働き方改革の影響 Vol.2 働き方改革の意図せざる結果

公開日 2018/11/21

「働き方改革の影響 Vol.2:働き方改革の意図せざる結果」では、労働時間短縮を進めた欧州の経験について振り返り、日本への教訓を得たい。また、日本で労働時間短縮化はどのような影響を及ぼしたのかについて、アンケート調査の結果を紹介する。

 働き方改革の意図せざる結果

国によって働く時間に違いがあるのはなぜか?

OECD諸国と比較すると、日本の労働時間は趨勢的に下落しているが、この主要な要因は非正規労働者が増加したことによる。しかしながら、フルタイム労働者の労働時間は依然として長く、OECD諸国の中で、労働時間の長いアメリカと比べても長い。
国ごとの労働時間の違いは、なぜ生じるのだろうか。
Blanchard(2004)は、国民性の違いが原因だとした。アメリカ人は消費を好み、フランス人は余暇を好む、ということである。

経済成長により、時間当たり賃金額が上昇したとき、ミクロ経済学的観点からは二つの効果が生じることになる。一つは代替効果で、賃金額が上がるのだから、自分の時間を余暇よりも労働により多く費やしたほうがよくなる。一方、所得効果も生じる。賃金率の上昇により収入が増加するので、労働時間を減らし、余暇を増やすことが望ましくなる効果だ。Blanchard(2004)は、フランス人は所得効果がより大きく、アメリカ人は代替効果が大きいので、両者の働く時間の違いが生じるとした。両者の労働時間の差異は、時間を通じて固定的なものではない。1960 年代初め頃までは、フランスの方がアメリカよりも労働時間が長かった時期もあった。つまり、国民性がそのような短期間のうちに変わるものなのか、という疑問が残る。また、プロテスタントの多い国で、労働時間が長いという証拠もないので、国民性が労働時間に影響を及ぼす可能性はそれほど高くなさそうである。

一方、Prescott(2004)は、限界所得税率が高い国では、長時間働いてたくさん稼いでも税金で持っていかれるために、それほど長時間働くインセンティブが無くなると論じた。この論文は反響を呼んだが、その後多くの論文によりその正否が検証された結果、その妥当性は低いとするものがほとんどであった。

そのほか、Alesina et al. (2006)は、余暇の補完性について論じている。自分だけ労働時間が短くなっても、職場の同僚や、職場外の友人が働いていれば誰も一緒に遊んでくれないので、休んでいても効用が増加する程度は低い。結局、自分も働いたほうが所得も増えるのでそのほうが良い。逆に、みんなの労働時間が短い場合、自分も短くして一緒に遊べば楽しく過ごせる、という具合である。

OECD(2004), 三谷(2012)は、これらの研究結果を踏まえ、労働組合の影響力の強さや、政府の規制の効果が、労働時間の違いを生み出す大きな要因であるとしている。
要するに、規制によって働く時間が短く規制されている国では、労働時間が当然短くなり、それが各国の労働時間の違いを生む主要な要因であるというわけだ。特に欧州では、労働運動が盛んであり、こうした規制が強い背景がある。欧州の経験した労働時間短縮の規制が、どのように生まれ、どのような影響を及ぼしたのだろうか。

欧州の経験:意図せざる労働時間短縮の結果

1970年代に入ると、労働運動が欧州で非常に盛んになり、失業率の高さに対して、ワークシェアリングを求める声が非常に大きくなった。
一人あたりの働く時間を短くする。そのことにより雇用を増やし、失業率を下げようという試みだ。しかしながら結果として、その試みは当初の意図と全く反対の、失業率の上昇という結末をもたらしたのだった。
なぜ、このような結果がもたらされたのだろうか。その背景には、産業革命以来の、機械と人間の仕事をめぐる競争があった。

ここで、簡単な例を挙げて考えてみよう。二十四時間分の仕事を二人でやっているとする。時給は千円である。一人当たり十二時間働き、一日の給料は一万二千円である。ここで、ワークシェアリングを実施してもう一人雇い、この仕事を三人でやることとなったとする。一人あたり八時間でこの仕事をこなせば、もともと働いていた二人の労働時間は短くなり、さらにもう一人の雇用が生まれるから非常に良いことに思える。
しかし、問題は賃金である。新規に雇う人については、あらたに訓練費用や、社会保障関連の費用がかかってしまう。また、ワークシェアリングを実施した後では、一人あたりの賃金額は八千円となることが望ましいわけだが、実際はそれほどには下がらない。労働組合の力が強いがゆえにこのようなワークシェアリングが実施されたのであり、支払われる賃金額は実施前と比べてそれほど下落をしなかった。実施後の賃金は、一人当たり一万円だとしよう。そうすると、実施前は総額二万四千円だった総人件費が、実施後は三万円にまで上昇してしまうことになる。

