もはや経営主導だけでは成り立たない
タレントマネジメントはハイブリッド型へ

タレマネコラムイメージ画像

タレントマネジメントにさまざまな定義があることはご承知の通りだ。では実際問題として、各企業はタレントマネジメントをどのように捉え、何に取り組んでいるのだろうか。パーソル総合研究所が2020年に実施した「大手企業のタレントマネジメントに関する実態調査」(以降、「実態調査2020」)の結果を用いながら、現状とこれからのタレントマネジメントの在り方ついて考察する。なお、「実態調査2020」は、大手企業の人事責任者/人事企画責任者に対し、タレントマネジメントの具体的取り組みについてヒアリングを行ったものである。

  1. タレントマネジメントの2つの側面
  2. 人事制度ではダメなのか
  3. 適所適材は新しいテーマなのか
  4. データ至上主義は魔法の杖か
  5. 本人ニーズ重視の配置は企業成長の「見えざる手」か?

タレントマネジメントの2つの側面

まず、タレントマネジメント推進における主要な取り組みテーマと優先順位について見てみると、「実態調査2020」の結果では、これまで3年間(2017年~2020年)、今後3年間(2020年~2023年)とも次世代経営人材の発掘・育成が最優先テーマとなっており、大手企業のタレントマネジメントは企業経営の重要ポジションを担うハイポテンシャル人材を対象にした取り組みとの印象が強い。一方で、人材不足や働き方改革、キャリア意識の変化などの流れの中、一握りのハイポテンシャル人材や戦略上の重要ポジションに限らず、従業員一人ひとりのタレント(才能)を把握し、それぞれのタレントをさまざまなポジションで十分に活かすことが重要だとお考えの方も多いように思う。それもまたタレントマネジメントのひとつの在り方だ。

かねてよりパーソル総合研究所は機関誌HITOなどを通じて全員型タレントマネジメントを提唱してきた。実践的には、次世代経営人材、戦略ポジション人材、中間層人材と、全員型タレントマネジメントに向けて順にピースを埋めていくかたち(図1)をイメージすればよいだろう。ここで留意すべきは、次世代経営人材、戦略的ポジション人材に対するアプローチと、中間層人材へのアプローチはひとつには括れないということだ。適所適材を図る上での考え方がまったく異なる。タレントマネジメントは、経営主導かつ選抜型の次世代経営人材や戦略的ポジション人材へのアプローチと、従業員各人のキャリア自律を重視する中間層人材へのアプローチという2つの側面がある(図2)。

図1:タレントマネジメント・ポジショニングマップ

図1:タレントマネジメント・ポジショニングマップ

図2:全員型タレントマネジメントのアプローチ

図2:全員型タレントマネジメントのアプローチ

人事制度ではダメなのか

ところで、次世代経営人材の発掘・育成は、人事制度を軸に行うことはできないのだろうか。わざわざタレントマネジメントという考え方を持ち出す必要があるのだろうか。例えば、職能資格制度は本来、等級、評価、賃金を包含する能力開発主義のトータル人事制度を標榜する仕組みだったはずだ。その仕組みの中で次世代経営人材を発掘・育成できてもよさそうなものだが、現実には難しい。人事制度は社員全体を対象とするため、制度や運用の優先順位を処遇の公平公正に置かざるを得ない。人事制度の背骨にあたる等級は賃金と直結するため、昇格は制度の種々の制約の下、全員参加のトーナメント勝ち上がり方式になる。誤解を恐れずに言えば、全社員の中でほんの一握りである役員を選抜登用していくためには、また、その候補者である次世代経営人材を育成していくためには、時として人事制度が掲げる「処遇の公平公正」主義が邪魔になる。役員ポジションに限らずとも、それぞれのポジションには個別性と限りがあり、基本的に公平公正にはなじまない。次世代経営人材育成の場にふさわしいポジションを全員に割り当てることは不可能であり、そうしようとすること自体、ナンセンスでもある。

そもそも「配置」は人事制度の枠外だ。新聞で人事欄といえば、人事異動情報掲載欄を指す。広辞苑で「人事」を引くと「①人間に関する事柄。人間社会に現れる事件」から始まり、「④人事異動の略」とあるように、もっとも狭義の人事とは配置のことだが、「人事」制度とはいうものの、実は、人事制度は基本的に「ザ・人事」ともいうべき個別の配置を扱わない。ましてや、「ザ・配置」ともいうべき経営ポジションの配置についてはなおさらだ。これが、人事制度とは別に、次世代経営人材発掘・育成のためのみならずタレントマネジメントが必要とされるゆえんである。乱暴を承知でタレントマネジメントが目的とする機能をひとつに絞り込むと、それは「適正配置」であると言ってもよいのではないだろうか。

