公開日 2015/11/10
価値創造型人材の早期選抜と育成
―これまでとこれからの正社員マネジメント―
インテリジェンスHITO総合研究所では、2014年10月より「これからの正社員の在り方を考える研究会」を開催し、これまでの「正社員モデル」の課題点や今後求められる人材マネジメント変革について約半年かけて議論した。そこで、産学のエキスパートと議論を重ねる中で見えてきた「これからの正社員」の再定義と、「これからの正社員」に対する人材マネジメントのあるべき姿や取り組みの要点について、研究会座長を務める法政大学大学院政策創造研究科の石山恒貴教授に寄稿いただいた。
これからの正社員の在り方を考える研究会においては、これまでの「正社員マネジメント」の何を残し、何を変えるべきなのかについて焦点を絞って話し合い、現実に即したこれからの「正社員マネジメント」について提言することを目指した。
これまでの「正社員マネジメント」とは、なるべく多くの正社員に、長期にわたって動機付けを維持してもらうことが眼目であったろう。長期にわたって定期人事異動を繰り返し、計画的に会社に必要な能力と人脈を培ってもらう。多くの部署を経験することで、上司の数は多くなり、複眼的な人事評価が可能となる。昇進に要する期間は長くなり、経営幹部への登用の意思決定は各人のキャリア後期に行われる。そのため、多くの正社員は幹部登用の帰趨が明らかになる時点まで、幹部になる可能性を諦めない。つまり、多くの正社員の動機づけが、長期にわたって維持されることになる。当研究会では、こうした「正社員マネジメント」の長所は、今後も維持すべきだと考えた。
しかし同時に、すべての正社員に対し、同様のマネジメントを行うだけでは、今後、企業が勝ち残っていくことは難しいとの見解にも達した。具体的には、正社員を「価値創造型人材」と「価値実現型人材」に区分し、それぞれ異なった人材マネジメントを行うべきであると考えた。
「価値創造型人材」とは何者であろうか。
端的に言えば、企業に抜本的な変革をもたらす人材である。抜本的な変革とは、「地域を変える」、「新事業をつくる」、「今の事業内容を変える」という3種類に大きく分けることができるだろう。日本市場では限界であると判断すれば、「地域を変え」海外で勝負することが必要となる。既存事業では立ちいかなくなると判断すれば「新事業をつくる」か「今の事業内容を変え」なければならない。
しかし、これらの抜本的改革は、従来の延長線上の業務改善では成し遂げることができず、革新的な発想と社内の抵抗への対処が必要となる。すなわち、「価値創造型人材」には抜本的変革を推し進めるための「洞察力」、「胆力」、「周囲を巻き込む力」が必要だと考えられる。こうした人材が、いかに希少な存在であるかは明白だろう。しかし、当研究会では、激変するビジネス環境で企業が勝ち残るには、希少な「価値創造型人材」を意図的に発掘し、育成することが必須であると考えた。
ただし、企業とは変革を推し進める人材だけで成り立つわけではない。既存の事業領域および変革を実現する施策を確実に実行し、会社に価値をもたらすことも重要である。当研究会では、この役割を担う人材を「価値実現型人材」と定義した。「価値実現型人材」のマネジメントは、従来の正社員マネジメントと類似していると考えられる。
そこで重要なことは、「価値創造型」と「価値実現型」の2タイプの人材のマネジメントをいかに両立させるか、ということになる。具体的には図1をご覧いただきたい。従来は正社員を一括りで捉え、長期にわたって動機づけを維持するマネジメントを行ってきた。しかし、希少な存在である「価値創造型人材」は、図1にあるように20代後半から30代前半という早期に見極め、選抜し、異なった人材マネジメントで処遇、育成していくべきと考える。
ここで、疑問が生じるかもしれない。なぜ、「価値創造型人材」を早期に選抜することが必要なのか。会社を抜本的に変革することは必要としても、そうした変革は40代後半以降ぐらいの、十分に権限を持つ役職者が「価値創造型人材」として行えばいいのではないか。そうであれば、現状の正社員マネジメントを大きく変更する必要もないのではないか。
この疑問への回答は単純である。当研究会では、40代後半まで「価値実現型人材」として過ごしてきた場合、いきなり「価値創造型人材」に変わることは難しいと考える。早期選抜の段階で、「価値創造型人材」の候補者は、「洞察力」、「胆力」、「周囲を巻き込む力」を発揮する潜在的可能性(ポテンシャル)を有していると考えられる(※1)。しかしポテンシャルを有していることは必要条件であって、十分条件ではない。
「価値創造型人材」となり得るための十分条件とは、「経営スキルを使いこなすこと」、「修羅場の場数を踏むこと」、「責任権限を持つこと」の3点が重要となる。経営スキルには財務、事業戦略からファシリテーションスキルまで経営の実践に必要な広範なスキルが含まれる。単にこれらのスキルを経営の実践から遊離した知識として理解することでは不十分であり、知識としても理解し、現場で実践したうえで血となり肉となることが重要である。
また、計画的に修羅場に相当する業務アサインメントを与えていかないと成長が促されない。さらに成長した段階では、実際に責任権限を持って大きな仕事に挑戦していくことが重要だ。
以上の十分条件は、リーダーシップ開発の第1人者であるモーガン・マッコールが『ハイ・フライヤー』で述べている、リーダーの潜在能力を評価して早期に識別し、成長を促す仕事経験を体系化して挑戦してもらうアプローチとかなり似ている。こうした十分条件を満たしていくことは時間を要することでもあり、「価値創造型人材」として活躍してほしい時点から逆算していけば、必然的に早期選抜することが求められるのである。
※1)Fernández-Aráoz, Claudio. (2014)" The Big Idea: 21st Century Talent Spotting," Harvard Business Review, Vol. 92, No. 6, pp.2-11.
>>後編は2015年11月18日更新予定です。
*本記事は、機関誌「HITO」vol.08『正社員マネジメントの未来』からの抜粋記事です。
※文中の内容・肩書等はすべて掲載当時のもの。
<執筆者紹介>
石山 恒貴 氏
これからの正社員の在り方を考える研究会 座長
法政大学大学院政策創造研究科 教授NEC、GEにおいて、一貫して人事労務関係を担当、バイオ・ラッド ラボラトリーズ株式会社において執行役員人事総務部長を経て、2013年4月より現職。主要著書に『組織内専門人材のキャリアと学習:組織を越境する新しい人材像』(日本生産性本部生産性労働情報センター)、翻訳に『サクセッションプランの基本』(ヒューマンバリュー社)。主要論文に、「人事権とキャリア権の複合効果」、「組織内専門人材の専門領域コミットメントと越境的能力開発の役割」など。
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