このように人間の労働力が割高になってしまった場合、企業はどのような行動をとるだろうか。最近の状況から類推できるように、ロボットなど、設備投資に多額の資本を投じるようになり、結果として人間の雇用は以前よりも減少したのだ(Hunt(1999))。例えば、Acemoglu and Restrepo(2017)によれば、アメリカでは1990~2007年にかけて、多能工的なロボットが一台導入されると約3人が仕事を失っていた。
このように、労働から資本への代替が進むことで、先ほどの例における、あらたな三人目の雇用は生まれなかった。むしろ、もともとの二人の雇用も維持されず、一人分の雇用しか残らなかったようなものである。

生産手段としての正規労働者の実質的な値段が跳ね上がったため、労働需要が減少し、資本(ロボット等の器械など自動化)へ投資が振り向けられた、という状況は、現在のAIやIT技術が進捗する状況では、よりその効果が強く現れるのではないか、という思いを抱く。このように、働き方改革(労働時間の短縮)を行うときには、時間当たり賃金の上昇を相殺するような労働生産性の向上がなければ、長期的には雇用を減らすことになる。時間短縮を進めると同時に、労働生産性を高める方策を担保しておかなければならないのである。

昨今の残業時間の上限管理の強化はどのような影響を及ぼしているのか?

昨今の残業時間の上限管理の強化は、どのような影響を及ぼしているのだろうか。 筆者は、2017年に全国の働く男女1002人を対象としたインターネットによるアンケート調査 を実施した(以後、今回調査と呼ぶ)。

【質問1】
昨年度1年間に(2016年4月~2017年3月)お勤め先で残業管理の仕方は変わりましたか。以下からお選びください。

1.残業時間の管理が厳しくなった 
2.かわらない 
3.残業時間の管理がゆるくなった

【質問2】
前問で「残業時間の管理が厳しくなった」とお答えの方にお聞きします。その結果、あなたの意識や行動はどのように変わりましたか。以下からお選びください。(複数回答可)

1.自宅に持ち帰る仕事が増えた 
2.早朝に出勤するようになった 
3.勤務時間以内に仕事を終わらせるよう仕事の効率性を意識するようになった 
4.残業代が減り、収入が減った 
5.家事や育児に時間を割くようになった 
6.テレビ視聴に時間をかけるようになった 
7.趣味やスポーツに時間をかけるようになった 
8.学習など自己啓発に時間を割くようになった 
9.早朝に出勤するようになった

アンケートデータを用いて、最近の労働時間の短縮によって、労働生産性を高めるような意識が生まれているのか、みてみたい。【質問1】のうち、残業時間の管理が厳しくなった、と回答した人の割合は20%程度であった。【質問2】の回答状況は以下図1のとおりである。

図1 残業時間が管理されると何が変わったか(複数回答可)

column_sannabe2-1.png出典)今回調査から得られたデータより筆者作成
年齢は20歳から64歳。性別・地域 ・既婚か未婚か、という層化を行った。生産可能人口における、総労働力人口数に基づき、各層への比例割り当てを行った。本調査は、インターネット調査会社により実施された。

一番多い回答が気になるところであるが、まずは二番目に多い、「残業代が減り、収入が減った」の回答に注目したい。労働時間の短縮化を進めると、受け取ることのできる賃金総額が減ってしまうところに、日系企業の賃金制度の根本的な問題がある。仕事を効率的に終わらせ早く帰る人に比べて、仕事がなかなか終わらず、残業を続けている人のほうが給料は高くなってしまう、という状況において、労働時間短縮を進めることは非常に困難だ。仕事時間の長さで評価されるのではなく、仕事の中身の質と量によって賃金や評価が決まるシステムにしていく改革を進めないと、労働時間を短縮するインセンティブが全くないと言わざるを得ない。
一番多く回答のあった選択肢は、「勤務時間以内に仕事を終わらせるよう、仕事の効率性を意識するようになった」であり、45%になっている。この数字を高いとみるか低いとみるかは、人によって判断が分かれるところであろうが、まだまだ労働生産性を高めていく意識向上の余地はありそうだ。

