員のキャリアの視点では、定年再雇用直前・直後に、付け焼き刃的な施策を行っても不活性問題の解決にはつながりにくい。40代後半や50代前半から、社内にどのようなポジションがあり、そのポジションに就くにはどんな準備が必要となるかを知り、自身の再雇用後のキャリアと向き合える機会と環境を作ることが、シニア人材の再雇用後の高いパフォーマンスや挑戦的な仕事へのモチベーションの発揮につながる人事管理なのである。
なお、本コラムでは、シニア社員の活性化の土台となる制度・運用の側面に着目してきたが、以下のコラムでは、活躍するシニア従業員の「5つの行動特性」に着目している。「個」へのアプローチとして、あわせて参考にしていただきたい。
シンクタンク本部
客員研究員
岩本 慧悟
Keigo Iwamoto
新卒で、ディップ株式会社に入社。ピープルアナリティクスの推進や、新規HRテックサービス新規企画・開発に従事。その後、パーソル総合研究所の研究員として、キャリア自律、ITエンジニアの定着、シニア人材の活性化等に関する調査研究を担当。現在は、株式会社ZENKIGENの研究員として、HRテクノロジーを活用しながら採用面接評価や職場のコミュニケーションに着目した研究に取り組んでいる。一般社団法人HRテクノロジー&ピープルアナリティクス協会の研究員としても活動中。専門は、産業・組織心理学、社会心理学。修士(社会心理学)。
2022年9月よりパーソル総合研究所の客員研究員。
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