公開日 2017/01/13
機関誌HITO VOL.10
全員を光らせろ!~タレントマネジメントの潮流~
2016年5月~7月にかけて、私たち機関誌HITO編集部は、日本を代表する大手企業24社を対象に、タレントマネジメントの現状の取り組みを調査した「タレントマネジメントサーベイ」を実施した。調査の結果、近年の日本企業のタレントマネジメントの潮流を示す特徴的な傾向として、「全社員型タレントマネジメントへのシフト」というキーワードが浮かび上がってきた。また、「全社員型タレントマネジメントへのシフト」を特徴づける3つのトレンドが、「将来の貢献可能性を重視したアセスメント」「個の見える化を前提としたキャリア自立の促進支援」「個を引き出すマネジメント」である。
「全社員の戦力化」を掲げ、次世代経営人材をはじめとする一部の優秀者層(ハイパフォーマー/ハイポテンシャル人材)だけでなく、ミドルパフォーマーの底上げやローパフォーマーのフォローに注力しようとする企業の動きが見られている。その背景には、人手不足の深刻化や就業価値観の多様化(例えば転職の一般化)など個人側の変化が挙げられる。
また、ビジネス環境の急速な変化に伴い、現場で働く社員一人ひとりの創造性や提供するサービス価値が企業の競争優位を左右する重要な鍵を握るという認識が経営や人事の間に広まってきたことも影響しているだろう。ここで注目すべきは、「全社員型タレントマネジメントへのシフト」とは、決して全社員をマスとして捉え、集団管理しようとするものではないという点だ。つまり、タレントマネジメントの対象とする範囲は「一部の優秀者層」から「全社員」に拡大するのと同時に、一人ひとりの個にフォーカスした個別的な施策を講じるという点にその特徴がある。それでは、この一見相反する2つのベクトルをいかに統合し、「全社員型タレントマネジメント」を実現していくのだろうか。調査の結果、浮かび上がってきた3つのトレンド「将来の貢献可能性を重視したアセスメント」「個の見える化を前提としたキャリア自立の促進支援」「個を引き出すマネジメント」を手掛かりに、企業の具体的な取り組みを見ていくことにする。
近年、人材評価の重要項目に「将来の貢献可能性」を設ける企業が増えている。その顕著な例が、「市場価値基準によるアセスメント」の導入である。管理職への昇格審査や次世代経営人材の発掘に際して、外部のアセスメントツールや専門家による面談を導入している企業が増えている。
これまで上長による推薦や人事面談など社内での評価基準を重視してきた企業が、社外評価(市場価値)を取り入れようとする背景には、事業の成長戦略を過去の延長線上で描くことが難しくなり、個人評価においても過去の実績や成功体験が必ずしも将来の価値発揮を予測するモノサシとして機能しなくなったことが挙げられる。特に、グローバル経営を推進する企業では、多様化するローカルの市場ニーズに対する個別最適化とグローバルでのオペレーション効率化の高度なバランスが求められ、経営の舵取りは一層困難さを増している。そうした環境下で企業をリードできる経営のプロ人材を育成するには、市場で通用するポテンシャルがあるか否かを早期に見極め、能力開発に十分な投資を行うことが不可欠になってきたといえる。
また、一部の企業では従来のコンピテンシー項目を見直そうとする動きも見られている。コンピテンシーに基づく評価自体は決して新しい考え方ではない。約10年以上前から多くの日本企業において、顕在化した成果だけでなく、将来にわたって持続的に成果を生み出す行動特性に目を向けた育成・評価を行う狙いからコンピテンシー評価が導入されている。しかし、当時の状況から経営環境やビジネスモデルが大きく変化した今、従来のコンピテンシーを大幅に刷新する必要性に迫られている。普遍性の高い抽象的な項目から、より個社ごとの経営計画や事業戦略の実現に資する具体的な行動特性項目に変更しようとする動きが特徴的だ。あるサービス企業では、会社の中期経営計画をベースに役員で複数回のスモールミーティングを行い、約1年にわたる議論を経て、同社のコンピテンシーを刷新したという。また、先進的な企業では、戦略の変更に伴い、評価項目を定期的に変更する動きが見られるようになっている。
市場価値をベースにしたアセスメントの導入はまだ一部の上位層 (管理職候補、役員候補、次世代経営人材など)に限った動きであるが、今後はその対象層を拡大していく傾向にあるといえるだろう。
適所適材の実現に向けて、社員の情報を積極的に収集・活用しようとする企業が増えている。社員情報を定期的に収集・管理するということは、これまで多くの日本企業が人事管理業務の一環として行ってきたことである。しかし、これまで収集されていた社員情報といえば、入社年次など基本的な属性情報や異動履歴・評価履歴といったいわゆるハードデータであった。また、社員一人ひとりのキャリア志向や強み・課題などソフトデータは人事や上司の頭の中に 「記憶」 という形で属人的に管理されたり、「ハードデータ」とは別の媒体に管理され、異動配置の検討材料に「統合的」に有効活用されることは少なかった。一方、近年のトレンドは、社員の情報を積極的に収集・活用し、適所適材やキャリア開発に生かそうとする動きである。例えば、ある小売業では、数年前から人事部のメンバーが毎年1000名以上の社員と1対1の面談を行い、そこで得た鮮度の高い社員情報をシステム上で一元管理することで、異動検討時の重要な参考材料に役立てているという。