労働生産性を高める:日本企業における働き方とは

日本の労働生産性はきわめて低く、時間当たりのGDPは米国の3分の2程度しかない(OECD.stat (2016))と言われている。日本で長時間労働が蔓延していることの背景にあると言われているのが、労働保蔵の問題である。この問題の背景には、終身雇用がある。
不況期に人員整理ができないので、通常期や好況期に少ない人員をフル活用し、仕事をこなす。つまり、不況期の仕事が少ない状態に合わせた数の人員しか雇うことができないのだ。特に中小企業にとっては、不況時に人員が余ってしまうと、経営危機に容易に陥ってしまうからである。また、欧米で広くみられる、ジョブ・ディスクリプション(Job Description)が明確な職務給ではなく、個人の職務範囲が曖昧な職能給であることも大きな原因であろう。なお、職能給では、能力に対する対価として賃金が支払われるのだが、現実的に能力を正確に測り、評価することはいろいろな面で難しいので、結局勤続年数に応じて能力が高まっていくとみなすこととなり、年功賃金が観察されることになる。また、企業別労働組合では、経営側に対して従業員の権利を強く主張することは難しいことが多い。これらの点に鑑みると、日本型雇用の三種の神器―終身雇用、年功賃金、企業別労働組合―が、長時間労働の背景にあると考えられる。
さらに日系企業では、昇進の基準や評価基準に労働時間の長さが参照されることが多い。例え明示的にそれが基準として挙げられていなくとも、頑張っているかどうか、という主観的な判断を下す際になにがしかの影響を与えてきたことは間違いない。
細かいことにこだわる会社だと、社内資料でも上役に見せるときには過剰にきれいにしないといけなかったりする。また、根回しをしないといけないことが多かったり、出席の必要の疑わしい会議が多かったり・・・etc. といった問題もある。 こうした点を踏まえると、以下の三点の改革の方向性が見えてくる。

①個々の従業員の職務範囲を明確にしていく
②労働時間の長さではなく、成果で給与を決める
③個人の裁量の範囲を大きくする

これら三点の改革の方向性をまとめれば即ち、職能給制度の下での「成果主義的人事制度の進化・徹底」であり、さらに言えば、究極には「職務型」の導入である。人材の多様化(性、国籍、年齢)に対応するうえでも、こうした流れは必然だろう。また、AI(人工知能)技術が、人間の仕事を代替することが話題になっている。今後、一人の人間の仕事を様々なタスクに切り分けて、どのタスクがAIによって代替可能であり、どのタスクが代替できないのか(人間にしかできないのか)、検証する作業が進んでいくと考えられる。

それにより生産性の向上が可能となっていくが、そうした作業とも、職務型は相性が良いと考えられる。この観点からも、職務型の導入が求められているといえよう。
加えて、労働生産性を高めるための企業の対応として重要となると筆者が考えることは、「会社の経営方針や経営戦略を従業員に周知していくこと」である。 経営者が経営方針についての明確なビジョンを持つことにより、従業員はどのような事柄に自分の努力を傾ければ、それが報われるのかについて知ること、考えることができ、従業員を強く動機付けることができる。それは、成果主義的な制度を機能させるうえで重要な役割を果たす。また、どのような事柄に自分の努力を傾ければ良いのか知ることができるということは、言い換えれば、「何をしなくてもよいのか」がわかるということである。
これは労働時間の短縮にダイレクトにつながる。このように、経営方針・経営戦略の周知は、生産性の向上に二重に貢献できるのである。「働き方改革の影響(3):経営方針を浸透させ、労働生産性を高める」では、経営方針の浸透が及ぼす生産性への影響についてより掘り下げて考えてみたい。

参照文献
Acemoglu, D., & Restrepo, P. (2017). Robots and jobs: Evidence from US labor markets. NBER working paper.
Alesina, A., Glaeser, E., & Sacerdote, B. (2005). Work and leisure in the United States and Europe: why so different?. NBER macroeconomics annual, 20, 1-64.
Blanchard, O. (2004). The economic future of Europe. Journal of Economic Perspectives, 18(4), 3-26.
Hunt, J. (1999). Has work-sharing worked in Germany?. The Quarterly Journal of Economics, 114(1), 117-148.
OECD(2004)Employment Outlook,OECD,Paris
Prescott, E. C. (2004). Why do Americans work so much more than Europeans? (No. w10316). National Bureau of Economic Research.
三谷直紀. (2012) 「余暇と労働時間の長期的推移に関する経済理論と実際」日本労働研究雑誌、No.625, pp.4-20.

本コラムの元になる研究は、パーソル総合研究所から研究資金を提供し、実施されています。

執筆者紹介

参鍋 篤司(さんなべ あつし)
京都大学経済学部卒業、京都大学博士課程修了、博士(経済学)。
博士課程修了後は、京都大学、早稲田大学、東京大学などで研究員、助教。
その間、オックスフォード大学客員研究員、OECDコンサルタントを経て現在は、
流通経済大学経済学部准教授、株式会社政策基礎研究所上級フェロー。


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