次世代経営人材のタレントマネジメントはその性質上、経営戦略、事業推進と直結するトップダウン型のものになる。また、上場企業ではコーポレートガバナンス上の要請から、社内の公正公平とは異なる論理での制約条件が増えていることもあり、次世代経営人材のタレントマネジメントが仕組み化されている。実態調査2020でも、役員・事業責任者への登用をターゲットにした人材プールを形成している企業が75%、タレントマネジメントに関する社内専門委員会を設置している企業が6割強と、定着しつつある。企業にとって次世代経営人材のタレントマネジメントはすでに必須の枠組みといってよい。

適所適材は新しいテーマなのか

タレントマネジメントは全社員を対象として一人ひとりのタレントを活かすことだと考えた場合も、人事制度で個別の配置ができるわけではないので人事制度とは別の何かが必要になる。配置の手段といえば定期異動であったり社内公募であったりするわけだが、人事部門はこれまでも一人ひとりのキャリア志向や適性を把握するために面談や自己申告など、さまざまな施策を行ってきており、もちろん配置にあたっては職務と人材との適合性を考慮しているはずだ。ということは、すでにそれらをもって、タレントマネジメントを行っているということになるのだろうか。

おそらくその答えは、YESでもありNOでもある。次世代経営人材のタレントマネジメントであればサクセッションプランや指名委員会など、定番ともいえる型のようなものがあるため、「行っているか/行っていないか」の二者択一に近い回答も可能だろうが、社員の大多数を占める中間層人材については程度の問題ということになるように思う。経営上の最優先課題のひとつとして大勢の社員の中から候補者を選抜し配置する次世代経営人材ならば、中長期的に最適解を追求することができるが、対象がすべてのポジションということになるとそういうわけにもいかない。その時々で、全社員がそれなりに全ポジションに収まっている必要があるためだ。現実的なターゲットとしては、各部署で必要とされる人員の量的充当を大前提とした上で、できるだけ多くのポジションに適性のある人材を、また、できるだけ多くの人材に適性のあるポジションを、ということになる。そのため、中間層人材のタレントマネジメントを行っているといえば行っているし、行えていないといえば行えていない、という答えになるのではないだろうか。それゆえ中間層人材のタレントマネジメントは、これまでの人事施策との違いが分かりづらい。結局のところ、「一人ひとりのタレントを活かす」ことに優先順位を置いて、意図的かつ体系的に施策推進しているかどうかがその分かれ道だ。

データ至上主義は魔法の杖か

タレントマネジメントという言葉から、アセスメントやパルスサーベイ、エンゲージメントサーベイ、あるいは、ピープルアナリティクスなどを思い浮かべる方も多いのではないだろうか。カタカナ言葉で新鮮味もあり、メディアで取り上げられることも多い。人材データ管理に特化したタレントマネジメントシステムの普及も進んでいる。実態調査2020ではシステム活用中の企業が約半数であり、導入中や選定中の企業を加えると7割がタレントマネジメントシステムの活用に前向きだ。

数あるタレントマネジメントの定義から目的を要約すると、「経営戦略上の必要人材をいかに確保、開発するか」、あるいは「従業員のタレントをいかに発掘、活用するか」だといってよいだろう。多くの企業の関心は「いかに」という方法論にあるように思う。方法論については、データ重視の流れにあることは確かだ。方法論の観点からは、タレントマネジメントとは「Old︲3K(記憶・経験・勘)ではなく、New︲3K(記録・傾向・客観性)で人事を行おうとする試み」であるということもできる。

「一人ひとりのタレントを活かす」ためには、各人がどのようなタレントを持っているのか、また、それが職務で実際に活かされているのかどうか、個人や組織の状態をモニターしたり分析したりする必要があることはいうまでもない。従業員の人数が多いと、各人を直接把握するには物理的な限界がある。一旦は何らかデータを通じて把握するしかない(図3)。