また、多くの企業で、自らのキャリアを主体的に考え、自らの意思でオープンにチャレンジできる仕組みづくりにも着手していることが分かった。例えば、ある情報通信業では、新規事業を対象にしたジョブポスティング制度やフリーエージェント制度を導入し、意欲のある社員に対して職場や仕事を自ら選べる機会を増やしている。また、異動先の候補は必ずしも社内の業務にとどまらない。別の情報通信業では、2年前にグループ外の他社出向制度を導入し、チャレンジできる選択肢の幅を社外に広げた。いわゆる武者修行制度である。これまで事業部門内での異動が一般的だった同社が他社出向制度の導入に踏み切った狙いについて、同社の人事責任者は「自社内の既存事業だけでは、当社の将来を担う新事業を創造できる人材が育たないのではないかという強い危機感があった」と述べている。
多くの企業が適所適材の第一ステップである 「社員情報の見える化」に向けて、社員とのキャリア面談やタレントマネジメントシステムの導入に着手した段階であるが、それらはあくまで手段に過ぎない。施策の成否を分ける個人の意識に目を向け、キャリア自立を促す取り組みが今後広がっていくことが予想される。
人材育成に対する上司の意識を改め、マネジメントスキルの向上を図る企業が増えている。その背景には、「職場OJTの機能不全」という課題が挙げられる。これまで多くの日本企業では、部下の採用責任を持たず、人事による部下の異動発令に従わざるを得なかった上司が、必ずしも「部下育成の主体者」として強いコミットメントを持っていたとは言い難い。それでも、ビジネスの変化が現在と比べて緩やかだった時代には、上司の豊富な実務経験に裏打ちされた知識やスキルが部下の育成に大いに生かされてきた。しかし、様々な業界・職種でそうした状況に変化が生じている。例えば、あるサービス業では、業務に用いられるツール・テクノロジーの進化に伴い、上司が部下の行っている作業を理解できず、上司がこれまで培ってきた経験や知識・スキルが部下指導に使えないというケースが生じているという。また、ビジネス環境の変化だけでなく、終身雇用の崩壊に伴う就業価値観の多様化なども影響し、部下の会社組織に対する帰属意識や上司との信頼関係の希薄化も、OJTが機能しにくい原因であろう。
そうしたビジネス環境や部下の就業意識の変化に伴い、機能不全に陥った職場のOJTを強化するために、上司の部下育成に対する意識を改め、必要なマネジメントスキルを身につける支援が求められている。そのキーワードは「個を引き出すマネジメント」だ。ある金融業では、数年前から「会社業績だけでなく、活躍する人材の総数を増やす」ことを目指して、全管理職700名を対象に「全員野球で結果を出すマネジメント研修」を実施している。また、ある小売業では、上意下達のマネジメントスタイルを改めるためにファシリテーション研修を実施し、上からの押し付け型ではなく、部下の自発的なアイデアを引き出すマネジメントスタイルの浸透を図っている。同社の人事責任者は、「確たる戦略と徹底したトップダウンマネジメントがあれば成長できた時代は終わり、上司には現場で働く社員の創造性や能力を最大限に引き出すリーダーシップが求められるようになった」と指摘する。
今回の調査では、OJTの機能不全に対して多くの企業が共通した危機感を持っていることが分かったが、その解決策についてはなかなか見出せずにいる状況だ。上記に挙げた取りみはその一例であるが、いかなる手法であっても、それが本当に機能するか否かは上司と部下の信頼関係にかかっているということは明らかだ。まず、上司に求められることは、時間をかけて部下と向き合い、その成長にコミットメントを持つという姿勢であろう。また、職場のOJT強化に向けて人事に求められる役割は、現場マネジャーの「育成パートナー」として密な連携を図り、必要な施策や知見を提供する働きであるといえる。
今回、日本企業のタレントマネジメントの潮流を「全社員型タレントマネジメントへのシフト」と読み解き、そのエッセンスを「3つのトレンド」として整理した。もちろん調査にご協力頂いたすべての企業に当てはまる傾向ではなく、また日本企業の目指すべき姿を包括的に描いたものでもない。しかし、一部の優秀者層だけでなく、全社員をタレントと捉えようとする見方の変化や、社員一人ひとりの将来の貢献可能性やキャリア志向性に目を向けた人事評価、異動配置、活躍支援の取り組みは、この数年で着実に広がっているトレンドであり、今後も加速していくことが予想される。これまでの3K(記憶・経験・勘)に基づくマネジメントに加え、客観的なデータに基づくタレント情報の活用がなされたとき、「"全社員"を対象にした"より確かな"タレントマネジメント」に向けた歩みは一層加速されるのではないだろうか。
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