図3:組織規模と人材の見える化

図3:組織規模と人材の見える化

現実には、大半の企業は各種の人材データを拡充しつつある段階で、本格的な分析はまだこれからのようだが、この分野はさまざまなツールの進化もあって熱心に取り組む企業が増える傾向にある。しかし、データを集めて分析するだけではタレントマネジメントにならない。肝心なことは、それらのデータや分析結果を適正配置につなげられるかどうかだ。適正配置を企業目線で見た場合は「適所適材」だが、従業員目線で見た場合には「適材適所」だ。職務と人材のマッチングといったとき、企業目線ではまずは人材の職務適性にフォーカスされる。その意味で、データは適所適材の精度向上に寄与するに違いない。一方、従業員目線では人材=自分であり、「自分」の中には職務とは直接関係がない諸々の事柄も含まれる。むしろ、働き方にさまざまな選択肢が増えている昨今では、各人のキャリアプランに占める「個人事情(個人意志・個人都合)」の割合は職務適性より大きいのではないだろうか(図4)。配置し、職務の成果が上がってこその適正配置だ。とすると、従業員のエンゲージメントが欠かせず、会社主導の人事ローテーションでは自ずと限界がある。数多くの従業員の人材データを相応の粒度で収集し、メンテナンスすることには、思いのほかコストがかかる。もちろん、やるに越したことはないが、データを揃えて分析すれば適所適材/適材適所がすべて実現するということでもないだろう。少なくとも適材適所には個人意志の反映が不可欠だと思える。基本的に経営ポジションを望む大勢の人の中から選抜していく「次世代経営人材のタレントマネジメント」とは異なり、「中間層人材のタレントマネジメント」は、従業員一人ひとりのためのものという意味合いが強いのかもしれない。

図4:異動配置ニーズ

図4:異動配置ニーズ

本人ニーズ重視の配置は企業成長の「見えざる手」か?

実態調査2020で人事異動の端緒を尋ねたところ、各部門の人員要請を起点として人事部門が人材をマッチングさせる「異動先部門ニーズ」を頻度1位に挙げた企業が6割超。一方で、自己申告、社内公募、フリーエージェント制など、ポジションは会社ニーズだが、誰が異動するかは何らか「本人ニーズ」によるものが3割弱と、すでに人事異動者のうちの3~4人に1人は本人ニーズによって異動していることが分かった(図5)。特に初級管理職以下の階層では異動に際して本人ニーズを重視しているとのコメントも目立った。

図5:人事異動の年間規模と端緒

図5:人事異動の年間規模と端緒

配置なので、キャリアプラニングでよくいわれるMUST(やらなければならないこと)、CAN(できること)、WANT(やりたいこと)の組み合わせの妥当解を探らなければならないわけだが、中間層人材については会社主導のMUST+CANでは成り立たず、今後はWANT重視の流れになっていくように思えてならない。

それで企業としてうまくいくのかということが気になる方も多いかもしれない。おそらく、本人ニーズ重視、WANT重視を推し進めていくと、配置は公募制、すなわち、オープンポジションに対して従業員が応募するというかたちが主流になる。要するに、人事異動は社内転職市場化するということだ。その背景には、一人ひとりが自分のキャリアプランを重視し、その実現を最大限追求していけば、配置における市場原理が働き、企業全体の利益につながっていくはずだという「見えざる手」とでもいえるような仮説があるのではないだろうか。「従業員全体がイキイキしていなければ会社はイキイキしない」と言い換えてもよいかもしれない。

「次世代経営人材」「戦略的ポジション人材」は、トップダウンで人材プールを編成し、サクセッションプランを実現していく選抜型のタレントマネジメントだ。一方で、「中間層人材」は、公募制を軸に回していく一人ひとりのキャリアプランを重視したタレントマネジメントだ。この両者を組み合わせたハイブリッド型が全社員を対象とするタレントマネジメントの明日の姿なのだろう。

執筆者紹介

藤井 薫

シンクタンク本部
上席主任研究員

藤井 薫

Kaoru Fujii

電機メーカーの人事部・経営企画部を経て、総合コンサルティングファームにて20年にわたり人事制度改革を中心としたコンサルティングに従事。その後、タレントマネジメントシステム開発ベンダーに転じ、取締役としてタレントマネジメントシステム事業を統括するとともに傘下のコンサルティング会社の代表を務める。人事専門誌などへの寄稿も多数。
2017年8月パーソル総合研究所に入社、タレントマネジメント事業本部を経て2020年4月より現職。


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